二ノ姫と村人の馴れ初め
- 1 二ノ姫と村人の馴れ初めnow
- 2 二ノ姫と村人のお近づき
- 3 二ノ姫と村人の身分違い
- 4 二ノ姫と村人の婚約
- 5 二ノ姫と村人の約束
- 6 二ノ姫と村人の成長
- 7 二ノ姫と村人の契り
連載:二ノ姫と村人
「隠れん坊しよう、ドニ」
父が死んだ日の事を思い出していた。
あの時父は山賊襲撃に向かう前に幼い自分を物置の奥の隙間に隠した。そして傍にあった鍋を被せて笑ったのだ。頼もしい笑顔だった。幼いドニは無邪気に隠れん坊で遊ぶつもりでじっとそこで隠れていた。外は騒がしかったがそれでも父の言いつけ通り鍋をかぶって耐えていた。
そして翌朝、いつの間にか眠っていたドニを、灰と土で汚れた母が探し出し、外へ連れ出した。村の半分は焼け、父は帰らぬ人となっていた。幼子は泣いた。自分が干し草の匂いに包まれて眠っていた頃、父はどんなに痛い思いをしたのか、それを考えると夜も眠れず、母の胸に抱かれて漸く目を閉じることができた。
月日を経てドニが父の死をしっかりと受け止めた後も、戯れに与えられたようなあの鍋は彼の部屋にひっそりと残っていた。ドニにとってそれは父の形見でもあったのだ。父を殺した山賊に対する恨みは凄まじかったが、父が死ぬ直前ドニに与えた心の平穏と、今もなお注がれる母の愛は、ドニに日々をしっかり生き、学ぶことを教えた。
だが、彼が15になり、すっかり過去の事を昇華していた折、彼らはまた現れた。
「金品と食料を全部出せ!」
山賊の頭と見える荒々しい姿の大男が厳つい斧を手に、村の入り口で堂々と言い放った。多くの部下を率いた姿を見て、震えあがる村人らに戦意など毛頭無い。
ドニは男の声に聞き覚えがあったが、それに気を取られている余裕などなく、昔父が与えてくれた鍋をとっさに被り外へ飛び出した。母の姿を探したが、逃げ惑う村人たちの姿の中に彼女の姿は見当たらなかった。母が先に逃げていることを祈りながらドニも村の外へ走る。
逃げ延びた村人が集団を作りひっそりと肩を寄せ合っているのを見つけてドニは走り寄った。
「母ちゃん!いるか?!」
「ドニ、あんたの母さんはここにはいないべ」
「じゃあ、まだ村に…!」
引き返そうとするドニを隣人の一人が止めた。勿論、ここで戻れば殺されてしまうだろう。止めるのは当然だ。
手をつかまれてから急に恐怖が彼を襲った。だが母を見捨てるわけにはいかない。
「何か手は…」
ここから一番近い街道に走って誰かに助けを求めるしかないと思い到り、制止を振り切ってドニはまた走った。こんな夜に歩いている旅人などいるだろうか不安だったが兎に角人がいれば城下の警備隊に伝言も頼めるはずだ。
街道に出ると案の定人の姿は無かったが、町へ向かう方角に炎の微かな明かりが見えた。救いの糸かとそれに駆け寄ると、傭兵の集団が薪を囲んで休息をとっていた。ドニが近寄るとただ事でない様子に皆立ち上がった。
「た、助けてくだせえ!」
叫ぶドニは陣営の中へ親切に誘われ、指揮官と思わしき若い男性がドニを迎えた。
聞けば自警団の集団ということで、ドニは藁にも縋る思いでクロムと名乗る団長に身を乗り出しながら事を説明する。クロムはすぐに立ち上がり、隊を率いてすぐに村へ向かってくれた。
「ドニ、お前は後ろに居ろ」
クロムたち自警団はドニを背に庇い、各々の得物を構え山賊に飛びかかった。自警団らの姿は凛々しく、逞しく、また強かったが、人数を揃えていた山賊は、早々に少数精鋭の彼らを取り囲んでしまう。
ドニはそばの民家の物置から狩猟用の槍を持ち出して、クロムの後ろを狙う賊に向かってそれを構えた。足は竦み、地を踏みしめるのがやっとだった。
槍の矛先が敵を刺す前に横から大きな衝撃が彼を襲った。脇腹に鈍痛が走る。別の賊に鈍器で殴られたらしい。ドニはその場に倒れ込んで、いよいよ死を覚悟した。せめてこの自警団が母を救ってくれることを祈って目を閉じる。
「ドニ!」
追撃を待っていたドニは名を呼ばれて固く閉じた瞼をあけた。クロムが手傷を負いながらもドニに襲い掛かった賊の一人を切り伏せていた。
「下がれ!」
戦前に戻るクロムに一喝され、ドニは身を竦める。その時、柔らかいものがドニの肩を撫でて行った。ドレスだ。戦場に似つかわしくないレモン色が上品なドレスがひらりと翻る。その少女はクロムに治療の杖を振り上げた。
(こんな女の子も戦ってるんだか…!)
