Healer of a Hero

18禁
Alphyne
小説

「それ、痛くないの?」

「え?」

 寝室のベッドの上、アンダインが毎晩の恒例のようにアルフィーに手を伸ばしかけた。いかがわしい目的は無い。寄り添って眠るのは二人の日常だ。アルフィーはそんなに慣れていないが、だからこそアンダインは早く慣れて欲しくてさも当然の習慣のようにベッドに潜り込んできたトカゲを毎晩胸に閉じ込める。
 そんなとき、アルフィーがアンダインの手を制するように(本人にそんなつもりは無いが)、彼女の腕に視線を落として言った。アルフィーの視線の先には自分の腕。アンダインは一瞬考えたが「痛くないの?」と聞かれれば、それがうっすら残っている傷を指していることがわかる。

「古傷だ」

「こっちのは、新しいよ」

 言いながら、青い肘をツンとつつく。自分から死角になっているが、腕を捻れば確かに、最近ついた傷が目についた。
 だがそれは仕方が無い。アンダインはモンスターの国の騎士団のトップであり、怪我をすることが多い職務についている。

「……見苦しい?」

 急に傷を指摘され、一応と思い聞いたが、勿論アルフィーは首を振った。

「でも、傷は痛いものだし」

「怪我した時の痛覚は仕方無い。この程度の掠り傷、忘れてるうちに治る」

「その、か、掠り傷でも、もし、人間の……」

「……悪意がこもっていたって私は負けない」

 小さい青い瞳がアンダインをちらりと見上げてすぐ目を伏せた。勿論本音は心配でたまらない。けれどそれを言ったところで、この騎士は使命を投げ出してはくれないだろう。
 アルフィーの言いたいことを何となく察知して、青い腕が黄色い指を掬った。

「なんだ、急に」

 そう言われても、アルフィーは困ってしまう。アンダインの体の傷は以前から気になっており、今指摘したのはたまたまだ。

 大事なパートナーに気苦労をかけたくはないが心配されるのは悪い気はしない。大事にされている実感にアンダインの口元が緩む。

「心配なんだ?」

「そりゃ……」

「撫でてくれたらいいのに」

「えっ……痛むの?」

 傷を撫でるのは読んで字のごとく「手当て」の基本で、モンスターには馴染み深い痛覚緩和法である。
 アンダインが首を振った。

「でも、多少治りも早まるだろ」

 アルフィーは首を傾げた。確かにモンスターは愛情で傷や病気の治りを早めることが出来るが、あくまで補助の役割しかない。モンスターの医者は治癒魔法が得意な者も居るが、大抵は弱ったモンスターの魔力の回復をサポートするのが仕事である。勿論、アルフィーはそんな魔法もサポートノウハウも持っていなかった。

「私、魔法、得意じゃないの」

 ペアからの愛情表現は強力な魔力の補助になるのは常識だ。けれど、アルフィーは自分のそれがアンダインに対して大した治癒力は持っていないと思っている。愛情の魔力は他の魔法と違ってペアの関係性に影響を受ける。相手をいくら想っていようとも、治癒力は受け側の度量次第。こちらがいくら目の前のモンスターに愛を注いだとしても、相手に受けとる気がなければ効果は薄い。

「そう」

「……『そう』って……」

「だって別に、私……」

 アンダインは一旦口を開きかけて照れくさそうに顔を歪めた後、項を撫でながら呟いた。

「私が欲しいのはアルフィーの愛情で、治癒じゃないからなッ」

「……」

(治りが早まるからって言ったのはアンダインなのに)

 いつもアンダインが他のモンスターにするように自分のことももう少し乱雑に扱ってくれないかとアルフィーは期待しているが、現実彼女はこちらが少し惑っただけで手を引っこめてしまう。
 アルフィーは傷にそっと触れた。それが本当にそっとなので、アンダインが笑って少しだけ身を捩る。

「擽ったい」

「ご、ごめん……っ」

 慌てて指を引っ込めるアルフィーのそれを引き留めるようにアンダインの手が咄嗟に黄色い手首を掴んだ。アルフィーのソウルが飛び上がる。ベッドを同じくするようになってからこんな接触も増えた気がするが、気のせいだろうか。意識しているだけなのだろうか、自分が。アルフィーはここのところ毎日そんな混乱が絶えなかった。
 地下に居た頃友人として同じ箇所に触れたこともあるのに、当時と今とでは状況も違えばアンダインがそれに込める気持ちも違う。今、恋仲としてどう反応するのが正解なのか、アルフィーには全く解らなかった。同人誌やアニメと現実は違い、手持ちのそれらが恋仲アンダインとの関係において全く参考にならないと最近気づき始めてガッカリする。
 そしてそんなアルフィーの戸惑いに、アンダインの方もどう対応して良いかわかっていなかった。自分の欲求のままに相手を扱えば当然照れ屋な彼女は逃げてしまうだろう。それは極力避けたい。

