まれに心乱れる
一向に整わない呼吸の合間に唾を飲んで、鹿乃は大きく息を吸った。慣れた恋人の匂いに混じって新緑の青臭い匂いが微かに感じられる。カーテンの隙間から強い夏の日光が差し込んでいるその先に、うんざりするような蒸し暑さが待っているのを2人とも知っているが、窓ガラス一枚隔てたこの部屋は涼しいものだった。大迫は暑さには強い方だと自負していたが、近年の猛暑では流石に自室の冷房を入れない訳にはいかなかったし、何より目の前の恋人を熱中症にしてしまうわけにはいかない。
そんな快適な室内だったが、2人はお互いに汗ばんでいて、クーラーの涼しさを堪能するような余裕も、外の暑さを心配するゆとりも無かった。女の方は男のベッドの上で背中を反らせ、一定のリズムで送られる刺激に体を震わながら絶えているので精一杯だった。天井が揺れている気がしたが、揺れているのは体の方だ。
「アッ、アア…ッ!」
本当ならもっと口に出したい言葉があるのに、出てくるのはワンパターンな喘ぎ声で、鹿乃はもどかしく思っていた。男のものが膣を行ったり来たりする度に背中が反って、視界が消えていく気がする。これはもしかしたら限界なのかもしれない。なんの限界なのか、これまでに何回もこの男と体を重ねているので頭では知っているつもりだったが、体の方は迷子になった子供みたいに震えてどこへ行くのか知らないように戸惑っている。シーツをつかめばいいのか相手の首に手を回せばいいのか分からず結局腕は空を掴むだけ。一度”沈んで”、そのあと大きな波が来ることを成す術もなく待っていた。
「イっ…!」
と、勝手に絞り出された言葉が半ば叫ぶように出る。
「イきそうか?」
「だめ…ッ」
「なにが、ダメなんだ」
「だって…き、気持ち、い…!」
鹿乃の瞼の向こうで大迫の笑う気配がした。「そっか!」と少年のように嬉しそうな声が返ってくる。鹿乃は、こんな時でも”いつもの彼”を崩さないような大迫になぜか、やりきれないような気持ちになってそれを振り払おうと瞼を固くした。
「ん!?」
す… と、大迫が腰の動きを止める。
「痛むか」
「へ…?」
思わぬ休止に鹿乃が目を開けると、大迫が心配気な瞳でこちらに見下ろしていた。男の指が鹿乃の頬を撫で、そこでようやく彼女は自分が涙を流していることに気付く。単純に気が高ぶって流した生理的な涙だ。意味はないが、それを大迫の方は知らない。
「気持ちよくって」
急に止んだ快楽に、今度は鹿乃が物欲しげに腰を揺らした。口では「ダメ」と言いながら、止められると欲しくなる自分の天邪鬼さが良く分からない。
「本当か?」
言いながら遠慮がちに大迫が腰の動きを再開した、鹿乃はまた嬌声を上げて枕を掴みながら、何度も頷いて快楽を訴えると、男の腰の動きが速まった。
奥まで突かれると、飛び上がりそうになる鹿乃の体を大迫が強く抱きしめて逃げ場を塞いでいく。
あ、捕まった
という謎めいた感覚を不思議に思う余裕もなく、鹿乃はうっすら目をあけた。
・・・
「そういえば、米が切れそうだったな」
貴重な休日。大迫は近所の大型スーパーを歩いていた。連日の暑さのなか外へ出なければいけないのは、自分の無計画な食生活の所為なのだと自覚はしていた。買い置きなどあまりせず、着の身着のままといった調子で空腹を満たすのは、同年代の独身男ならやりがちだろう?と誰に同意を得る訳でもないのに心に思った。
いや、米ぐらい焚けるぞ…。
