二ノ姫と村人の約束

ドニリズ
小説
捏造設定あり
連載

 クロム王子への報告を済ませ、二人の婚約は晴れて公のものとなったが、ドニが16になるまでの数か月の間は同室になることは禁じられ、彼はいまだに大部屋で生活していた。変わったことと言えば、二人の関係がちょっとだけ以前より親密になったというだけで、あまり環境に変化が無かった。

「あれ、リズ、こんばんわ。旦那様に用事?」

「えへへ、そうなの。ドニいる?」

 日が落ちて、就寝時間までそれぞれの自由を満喫している男子野営寮にリズが顔を出した。毎日毎日婚約者に夜の挨拶に来るリズに、団員たちも慣れたようにドニを呼ぶ。

「こんな時間に男の寝床へ来るなんて駄目だべ」

 と、最初こそドニは小言を言っていたが、リズがそんなことで大人しく言う事を聞いてくれないことはドニにもわかっていた。それに、自分に会う為わざわざ就寝前に足を運んでくる好きな女性に、男は強く怒れないものだ。さらに

「まあ、心配しなくても、皆見知った顔だ」

「そうだよ。会いに来たら迷惑?疲れる?」

「リズさんの顔見たら元気が出たべ」

 二人の年齢を鑑みても、幼すぎるやり取りに周りの人間はやきもきして

「お熱いね」

 などと囃し立てるも、二人は赤面するだけで、特に進展などはないらしい。

「俺がドニの年齢のころは、もっとがっついてたけどな」

「最も持て余す時期だからな」

「なにをだよ」

 わっと湧く男陣営内。ドニはリズの手を引いて逃げるように外に出た。

「何を持て余すの?」

 しっかり聞いていたリズにとんだ質問を受け、ドニは慌てる。

「そ…それはその…」

 いや、知っといた方がいいのか?と思考を巡らせてもごもご切れの悪いドニにリズは怪訝な顔をする。

「もー!男だけの隠し事なんてずるい!ルフレに言いつけちゃうんだから!」

 彼女の機嫌が悪い。仲間はずれにしたつもりはないが、自分だけ会話の意味がわからないのが気に障ったようだ。ドニは頭をかいて、詳細は話さず一言で

「助平な話だべ、堪忍してけろ」

 と答えた。そこまで言わせて、リズはハッと口を閉ざす。リズだってそれぐらいの察しはついたらしい。

「ふぅん…」

 と、頬を染めて気まずそうに返事をする婚約者にドニは苦笑いした。

 婚約をしたものの、そういった話は二人の間でしたことがない。リズは年齢より幼いところがあるし、ドニの方もそんな話は自分が成人してからでも遅くないと考えていた。年相応の性欲は持ち合わせていても、相手は大事な女性であるし、自分の恋人である前に一国のお姫様なのである。

「ドニは知ってるんだ…?」

「へ?」

「だから…そういうの」

「おらは別に」

 リズは、足元の小石を軽く蹴って、1mも飛ばなかったそれを目で追っていた。視線の向け所に困っている様子が分かりやすくて、ドニは思わず吹き出す。

「笑った」

 顔をしかめたリズが睨んできた。本人は睨んでいるつもりだろうが、睨むと言うよりいじけている顔である。ドニは努めて笑顔を払って咳払いをする。

「リズさんが、めんこいからだべ…」

「この前も言ってたけど、”めんこい”ってなに?」

「え!」

 まさか伝わっていないとは思っていなかった。彼だって従軍してからは気を付けて標準語を話すようにしてはいたものの、言葉の端々に訛りや方言がでてしまうのは仕方なく自らも許容していたし、標準語と方言の判断がつかない言葉もあると自覚している。
 好きな女性への誉め言葉を一々説明しなければならない状況には照れくささがあった。