「ごめん」

 手首を離され、アルフィーは慌てて首を振った。謝られることは一つも無い。けれどアンダインはアルフィーが急に離れたり、逃げる姿勢をとると反射的に捕まえようとしてしまう癖があり、それは考えものだと自分でも思っていた。

 ふと、黒いタンクトップから覗く青い脇腹に掠った後があるのを見つけ、アルフィーはそこに手を伸ばす。

「な、なにこれ……っ 危ないよ」

 そこはアンダインの鰓の近く。魚類にとってデリケートな箇所である。アルフィーは眉を寄せた。

「これはこの前パピルスと」

 手合わせの最中に作った傷。仕事柄、良くあること。たまたま鰓の近くに相手の打撃が当たっただけだと説明したが、アンダインはそれでも気まずくなり脇の怪我を服の中へ隠した。

 パピルスは元より武術センスがあった。フリスクの専属護衛になってから“まとも”な料理ではない訓練を受け、近頃は戦術の会得も早い。地下にいた頃は優しいスケルトンを戦わせたくないばかりに修行などつけずパスタばかり作らせていた騎士隊長であったけれど、今はそうも言ってられない。共存の姿勢は保ちつつも、人間がモンスターにとって脅威なのは依然変わらないので護身のために弟子にも強くなってもらわなければならなかった。
 昼の訓練中、アンダインの脇にパピルスのボーンパイクが掠った。普段の武器と違う長槍を繰り出されて間合いを誤ったのだ。

「隠してやがった」

 と文句を良いながら弟子の成長が嬉しいらしいアンダインは笑っていた。のほほんとした雰囲気を持つ弟子に対し、どこか気が緩んでいたのも事実で、それは反省しなければならなかった。

「勝ったけどな!」

「もぉ……」

 鼻を鳴らして勝利を自慢する姿がヤンチャな少女のようで、アルフィーは釣られて笑う。

 だが、ふと恐ろしくもなった。

 アンダインの左目の負傷も、同じようにアズゴアとの手合わせ中であったという。このヒーローの強さの秘訣は「肉を切らせて骨を断つ」の猪突猛進さなのだ。自分の身が切られようとも相手から目をそらさず、カウンターの機会を見逃さない。だからアンダインにかすり傷をつけることは出来ても、誰も致命傷を与えられない。彼女の生傷が絶えない理由でもある。

(もし、アンダインが敵わない相手と戦ったら)

 そうなったとき、アンダインは絶対に引かないだろう。そして、自分の命と引き換えに刺し違えるか、そうでなくても相手にダメージを与えて背後に控える戦士たちに後を託すのだ。それはロイヤルガードの騎士の十戒にも記されていることだった。

 アルフィーが恐怖からぶるりと震えた。みるみる青くなっていくアルフィーの顔色に、アンダインも笑みを引っ込める。

「いやだ……。こ、怖い……」

 アルフィーがか細く呟く。
 アンダインがいつか負けて、世界から喪われてしまったら……。そんなこと、忌まわしくて口にもしたくない。けれど「戦わないで」とも言えない。如何に大事なモンスターアルフィー
の願いでも、アンダインにとってそれが譲れないものだということを、アルフィーは知っていた。

 ベッドシーツの上を滑り、アンダインがアルフィーの傍へ身を寄せ、彼女を抱きしめる。狭い膝の上で握りこぶしを作って緊張している黄色い手に触れて、それを解いて指を絡めた。熱が引いてしまったように冷たくなっているのが不憫になり、毛布を引き寄せそれに潜り込むように一緒に横になる。

(何が怖いんだ。私が傍で守っていれば怪我もさせないし、怖いものなど無いのに)