時々、恋人が自分の家へ来て料理を作ってくれるのだが、生憎今日は会う約束をしていなかった。真面目なのか律儀なのか、鹿乃は2週間に1回の決まった間隔でデートに誘ってくるのだが、先週会ったため今週は連絡が無かった。訊けば
「毎週だと迷惑かなと思って…」
との返答だ。別に、お互い時間が空いていれば当日約束しても良いじゃないか。という感覚でいた大迫にとって彼女の回答は堅苦しさを感じられた。もっと自由に恋愛して良いのだ、と一言教えてあげるだけなら簡単だが、この娘は長い片想いしかしたことなく、デートも大迫が初めての相手だという。それならば慣れてもらうより仕方ない。それに、女の子はデート一つにしても準備があるのだろう。
「別に、手料理が食べたいから、というわけではないが」
独り言ちる。そう、急に彼女の事を思い出して会いたくなっただけだ。直後、自分が歩いていた調味料コーナーの先で、見知った顔と視線が合った。そのまま近づくと、鹿乃がへらっと笑って立っていた。
「やっぱり、力さんだ」
・・・
最寄り駅のスーパーが改装中だということで、3駅離れた大迫の最寄り駅まで買い物に来ていた鹿乃と大迫は偶然出会った。
「もしかしてと思ってたんですけど、本当に会えるとは思いませんでした。今日はお出かけですか?」
彼は一瞬考えた。「家でゴロゴロする」という返答が出そうになったが。それを言い放ってしまうと「折角の休日ですから、ごゆっくり」と笑顔で言われて別れてしまいそうだった。鹿乃は普段の大迫のハードワークを知っているので、休息を奪うことがあってはならないと考えていたし、大迫は彼女のそんな気遣いをよく知っていた。学生の頃から鹿乃は大迫にとってそういう生徒だったのだ。
鹿乃が大迫をどれ程慕っているのか彼自身知っているつもりだったし、鹿乃に会いたいと思っていた矢先なので、彼女の質問に正しく答えず
「良かったら部屋にこないか?」
と、質問を返すようにデートに誘った。
買い物を済ませて大迫の部屋に戻ると、空調が効いていて蒸し暑さから解放された2人は息をついた。
大迫は、そうめんぐらいなら振舞えるだろいうと思っていたのだが、鹿乃が「豚肉入れた塩そうめんにします?それともトマトでさっぱり?」などと言い出すので結局昼食を彼女に任せた。
「お前、料理上手くなったな」
「普通ですよ」
もしかしたら彼女の言う通りで、自分が料理に無頓着すぎなのかもしれないが、大迫は単純に彼女が振舞ってくれるものが好きだった。美味い、と言いながらそうめんをすする。
「女が手料理作るのが当たり前、なんて今どき言いませんけど、でもやっぱりそうやって褒められたかったので、練習したんです」
鹿乃は照れくさそうに笑ってそうめんをすすった。
「最近は男女問わず料理できるとモテるって言うよな。俺も練習するか」
「モテたいんですか?」
「俺だってお前に褒められたい」
「褒めてるじゃないですか」
「そうだった」
大迫は笑った。そうめんが美味い。
「料理しなくったって貴方はかっこいいですよ」
大迫は密かに苦笑いした、鹿乃はそうやって自分を甘やかしているように思える。
「力さんが料理覚えてモテモテになっちゃったら嫌です」
「どうして」
それに対する鹿乃の答えを聞かずに、大迫が空いた食器を持ってキッチンへ運び、皿洗いを始めた。鹿乃が後を追ってキッチンに入っていく。
「狭い」
お互いの体が触れ合ったのでくすぐった気に大迫が言った。鹿乃が、そんな男の腰に手を回す。
「貴方は素敵で、きっと私にはライバルがいっぱい居るんですよ」
「気のせいだ」
