これはただの胸糞悪い夢

18禁
Alphyne
小説
連載

※アンダーフェルの独自解釈有ります。(このサイトのアンダーフェルのAlphyneについてはこちらを参照)
※パラレルワールドの自分を夢で体験するという設定です。
 
 
 
 
 
 
 胸くそ悪い。と、アルフィーはこめかみを押さえたい気持ちになった。しかも、気を許してはいけない悪名高いアンダインの前で。 しかし、この屈辱的な状態に怒りを表したくても、思い通りに体は動かない。

「アンダインこそ、わ、私のこと、嫌いになってない?」

 おおよそ普段自分が言わない台詞が口をついて出てくる。

(なにそれ! こいつに嫌われたってどおってこと無いでしょ! 辟易してたんだから!)

「そんなことあるか!」

(……ほぉら、この馬鹿は懲りたりしないの)

 アンダインを前にして小さくなっているなんてとんでもない。この雑食かつ貪欲な魚人にそんな姿を見せたらすぐに食われてしまうぞ。そう思った。だが、目の前のアンダインはいつも以上に穏やかに、……といっても、狂暴な牙は健在だが、それを見せて笑った。手を伸ばしてくる素振りはない。

「夢の中で、こ、恋仲だったのかな……なんて!」

「へ?! そ、そ、そう、かなぁ……」

(奴隷よ、奴隷。恋仲なわけないでしょ)

「ど、奴隷?」

「ドレイ……?」

「あ! ち、違くて!」

(違わないわ。あの魚が私の奴隷になるって言ったのよ)

「……アルフィー、どうした」

 脳裏に聞こえる声に戸惑っているアルフィーに、アンダインが手を伸ばした。咄嗟に緊張するが動かない、そんな夢の自分をアルフィーは不思議に思う。どうしてその手を叩かないのだろう。魚人は無遠慮にベタベタ触れてくるに決まってる。
 ところが、夢のアンダインは指先で触れるか触れないかのところでアルフィーの黄色い頬をそっと撫でた。思わずソウルが跳ねる。

(……なにそれ! そんな、気遣うみたいに触らないでよ……!)

 毒づいてみても、声に出来もしなければ睨むこともできない。ただ、自分のソウルが切な気に鼓動するのを聞くことしかできなかった。
 普段と違うアンダインに、こちらの調子も狂う。

「き、昨日から変な感じで……」

「体調が悪いなら、休め」

 アンダインは立ち上がるとアルフィーをそっと抱き上げた。

「わっ、だ、大丈夫だよ……っ」

「でも、ここはホットランドより冷える」

 ようやくアルフィーはある仮説を立て始めた。この夢は自分の妄想だ。認めたくはないが。平和な世界でならアンダインとまともに想い合えると、どこかで考えていた。それが、こんな虚しい夢として自分に下らない願望を見せているのかもしれない。
 アルフィーは一旦騒ぐのを止めた。夢の自身も、静かになった脳内にほっと息をつく。

 ラボに送り届けられたアルフィーは、普段ならこのままベッドに連れ込まれるところ、やはり夢のアンダインはそれもせず、魚人はラボの前でアルフィーを降ろすと牙を見せて笑った。

「暖かくして休め」

 そう言ってあっさり帰っていくアンダインの後ろ姿を見つめながら、アルフィーは夢の自分が甘い片想いに胸を焦がしているのを感じ取っていた。

(何よ、何よ……!)

 ただただ、苛立ちが募る。

(言いたいことがあるなら言えばいいのに……!)