「…”可愛い”って、意味だ」

 リズは黙ってしまったけれど、ドニの袖をつんと掴んで、ドニを見上げた。リズの笑顔を押し込めたような微妙な表情は照れを隠していて、しかし瞳はなぜか不満気だ。

「私のこと、子ども扱いしてる…?可愛いってそういうこと?」

「違えだよ」

「大人の情事なんか知らないって思ってるんでしょ」

「おらだって詳しくねえもん」

「じゃあ、私と一緒?」

「一緒」

「…ふふ」

ようやく機嫌が治ったようなリズにドニはほっとする。

「でも、私たち将来結婚するんだよ。きっと、その、えっちなことも、するよね?」

「う…ん…」

「なによお!私とじゃ嫌なの?」

「え!そ、そんなことねえ! おら、リズさんとえっちな事してえ…!」

 ドニは言葉を止めて顔を伏せた。なんてことを口走ったのだろうか。「その」とか「あの」とか言いながら良いわけを考える。が、自分は正直にリズと男女の仲になりたかったし、それよりももっともっと、時間や喜び、哀しみや苦労を、二人で共有したいと思っていた。ここで誤魔化してかっこつけても仕方がない。

「…約束だよ?」

「約束?」

「大人になったら、するの!私と…。私以外の子と、絶対しちゃだめ」

「約束する」

 リズは咄嗟に小指を出して、それにドニが自分のものを絡める。幼稚な約束の儀式。リズは自分が子供みたいな気分になった。方や婚約者はどんどん成長していく。勿論、ドニはそんなリズを馬鹿にしているわけではないが、リズそれでも少し寂しさがあった。自分だけ何も知らない子供のままなのは、彼との差を感じて寂しい。

「ちょっとは自覚してるんだ。自分のこと、子供っぽいって」

 珍しくしおらしいリズの言葉を、ドニはじっと聞いた。彼女の手を握って、リズがぽつりぽつりと放つ言葉を待った。

「ドニは変わった。ううん。変わって…ない…出会ったときからずっと頼りがいがあって、勇敢で、何も変わらないけど、でも、どんどん変わっていって…何言ってるんだろう、私…」

「おらはおらのままだ。それに、まだまだ未熟だべ」

「そんなことない。どんどん大人になっていくドニに置いて行かれそうで怖い時があるの。自分でも良く分からないの…寂しいんだと思う」

 自分の言葉や感情に、リズ本人も戸惑っているようだった。でも触れているドニの手が暖かく、微動だにしない様子にリズは慰められていた。

「もしそうだとしても、おら、リズさんのこと置いて行ったりしない」

「…わかってる。ドニは優しいもの。でもね、私も頑張って大人になるから」

 せめて、自分が大人であるところを見せたかった。リズは目を瞑り、ドニの顔に自分のそれを近づける。つま先で立って、彼の頬に軽くキスをした。ドニが驚いて慌てるのを期待して顔を離したけれど、彼は顔を真っ赤にして、リズをじっと見つめるだけだった。

「…」

 何か言ってほしい。突っ込まれてもこの際構わない。それなのにドニはリズを見つめて固まっていた。勢いでやってしまったキスにリズは今更恥ずかしくなって、心臓がばくばくと音を立て始めた。その動悸がドニの視線のせいなのか、自分の行為のせいなのか、または両方なのか見当がつかなくて、彼女の視線は泳いだ。

「…怒った?」

 耐えられずリズがドニの機嫌を伺う。ドニはハッとしたように目を開いて首を振った。

「もう遅いべ。送っていく」

 と、何事もなかったかのように彼女の手を引いて女子棟へ歩き出した。そしていつものように夜の挨拶を交わし、別れた。

 リズはベッドへ潜り込むと、出会った頃は自分より低かったはずのドニの頬に、つま先で立たなければ唇が届かなくなっていたことに気づいて

「背、伸びたんだな…」

 と、婚約者と離れてしまった身長差に、また切なくなる。唇に触れたドニの頬のみみず腫の傷が、もうすっかり痕になって残ってしまっているのを思い出した。