鹿乃はそれ以上何も言わずに微笑んでキッチンから出て行った。皿洗いを彼に任せ、居間に戻ってテレビを付けてみたものの、いじけたような感情が小さな虫みたいに体の端っこに居座っているようで、休日のバラエティーの内容の半分も頭に入ってこない。
この虫の原因は彼ではない、自分である。鹿乃は確かに大迫の事を本当に慕っていて、彼の性質もよく知っていた。それは教師と生徒という関係から恋人の関係に変わっても、彼は彼であり、相変わらず鹿乃にとって素晴らしい男性だった。だからこそ、自分がこの人にとってどういう位置付けに立っているのかよくわからないのだ。
相変わらず生徒のままな気がするし、でもパートナーとして扱われているような気もするし、実際に何度も体を重ねてきているので決して子ども扱いされていないことは分かっているのだが、それでも時々彼の事が良く分からないと、鹿乃は感じていた。逆に言えば、分かり易過ぎるのだ、大迫は。素直で、裏が無く、誠実だ。
テレビ番組のスタジオがわっと沸いたので、鹿乃はふっと思考から意識を居間に戻した。大迫が隣に腰を下ろすところだった。
「ご馳走さん」
「はい。お皿洗いご苦労様」
と労い合う。大迫が氷の入った麦茶を飲みながらソファの背もたれに体を沈めた。鹿乃はそれに視線を向けなかったが、喉を鳴らす音と氷が軽やかにグラスの中で音を立てるのを心地よく聴いていた。
「この女優、最近話題だ」
「スキャンダルが多いんですって」
「へえ」
「清楚で売ってたのにな…。テレビの裏はわかりませんね」
報道の真偽のほどは知る由もないが、世間ではちょっと騒ぎになっていた。鹿乃も大迫も芸能に疎いが、噂程度なら耳に入ってくるものだ。
「誰にだって裏はある」
「貴方にも?」
大迫が鹿乃に視線を投げた。
「あるぞ」
意外なような、当たり前なような答えが返ってきて、鹿乃はそれを驚いていいやら頷いていいやら分からなくなった。
「でも、”裏”って何だろうな」
「どういうことですか」
大迫はグラスをテーブルに置いて、テレビ画面に向かって掌をかざした。
「これはただの右手だが、表と裏がある。どちらも右手の一部だな」
言いながら、手の平をテレビに向けたりこちらへ向けたりしていた。
「はあ…」
「表裏一体だ」
「力さん、また難しいこと言ってます?」
大迫は笑った。
「俺にどんな裏があると思う?」
「…本当は仕事なんか嫌いで、熱血じゃない、とか?」
「もしかしたら正解かもな」
「えー?」
鹿乃が苦笑いして疑いの目を向けると、大迫はそれについて肯定も否定もせず笑った。
「ある学者によると、人間は3つの自我状態があって、同じ人間でも時と場合によって変わるらしい。冷静だったかと思えば急に子供じみたり、寛容かと思えば批判的になったり」
「でも、力さんは大人で、いつも優しくて、笑顔で…」
「なら、笑顔じゃなかったら”俺”じゃないか?」
言いながら、大迫は急に真顔になって鹿乃に顔を近づけた。
「…!」
「なんてな」
普段の笑みを戻した大迫に鹿乃はほっとする。
「笑顔なのはお前といて楽しいから」
「そうですか…」
「答えが不服そうだな」
「いいえ。ただ…貴方の事、私未だよく分かった無いんじゃないかなって」
「そんなの、仕方ないだろ。付き合って数年だ」
「う~ん…だから、それでいいのかも、と思ったり…でも、力さんの事なら何でも知りたいんです。力さんは、私が生徒だった時も、今も、何にも変わってなくて、これは私の見てる夢で、本当は教師と生徒の関係から抜け出せてなくて、貴方の全ての面を、未だ見てないんじゃないかなって…。ちょっと、悔しいのかも」
