英雄と科学者の狂った情愛
※『砂を掬う水掻き』『それを愛と呼んでいるだけ』の続きっぽいものです。
・
・
・
アンダインは過保護だ。……ということは彼女をよく知るモンスターたちには、彼女の過保護が誰に対してかということも含めて周知の話だった。それを象徴する話がある。
「珍しい。そのチョーカー、可愛いね」
アンダインの番であるアルフィーは飾り気がなく、それなのに近頃珍しくアクセサリーをしているのを、友人のメタトンが目ざとく指摘して褒めた。直後アルフィーが返したセリフは暫く親しい者たちの間で笑い話になった。
黄色い指が自身の首に飾られたハート型の小さなアクセサリーを爪先で揺らす。
「これ、ウェアラブル端末なの」
「う、ウェ…?」
「アンダインの携帯で、私の位置が探知できるようになってるんだ」
「……なんで?」
「アンダインが、欲しいって言うから、作ったの」
「だから、なんで」
友人に言われてからアルフィーは目を見開いた。「なんで」と言われても、アルフィーはアンダインに理由など聞かなかったし、気にしたこともなかった。
愛しの騎士が「欲しい」と言えば、大抵のものはこの科学者は彼女を喜ばせようと勇んで作ってしまう。それは地下にいた頃からそうだった。
アンダインがアルフィーに彼女の位置情報を把握するための装置を所望して、アルフィーは何の疑問も無く求められるままにそれを作り、求められるままに身に着けているらしい。
(呆れた)
メタトンは小さくため息をついた。相手があの英雄でなく、悪意を持った人間だったらと思うとゾッとする。
(どうせ、アルフィーが心配で頼んだんでしょ)
「色んな意味で……かな」
メタトンにそう言われて、アルフィーは困ったように目を左右に振った。彼の予想は大方正解だ。
「アンダインから束縛されてるの?」
「そ、そ、そんなことないよ! だって、彼女もアクセサリー着けてるし」
アルフィーは番の名誉のためと思ったのか自分の携帯を取り出してアプリを開いた。地図の表示にピンのアイコンが立っている。アンダインの現在地だろうか。
まぁ、一方的でないのなら……と、一瞬納得しそうになるメタトンであったが、眉を寄せて首を振った。
「今僕の部屋でお茶してるのも知られてるってことだ」
「向こうがアプリをチェックしてればね」
(してるでしょ)
メタトンはそれを口にせず、代わりに頬肘をついてクッキーを口に入れた。クッキーに練り込まれた茶葉の香りが心地よい。最近は人間の最新技術をボディに取り入れて、人の食事を楽しむこともできるようになった。食べ物が腐る前に胃の部品から食べ物を取り出す手間がかかるのが面倒だが、メタトンは以前から優雅にマカロンを食べたいと願っていたのでその手間も甘んじて受け入れている。
「彼女、ちょっと君に対して過保護すぎない?」
「そ、そうかなぁ。別にそんなに気に掛けてないでしょ、私の事なんか。こ、これは、アンダインが私を迎えに来るとき、面倒な連絡入れなくて済むように……」
「ふぅん」
「アンダインは優しいからさ。ね? 私が出かけるといつも迎えに来てくれるの」
「知ってるよ」
「一人で帰れるのにね。なんか、情けないな」
アルフィーは子供ではないし、言ってしまえばアンダインより年は上だ。迎えが無くとも自分一人で帰宅できる。けれど、メタトンのような人間地区に近いところに住んでいるモンスターの元を訪れるときは、多少警戒が必要なのは確かだった。
「アンダインはヒーローだから、人間の悪意でモンスターが傷付かないかいつも心配してる」
「特に君の事は」
「ううん。アンダインは誰かを贔屓したりしない」
メタトンはガラスの眼球をぐるりと回した。「ああまただ」と、そう思う。このトカゲは自分があの騎士にとってどれほど特別な存在かまだ分かっていないらしい。いや、きっと定期的にアンダインがそれについてアルフィーに訴えている事は、メタトンにも想像できる。だが彼の友人に染み付いた思考癖は厄介だし、彼女でなくても考えのパターンと言うものは中々治らないものだ。
