二ノ姫と村人のお近づき

ドニリズ
小説
捏造設定あり
連載

 傭兵として従軍するようになったドニは意外な歓迎を受けた。彼が当たり前のように知っていた山菜についての知識や狩猟罠は重宝されたのである。その働きを買われ、ドニは団長でありイーリスの王子であるクロムの傍で従軍を許されるようになった。

「城下から遠ければ遠いほど、平民の声は王に届きにくい。ドニの話を聞かせてくれ。暮らしはどうだ」

 クロムはそう言って、ドニに話を乞う。ドニはほどほど感心した。いち農民の自分の話を真剣に聞いてくれるこの王子は、本当に国民を大事にしようとしてくれているのだ。ドニは自分の村の暮らしをクロムに話した。
 城下を見たときの感動や、故郷との違いについて、さらにはそれに対するドニの意見も、クロムは聞いてくれた。
 ドニは最初こそ恐縮していたが、気さくで公正な王子に忌憚なく意見を言えるようになっていった。その妹姫も、ドニに人懐っこく話しかけて話をしたがった。

「私、リズっていうの。あなたは?」

 自警団に似つかわしくない年若い少女。かの討伐戦でシスターとして杖を振るっていたのをドニはよく覚えていたし、自分もその恩恵に預かった。あの時、彼に手を差し伸べ逃げようとしてくれたのだ。恩があるうえに王女を無下にもできず、ドニは膝をついてリズに応えた。

「リズ王女!ご…ご、ご機嫌、麗しゅう…!」

 一国の王女を前にして恐縮する。だが、彼女はドニの挨拶をおかしそうに笑った。

「なにそれ。普通で良いよ。ねえ、あなたの名前は?」

 言いながらドニを立たせるよう手を貸すリズ。ドニは慌てて立ち上がった。

「お、おらは、ドニ…ですだ」

「ドニ、あの時助けれくれてありがとう」

「え?」

「一緒に逃げてくれたでしょ?それに盗賊の親玉やっつけちゃったし」

「オラはそんな大それた事できねえです。狩猟用の罠にかけただけだ。それに相手は弱ってた。おらはただの村人だべ。助けてくれたのはお姫様の方です」

 謙虚で素朴な村の青年は、自警団の兵士たちと親交を深めるのにそう時間をかけなかったし、そんな彼を気に入ったようで王女リズも好んでドニを傍に置いていた。というよりは、彼のそばに付きまとっていた。

 彼女は目の前で繰り広げられたドニの敵討ちの死闘を目に焼き付けた一人だった。彼女が興奮ぎみに語る活劇を兄に話したためにクロムはドニを迎え入れることを決めてくれた。

「ドニは何歳なの?」

「半年前ぐらいに15になりました」

「じゃあ、私の方がお姉さんね。弟が欲しかったから嬉しい!私の事は、お姉さんだと思っていいから」

「お、お姉さん!?」

「この前16になったもん」

 あの兄にしてこの妹ありというか、身分の低い自分に対してあんまりにも馴れ馴れしすぎるお姫様に面食らう。王族とはこんなものなのだろうか。もっと仰々しく高飛車な姿を想像をしていたドニの先入観は彼女の前で何度もひっくり返された。リズがこちらに顔を近付けてくるたびにドニはこうべを垂れた。

「あの…お姫様がそんなふうにおらに構ってて良いんですか」

「お姫様じゃなくて、リズでいいよ」

「そんな気安いことできねえ…!せめてリズ様と呼ばせてください」

「やだよぉ!お堅いのはフレデリクだけで十分」

「では、リズさんと」

「んもー!まぁ、今はそれでいいよ…その代わり、敬語は無しね。それから…」

「はい…なんですか?」

「何でこっち見てくれないの? 顔上げてよ」

「高貴な方を直視すると目が潰れるって、村の婆たちが言ってただ…」

 直後、おおよそ高貴とは言いがたいような吹き出す声が聞こえてきた。リズが笑ったのだ。

「私普通の女の子だもん。「こーき」とか、そんなのわかんない。堅苦しいのは苦手。お兄ちゃんもそうだよ」

 王女の要請もあり、ドニは顔をあげた。
 確かに、そこに居るのはただの小柄な少女だった。勿論、目が潰れるなんてこともない。
 リズは、顔をあげた青年の頬にみみず腫を見つけて手を伸ばした。

「頬の傷、痕残っちゃったんだ」

「別に、もう大丈夫です」

 指がそこに触れるか触れないかのところでリズは腕を下ろした。そして、ドニに気まずそうな表情を向ける。

「ごめんね」

「なしてお姫様が謝るんで」

「そうだね。”有り難う”だよね」

「光栄です」

・・・

 その日は明るいうちに拠点へ入ることができた。慌ただしく食事の準備が始まる。

「ドニ。また頼むよ」

 一人がドニに声をかけた。人のよさそうな騎士、ソールは、その人柄もあってよく新参のドニに声をかけ相談にも乗っていた。そんな騎士の頼みなので、ドニは隣のリズに頭を下げて林に入っていこうとする。しかしそれを、リズが追いかけた。