「お前こそ、難しいことを考えているんじゃないか」
「そうでしょうか」
「俺がお前に一部の面しか見せていないのは、もしかしたら、そうだな…。お前が俺を翻弄しようと思っていないからじゃないか」
鹿乃が、わからない、という顔をした。
「お前こそ、俺にとってあんまりにも”聞き分けの良い生徒”なところがある。お互い様なのかもしれないぞ。お互いの本性を見せていないのか、見ようとしていないのか。ああ、つまりだな…」
そこで言葉を切った。
「お前は良い子過ぎて俺を困らせないから、困った俺を見れない、ということだ」
鹿乃はハッとした。
「力さんも同じ。優し過ぎるんです」
「でも、それは悪いことじゃないだろ?俺もお前も精一杯、相手に愛情を注いでいる」
「勿論、私、貴方のこと大好きですから。でも…」
鹿乃は言葉に詰まった。確かに、目の前の男はその体に似合わず大きな愛情を誰彼構わず注いでいる気がする。
「俺の愛を感じないか」
返事を濁す鹿乃に、大迫は怪訝そうな顔をした。彼女の膝に置いてある手に触れる。
「…良く分かりません」
「なに?」
大迫が意外そうな顔をした。驚いてもいるようだった。それもそのはずである。彼なりに恋人を大事にしているつもりだったのだ。
「貴方は愛情深い人だもの。だから、愛は感じるけど、それが恋なのか、分かりません」
「ああ、…んん?」
触れられた手を握り返しながらもじもじし始める鹿乃をよそに、大迫は顔を伏せた。その間、ほんの5秒ほどだったのだが、鹿乃には非常に長い時間が流れたように感じられた。顔を上げた大迫は少し困ったように眉を下げた。
「なんとなく分かった。お前が何に悩んでいるか」
「悩みという程ではないんですけど」
「そうだが。…急に照れくさくなってきた!」
照れ隠しなのが、笑って自分の項を撫でている。大迫が何に照れくさがっているのか鹿乃には良く分からなかった。照れくさいのはこっちのほうで、大迫が照れることなど無いはずだ。彼は鹿乃の記憶上、ベッドの上だってそんな狼狽えたことが無かったように思う。ヘンな人だなと思ったが、それすら魅力に感じられたし、何より少しだけ困ったような彼の姿は
「可愛い」
と思った。
「可愛い?」
咄嗟に口を押えたが、出てしまった言葉は引っ込めることが出来なかった。『ちっちゃい』とか、『可愛い』とか、学校で生徒たちから言われると、子供と戯れる大人がするようにお道化た顔で叱っていたのを覚えていたのだ。少なからず気持ちよく思ってはいないのだろう。
「俺を翻弄する気か?」
「え…?」
肩を抱き寄せられて、鹿乃は男の胸に倒れ込んだ。しかし、相変わらず優しい力加減である。こんな風に何の前触れもなく抱き寄せられたことが無いので驚く。大迫は鹿乃に許可なく触れることは滅多に無かった。それは付き合いはじめの頃、大迫がスキンシップの程度を見誤り、鹿乃を混乱させたことがあるためだ。
肩から腰に回された腕に鹿乃の心臓が跳ねた。
「恋とは本能的な愛の事だ」
「何を言っているのかわかるか?」と、鹿乃の耳元で大迫は続けた。色を含んでいる声だったが、鹿乃が一言「嫌」と言えば(言ったことは無いが)離してくれる事を知っている。ああ、でも…。
「ちゃんと言ってくれないと…わ、わかりません」
鹿乃が顔を預けている大迫の心臓が軽く跳ねたのを聞いた。そして、鹿乃の心臓は言ってしまったことの不安と期待で動悸を速めていた。
勿論、男の言葉が性的な意味を含んでいることは良く分かっているけれど、大迫が先ほど鹿乃に「いい子過ぎる」と言った言葉を思い出して、少しだけ、我儘を言ってみたつもりだった。