 現実のアンダインを想う。彼女はガサツで残酷だ。偏った愛情を自分に一心に向けてくる狂ったモンスターである。この夢は、自分が普段見ないように蓋をしている、アンダインとの静かな安寧を求める気持ちを思い起こさせるものだった。危険な起爆剤だ。
 残酷な地下世界で望んではいけない愛を、この夢の自分は手を伸ばせば手に入れられるのだ。それをしないで怖気づいて片想いに悩んでいるなんて甘えている。軟弱な自分に腹が立ったし、夢を形成する周囲の環境を理解したアルフィーは夢の自身に対して激しく嫉妬した。羨ましくて仕方無かった。
 同時に、どんな世界でも私たちは結ばれないのかと思って、悲しくなる。所詮、権利を与えられても卑屈なソウルではアンダインに手を伸ばすことは出来ないのだ。
 
 
 
「起きたの?ハニー?」
 
 
 
 聞き慣れた甘い声が耳元にかかった。目を開くと見知った光景。アンダインの腕の中だ。瞳を動かして、指を動かしてみる。思い通りに動く身体に安心して、アルフィーはさっきまでの感傷を忘れようとこっそり涙を拭った。
 アルフィーはアンダインと自分の体の間に何とか手を入れて彼女を押し返そうとした。

「離してよ。お風呂に入りたい」

「ピロ―トークしてから」

「あんたが粋なトークできるわけ?」

 馬鹿にしたように言っても、アンダインを喜ばせるだけのようで、魚人はニヤ付きながらアルフィーの体を無遠慮に撫でまわして離れかけた体を抱き寄せた。

「私の事、好きなくせに」

 アルフィーのソウルが跳ねる。自分がどんなに悩んでいるか、彼女には解らないのだ。こちらの気持ちを知らずに笑っているアンダインが憎らしい。彼女には、自分がなぜアンダインを受け入れられないのかも理解できないし、この忌々しい想いも知らないのだろう。世界の仕組みも考慮せず、単純に愛をぶつけてくるだけの浅はかな魚人に対して沸々と怒りがこみ上げる。
 視線を空へ投げれば、薄暗い自室にはホルマリンの香りが微かに漂っていた。あらゆる毒薬の瓶が怪しく光るのを目の端で確認する。残忍な王が支配するこの地下世界が自分の生きる場所。それをしっかり思い出す。

「…………」

 嫌いだ。そう心に思うと、幾らかではあるが気分が楽になる。アルフィーが冷たい視線をアンダインに向けると、ニヤけた笑顔を引っ込めて眉を寄せる魚人が慌てたように飛び起きて、黄色い足元に擦り寄った。

「ご、ごめん。アルフィー。怒らないで」

(今更何よ)

 思ったが、言わない。口をきかないことが如何に彼女を苦しめるか知っている。というか、アルフィーはある時アンダインが一番困ることが自分の無関心であることに気付いて唖然とした。何がそんなに恐ろしいのだろう。アンダインなら片手でアルフィーの首を掴むだけで唸らせて叫ばせ、殺すことが出来るのに。
 アンダインは何度も「ごめん」だの「許して」だのと猫なで声で呟いて、アルフィーの機嫌を取ろうとする。

「お前の望むものは何でもやる」

 黙っていると今度はプレゼントの提案。次は泣き落としに来るぞ、とアルフィーが予測すると、予想通りアンダインは泣きそうな顔をアルフィーに向けて胸に顔を埋めてくる。

「お願い。何か言って」

 アンダインがアルフィーのあらゆるところに口づけても、擦り寄っても、乞われたトカゲは黙っている。このままどうでもよくなって消えてしまえたらいいのにとアルフィーは思った。
 そうしていると、普段の猛々しさを何処に落としてきたのか、魚人は強面に飾った金の瞳を弱々しく潤ませた。

「黙っててもお前は私の物だからな」

 そんなセリフも涙声で言われたら迫力も無い。直後、アルフィーがアンダインを引っ叩く。

「あんたの物じゃないって、何度言えば解るの!? 私の奴隷になると言ったじゃない!」

「い、言った! でも、アルフィーは私にソウルを見せてくれないし……」

「あんたみたいな悪党を信じられるわけ無いでしょ」

「私はお前を奴隷になんかしない」

「煩い! あんたの気持なんか関係無い。この世界じゃ私は奴隷になるしかないの! あんたの奴隷モノになんか、成ってやるもんか!」

 アンダインが情けない顔を恥ずかしげもなくアルフィーに向けて涙を流す。めそめそと甘ったれた唸り声をあげてアルフィーの胸に顔を埋める魚人を見下ろしながら、アルフィーは自身のソウルが縛り上げられている気分になった。

