Selfish Love 1/2
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連載:Selfish Love
魔法の存在であるモンスターではあるが、仮にも肉体を持っているためにフィジカルなセックスを楽しむ番は少なくない。とは言えそれは快楽を求めるものではなく、相手に対する接触欲を満たすためのものが大半だ。
動物や人間に容姿が近いモンスターは性器や性感帯がそれらと似ているため、各々の身体に合った接触をする。よってモンスターという種族の中でフィジカルなセックスにセオリーや決まりはなく、ただ触れられれば良いというものだ。彼らにとって最高の快感はソウルの交わりであって肉体の快感はそれに匹敵しないが、番同士であれば肉体に準じた性感帯が機能し、フィジカルな快楽も得ることは出来る。
人間の容姿に近いアンダインやアルフィーは、魚やトカゲの要素を有していても、肉体のそれは人間の女性に近かった。モンスター故に人間ほどの肉欲は無いものの、アンダインは特にアルフィーに対して接触欲が強く、セックス中は彼女の性感帯を好んで刺激した。腰を撫で擦り、恥丘に指を這わせ、そうすることで相手が快感に震えるのを見るのが、アンダインにとってセックスの大きな楽しみだった。
「アッ……」
一方アルフィーは、憧れの英雄を前に理性を剥がされている自分が恥ずかしくてたまらなかった。快感と恥辱感の間で揺れながら眉を寄せて、齎される甘い触覚に堪える。その表情にアンダインが
「痛む?」
と確認しても、痛むことなど一つも無いので首を振るしかできず、それは「気持ち良い?」と聞かれて頷くことと同意であるので更に恥ずかしい。
「嫌か?」
アルフィーは首を振って喘ぐだけで、頷いたことはなかった。決してアンダインを拒否したいわけではないが、居心地が良い訳ではない。大きな波のように何度も与えられる愛情に全身全霊で浸れたらどんなに良いか。しかしセックスの最中にも、否だからこそ醜い自分の身も心もさらけ出している状態が気が気でなかった。
自分との目合いでアルフィーに不快を感じて欲しくないと思っているアンダインは彼女の状態を頻繁に確認したがり、気持ちを聞きたがった。鋭い牙を潜め、トカゲの柔い皮膚を傷付けないように慎重に唇を這わせ、恥丘まで顔を下ろしていくとやっと口を開いて既に濡れきっているそこに舌を這わす。其処を覆う体液に舌を浸して絡ませるようにぐるりと舐め回すと、アルフィーが一層鳴いた。
「ごめんなさい」とか「許して」だとか意識朦朧としながら懇願する番を不憫に思いながらもアンダインはただ彼女が愛らしいと自分が強烈に思っていることしか自覚できなかった。アルフィーを愛でながら、誰にも触れられていないはずの自身も熱くなり、秘部が濡れているのがわかる。
(アルフィー、可愛い!)
溜め息を漏らして脳裏で叫ぶ。扇情的なアルフィーの裸体と甘い喘ぎ声だけでこんなにも自分が反応してしまうのが不思議だったが、アンダインはあまり深く考えなかった。全ては可愛い彼女が悪いのだ。理由はそれしかない。
アルフィーが一度体を大きく跳ねさせてベッドに沈む。
フィジカルな触れ合いは魂交渉の前戯に過ぎないが、愛着の強い接触でオーガズムを迎えてしまうモンスターも少なくない。アルフィーも時々アンダインの愛撫に気を失って朝まで眠ってしまうこともしばしばあった。
今日も寝入ってしまった番の寝息を確認すると、アンダインは寒がりのトカゲの身体が冷えないように毛布を引き寄せた。こんな日はソウルに触れられないことが多少惜しくもあるが、自分の気持が肌から十二分に伝わっていることに充足感もある。番の火照った体を肌に感じ、魚人は口元をニヤつかせながら赤い瞼を閉じた。
◇
(やっちゃった……)
アンダインとは対照的に、アルフィーの心は晴れなかった。セックス中に気を失って気付けば朝になっているのはしょっちゅうで、不可抗力なことは分かっていても、前戯に堪えていればせめて魂の交わりでアンダインを気持ちよくさせることが出来たはずだったと後悔する。自分ばかり快楽を与えられて相手に何も返せていないことが悔やまれた。
