Selfish Love 2/2

18禁
Alphyne
小説
連載

 コーディングの合間にため息をつくのは今日何度目だろうか。今朝はアンダインが望んでいた「おはようのキス」も満足に出来なかった。しかも騎士の朝は早く……というのは、ベッドを出てから外出までの時間が、であるが、アンダインは起床後軽く身繕いをして、ジーンズを履いたら出かけてしまう。その間数十分、アルフィーがうかうかしていると見送るタイミングを逃す程だ。リベンジの機会など無かった(と言い訳したい)。そのことがじわりとアルフィーの脳のリソースを侵食していた。
 今夜はきっとアンダインの要望に少しでも答えるのだと決意するが同時に「いやどのタイミングで?」だとか「前置きは何を言えば?」などと陰々滅々と考えてしまう。時計の針は無情に進んでいった。

(こんな時ばっかり一日早いんだから!)

 誰に言うわけでもない恨み言を脳裏で吐いたところで時は止まってはくれない。こんな日に限って予定通り仕事を終えて、アンダインが帰宅した。

「ただいま」

 執務室のドアの向こうから低い声が聞こえると、アルフィーは急いで仕事の閉めの作業をしてリビングへ駆け込む。アンダインが両手にカップを持ってキッチンから出て来るところだった。

「今持って行こうとしてたんだ」

「あ、ありがとう。その、お、お帰りなさい」

 渡されたカップの中はホットのカフェオレ。自分の為にたっぷりと蜂蜜を入れてくれているであろうそれをうっかり受け取ってしまったので、アルフィーは立ち尽くしてしまった。何のために急いで仕事を切り上げたのだったか。

「食事は済ませたか」

「あ、えと、仕事しながら摘まんじゃった」

 そんな風に他愛無い話をしているうちに、アルフィーはまた徐々に落ち込んでいった。せめてアンダインから催促でもあれば思い切ってハグの一つも出来たかもしれないが、今日に限って彼女は甘えたことを一つも言ってこないのだ。しかしそれを恨みがましく思うのはお門違いである。

 渡されたカップを持ってソファに座り、カフェオレを口に運ぶと自分好みの甘いテイストと珈琲の香りが鼻を通っていき、緊張と不安を幾ばくか落ち着かせてくれた。
 部屋着のシャツワンピのポケットに入れたスマホを取り出して、検索エンジンでカップルとのコミュニケーション法について色んなブログやnoteを読み漁るが、実行できたためしがない。

 以前も読み込んだ記事を読み直していると、通知バーにサインがスライドインしてきた。みゅうみゅう公式チャンネルのスマホゲーム情報配信ライブが始まっていた。

「あ~あ」

 と、思わずため息が漏れる。公式の配信は有難いが、何故か人気の2の新キャラばかり贔屓されてあまり遊ぶ気になれなかった。未練がましく公式の配信をチェックしてはいるが、1stの情報は無さそうである。
 動画視聴に熱中していると、ずしりと隣に重力を感じて体が傾いた。アンダインが隣に座ってアルフィーの腰に手を回す。

「何見てるんだ」

 とスマホを覗き込む。パーソナリティが「ツイッター1万RTでミュージュ50個!」と叫ぶと動画横のコメント欄が沸いた。

「何を言ってるのかわからん」

 言いながら首を傾げてついでとばかりにアルフィーに頬擦りするアンダインに照れるやら面白いやらでなんだかくすぐったい。

「ガチャを回すためのアイテムがいっぱい貰えるの」

「ふぅん」

 説明したところで興味無さそうなアンダインの返事が露骨で面白く、アルフィーは笑った。アンダインの興味は遊ぶ予定の無いスマホゲームではなく、アルフィーの笑顔に向いているのだが、そんなところまで当のトカゲは予想出来ていない。
 アンダインはアルフィーが笑う度に胸を熱くさせた。

(笑った。可愛い)

 以前はあまり笑顔を見せてくれなかったアルフィーを何とか笑わそうと奮闘していた地下の頃を思い出す。あの頃の方が、今よりも彼女を大事にしていたのではないか。アンダインはふとそんな事を思い、昨晩の反省を再度内省した。

(そんなはずあるか!)