 脅威を挫く象徴である英雄の肩書を持つ自分が傍にいながら大事なパートナーの不安を取り除いてやれないもどかしさに歯軋りする。それもこれも、魂を重ねることが出来たら彼女に嫌と言うほど伝えることが出来るのに。今はまだそれが叶わないのもまたもどかしく、アンダインは震える鎖骨に顔を埋めた。暖かさを伴う土のようなセンシュアルな甘さが鼻腔を刺激する。これがアンダインには、自分にだけ効果のある毒にも思えるほど癖になる。酔ったように恍惚と目蓋を閉じれば一層甘い香りと柔さに眩暈がして、思わず口をあんぐりと開けた。ヒュッと息を吸い込んで、アルフィーの首に噛みつきそうになるのを既の所で止める。このまま吸い付いてしまいたい欲求と、彼女を驚かせやしないかという不安で視線を泳がせていると、アルフィーの喉から呻く声が漏れる。それがこれまた耳鰓に甘美に届くので、我慢できなくなって短い首筋に噛みついた。勿論、牙は立てなかった。

「ふ……っ!」

 一層、甘いダミ声で戸惑いの呻き声を上げるアルフィーの声に名残惜し気に唇を離す。やはり驚かせてしまっただろうかと顔を覗き込むと、隠れるようにアンダインの胸に顔を押し付けてしまって表情は伺えなかったものの、アルフィーにとって不可抗力とはいえ珍しく擦り寄られ彼女の熱い吐息を感じてしまい、アンダインのソウルはさらに跳ねた。

(こんなの、我慢ならん……ッ!)

 背中に回した手をアルフィーの寝間着のシャツに差し込み、背筋をそっと撫でる。直接触れるとよりその暖かさと柔らかさを実感でき、アンダインは自身を追い込むことがわかっていながらアルフィーの腰まで手を這わした。

「うっ……あっ……」

 最早呻けば呻くほど相手を煽っていることに気づいていないのか、それともわかっているのか、アルフィーは耐えるように声を漏らしている。
 一時でも、いつかこんな風に求められる時が来るとは予想していたものの、それでもアンダインの体温や、肌や、声や吐息がいつも以上に近く細部まで伝わってくるために、一々騒ぐソウルが煩くて仕方ない。いっそ彼女の好きなように全部手解きしてくれたら助かるのに。きっと人気者の英雄は経験も豊富だろう。

「あ……の……」

「なに?」

「えと……」

(って、何を聞くの?! えっちの仕方教えて、なんて言えないよ……! そ、それに、私は年上だし、こういう時、慌てちゃダメだよね!)

「……嫌?」

「い、い、嫌なんて、な、何も……っ」

「じゃあ、このまま、良いの?」

「へ?! う、ん……」

(このままって……?!)

 確認を取るにしても恥ずかしいし何となく何を言っているのかわかっているだけにアルフィーは惚けた思考のまま頷いた。結局慌ててしまうし思考力も鈍ってしまうのは尊いアンダインの前だから仕方ない。そんな諦めも生まれてしまう。

 一方、肩透かしぐらいあっさり了承が取れてしまったアンダインは焦っていた。

(い、良いのか?!)

 許されるならいくらでも、彼女の体を撫で回し、口を付けてどこもかしこも吸いつきたいし、可能な限り重なりあいたい。急に降って沸いた好機を逃したら、アルフィーの気が変わってしまう。そんな焦りと、彼女の前でかっこつけて安心させたい気持ちが鬩ぎ合うが、ここは子供じみた欲求が勝ったようで、もう一度黄色い肩に鼻を埋め、アルフィーの腰を撫でていた手を更に下まで這わせて寝間着のボトムスに指を差し込んだ。ゆっくり皮をむくように服を下ろしていくと、柔らかい臀部へ到達し、青い指が下着のレースをなぞる。

 そこで、アルフィーが身体を強張らせた。アンダインから撫でられているだけなのに恥丘の奥が痛むほど熱くなり、濡れ始めていた。下着は恐らく汚れてしまっているだろう。アンダインの指がそれ以上進めば彼女の指も汚れてしまう。

「待……っ そ、そこ……へ、変……なの……っ」

「変?」

 変という言い方は正確ではない。アルフィーはそれについて無知ではない。自分の身体に起きていることを説明できるが、勝手に盛り上がってしまっている事実を曝さなければならなかった。ただ撫でられているだけで体が勝手に性的な生理現象を起こしているなど、どう説明すれば穏便なのだろうか。
 そうこう悩んでいる間にも、辛抱できないアンダインの指が下着のレースの下に入ってくる。アルフィーは思わず顔を上げて弱々しい叫び声を上げた。

「きっ、汚いよ……!」

「え?」

「ぬ、濡れ……ちゃ……てる、から……」

 アルフィーは更に顔を赤らめて、観念したように呟いた。アンダインが耳鰭を広げなければ聞き取れないほど小さい声で。
 排泄しないモンスターの性器が濡れているということは、理由は一つしかない。アンダインはアルフィーの言いたいことが解り、喜びに体を熱くする。モンスターの生殖器が反応するのは想っている相手にだけで、それはアルフィーの気持ちが少なくとも自分に向いていることを示していた。当然、自身も疾うに濡れていて、彼女を求めていた。