アンダインは慣れたように自分を簡単に極致感に導いて、本人は一つも性欲を満たしていないように見える。元から自己犠牲的な奉仕精神が強いアルフィーにとって受け身ばかりの行為の後は、いつも引け目が残った。
魚人が身じろぎして、大きくあくびをした。覚醒してすぐアルフィーの存在を確認するのはアンダインの日課で、瞼を閉じたまま腕の中の番を撫で摩る。朝未だきの薄明りに瞼を開けると、浮かない顔をしているアルフィーと目が合った。
「シたあといつもその顔」
寝起きの掠れた声で呟いて、追加のあくびをする。アルフィーに喜んでもらおうとセックスを重ねる度に彼女の良い所を探しては可愛がっている筈なのに、折角の幸せな行為の後に彼女は決まって沈んでいる。
「…………楽しい?」
「なにが?」
「あー……えっとぉ……わ、私とこんな……こと、するの」
言われ、寝起きの頭で言われた内容を精査する。
(アルフィーとセックスするのが楽しいかどうかってこと? そんなの)
楽しいに決まっている!と叫びたい気持ちをなんとか抑えつけた。
セックスは愛情交換の行為であり、お互いの魔力を行き来させるもので、それは特別な相手でなければ出来ない事なのだ。嫉妬深いアンダインには、自身がアルフィーにとって特別な番であると実感できる最もたる行為の一つがセックスだった。さらに言えば、こうしてベッドの上で束縛していれば相手が逃げる心配も無い。一糸纏わぬ姿で抱き合ってゼロ距離になり、アルフィーを思う存分感じられることも、アンダインは好んでいた。
「アルフィーは違うのか? 嬉しくないの?」
「えっ、う…………嬉しい……かも……」
曖昧で勿体ぶるとも取れる物言いをするパートナーに魚人は蟠りから口を曲げる。
「『かも』?」
「ううう嬉しいよ!」
「……」
(喜んでいるのは私だけなのか?!)
アンダインは身体を離してアルフィーの顔を覗き込んだ。自分ばかり彼女を弄り甘心していると思ったら悲しい。アルフィーの身も心も一番に喜ばせられるのは自分でありたいという執着がアンダインにはあるのだ。
「フン、今夜こそお前を満足させてやるぞ」
勝手に今夜の決意を固める相手にアルフィーは慌てた。アンダインが体を起こしてベッドを出ようという時
「こ、今夜は……ダメっ」
「…………えっ!?」
立ち上がったアンダインは蹌踉めいて転びかける。身体を重ねて以来アルフィーから夜の誘いを断られたことは一度も無かった。青い顔がさらに青くなる。痙攣する下瞼を隠そうと笑顔を取り繕って振り返った。
「今夜、予定でも……あるのか?」
「べ、別に無いけど」
「じゃあ、何がダメなんだ!? わ、私とするのが嫌になったのかッ?!」
アンダインがベッドに舞い戻り、アルフィーの肩を掴む。動揺する金の瞳の眼光にアルフィーも動転して精一杯首を振った。
「ち、違、違うううう!」
「違うって何がッ」
「今夜ッ、今夜は……私がしたいのおおおっ!」
震えた叫び声をあげるアルフィーにアンダインは剥き出した牙を引っ込め、目を丸くした。
「あ、そ、そのぉ……だって! いいい一方的なのはどうかと思うし……ッ! ア、アンダインだって、嫌……でしょ? き、気持ち良く……ないよね……」
具体的な言葉を出すのが恥ずかしすぎるのでいつもより更に吃音が激しくなるアルフィー。
自分より狼狽えている相手を前に徐々に冷静になり、アンダインは取り乱したことを誤魔化すように咳払いをした。つまり、別に自分との魂交渉を拒否されたわけではなかったということだ。そのことに一旦は安堵する。冷静になれば、もし体を拒否されたって構わないと思えるのに、アルフィーから少しでも拒絶を感じるとすぐに沈着さを失うのは自分の悪い癖である。
アルフィーは続けて色々捲し立てていたが、アンダインの耳に半分も入ってこなかった。
「お前はそんなことを気にしなくていい」
つれないともとれる却下の一言に、アルフィーは俯いて黙る。どうせ、アンダインのようにスマートに振る舞えはしないのだ。だが、それでも何かしなければという焦りがあった。