(不憫な王子様)
メタトンは心の中で呟いた。あの屈強な魚人の戦士を憐れむ気持ちなど微塵も無いが、自分が彼女の立場だったらと思うとうんざりしてしまう。アルフィーが彼女にとっていかに特別なのか分かるエピソードなど両手の指で数えきれないほどあるのだから。
(例えば……)
新しい希望の象徴としてロイヤルガードのリーダー就任から人望も名声もあったアンダインには以前、噂レベルではあったが「番を持たない」事も水面下で知られていた。老若男女のモンスターがアンダインに好意を向けても、彼女は誰にもなびかなかった。誰も贔屓せず遍くモンスターを救うヒーローとして、その噂は暫く地下に広まっていた。
あるときから「どうやら我らの英雄が恋をしているらしい」と言う噂が流れた。そのお相手は、優秀だったガスター博士の後任を任されるほどのやり手の科学者で、普段はラボに籠って姿を表さないミステリアスなモンスターらしかった。地下一番の騎士が、上物のブランドアパレルやら、赤いバラをふんだんに使った豪華な花束やら、高価な菓子やらを贈って、あの手この手を尽くして求愛しても中々落ちない魔性の女……などと噂に尾びれが付いていたのを、メタトンは思い出して笑った。
「なに笑ってるの」
「だって」
アンダインこそ有名人で話題のネタに上がることが多かったが、その裏にはアルフィーが隠れている事が多かった。実は噂の中心に居るはずの本人だけがそれを知らずにキョトンとこちらを見つめているのがこのアイドルには面白くて仕方ない。メタトンはメタルピンクの肩をくつくつと震わせた。
「罪深いよ、君」
「なぁに? 急に……」
アルフィーは怪訝そうに頬を丸い爪でかくと、手元のスマートフォンで開きっぱなしの追跡アプリを閉じた。そしてメタトンからタブレットを受け取ると、今度は別のアプリを開く。そこにメタトンのボディの情報が表示され、彼女はそれに一通り目を通した。別にメンテナンスをしにメタトンを訪れたわけではないが、ボディの創造主である責任として、彼に会う時は機体の状態チェックをするのがアルフィーの癖だった。
「頭良いくせに変なところが抜けてるんだから」
「ご……ごめん……」
アルフィーが項をかきながら苦笑いする。その時、黄色い首元のアクセサリーがふわりと発光していることにメタトンが気付いた。彼が何か指摘する前に、アルフィーが「あ」と声を上げる。
「もうそんな時間?」
言われてメタトンが壁掛け時計に目をやった。時刻は夕方。先ほどまで明るかったカーテンの外は夕日の色に染まっている。メタトンが窓を閉めようと椅子から立ったその時、風も無いのにカーテンが大きく靡いた。
「アルフィー、帰るぞ」
メタトンが驚いて声を上げる。が、その相手が見知った姿だと知るとすぐに落ち着きを取り戻した。バルコニーに立っていたのはアンダインだった。
(チョーカーの光は通知か)
メタトンはアルフィーの首元を確認したが、光はもう消えていた。
「なんで玄関から入ってこないの。君」
「こっちが近道かなって」
不愛想な鋭い目つきではあるが、生来の気の良さから口では「すまん」と追加するアンダインに家主は腕を組んで頷いた。
「攫われたお姫様を救いに来たんじゃないんだから。僕は悪役? 冗談じゃない」
文句を続けるメタトンに今度はアルフィーが謝ると、彼は長い腕をアルフィーの肩に回してアンダインに流し目を向けた。そしてわざとらしく甘い声をアルフィーの耳に吹きかける。
「僕のアルフィー。またお茶しにおいで」
「お前のじゃない!!」
「友達って意味さ」
鋭い牙を隠しもせずむき出してアンダインが呻く。メタトンは笑い出すのを堪えながらアルフィーの背中を押してアンダインへ促すと、窓から帰っていく非常識で騒がしい友人らを見送った。
◇