「汚くない」

 構わず下着を剥がすように臀部を撫でていく。恥丘の方へ指を這わすと指先が濡れ、アルフィーの呼吸が乱れた。濡れた瞳が瞬いて涙が枕へ落ちていく。それが勿体無い気がして、アンダインは目尻のそれを舐め取った。

「こ、怖いの?」

 アルフィーが瞳を潤ませながら首を振るので、良いのか悪いのかわからず混乱してしまう。だが、怖いわけではないとわかると、アンダインの指がアルフィーのデリケートな部分をそっとなぞった。感じたことの無い感覚に股がきゅうっと締まり、そこを這う指を挟んでしまう。それがまた恥ずかしいのでアルフィーは耐えるように呻き声を上げた。

「でも、は、はしたない……恥ずかしい……」

 アンダインが眉を上げた。そんなことを言ってしまえば、自分は彼女の甘い声を聴いていて、その体を撫でまわしているだけで、勝手に濡れているのだから、より恥ずかしいということになる。こちらはさしずめ破廉恥か、それとも痴女か。そう思うと急におかしくなった。自分のほうが余程はしたないではないか。
 けれどアンダインにとってアルフィーを想って身体の女性性が反応するなんてことは珍しいことでは無かった。ゴミ捨て場で出会って恋慕を覚えてから、彼女を想いながら軽い自慰行為は何度かしてきたし、一緒に生活するようになったからといってその欲求が消えるわけもなく、しかしモンスターのそういった反応は単なる接触欲なので、人間のように発散しなければどこかで歪むということもないため、毎晩アルフィーを抱きしめることで何とか静めてこれた。
 地下に居た頃。自宅の私室で枕を抱きしめながら黄色い姿を想像して濡れる秘部に指を這わせ、身体的な刺激を相手とのまぐあいとして妄想(というのがモンスターの自慰であるが)したこともある。それで一時的に落ち着いても実際にアルフィーと触れ合っているわけではないので当時のアンダインは妄想から覚める度にお目当ての彼女に会いに行きたくなって仕方なかった。あの頃と比べたらまだ切なさに胸を焦がすこともないのかもしれないが、モンスターの身体は愛、希望、思いやりのエネルギーの集合体であるため、現状は現状で体は毎晩反応してしまう。

「いいぞ、はしたなくたって。私もだからな」

 アンダインは体を起こしてタンクトップを脱ぎ、それをベッドの下へ投げ捨てた。アルフィーの前でショーツを脱いで、そのショーツが糸を引いているのをわざとらしく見せつけるように指にひっかけてそっとベッドの下へ落とす。

「一緒だ。安心しろ」

「そ、そっ、か……」

(……そんなんで安心できないよぉ?!)

 急に色を纏って迫ってくる推しアンダインを前にして冷静でいられるオタクの方が少ない。しかし、当のアンダインはそんなことは知らないらしい。

「アルフィーも、脱いでくれる……か?」

「へ!?」

 アルフィーは自身の中途半端に脱がされたパンツと乱れたシャツを見下ろして慌ててシャツの裾を握った。

「そっそうだよね! アアアアンダインだけ、は、裸で、だ、ダメだよねっ」

「別に駄目じゃないが」

 これから仮にも目合おうという時。アンダインは改めてアルフィーの全身を見下ろした。出会ってから今まで大事にしてきた女の子である。自分との接触で少しだって傷付けることはできない存在だ。

「本当に、良いの?」

 一度は了承を得たが、それでもアルフィーの気が変われば、どんなに自分が求めていても手を引くしかない。番を前提に、今アルフィーのペアとなることを許されているのであって、独り善がりになってしまっては本末転倒である。
 そう、自分たちはまだ番ではない。だからソウルセックスもできない。が、その前戯として、番う前にフィジカルなセックスのみをするモンスターは多い。魂を直接コネクトできなくとも、肌からエネルギーを交換することは可能で、相手が番でなくても想い合っているペアであれば熱循環も効率が良い。メンタルや傷の治りに効果があるのはそのためだ。

(そっか、傷……!)