「山菜摘み?私も一緒に行って良い?」

「もうすぐ日も落ちますから、お姫様は待っててくだせえ。危ねえです」

「危ないのはドニも一緒でしょ」

「お姫様にそんなことさせられねえ」

「そんなに私をお姫様扱いしなくて良いの」

 強情なリズはドニのあとについて林に入っていった。こうなったら連れていくしかないが、彼女に傷一つでもつけて刑罰を受けないとも限らないのでドニは冷や汗がでる思いだ。
 例え相手が王族でなかったとしても、女に傷をつけてはならないことは村で教えられてきたし、女が日暮れ前に森に入ることはそういった意味で禁止されていた。だからドニはリズの行動に気を張って注意を向けていた。

「姫様、そこに木の根があるから」

「もぉ、大丈夫だって」

 不服そうな表情でリズがスカートの裾をあげて根を跨ぐ。

 かつん…っ

 と金属の音がして、リズが「わっ」っと声をあげた。

 枯れ葉の上に倒れそうになる少女に、ドニは咄嗟に身を寄せて手を伸ばしたが、その甲斐も虚しく二人はなし崩しに倒れた。

「ご、ごめん!」

 ドニの上に倒れこんだリズが慌てて体を起こす。下敷きになった青年があとに続いて呻きながら立ち上がった。

「お姫様、怪我はねえべか」

「大丈夫…」

「ならいいべ」

「…」

 リズは気まずそうに居住まいを正した。自分のわがままでついてきたのに足を引っ張っていることに、申し訳なくなる。
 彼の言う通り怪我などないか体を見回した。どうやら、スカートから覗くクリノリンが木の根に引っかかって体制を崩してしまったようだ。

 ドニが先へ歩いていくのを慌ててリズも追ったが、青年は足を止めて背中にぶつかるリズに振り返った。

「そこに泥濘が」

 と、リズに手を差し出す。何故手を差し出されたのかわからないリズだったが、先ほど彼の忠告を無視して転んだこともあり、今度は大人しく従って彼の手を取った。
 泥の先に立ったドニがリズの手をそっと引っ張っぱり、リズは上品に泥を飛び越えた。リズがドニの傍に両足を止めると、彼は手を放して先へ歩いて行った。

(なんだろう…今の…?)

 丁寧すぎるドニのエスコートに動機が早まる。年の近い男子にこんな風に手を引かれたことがあっただろうか。彼は一介の村人で、貴族のエスコートなんかおそらく知らないはずだし、勿論彼は知らなかったが、ドニはただ危なっかしい女の子が、さっきみたいに転ばないよう、泥に足を取られないように、自然にそうしただけなのだ。
 普段飛び跳ねてばかりのお転婆姫を王女扱いしない周りの中で生活していたリズにとって、それは新鮮な体験だった。

「お姫様」

「ひゃ…ッ」

 急に声をかけられてリズは飛び上がる。
 そう、村人の青年からしたら自分は「お姫様」なのだ、そう呼ばれるのは当然だ。
 紳士的な振る舞いをうけ、さらにお姫様と呼ばれるのは何だかくすぐったい。

 ドニは夕日の当たる岩場を指さして、横目でリズを見た。

「見てくだせえ、今朝軍行中に仕掛けておいた罠に雉がかかってる。今夜は鳥鍋だ」

「わ!ほんとだ、すごい…この罠、ドニが作ったの?」

頷くドニにリズは感嘆の声を上げた。

「どこで覚えたの?」

「最初はおっ父に教わっただ。 そのあとは独学で覚えたべさ」

「ふぅん…ドニは、将来は猟師さんにでもなるの?」

「いんやぁ。おらの家は農家ですから…でも、おら、一生村に閉じ籠るつもり、ねえんだ」

「え?どこか、行くの?」

ドニは、少し言葉を躊躇したが、すぐに悩むのを止め、腰の道具袋に手を入れた。リズが意図を考えているうちに、彼は袋から手のひらより少し大きい石を取り出した。

「おっ父がずっと調べてた謎」

「…綺麗だね、なにかの鉱石?」

「んだ。おっ父はこういう石を集めて調べる学者さんだった。特にこの石は、特別にしてたんだ。この石には不思議な力があるって」

「力って?」

「それをな、知りてえんだ。おっ父がなにを知ろうとしたのか、いつか知りたい。それってちょっと、どきどきすっべ?」

「ふふ、そうだね。ドニなら叶えられるよ。きっと…ううん、絶対」

くすぐったくなったドニは、とっさにリズに話をふった。

「リズさんは?将来何になるだ? あ、お姫様だから、この先もずっとお姫様だべか」

「私、素敵なレディになりたいの!お姉ちゃんみたいに」

「リズさんの”お姉ちゃん”て、エメリナ女王様か」

「そう。お姉ちゃんはね、優しくて、凛としてて、綺麗で…」

 リズはうっとりと姉の姿を思い描きながら目を細める。ドニはエメリナ様の姿を見たことは無かったが、今この瞬間のリズのように美しい人なのだろうと想像した。

「きっとリズさんもなれるだよ。いいや、絶対!高価なおべべを着て、王子様とダンスとかするんだべな。きっと綺麗だ」

「…そう思う?」

「んだ。きっと、世界一綺麗だ」

二人は微笑み合いながら、来た道を戻っていった。途中夕日が沈み、あたりに紫色の優しい闇が訪れても、リズは恐ろしいと感じなかった。