アンダインがアルフィーを抱えて山道を駆けていく。一山超えれば自分たちの住居があるモンスター居住地区へ入ることが出来る。耳をかすめる風の音だけで、森は静かだった。日はすっかり暮れ、空には月が白い光を放っている。
「ねえ……わざわざ迎えに来なくても、良いんだよ?」
昼間、友人から受けた指摘をわざわざ話すことはないと思ったが、アンダインが多少心配症の気が有ることはアルフィーも感じていた。何度も繰り返したような話題なので
「だめ」
といった容赦無い返答も当然予想していたものだった。
「……夜は危ない」
「でも、最近は電車も走ってるし」
「私の方が早い」
「ま、そ、そりゃあね」
つい先日、アンダインと珍しく喧嘩(と言えるものだったか怪しいが)をしたことをアルフィーは思い出していた。本当に些細なことだった。一旦噴出した怒りを治めたアンダインが
― 「アルフィーは少しでも目を離すと……」
それ以上を言わず、切な気に眉を寄せる番の顔を今でもアルフィーは鮮明に思い出せる。アンダインの心境を自分はどこまで解ってあげられているのだろうか。ソウルセックスで心を重ね合あってもお互いの全ての記憶や思いを共有できるわけではない。魂の融合時はもっと上位次元の感覚や思いを共感しあう行為で、お互いに具体的に知りたいことや伝えたいことがない限り共有されないことの方が多い。
(アンダインは何も言わないけど、私が知らない気持ちがあるんだろうな)
片方がわざわざ伝えようとしたり、ピンポイントで知ろうとしなければシェアできないものがある。アルフィーは自身を振り返って責めた。
(どうして考えなかったんだろ。いつも受け身ばかりで)
触れ合うたびにアンダインからもたらされる強いエネルギーを受け入れることで精一杯になってしまう。隠し事などしない彼女だから、きっと自分に全部見せてくれているだろうと思っていたが、アンダインが無意識に見せていない部分も無くはないだろう。
「私、アルフィーを束縛してる? 息苦しい?」
アルフィーがいつものように思考の海を漂っていると、アンダインが言った。
「パピルスやサンズにも言われた。アルフィーだって羽を伸ばしたいこともあると」
パピルスとサンズも、揶揄う調子で言っただけだったが、身に覚えがあったアンダインは口を曲げて黙ってしまった。
◇
もう2年ほど前になるだろうか。地上への封印が解かれて外へ出る際。トリエルと嬉しそうに談笑しているアズゴアを見つめながら、フリスクがアンダインに言った。
「リセットの力は、もう使わなくて良さそうだね」
後日分かったことだが、地上に戻ったフリスクからは実際に力は失われてしまっていた。
「何度リセットした?」
「2回だよ。いや、正確にはもっと……」
フリスクは一度口を閉ざした。アズゴアと対峙した際に何度も無意識にリセットを使ったが、今それは伝えなくて良いことだ。
「アンダインを巻き込んだのは2回目。最初は、一度スノーフルで道に迷ったことがあって、怖くて……」
フリスクは初めての地下世界と寒さで心細さと戦いながら「戻りたい」と強く念じた。すると次の瞬間、サンズと握手をしてブーブークッションを鳴らしていたらしい。イビト山へ落ちる前に戻れないのは、それ以前は力を持っていなかったからだと、これもサンズが推測していた。
「そうか」
アンダインは頷く。
フリスクの力はアンダインにとって僥倖だった。アルフィーを救えるチャンスを一度与えられたのは、人間である彼女の決意と地下の魔力が奇跡的に融合したためだ。
もう同じ幸運は訪れない。だからこその奇跡だ。今後は間違いがあってはならなかった。しかし地上は地下よりも危険が伴う。それでも、全てのモンスターたちが自由と危険を天秤にかけて自由を望んだ。
(アルフィーは私が必ず守る)
アルフィーと番になるときに改めてそう決意した。アンダインが彼女に過保護なのは、一度彼女を失ったからだった。
◇