「い、い、いいよ……! そ、それで、傷がちょっとでも、治るなら……」

 アンダインは一瞬思案したが、数刻前の会話を思い出した。

「言ったろ。傷は関係ない。私、アルフィーともっと仲良くなりたいだけだ」

「なか、よく……?」

「もっと傍に居たいし、抱きしめたいし、キスもしたいし、恥ずかしいことも、したいし……」

「あ、う、うん……」

「番になったらセックスソウルセックスもしたいし」

「それは……!」

 そんな先の話をされても困る。とは思うが、アルフィーには断る理由も度胸も無いので、アンダインが望めばいずれそうなるのだろう。けれど、自分にそれが務まるのか自信が持てずにいる。我が身はモンスターであっても清らかではない。

「わ、私、その、あの、私のソウル……汚れてるから……っ! ま、待って」

「アルフィーは汚れてない。……でも、待てと言うなら、待つ」

「……わ……私、別に」

「解ってる。例えお前の魂が汚れていたって私は構わないんだぞ」

 アンダインは自身の服を握るアルフィーの手に自分の指を添えた。

「お前が許す所まで、”なかよく”したい」

「う……ん……」

「キス……したい……」

「……ぅ……ん……」

 アンダインがアルフィーの頷きとも呻きもとれない呟きに頷いて、アルフィーを抱きしめた。

(き、キス?! ……あれ、お、おかしいな。え、き、キス、って初めて?!)

 アンダインがたまにアルフィーの頬や額に唇を押し付けるソフトなキスはしていたが。それ以上のことはしていない。先ほどのように、首筋に噛みつかれたのも初めてだったが、普段アンダインが醸し出す甘い雰囲気を纏うコミュニケーションから、気持ち的にはキスも通過している気がしていた。
 顎を撫でられ、自然と上を向かせられる。そんなテクニックどこで覚えるのかと驚いてしまう。アンダインにそんな高等な技術があったわけではない。どうやってアルフィーを怖がらせず唇を重ねられるか思案している結果、撫でさすっているだけなのだ。
 相手の顔が近づいてくると、アルフィーはきゅっと目を瞑った。

「お、お、教えて……!」

「ッ……え?」

「私、は、初めてだからここここういうこと! アア、ア、アンダイン、は、い、いつも、どうやってたの? こ、こういう、えっちなこと」

「……?」

「あ、そ、そっか、ま、まず、脱ぐんだよね……! ぬ、脱がないから、よ、汚れちゃうんだ……う、うんっ、えと、ぱ、パンツから、かな……っ」

「ああ、そ、そうだな、脱ぐのが先か……いや、その……」

 ぶつぶつと呟きながら視線を泳がせるアルフィーの唇をアンダインの指がなぞった。自然と言葉が出なくなる。

「ごめん。もう、キスさせて……ッ!」

 そう吐き出して、アルフィーの唇に嚙みついた。もっとロマンチックにできなかったのだろうか。いや、焦らしてくるアルフィーが悪いんじゃないか。と、責任転嫁を思ったが、唇を重ねてしまえばそんな些細な文句は吹っ飛んでしまった。噛みついたそれがあまりに柔らかいので、どこまで唇を押し付けていいのかわからない。吸いついては離れて、角度を変えてまた重ねるを繰り返していくうちに、アンダインの方は距離感を掴んできたが、アルフィーは息も絶え絶えにそれを受けるのに精一杯だった。アンダインの唇が離れたのを見計らって息をつく。

「だ、大丈夫か?」

 呼吸を整えながらアルフィーが頷いた。息を止めていたわけではないが、慣れない密なコミュニケーションに呼吸が乱れていた。

「私も初めてだから、勝手がまだわからん。許せ」

「へ……?」

「苦しかったら合図しろ」

 アンダインが再度顔を近づけ、同じように噛みついてきた。今度はアルフィーが十分呼吸できるように、インターバルを挟みながらゆっくりとついばむものだった。キスの最中に無骨な指がアルフィーの下着に伸びて、ゆっくりそれを下ろしてしまう。

(ほ、ホントに初めてなの?!)

 とアルフィーはいろんな意味で疑問に思ったが、アンダインの方は逸る気持ちと想う気持ちで、団員との手合わせかそれ以上に神経が研ぎ澄まされていた。頭の動かし方は戦闘と同じらしかったが、本人は無自覚だ。
 アルフィーの柔らかさと触れ合っている心地よさ、脱がせてやらねば濡れた個所が心地悪かろうという気遣いと嫌がられていないかという不安が競合し、そうしているうちに顔を赤くして震えているアルフィーがまた愛しく思う気持ちに胸が潰れそうになる。こんなに乱されて、強敵と対峙している気分になった。

 アルフィーが惚けているのを良いことに、彼女の寝間着をたくし上げて豊かな胸を露にさせる。ナイトブラの上の谷間に顔を埋めてブラジャーに噛みつきながら引きちぎる動作で引っぺがすと、アンダインの目前に乳房がこぼれる。

良い眺めえっち過ぎるだろ……ッ!!)