「……泣きたいのはこっちよ」

 アンダインが顔を上げた。いつもなら、アンダインが泣き飽きるまで彼女を泣かしっぱなしにして知らん振りを決めているのに、今日のアルフィーはいつもより自分に情を見せているようにアンダインには思われた。

「あんたは何も解ってない。私がどんな気持ちか知らないんだッ。知ろうともしない!」

 言われ、アンダインはぎくりとした。確かにそうだ。蔑ろにしたいわけではないし、アルフィーを喜ばせたいと思っているが、最終的に自分の手元に居れば彼女を幸せに出来ると勝手に思っている。

「お、教えて」

「今更聞かないで!」

 そう、もう遅い。地下は汚れきってしまった。アンダインに素直な気持ちを伝えられたらどんなに良いだろう。そんなもしものことを考えても、世界はそれを許さない。
 それに、万が一ソウルを許してアンダインから奴隷扱いされたら、それこそもう自分は絶望に落ちて死ぬだろう。アルフィーはそんな未来しか思い描けず、喉を詰まらせた。

 アルフィーの涙を目の当たりにしてアンダインは思わず自身の涙をひっこめてしまう。悪行を腐るほど積んできたが、愛するトカゲを泣かせることに対しては、その罪深さに怖れを抱く。何とも都合の良い思考。神が居るなら呆れているだろうか。否……。アンダインは首を振った。

(どうせただのお遊びだ)

 神など信じない。もし居れば、自分などとっくに成敗されている。それでも居るのなら、すべては神の遊戯だろう。それなら、好き勝手暴れてやるし、欲しいものは手に入れてやる。アンダインはアルフィーを想って神聖な気持ちになる度にそう結論付けた。
 別の世界の自分たちの夢を見るのも、すべて名も知らぬ大きな力の思し召しだと思えば、信仰心のない自分にはどうでも良いことと捨てられる。

 アルフィーが、アンダインをもう一度引っ叩いた。

「いつまでそうしてるの」

「だって」

「あんたと違って私は寒さに弱いの。毛布っ」

 アンダインは数秒考えた後、アッと声を上げて毛布を掴んで彼女に掛け、いつもセックス後にそうするように抱きしめた。それで正解だったのか、アルフィーは何も言わずにアンダインの背中に腕を回した。それだけでも珍しかったのに、腕の中から小さく泣き声が聞こえたのにも驚いた。アンダインの胸に頬擦りしながら、アルフィーは

「最低……最低……」

 と弱々しく呟いた。

「ごめん」

「あんたも最低。この世界も、何もかも、最低よ……っ 私も……皆、死んじゃえ……」

 アルフィーが悲しんでいるのは理解できたが、その理由も分からないアンダインは戸惑った。彼女が望むものは何でも手に入れられる自信があるし、アズゴアの次に強い自分に出来ない事は無いという自負もある。それなのにアルフィーを怒らせてばかり居るのはおかしい。
 だが、そんな自分に対する不明確な不愉快さを感じつつも、アルフィーが珍しく甘えて擦り寄ってきてくれていることに快哉を叫びたい気分にもなり、アンダインはまた胸を焦がす。口悪く世界を呪っている彼女も、普段と変わらず可愛らしい。寧ろ、アルフィーがこうして悲しむことで自分に助けを求めてくるのであれば、多少涙も流させよう。彼女の小さい瞳から零れる涙を見るのは心苦しいが、自分がその後たっぷり甘やかしてやれるのだから、問題無い。

「何も心配いらないぞ、女王様」

 アンダインはそう言ってアルフィーを強く抱きしめ、彼女に隠れてこっそり歪な笑みを浮かべた。自分のソウルの痛みには遠に鈍感になっていた。
 
 
 
FIN