「村人さん、一緒に退避しよう!」
少女は杖を翳してドニに治療を施すと、唖然とするドニに手を伸ばした。その手を取ろうとドニも手を伸ばす瞬間、彼女の背後に別の賊が刀を振り上げていたのに気付く。
ドニは少女の手を引いて槍を握り直した。賊の刀がドニの頬を掠り、チリっとした焼けるような痛みが走る。だがさらに振り上げられた刀がドニの体幹を狙う前に、ドニはとっさに槍を振り上げた。
槍の先が賊の目を掠り、相手が悲痛な叫び声を上げている間に、少女の手を取って走り出す。
「あ…有り難う、村人さん」
自分がしたことに自覚が無く、混乱気味なドニは返事が出来ない。それよりも、彼の脳内ではこの状況をどう打破するか考えていた。
彼女の背後から自分たちを追う陰。そして非力な自分が迎え撃てる少ない策。少女と繋ぐ手に汗が滲むが、離すまいと握り直した。
賊が、少女のドレスに触れようとしたところでドニは彼女を突き飛ばしす。転がった先で少女が呻いたが、それよりも目の前の大男が忌々しげにドニを見下ろし標的を自分に変えてくれたことにほっとした。勇敢な彼女ならば直ぐに立ち上がって逃げてくれるはずだ。
見れば、自警団にやられたのだろう、男はかなりの傷を負っていた。しかしその目はまだなにかを奪ってやろうという魂胆に満ちて、光ってこちらを睨み付けている。
「お前…あのくそ野郎そっくりだ。息子だな?」
その声に、聞き覚えがあった。震える声で、しかし、しっかりと、ドニは問うた。
「誰に、そっくりだって…?」
「昔俺に傷を負わせたから、殺してやったんだ」
目の前の男が、偉大な父を奪った賊。カッと体が熱くなり、憎悪が込みあげてきた。一矢報いたい。だが自分がここで槍を突きつけたところで蚊のようはたかれてしまうだけだろう。
それでもドニは、自分の無力さにただ唇を噛むことはしなかった。どうせ噛むのなら
「あ”!!」
次の瞬間。賊が声を上げてドニに伸ばした手を引いた。その足には、狩猟用のトラバサミが噛みついている。
「今朝仕込んだ罠だ…!」
ドニが猛々しく言い放った。父の痛みはこんなものではなかったはずだ。それを思うと、賊の足に噛みつく程度の仕返ししかできない無力さが悔やまれる。
「この…クソガキ…ッ!!」
足をとられ身を屈めた賊はそれでも吠え、こちらに手を伸ばした。そして、もう瀕死の族の喉に向かって、ドニは槍を突き立てた。
手に、人の肉を貫く感触が伝わる。土を耕す鍬とはまるで違う感覚に戦いて、そこでドニは我に帰り槍から手を離した。
目の前の賊の目から光は失われ、そこにもう生きていないことを示していた。
急に体の震えだし、土の上に膝をつく。駆け寄った少女がドニの肩を支えた。しばらく二人で息を整えていると、賊の死体の向こうから団長クロムが駆け寄ってくる。少女とクロムがお互いの安否を気遣った。
「リズ、無事か?」
「お兄ちゃんこそ」
そこでドニは、この少女がクロム団長の妹であると知った。度胸がある筈である。
「盗賊たちは退散した。もう大丈夫だぞ」
その彼の一言で、ドニの体から力が抜けていった。
クロムがドニの腕を力強く引っ張り、立たせると、リズと呼ばれた少女と一緒に崩れそうになるドニの体を支えて歩き出した。
火を放たれる前だったため、村の損害は最小限に抑えられ、集落ではドニが自警団を連れ自身も戦ったことで彼を讃えたが、それを彼自身が知るのはずっと先の事となった。なぜならドニはイーリス第二王女を助けた功績と自身の志願により自警団の一員として彼らと一緒に旅立ってしまったからである。
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