 自分でやったことなのに感動してしまい、一瞬視線を奪われる。頭を振って気を取り直し、黄色い乳房に手を伸ばした。直接触れるのは初めてで、服の上から触れるより何倍も柔らかく、あつらえたように自分の手にフィットするので驚きと興奮で口が開いてしまう。自分は彼女を食う気じゃないないだろうな。と不安にすら思い始める。
 いい加減な脱がせ方をしては返ってアルフィーが戸惑うだろうと、青い指がブラのホックを探してアンダーバストをなぞった。フロントにホックを見つけ、それを外すとアルフィーは大きく呼吸した。

「ごめん、余裕無くて」

 とアルフィーに謝りながら急いでアルフィーのシャツのボタンを外していく。

(余裕なんて私のほうがもうとっくに無いよ)

 そんなセリフはアンダインの前で放つことは出来ず、アルフィーは唇を噛んだ。自分の物かアンダインの物か分からない唾液で自分の唇が濡れているのがとてつもなく官能的な気がしてアルフィーは更に顔を赤くした。
 脱がせたシャツをベッドの外に投げ捨て、アンダインが唾を飲み込む。

(可愛い!!)

「そ、そんな、見ないで……よぉ……っ」

「えっ?!……だ、ダメか?」

「あ……う……わかっ、た、も、好きに、して……っ」

 アルフィーが恥ずかしそうに両手で胸を隠す。それでも懸命に健気なことを言うのでアンダインの罪悪感が擽られた。

「ごめん。あんまり可愛いから」

「そ、か、な……」

「可愛い!……はッ いや、服を着ていたってお前は可愛いが!!」

(そんな可愛い可愛い言わなくても……!)

 自分のだらしない体が一体何がそんなに可愛いんだ。アンダインの引き締まったシルバーブルーの美しい裸体とは真逆ではないか。アルフィーはアンダインがなぜか嬉しそうに騒ぐ姿が理解できずに怨めしく見え始めた。でも、裸になるだけで彼女を喜ばせられるなら、恥辱も飲んで耐えよう。

「美味しそう」

「え?」

「……え”……あ、いや! 私は別にお前を食おうなど!! 柔らかくて甘そうだなって…………食わんからな!?」

「わ、わかってるよっ」

「ただ……牙は立てないから、か、噛ませて」

「えっ、う、ん、良い、よ」

(待って、どこを噛むって?!)

 アンダインから要望があれば後先考えず了承してしまうのはなぜなのか。ゴーストの友人がそれに関して苦言を呈して良い顔をしなかったのを思い出して彼の顔がチラついた。
 だが、アンダインがアルフィーの唇を筆頭に頬や首、乳房に唇を這わせだし、脳内はあっというまにアンダインの事で埋め尽くされ、友人の苦言も思い出せない。彼女は宣言通り噛むように黄色い体を食んでいったが、約束通り牙は立てなかった。その代わり、熱い舌がアルフィーの体を何度も舐め、その度に声が漏れてしまう。

「アルフィーは、声も甘いな」

 時折顔を上げてアンダインがため息をついて言った。

「可愛くてたまらん」

 そんな事を言うアンダインは言葉も甘いじゃないかと、アルフィーはそう言い返してやりたかったがそんな余裕は残されていなかった。アンダインの愛撫は徐々に下へ降りて良き、乾くどころか更に濡れてしまっている秘部へ顔を埋める。

「あぅ……!」

 アルフィーが甘い声で鳴いた。それがあまりにも官能的なので、アンダインが思わずため息を漏らす。そうでなければ冷静を手放しそうだった。いや、既に冷静さなど、捨てていたかもしれないが。

「心配するな。お前が痛がることも、嫌がることも、絶対しない」

(そんな優しいこと言わないでよぉ……!)