今、腕の中に居るアルフィーにそんな夢物語のような、今は消えてしまった世界線の話をきかせるわけにもいかないし、大事な存在が塵になった話などアンダインは口にしたくなかった。束縛にも似た自分の行為にアルフィーが戸惑うのも無理はない。アンダインにもそれが分かっていたので、事ある毎に歯痒さが付きまとう。
「わ、私別に、息苦しいとか、思ったことないよ」
「なら、いい」
アルフィーの気遣いが分かるだけにアンダインは苦い気持ちで彼女の肩を抱き直した。時々、黄色い塵を抱いたときの感触を思い出して背筋が凍る。思い出すたびにアルフィーを抱きしめて彼女の生きた感触を確かめたくなってしまう。
モンスター居住地区が近づいてアンダインはアルフィーを腕から下ろして歩き出した。自然に繋がれる手は、アンダインには無意識だったがアルフィーはいつになっても慣れなかった。辛うじて最近は手汗をかかなくなったので、少しづつ慣れているのだろうと自分で思う。
お互いに考えに耽っていた二人は無言で歩いていた。
(この手を離すものか)
アンダインがアルフィーの手を握り直すと、彼女の高ぶった気が微かにアルフィーに伝わる。
微細な戸惑いは解消されないまま、アンダインのソウルでくすぶっていた熱はその夜ベッドでアルフィーに向けられた。いつもと同じような愛撫から始まり、同じような流れでキスをしているのに、いつもとどこか違うとアルフィーは感じていた。それがアンダインの息遣いなのか、鼓動なのか、頭では説明出来ない。
(今なら……)
アンダインにもたらされる愛情の波に溺れかけながら、アルフィーは必死で意識を保とうとした。自分からアンダインのソウルに干渉するのは初めてだったし、彼女の魂は眩しすぎた。アンダインはいつものようにアルフィーに単純かつ強烈な愛情を向けているだけだ。その情からもたらされる快感に気を失いそうになる。アンダインから深海の香りが強くなり、海の底に沈んでいくような感覚に陥った。
(もうだめ……)
それでも手放しかけた意識を伸ばすと、瞼の裏に浮かぶ 黄色
黄色い砂
あれ は
わたし
直後、強い哀惜と痛哭の念が、アルフィーのソウルに流れてきた。続いて、凄まじい決意とこの上なく至純な希望。自分に向けられる強い因果のエネルギーに堪えるにはアルフィーは小さすぎた。その波に飲まれ、彼女はそっと意識を手放した。
◇
「アルフィー」
ベッドでしか聞けない甘美な色を含んだアンダインの声が自分の名前を呼んでいる。アルフィーは脱力しきった体を動かそうと試みたが、難しかった。番と絡んだ指先をぴくりと動かして、そっと瞼を開けると、セックス後の満足そうな魚人の顔がこちらを見つめていた。
アルフィーの瞳が泉に落ちた鏡のように濡れていくのを見て、アンダインが目を見開いて慌てる。最初の涙が枕に落ちる前に無骨な指がそれを拭った。
「無理させたな」
アルフィーは首を振る。
ソウルを重ねた時にアンダインの強い執着心を辿って見た彼女の過去を、まだ受け止めきれないでいた。そこに見えていたのは、違う時間軸で罪悪感に身を滅ぼしてしまった自分の末路。それは今でも心のどこかに暗鬱と巣食っているビジョンと一致している。アルフィーは自分のそんな結末の一つを嘆く気は無かった。寧ろ、それが本来辿るべき道であったと納得してしまう。今アンダインから大事に愛されている方が夢のようにすら思える。
振り返ってみたら、初めて会った時からアンダインは聡い様子で自分の事を気にかけていたとアルフィーは感じていた。彼女と自分がお互いに過ごした時間がズレているのだから、今思えばそれも無理はない。
アルフィーは相変わらず、アンダインから求められている理由については分かっていなかったが、実際に求められ、それ故に自分はここに存在しているということは、事実として受け入れるしかなかった。そして自分の行為が悉くアンダインを悲しませていることに、改めて悔恨の念が沸く。