そんな彼女の憂慮など神経図太いアンダインには想像できないが、パートナーの気持ちは素直に嬉しい。触れてくれるのならいくらでも、どこなりとも触れて欲しいというのが魚人の本音である。だがそうであればアンダインには他に我が儘があった。
「その前に、お前はやることがある!」
「えっ、な、なに?」
「朝、私におはようのキスをして、寝る前におやすみのキスをすること。どちらかが出かける時と帰ってきた時にはハグをすること。それから」
「あわわわわっ!?」
言われた課題が高難易度なのでアルフィーは真っ赤になって両手で顔を隠してしまった。
「それが出来無いのにセックスで何かしようなんぞまだ早い」
「そ……それは、そう……デスネ……」
アルフィーは指を絡めて普段の愛情表現不足を反省する。アンダインの言う通りである。自分のやろうとしているのは、HTMLをすっ飛ばしてJavaScriptに手を出そうとしているようなものだ。
所在無く絡む黄色い指を青い指が覆う。
「お前は勘違いしているぞ。私はアルフィーとのセックスは気持ちいし、楽しいし、嬉しいからな」
「そう、かな……? アンダインは優しいから、そんなこと……」
アンダインは首を振った。アルフィーが自分を優しいと褒める度に複雑な気分になる。アルフィーを思い切り可愛がりたいのも、傍に居たいのも、自分の手で幸せにしたいのも、全部エゴなのだ。自分勝手な愛情。アンダインがアルフィーに対して後ろめたいことが一つあるとすれば、エゴイスティックな愛だった。それをどうすれば分からず屋のトカゲに伝えられるだろうか。
「私の特権」
「と、特権?」
アルフィーを大事にすることはアンダインにとって義務ではなく権利であり、アルフィーが恩返しで愛情表現しようというのはアンダインには不整合にさえ思う。
「離れていても、傍に居ても、勿論ベッドの上でも、お前を一番に幸せに出来るのは私」
「へ……? それは……」
アルフィーは頷いた。それは紛れも無く本当だ。多少葛藤はあるが、それはそれとして自分を世界で一番大事にし、行動で示しているのは彼女だろう。
魚人が牙を見せて笑ったので、トカゲも釣られて笑った。
「心配するな。お前が触れてくれれば、私はすぐ気持ち良くなれるんだからな」
アルフィーの手を取って自分の頬に持って行く。頬擦りすると恍惚とした表情でアンダインがアルフィーを見下ろした。
「簡単だぞ。だから、その気になったら来い」
「うっ……うん……」
「じゃあ手始めにキスして」
急なリクエストに、アルフィーは顔を上げてアンダインを見上げては赤くなって顔を逸らすのを繰り返した。アンダインはそんな彼女を見て自身の胸が甘く締め付けられるのを感じながら、はたと気付く。こうして戸惑って照れているアルフィーが可愛くて仕方ない。自分は無意識に彼女を誘導しているのではないかと。
「…………冗談だ」
自身の性の悪い一面を感じ、アンダインはアルフィーを放した。思えば昨晩も、アルフィーが善がって戸惑うのを眺めて楽しんでいたのは自分ではないか。今もコミュニケーションを強請られて困惑している彼女はなんと可愛らしいのか。形容し難い歯痒さにアンダインは自身を何と言って責めるべきかもわからなかった。
アルフィーはいつも愛情を返そうと焦り心労を重ねているが、お返しなど貰う資格など本来は無いのかもしれない。資格云々の前に、アンダインにとってアルフィーは生きて傍に居てくれるだけで尊い存在であり、返報など必要なかった。
「ま、待って!」
アルフィーが首を伸ばして、アンダインの唇に向かって顔を近づける。狙いは外れて顎に唇を押し当てた。
「あぁ……」
残念そうに上目を向けるアルフィーを、やはり可愛いと思いながらアンダインは眉を寄せ、徐々に自覚していく。アルフィーを困らせて楽しんでいる自分がいることに。
「私は意地が悪い」
「えっ! どうしたの、急に。ア、アンダインは、意地悪なんか」
魚人は首を振って黄色い額をそっと撫で、ベッドを出る。取り残されたアルフィーは二度寝するにも目が覚めてしまい、彼女を追ってベッドを下りた。
つづく
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