 乱暴に扱ってくれたらどんなに気が楽か。しかし確かに、今ここでソウルを覗かれる心配もなければ、英雄の一時の慰み物になるにしても、それは寧ろアルフィーにとって願ってもないことで、よく考えれば懸念事項など存在しない。

(アンダインを喜ばせられればそれでいい)

 というのがアルフィーの唯一の悩みどころでもあった。けれど、これが難しい。今のところは、何がいいのかわからなくとも彼女の前で裸体を晒して、好きにいじって遊ばれれば、とりあえずアンダインは楽しそうである。

「しても、良いのに」

「え……?」

「あっ、えと、ぜ、全然心配してません!」

「……」

 アンダインは跳ねあがったソウルを煩く思いながらアルフィーの恥部へ再度顔を下ろしていった。

(危ないこと言うよなぁ……)

 アルフィーの発言は時折アンダインをハラハラさせる。自分の身の権限を、易々と明け渡そうとする彼女の自暴自棄さは、それを死守したい騎士にとって一つの脅威だ。アルフィーの身も心も結局はアルフィーに帰属しているし、アンダインはそれを守りたいがために彼女に侍っている節もある。だが、しばしばアンダインの中にも「アルフィーの何もかもが欲しい」という気持ちが芽生え、そんな思考が生まれるたびに払ってかき消すことがあった。

 アルフィーの性器の割れ目に舌を這わせると、暖かい体液が絡みついた。それがなんとも、普段恥ずかしがりなアルフィーが自分に向けてくれる甘えのようにも思え、アンダインをさらに昂らせる。
 アルフィーの体が震えて小さい嬌声が聞こえ、もっと聞きたくて貪る気持ちで嘗め上げた。黄色い身体が更に震え、見れば胸を隠していた手が枕を握って赤くなっていた。

「すごい、えっちだ」

 薄目でこちらを見つめて息を荒くしているアルフィーの視線がさらにアンダインを掻き立てる。しつこく湧き出るアルフィーの体液を洩らさず舐め取ろうと口を大きくあけて、魚人の口が恥丘をぱくりと食べた。

「ひっ……!」

 口内で好き勝手に性感帯を舐められアルフィーの体がガクガクと震える。声を抑える理性も奪われ喉を逸らせて気持ち良さに耐えながらあられもない声で鳴き続けた。
 アンダインがアルフィーの腰を抱いて舌を奥へ突っ込むと、アルフィーの体は一度大きビクついて、ベッドに沈んでしまった。
 急に脱力したアルフィーに気付き、アンダインが口を放して顔を上げる。体液まみれになった口周りを舐め取りながら、アルフィーの胸に顔を埋めた。ソウルはしっかり動いており、荒くとも呼吸もしている。やりすぎてしまっただろうかと不安になり、負担にならないようそっと彼女を抱き寄せた。アルフィーの瞳がゆっくり開く。

「あれ……」

 と眼をきょろきょろ動かしているが、疲れ切った体はピクリとも動かない。

「ね、寝てた?」

「いや、数分、気を失ってた」

「え、ご、ごめん……っ」

 アルフィーの声は弱々しく、疲労困憊な様は一目瞭然で、それなのにアンダインの腕のなかで重たそうに体をもぞもぞ動かしている。

「今度は、私が」

 まだ息も整っていないのに、アンダインの背中に手を回そうとしている。これが就寝前のいつものことなら、どんなに嬉しいだろうか。アルフィーを愛でながらこっちの体も濡れきって自分の太ももまで垂れてきているが、それどもアンダインは首を振った。

「また今度」

「え……っ!?」

「だめ」

「え、え、で、でも」

 アルフィーが珍しくアンダインを見つめた。小さい青い瞳がゆらゆら揺れている。

「私 まだ……アンダインを、ぜ、全然、喜ばせてないのに」

「え……? な、どうして泣く?!」

「だって、意味がないもん」

 アルフィーの瞳から小さい涙がまたぽろぽろ落ちていく。アンダインはそれを落としてはいけない気がして指で拭って丸い頬を撫でた。

「どうしてお前が私を喜ばせないと意味無いんだ」

「それは、だって……」

「私を喜ばせたいなら、傍にいてくれれば良い」

(そんなの、無理だよ)

 傍にいるだけ、なんていうのはアルフィーが一番苦手なことだった。大事な存在には常に何か与えていたいし、身を捧げたいと思ってしまうのは最早このトカゲの性分だ。

「それで十分嬉しい」

 アンダインにとってアルフィーが傍で息をして幸せに笑ってくれるだけで良い。それを改めて思い出し、身を震わせた。大事なものを無くした記憶がチラついたが、アルフィーに頬擦りすることでそれを脳裏から無理矢理払った。
 アンダインから時折感じる切羽詰まった気迫に、事情を知らないアルフィーはいつも圧倒される。理由は解らなくとも、ぐっと耐えるような姿が痛々しく、その度にアンダインの髪を撫でた。