「お前とセックスしたい」
「直球だ…」
鹿乃の頭上で大迫がまた笑った。鹿乃は「いつも楽しそうな人だ」と思い、大迫は「いつも楽しい娘だ」と思った。
「翻弄してるのはそっちですよ」
と鹿乃が言えば、大迫はまた声を出して笑う。
いつもなら、「触れていいか?」とか「キスしていいか?」などと問いながら慎重に触れてくるのに、今日はこっちの返事を聞かずに自分を抱き上げて寝室へ連れて行かれるので、鹿乃は息を忘れて固まっていた。いつもの彼と今日の彼を脳内で比較しては混乱を生じさせるだけだった。時々「嫌ならちゃんと言えよ」と耳元で囁きながら、ベッドに寝かせた鹿乃の肌を撫でた。なんだかんだ、この男は恋人の嫌がることはする気は無いらしい。
「恋ってやつは身勝手で欲しがりな子供だぞ」
「恋は嫌いですか?」
鹿乃の言葉が終わらない内に大迫は彼女の唇をゆっくり奪う。彼の動作がいつもよりゆっくりとしているのは、彼なりに逃げ道を作ってあげているつもりだった。性欲も愛欲も暴走させないのはこの男の当たり前な愛なのだ。鹿乃は恋人からの愛情を一つ一つ丁寧に数えていくうちに、悩んでる自分がバカらしく思えてきた。
舌が触れるかどうかのソフトかつ官能的な口付けが続き、胸の詰まる想いで鹿乃が空気を求めて大きく息を吸った。
「おっと。すまん」
ぱっ、と拘束を解いてしまう大迫。簡単に離れたいった彼の優しさがもどかしい。
「もおっ、なんで離しちゃうんですか…ッ」
「?」
鹿乃は火照った腕に力を入れて体を起こすと、大迫の首に腕を回した。男の目尻や鼻や耳に唇を這わせていく。鹿乃が自分の体に口付ける度に大迫の背筋が痺れ、段々と呼吸が荒くなる。二人の荒れた息遣いがお互いの耳を塞ぎ、溺れるようにベッドに沈んでいった。
・・・
意識を戻してから、自分が一度イってしまったことを知る。体がまだビクついていて力むこともできないが、目だけはぼんやりと真上の男を捕らえていた。
「熱い」
鹿乃の汗ばんだ肌を撫でながら大迫は息を整えたいた。彼の様子を見てようやく、鹿乃は自分の中のものがまだ硬さを保っていることに気付く。
「あっ、あれ…?」
普段、鹿乃が意識を失っているうちに、大迫は自分のを引き抜いて処理してしまうことが多かったが、今日は普段と違う腹部の圧迫感に鹿乃の膣がきゅうっと締まる。
「すまん、許せ…」
途端、鹿乃は大きく体を反って喘いだ。大迫の腰が無遠慮に揺れたのだ。疲れているはずの体が無意識に飛び上がり、鹿乃は大きく息を吸った。
「あっ、ふ…っ!待ッ!」
一回目の感覚が残っているところに快楽が重ねて鹿乃を襲う。気を失っていた時間はたった数分だろう、鹿乃の股はまだ十分に濡れていていたが、体液がさらに溢れ、男の肉棒をいやらしく包んだ。
「待ってぇ…ッ!」
その叫びに対する返答もなく、薄目を開ければいつも通り、微笑んだ彼氏が見下ろしている
はずだった
大迫は唇を噛んで、苦痛に耐えるように眉を潜めていた。鹿乃は自分の快感を映したような男の顔を鏡に見た自分のような心地で見ていた。実際、大迫の細められた潤んだ瞳には、同じような自分が映っていた。
この人も同じ…
自分の腹の中にあるものがとてつもなく愛おしいと感じると、自分の気持ちを表すように股がきゅうっと収縮する。それと同時に大迫が雄の甘い声で呻いた。目の前の男に対する恋慕が膨れ上がって鹿乃の体が熱くなる。
「力さ、ん。きもち…の?」
「え…」