 アルフィーの安寧と喜び、そして甘い関係を純粋に求めていた頃の自分と今の自分で何が違うのだろうか。影を背負っていたアルフィーの、背中にのしかかっているものを取り除いてやりたい一心だった。人間はどうか知らないが、アンダインは大事な番の不憫を許すことは出来ない。それは今も同じなはずだ。
 昨晩を振り返れば、行為中に身悶えるアルフィーも一緒に脳裏に浮かぶ。思い出すだけで体が熱くなる、刺激的な彼女の裸体。自分の指が食い込むほどの柔い乳房に顔を埋めて唇で食んだり先端を甘噛みする度に、アルフィーの膣に入れた自分の指が切なげに締め付けられ、本人の口よりも雄弁にアンダインを求める。その反応が嬉しくて、胸だけでなく体中に唇を這わせてしまう。
 眉を寄せて熱い吐息を悩ましげに乱すアルフィーの姿は、アンダインの独占欲を満たし、相手を惑うほど喜ばせているという充足感を与えた。

(だからって、アルフィーは私を満足させるための道具じゃないッ)

 チラリと見上げたアンダインが悶々と思い悩んで眉間の皺をどんどん深めていくので、アルフィーは笑みをひっこめた。英雄様はいつまでもアクションを起こせないパートナー自分に苛立っているのかもしれない。

(これ以上は嫌われちゃう……!)

 求める情報も無さそうな動画を閉じる。そして、瞼を伏せて虚ろに空を見つめている金の瞳がこちらに向いていないのを良い事に、アルフィーは青い頬に唇を押し付けた。

「…………」

 アンダインの赤い瞼がピクリと動いて、徐々に頬が赤らんでいく。どうしてこんな時に限って翻弄するようなことをするんだろうか。と、アルフィーを恨みたい気持ちになる。思い切り抱きしめてソファに押し倒しそうになる欲求を抑えながら、あれこれ思議してアンダインが黙って固まっていると、アルフィーが真っ赤になりながら両手で顔を覆った。

(間違えたんだ!)

 しかしそんな様子がさらにアンダインの欲に追い討ちをかけた。

(なんだその可愛い顔はッ!)

 照れ屋な彼女の事だ、さぞ勇気を振り絞ったのだろうということは分かる。アンダインは今朝言った自分の言葉を思い出した。確かに色々強請ったが、もしやそれを一日気にしていたのだろうか。

「わ……私の我儘に振り回されなくて良いぞ」

「へっ?」

「困って照れてるアルフィーを見て遊んでるだけなんだ。私は」

「え!」

 アンダインは素直に白状した。それが最善だと思ったが、言ってから心が揺れた。出来れば愛する番から嫌われたくはないが「困らせて遊んでいる」なんて扱いをされて良い気はしないだろう。アルフィーにそんなことをする者がいれば本人が許してもアンダインは許さない。身勝手な感情に苛立ちを覚えた。いっそアルフィーから「やめて」とか「ひどい」など蔑まれでもすれば、自分はきっと目を覚ますはずだ。

「そ、それ、楽しい……?」

「ぬッ?! た、楽しいとは」

「私で遊んで、た、楽しい?」

「たッ……!?」

 アンダインの金の瞳が泳いだ。「決してお前を不幸にしたいとかではないッ」だとか「楽しいというのはお前が可愛いのであって!」などと言い訳が脳内をマッハで駆け巡る。アンダインは頷いて、考えた言い訳をどうにか続けようと口が開きかけると、アルフィーがほっとしたように笑った。

「楽しいなら、良かった」

「……は……!?」

「わ、私、上手くできないから、いっそ笑ってくれたら、安心だよ」

「……」

(私は別にお前を笑い者にしたいんじゃない!)