「……えっちなアルフィーが見れて満足したし」

 思いつめていたと思ったら、軽口をたたかれアルフィーは苦笑いした。アンダインからしたら、悪夢を払うための言葉遊びだ。特に今は、大事なピロートーク中である。

「また、シような?」

「え! あ、う、ハイ」

 アンダインは漸く機嫌を直したようにニヤリと笑った。それから、アルフィーの頬を指先で遊ぶようにつつく。

「ねえ、どうだった? はじめての前戯えっちは」

「えっ!」

「私、お前をちゃんと気持ち良くしてやれたか?」

「そ、そ、そんなの、聞かなくたって、わかってる、くせに……っ」

「じゃあ、気持ち良くてイっちゃったんだ?」

「や、やだぁ……っ」

 アンダインに言葉攻めをしているつもりは毛頭無いが、アルフィーは一々そんなことを確認されたくはなかったし、辱めを受けている気分だった。だが、アンダインが楽しそうなので、責めることもできない。

「可愛かった!」

「もお……っ あ、あなただって、初めてなんじゃないのっ?!」

「そうだぞ。気持ちよかった♡」

 アンダインがニッコリあっさり言ってのけるので、浮かれた恋人が可愛いやら憎らしいやらで、アルフィーは眉を寄せた。

「嘘……」

「嘘は言わん」

「だって、だって……」

「だって?」

「………………だっ……た……」

「ん?」

 アンダインの耳鰭も聞き漏らす程の小さな声でアルフィーが呟く。鰭を広げるアンダインの胸に顔を埋めてアルフィーがくぐもった声で叫んだ。

「なんか上手だった! 余裕だったしっ! ぜ、ぜ、絶対……っ嘘!!」

「……はああ?!」

 アルフィーは文句を言うが、しかし”上手”というのはモンスターにとって当たり前の話しだった。想い合ったペアであればテクニックなど要らずとも快楽が強いのだ。

「信じないあなたみたいなモテるモンスターがえっち未経験なんてぇッ!」

 珍しく噛まずにつらつら恨み言を述べるアルフィー。謎の迫力に百戦錬磨の騎士も若干肩をいからせ、応戦の体制を取ってしまう。

「なんで怒ってるの?!」

「解釈違いってやつよぉ!」

「私が未経験じゃ嫌だったのか?!」

「……そ、それは、どっちでも、良いです」

「……私だって、お前がもし過去に誰かと交わったって構わない。でも、私だけって思うと、ちょっと嬉しい。……ちょっとな!」

「う……うん……」

「アルフィーが怖がらないように、痛がらないように、頑張ったんだぞ」

「……そ、か……。ごめん」

「謝るぐらいなら。キスして」

「……なんで?!」

「してよ!!」

 そこは甘いムード満載?のピロートークの真っ最中なのだからしてほしい。というか流れでしてもらう気満々だったアンダインは口を曲げた。

(なんか、今日は、子供みたいだな。可愛い……じゃなくてッ。もしかして、甘えてるのかな……? まさかね……。でも……)

「ずっとしたかったんだからなッ」

「そ、そう、なんだ……」

「ナンダッ アルフィーはしたくなかったの?!」

「そんなこと……! いや、そこまで、か、考えて無かったと、いうか、もうしてる雰囲気だったというか……?」

「なんでだ!?」

「だ、だ、だって、アアアアンダイン、私のほっぺとか頭にはしてたし……!」

「そんなのキスにカウントするな!!」

 アルフィーがしょんぼりと俯くと、アンダインの指だけはそれを慰めるように彼女の額を撫で、胸に黄色い体を抱きなおした。だが、アルフィーの淡白とも捉えられる発言に

「畜生……嬉しかったのに……」

 と拗ねたことを呟く。

「わっ、わ……私も、う、嬉しかったよ!」

「本当か?!」

 拗ねるアンダインの機嫌を取ろうとアルフィーが思い切り頷いた。だが、それはアンダインからの終わりの見えない甘いコミュニケーションを許した一歩目となってしまい、後に少しだけ後悔することとなる。

「私を喜ばせたいんだったらキスしてくれたらいいんだ。簡単だろ」

(簡単じゃないよぉ!)

「ふふ、ほら♡」

(ほら♡ じゃないよ!! 目瞑って迫らないで!? う、美しい! こっちの目が潰れるぅうう!!)

「してくれないとこのまま明るい風呂に連れて行ってそこでしてもらうぞ」

 脅しなのか甘い誘いなのか解らないことを言われ、アルフィーは慌てて顔を上げて、アンダインの唇に自分のそれを恐る恐る重ねた。しかし、結局この後風呂場へ連れていかれ、明るい浴室でも何度もしなければならなかった。

 
 
 
FIN