英雄黄色を好む
青い指は慎重に、しかし素早く、柔らかい光源から手を離した。光の持ち主は少し眉を寄せただけで、自分がされたことなど露知らず、すぐに安らかな眠りに戻っていく。彼女が目を覚まして悲しい顔を見せませんようにと願いながら、いつの間にか荒れていた息を整えようと魚人は息を吐いた。
◇
人間の性欲に相当するモンスターの欲求は、肉体に対するものと魂に対するもの両方を指している。モンスターにとって肉体への接触欲と魂へのそれは地続きなもので特別区別はしないが、より強烈な欲求を産むのは魂に対するそれだ。
一般的なモンスターと一線を画しているようなアンダインも、そこはご多分に漏れず……と言おうか、「英雄色を好む」と言おうか、より強い欲求の持ち主であったが、同時に強い決意の持ち主である為にそれを抑えるのことは普段、難儀はしていなかった。
番に対する想いが一際強い一方それ故に相手へ無理強いすることはしておらず、人一倍恥ずかしがりの番アルフィーがソウルを見せる事に躊躇っていることもあり、結果二人は番であってもセックスはしていない。
勿論、そんなプライベートなことはお互い以外誰も知らない。一見性欲の強そうなアンダインのペアとなったアルフィーに対して周囲は「毎晩ご苦労なことだろう」と笑っているが、アルフィーは違う意味で毎晩苦労しており、番の情事など口にしたくは無いので頷くしかなかった。なので当然、アンダインが時折アルフィーに対する欲求不満で身を焦がしていることなど、誰も知る由も無い。
フィジカルだけの関係、と言えば人間の世界では聞こえは悪いが、モンスター界では「ソウルに手を付けずに我慢している」状態。ペッティングのようなものなのである。
(それでも構わない)
とアンダインは思っていた。
科学者のアルフィーと戦士の自分では体力も気力も体の大きさも違う。歳も自分の方が若い。有り余る気持ちとエネルギーで彼女に思い切り愛情をぶつけてしまえば、相手が潰れてしまうことは容易に想像できた。フィジカルなセックスは、アルフィーの体調が比較的安定している夕刻に誘うことが多い。
アンダインからの誘いを、アルフィーは絶対に断らなかった。
「好きにしていいよ」
というのがアンダインに対するアルフィーのスタンスで、自暴自棄とも取れるほど身を預け過ぎな彼女の言動は魚人を焦慮させる。しかしそこに甘えているのもまた事実なので、アンダインはそんなアルフィーを事ある毎に身体だけ抱いた。
情事が終わると、ぐったりとベッドに身を預けたアルフィーの上で、そんな官能的な番を眺めながらアンダインも自身の性感帯を以て軽く果てる。それで二人の身体的コミュニケーションの一連が終わる。特に不満や不足は無い。
(でも)
気絶して眠ってしまった番の体と一緒に毛布に包まる。こんな時が一層、ソウルに指を伸ばしたくなる。アルフィーの豊満な胸部を軽く押すと、柔らかすぎるそこは青い指を飲み込まんばかりに沈めた。触れ合いを楽しんだ直後であるのに、まだ物欲しげに喉が上下する。
(アルフィー……!)
衝動的な気持ちを抑え込むように、彼女の名前を脳内で叫ぶ。声に出来ない代わりに牙に力が入り歯ぎしり音が漏れた。こんな狂気の顔は彼女に見せられないなと、嫌に冷静なことを頭の隅で思う。
(アルフィー! 好きだ!!)
黄色い左胸部を撫でる。指先が急に暖かくなり、毛布の内側でほのかに明かりが点った。
アンダインはソウルセックス未経験であったが、瞬時にそれが何の光なのか理解する。
(しまった!)
と思ったときにはアルフィーが眉を寄せて呻く声が聞こえていた。その甘いことといったら、黄色い胸から手を放すことを一瞬躊躇ってしまう程。しかしそこは鉄のメンタルを備える英雄。相手から素早く体ごと離れる。
アルフィーは眠ったままだったが、離れてしまった青い胸部に温もりを求めて擦り寄った。アルフィーの潜在意識は、この厚い胸がいつも自身を暖かく包んでくれることを理解している。
「……」
アンダインは息を潜めて、ゆっくりと呼吸を整える。徐々にソウルの明かりが消えていく。
自分の軽率な行為に唇を結んだ。考えたらわかりきったこと。ソウルはなにもお互いの同意で触れ合うものではない。信頼していれば、片方が求めれば触れることが出来る。アルフィーが眠っていてもそれが可能だった。だが、顕在意識で嫌がっているものを、勝手に見ることはアンダインには憚れる。
同時に、こうも簡単にアルフィーのソウルに触れられるという事実は、それだけ自分が彼女に強く信頼されているという証だった。アンダインはそれに気づいて一人で口元をニヤけさせる。
(私の事、想ってくれているか、アルフィー)
直接ソウルに触れたわけではないのに、既に嬉しくてたまらない。アルフィーの顕在意識が許可すれば潜在的なものは自分と繋がりたいと思っているのである。アンダインのソウルが鼓動し始めた。
(待て、待て)
そう思うのに自分のソウルは共鳴相手を求めて鼓動を速めている。ここで手を出すわけにはいかないが、もしも今、アルフィーを起こしてソウルを求めてしまっても、彼女は最終的には自分を許してくれるだろう。だが、一時は悲しませてしまう。青い瞳が歪み、小さい瞳から涙を流す姿を思い浮かべるだけで、アンダインの胸は痛んだ。
つい数分前まで甘い触れ合いをしていたじゃないか。それで我慢しろ。そう頭で訴えても気持ちは簡単に落ち着くものではない。
「アンダイン」
とアルフィーが寝惚けて舌足らずに呟いて、それで更にアンダインを煽ったとしても、呼ばれた方は唇を噛んで耐えるしかなかった。
◇
「ごめん、いつも……」
数分後、目を覚ましたアルフィーは、アンダインの愛撫で気絶してしまう自分を責めてわざわざ謝る。それが毎回なので、アンダインはその都度首を振らなければならなかった。
いい加減慣れて欲しい。裸で抱き合って眠るのだって昨日今日始めた事ではないのに、アルフィーは未だに恥ずかしそうにしているし、今も両手で顔を隠して抱き寄せられるのを戸惑っている姿を見せられ、アンダインは未だに歯痒く思う。そんなに顔を隠すなら、その手を甘噛みしてやろうか。そんな意地悪も思い浮かぶが、やめた。セックス中に同じ事を散々やったのを思い出したのだ。
「ちょっとだけ、夢見ちゃった」
「……どんな夢?」
「う~ん……気持ち良くて、暖かくて……『あ、これ、欲しかったんだ~』ってのが、目の前にあったんだけど、何かわからないまま、目が覚めちゃった」
「へぇ……」
「何だろ。この前買い逃したみゅうみゅう10周年の限定フィギュアかな」
「ふぅん……」
「あっ、ご、ごめんね、変な話して」
「全然!」
アルフィーが何を言いたくて、その夢が本当は何を差しているのか解らない。しかしアンダインには何となくそれが伝わり、まだ火照りの残るアルフィーの体を抱きしめた。
「お前が欲しいものは、私が全部くれてやるぞ」
「いいよぉ。流石にもうどこにも置いてないよ。みゅうみゅう」
アルフィーは苦笑いしたが、アンダインは構わず上機嫌だった。
END