 そう言いたいが、アルフィーが「安心」と言っているものを否定して良いものか迷ってしまう。

「アンダインの意地悪は優しいし、遊んでくれたら嬉しい、し、楽しかったらそれで、良いよ。我が儘なんか、い、いくらでも、言ってよ。だって私、何も返せてないから」

 言われ、アンダインは思わずアルフィーの腰を抱く腕に一瞬力を込めたが、もう片方の手が先に動いて自身の頬を叩いた。小気味良い音にアルフィーは驚いて、慌てて叩かれた魚人の頬を撫でる。

「え!なっ、どうしたのっ?!」

「煩悩が」

「煩悩」

「なんでも無いッ!」

 柔らかい手の平に撫でられた頬はあっという間に赤みが引いていく。アンダインはいつもアルフィーが自分に対して持っている治癒能力を不思議に思う。

「お前は危ない。直ぐに相手を信頼する。遊ばれても良いとか言うなッ」

「で、でも、アンダインだけだよ」

「それなら良いか……ッダメだ!今は寧ろッ!」

「ええ?!」

 アルフィーの無防備さにアンダインの鉄の忍耐力は徐々に力を失っていった。腰に回したままの手が我慢ならないとばかりに柔い腰を抱き寄せる。

「私は別にお前を弄びたいんじゃない」

「……そ、そんな、の……知ってるよ」

「でも、その、お前が可愛いから、つい……!」

 アンダインはアルフィーの埋もれた鎖骨に頬擦りした。辛うじて「可愛いお前が悪い」という責任転嫁の言葉を飲み込み口を閉じる。

「アンダインになら、弄ばれたって、私、う、嬉しいよ……」

 アルフィーにとって、積極的に行動して失敗したり上手くいかない事の方が多いのであればいっそ好き勝手にされて喜ばれるならそれで良いのである。
 しかも、目の前の英雄は見た目と態度が威圧的なだけの優しいモンスター。何を言っても、結局は番のトカゲに優しすぎるほど優しいアンダインであったし、アルフィーは例え本当に弄ばれたとしても、一時の騎士の慰みに成れればそれで良かった。

 無自覚に紡がれる甘い言葉にアンダインは瞼を閉じているのに目眩をおこしそうになった。気をしっかり持たなければと思いながら、はにかみが隠し切れずアルフィーの胸から顔を上げることが出来ない。彼女を我が物顔で扱いたいわけではないが、信頼して身を任せようとしてくれるのは素直に嬉しいし、苛烈な自分の盲愛がアルフィーに煙たがられていないのであれば、もう少し甘えてもいいのではと期待もしてしまう。

 手持無沙汰になった黄色い手が、自分の胸の谷間に顔を埋めて黙っている魚人の鮮やかな赤髪をそっと撫でた。アンダインのソウルはアルフィーの一挙手一投足のために簡単に乱され、それを抑えようとすればするほどアルフィーを求めて鼓動した。

(弄ばれているのは私の方なのか?!)

 鼻を押し付けている柔らかい胸の奥から同じく鼓動を早めた音が聞こえ、こんなにお互いのソウルを共鳴し合っているのだから今すぐ心で交わりたいと思ってしまう。

(馬鹿! アルフィーが困るだろ!)

(煩い! 私は許されている!)

 薄っすらと目を開ければ目の前には可愛い番の柔肌。アンダインは思わず口を開いてシャツの上から甘噛みする。

「アッ……」

 とアルフィーが小さく震えて声を上げた。その声を聴いてしまったら、もう止まることは出来ない。

「ごめん」

 とだけ言って、相手をソファのひじ掛けに押し倒した。アルフィーは恥ずかしさから一瞬目を閉じたが、震える指を何とか胸元へ持って行ってシャツワンピースのボタンを開けていった。アンダインが自分を弄ぼうというのなら受け入れるだけだった。
 アルフィーが自分で脱ごうとする姿にアンダインは思わず生唾を飲み込む。競うように自分のタンクトップも脱ぎ捨てて、まだボタンに悪戦苦闘しているアルフィーの唇に噛みついた。数秒か数分か、時間感覚がマヒしていたが、暫くお互いの唇を食んでから、アンダインは止まってしまった黄色い手に指を添える。

「続けていいぞ」

「う……っ」

 アルフィーはシャツの最後のボタンを震えながら外し、アンダインの下で体を捩りながら袖から腕を出した。アンダインが黙って見下ろしているので、催促されている気がしてさらに自分のブラジャーのホックに手を伸ばす。

(さ、最高の眺めだッ!)