気持ち良さそうに鳴き続ける鹿乃と瞳がぶつかる。大迫は急に照れくさくなったが、その羞恥心すらセックスの醍醐味とばかりに鹿乃の耳元で吐息を漏らしながら
「最高に、気持ちいい…ッ!」
と正直に叫んだ。腰の動きが激しくなり、二人の臀部がぶつかり合う音が部屋に響く。
「ア、アッ、もっと…ッ!鹿乃…俺…ッ」
「もっと…っ、あ、あげるからぁ!全部ッ!」
知っていた。この娘は求めればきっと何でも自分に与えてくれると。そして、彼女こそそれをわがままに求めていることを。愛情深くて自分勝手なのは彼女も自分も一緒なのだ。
だったら、全部欲しがって、貰えるだけ貰ってやると、大迫は息を吐ききりながら、そう決めた。
「俺の、鹿乃…ッ!」
彼の口からは普段到底出ないような独占欲が垣間見得る言葉を聞いて、鹿野の膣がまた締まる。なにくそ!とでも言うように男は腰を引き、乱暴につき出すのを続けた。
「ひん!!」
鹿乃の口からは言葉にならない声か、相手の名前かのどちらかしか出てこなくなっていた。
「力さん…っ、!、力さァん…ッ!!」
「く…う、ッ!…アッ!!で…っ、出…ッ!!」
どくん、と昇りきった精液が放たれて、二人は空に投げ出された。そのまま布団に落ちていき、シーツに沈んだお互いに視線を絡めると、行き絶え絶えに言葉も出ず、ただ惚けた笑みを交わしあった。
鹿乃の体力はかなり限界だったが、大迫はまだ動けるのだろう、そろりと体を起こして萎んだ自分のものをゆっくりと女の膣から取り出した。二人の体を、それでも体液が名残惜しげに繋いでいた。
シーツ、汚れたなぁ
と、鹿乃は考えていたが、そんなことを微塵も心配していないような大迫が彼女の腰を引き寄せた。
「痛くなかったか…?」
言いながら鹿乃の首筋や肩を食む大迫の瞳を除くと、不安げに揺れていた。あまり見られない顔だ。
「全然…むしろ…」
…気持ちよかった。恥ずかしくて言えない続きを察したのか、大迫は今度は嬉しそうに彼女の体をきつく抱き締めた。
「俺の気持ちは伝わったか」
そいえば…。先刻までそんな話をして居たのを思い出した。
「なんとなく…」
大迫はあからさまに顔をしかめ、への字に曲げた口を鹿乃に突き出した。
「俺がこんなに愛してるのが未だわからんか」
「い、いや、あの、わかりました」
自分の失言を悟った鹿乃が爪を噛んだ。大迫はそんな彼女の指に噛みつくように迫る。「好きだ」とか「愛してる」なんて甘い言葉を囁きながら、汗ばんだ鹿乃の肌に唇や舌を這わせていった。言葉の熱が急すぎて、鹿乃はかあっと顔を赤くした。
「俺のこと、好きか?」
「だいすき」
いつも鹿乃が大迫に耳だこにさせるほど言っている言葉なのに、敢えてそれを要求するところ、やはりこの男はズルいのも知れないと、鹿乃は思った。それでも、答えずにはいられない。
「素直で可愛いぞ」
大迫がうっとりと目を細める。鹿乃の熱のこもった瞳で言われる愛の言葉はいつも彼を満たしていく。普段自分を満足させるものは自分自身だが、彼女の言葉は別だった。
「そうやって貴方は私の心を乱すの」
「それをいうなら、お前こそ」
男は女の涙一粒を恐れ、慈しみ、女は男の一挙一動に心震わせている。煩悩から逃れられない苦しみにお互いもがいているが、しばらくはこの甘美な苦悩に苛まれるのも悪くないと思えていた。
大迫がカーテンに目をやると、いつの間にか日が落ちて紅掛空色の優しい光が部屋に流れていた。先程まで微かに聞こえていたはずのセミの声ももう聞こえない。
「泊まっていけ」
大迫は鹿乃を抱いた腕に力を込める。そんな男のわがままに、彼女は擽ったそうに笑って頷いた。
Fin