My Dear Creature -3-
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連載:My Dear Creature
若王子という男は確かに存在していた。日記を読んでも、これが夢物語じゃないかと半信半疑だったが、その男は大きな屋敷に住んでいて、それは美しく着飾って生活していた。貴族なのだろう。絵本に出てくる王子様だった。俺は身を隠しながら彼の屋敷の敷地内に忍び込み、創造主がどんな人物か観察した。
若王子は、憂いを帯びた横顔の美しい男だった。その男のそばに、これまた美しいドレスを纏った女性が駆け寄る。
「貴文さん、最近塞ぎ込んでる」
「デイジー。ごめん…都会に残してきた研究が頭から離れなくて」
「根を詰めて倒れたばかりじゃないですか」
「そうだけど」
仲睦まじい男女が話をしているのを敷地内の林の中から聞いていた。創造主よ、俺の耳にはお前たちの会話がよく聞こえるぞ。愛に溢れている。羨ましくて仕方がない。
「デイジー」と呼ばれた女性は彼と同じく美しいドレスを纏ってそんな美しい身なりに似合わず…いやむしろ似合っているのだろう。憂いを帯びた、でも血色の良い美しい表情を彼に向けていた。彼女の目元に影が入るのを見た若王子は彼女の顔を上げさせてキスをした。
「愛しているよ。でも僕は君に言えないようなとんでもないことをしてしまったんだ」
「何でも言って欲しいのに…」
「ごめんね…いつか。解決したら話すよ」
「お手伝いできないの?」
「そばに居てくれるだけでいい」
「貴文さん…」
寄り添う男女。何て幸せなのだろう。あの男の創造物である俺が彼から十分な愛を受け取っていたのなら二人を祝福していたのだろうが、今の俺にはそんな余裕はなかった。少し眺めていただけでもあの男が隣の女をとても愛していることが伝わってきた。つまり、デイジーという女性を殺せば俺と同じ苦しみをあの男に味あわせることができる。
― 傷付けないで
「…」
鹿乃の言葉が頭から離れない。それでも俺はこのまま立ち去ることはできなかった。暗闇を待って、彼の屋敷に侵入した。田舎の広大な土地にポツンと立っていた豪邸には警備員の姿もちらほらで、体だけは小さかった俺は簡単に身を隠しながら若王子の部屋まで辿りついた。
眠りにつこうと部屋のランプを消してベッドに横たわっていた若王子は俺の気配にすぐ気付いた。彼が声を出す前に俺は先制した。
「大きな声を出すな。殺さない」
「…君は誰だ」
「お前が都会に置いてきた”研究”だ。忘れたか」
「!!」
明らかに狼狽えた表情が暗闇でも見て取れた。
「まさか…!」
「静かにしろ。そうすれば今日のところは去ってやる」
「…」
「俺と約束しろ。雪山で待っているから、会いにこい。絶対だぞ。約束を破ったら、お前の大事な女を殺す」
「な…!」
「来ると約束すれば手出しはしない」
「…わかった。明日、向かおう」
「待っているぞ」
◇
若王子は約束通り雪山を登り始めた。俺はずっと遠くから彼を観察しつつ、洞窟まで誘導した。
冷たい氷のような石に腰掛け、俺たちはようやく二人きりで落ち着いて対話を始められた。
「どうやってここまで来た」
困惑する男に俺は今までの経緯を言って聞かせた。荒ぶりそうになるのをこらえても言葉の端々に俺の禍々しい気持ちが表れていたのだろう。彼はそれを神妙に聞いていた。
しかし、その後は自分の創造物に対する愛も情もないようなセリフで俺にこう言ったのだ。
「僕の罪よ、僕は君を消してしまわなければならない。君の存在を神は許しはしないだろう」
彼自身も辛いと見えて苦々しい顔を床に投げていた。しかし、俺の方がもっともっと苦しい!
「俺にとって神はお前だよ、創造主。人間だって神に対して憎しみもするだろ? お前が俺を捨てて逃げたために俺がどんなに惨めな思いをしたか解らないだろうな。少しでも哀れと思うなら、俺と約束してくれ。それを果たしてくれたら俺がこれ以上人間に姿を見せる事はない」
「何が望みだ」
「…」
彼に要求したいことがたくさんあるはずなのに、口にしようとするとそれが何なのかわからなくなった。俺はただ助けてほしかったのだが、具体的に俺自身を救う方法がわからなかった。振り返れば、俺は鹿乃さえいればそれで幸せだったんだ。そう、彼女が愛してくれた。けれどもうどこにもいない。ならば…
「花嫁」
「花嫁?」
「一人は淋しい。生みの親…お前ですら俺を疎んで殺そうとしている。けれど同胞なら、俺を受け入れてくれるはずだ。愛してくれる。鹿乃のように俺を愛してくれる対の存在が欲しいんだ」
「かの…? また私に罪を重ねろというのか」
「でなければデイジーという娘を殺す」
「…っ」
「何を苦しんでいるんだ。俺が憎悪の感情のままにお前の恋人を殺したとしたら殺人者扱いでも、お前が俺を殺すのはそうではないと?創造主様よ」
「…ああ、そうだ、僕が与えたのは「生命」。簡単に消してしまうことなどできない…な…」
「その通り。いいか、この惨めな命は愛と憎しみのどちらかが満たされなければもう一方に身を委ねるぞ」
「わかった約束する」
「花嫁を迎えに行く。いつになる」
「一月後」
若王子はそれだけ言うと山を降りた。俺は見送りもしなかった。花嫁を望むとは言ったものの、虚しさに襲われたのだ。俺が欲しいのは花嫁じゃない。鹿乃だった。
「う…っ」
俺の涙は足元の雪を溶かして小さな穴をいくつも作った。
◇
約束の日までもう数日の猶予となった。
鹿乃を失った悲しみは癒えることはなかったが仲間が増えるかもしれない気持ちでその日が待ち遠しかった。約束より早かったが俺は花嫁の様子を見に若王子の屋敷へ向かった。屋敷に彼の姿はなく、どうやら別の場所に研究室があるようだった。小さな町から離れた場所にある廃教会。そこに彼はいた。
「神よ、許し給え…二度も禁忌を破る僕を…」
教会のステンドグラスの下、彼は静かに首を垂れていた。おぞましい記憶が彼の手を震えさせているようだ。それはきっと俺の生まれる前のことなのだろう。死者の部品をつなぎ合わせ俺を作った彼の行為はまさに禁忌だった。
そう、俺は禁忌の存在。それでも存在しているのだ…!
教会の扉が開き、誰かが入ってきた。デイジーと呼ばれ、若王子から愛されていたあの女性だった。
「何を苦しんでいるの?」
「僕は…僕はただ、死を消してしまいたかったんだ…永遠に愛する人と一緒に居たかっただけなんだ。デイジー、君といつまでも…」
「落ち着いて。辛いならやめてましょう? ねえ、愛しているわ」
「逃げよう」
「え?」
「逃げなければ奴が来る」
なんということだろう。俺の願いを叶えず逃げるという若王子。あの男はあんなに愛されて、羨ましい。憎らしい。俺を醜く生み出しておいて、約束は果たさないと?
俺の心は冷たく凍っていった。
約束を果たそうか。お前が約束を破った時の、俺の約束だ…。
つづく
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