 アルフィー自身の手で下着が取り払われ、露になった乳房にアンダインは釘付けになった。毎日のように見ている裸体なのに、まだ慣れないというのはどういうことだろう。アルフィーは恥ずかしさのあまり悲しくも無いのに目に涙を貯めていた。

「ア……し、下も……?」

(下も?!)

 言いながら、今度はショーツに手をかけるアルフィー。アンダインは止めるべきか一瞬迷ったが、なぜ止める必要があるのかと思いとどまった。

 アルフィーの腹部にぽたりと何かが落ちる。

(ウッ?!)

 アンダインは慌てて口を拭った。興奮と集中で涎に気づかなかったらしい。まるで獲物を前にした獣みたいな自身の姿をアルフィーにどう思われたかと心配になり、彼女の顔を覗き込む。アルフィーはアンダインの唾液が落ちた腹を一瞥しただけで何も言わなかったが、顔を真っ赤にさせていた。それからもぞもぞと腰を動かして、なんとかショーツを膝まで下ろすと、それを見たアンダインも自身のジーンズパンツのチャックを下ろし、下着ごとソファの下に脱ぎ捨てた。中途半端に方膝に引っ掛かっているアルフィーの下着を取っ払ってやることも出来たが、レースの白いそれがアルフィーの膝を飾っている気がして止めた。
 いつもは「明るいから」と言って間接照明程度でも灯りのついたリビングで求めようとすれば逃げてしまうのに、今日のアルフィーは体を火照らせてじっと堪えている。暗くとも、ウォーターフェル出身のアンダインにはアルフィーの表情は手に取る様に見えるのだから、せめて電気を消してやるべきかもしれないが、いつもよりさらに照れた彼女とセックスできるかもしれないと思うとそれも勿体なく思ってしまう。

「積極的なお前も可愛いぞ」

 熱い吐息を吐きながらアンダインの指がアルフィーの腰を撫でる。正直もう気持ちだけは昂っていて、今すぐにでもソウルで交わりたい。甘いムードにぐずぐずに溶けたアルフィーソウルに思い切りエーテルを流し込んで波立たせてやりたい。自分の熱いエネルギーで包み込んで絶頂を見せてやるのだ。勿論、アルフィーの甘く暖かいソウルに自分のそれをダイブさせたら、アルフィー特有の柔和な受容にアンダインもその時は一気にエクスタシーに駆け上るしかない。

 体を重ねてソウルの干渉を試みれば、それは簡単に輝きを見せた。

「ま……待って……早い……よぉっ」

「だって、昨日は前戯で終フィジカルセックスわっちゃったし」

「アッ ごめん……っ、い、いいよ……ッ!」

 アルフィーが離れかけたアンダインの胸を追って彼女の首に腕を回すと、2人のソウルの光が重なり合う。アンダインにとって十分すぎるほど今日はアルフィーから愛情表現をされて、既に胸は満たされていた。いつもより昂ったアンダインのソウルは大きく波打ち、脈打ったプロミネンスが喜びの感情を直接アルフィーのソウルにぶつけると、あっという間に二人はオーガズムに達して意識を手放した。

「……いてッ」

 アンダインの体を受け止めきれなかったソファが彼女を床に落とす。ソファに文句を言っても仕方ないが、アンダインは軽く舌打ちをして立ち上がった。体は余韻に浸って放熱し、ソファに取り残されたアルフィーをまだ求めているようだ。寝息を立てる彼女を抱きあげて、アンダインは寝室へ向かった。

 結局、アルフィーがもっと気軽にアンダインに触れられるようになるのはずっと先のことだったし、アンダインがアルフィーに対して後ろめたいほどの熱愛を上手に扱えるようになるのもずっと先の事で、まだ探り合いは続くだろうと、魚人は一人思った。けれど別に、自分はこの先ずっと腕の中の女性を手放さないし、逃がさないし、急ぐ事は無いのだから

「いいよな。それでも」

 そう呟いて、アルフィーとベッドに潜り込んだ。
 
 
 
END