塵となって抱きしめられた記憶は無いはずなのに、その時のアンダインの冷えた体温を思い出すことが出来た。
「ごめんね……」
「何が?」
「……ううん」
(私、なにをやってもアンダインを悲しませるんだ)
傍に居ようが離れようが、消えようが、死のうが、アンダインの心を揺さぶってしまう。自分のようなちっぽけな存在の為に、モンスター界の大きな希望が嘆く。
「アンダインは優しすぎるよ」
自分と出会っていなければ、彼女はもっと自由で、幸せだったに違いない。アルフィーは自責からまた涙を流した。
アンダインが黙って首を傾げる。
「何か見た?」
アルフィーの眉がピクリと動いたのをアンダインは見逃さなかった。
「なんにも」
そう。何も無かった。アンダインだけが見た自分の亡骸は、事実であって、今はもう事実でない。
(心配しないで。私が居なくなっても)
そんな言葉が口をついて出てきそうになったが、喉まで出かかったそれを飲み込む。アンダインにそれを言えば、彼女を激昂させることは解っていた。それでもアルフィーの願いは、弱い自分にもしものことがあってもアンダインが”あの時”のように嘆きませんようにという事だ。勝手な願いであることは承知していた。逆の立場なら……アンダインを何かの拍子で失ってしまったら、はやり自分は弱いので、絶望に打ちのめされて塵となってしまうだろう。
黙って涙を流し続けるアルフィーの隣に体を横たえて、アンダインが彼女を抱き寄せた。体と心を重ねるたびにアルフィーには自分の狂気的な愛情が伝わっているはずだ。
「言いたいことがあれば言え」
アルフィーには耳だこかもしれないが、何度も言う。小さいトカゲは言葉をいつも飲み込んでしまうから。それでもアルフィーは頷いて黙ったままだった。今ここで伝えなくても、次の情事でアンダインはアルフィーが観たものを知るだろう。案の定、満足しきっていない魚人は番の心を体ごと弄るように彼女をかき抱いた。
「ア……ッ」
青い胸に顔を埋めたアルフィーからくぐもった甘い声が放たれる。二度目の繋がりは一度目よりも官能的なものになるのはいつもの事。それでも今日は、アンダインが触れるとアルフィーのソウルに写されてしまった”あの時”が鮮明に蘇り、快楽と悲懐が同時に二人を襲った。相乗された懺悔や罪悪感が身体を駆け巡り、アルフィーは後悔を、アンダインは決意を抱き直す。
それでもソウルを触れ合うことで想い合っている事だけは何度でも再確認できる。
言葉を交わすことなく、アンダインはアルフィーの涙の理由を理解した。
「やり直しはきかないんだ」
「は……ぁ……!」
「ねえ。わかるよな」
行為中に何度も重ねた唇の合間から、アンダインは吐息に乗せて何度もアルフィーに呟いた。その言葉が洗脳のように、頭でっかちな彼女の潜在意識に届けばいいと願いながら。
「お前の魂は、たった一つだけ」
(だから、私から離れて消えてしまうな)
声と魂の両方から訴えられる言葉にアルフィーは喘ぎながら頷くしかできなかった。
疲れ切ったアルフィーを解放してベッドに降ろすと、彼女は相変わらず泣いていた。アンダインはいつからか零れ出していた自分の涙を乱暴に手の甲で拭いながら、アルフィーのそれを指の腹で優しく拭った。
「何を哀しむ」
「ごめんね」
これも聞き飽きた。でももうアンダインはアルフィーに「謝るな」とは言わなくなっていた。言いたいなら言えばいい。それでアルフィーの気が済むなら。自分を責めたいのなら、思う存分責めればいい。アルフィーが生きて傍に居てくれれば、アンダインはそれで良いと思う。そうすれば彼女が自身を責めても自分が止めてやれるし、自身で出来ないのならアンダインがアルフィーを許してやれる。
「そう思うなら、私の傍から消えるな」
「うん」
「手の届くところに居ろ」
「うん」
「時々束縛しても……許せ! その、ちゃんと、謝るから……」
「うん……ふふ」
強い口調で強制的なことを言うくせに、根が優しいので似合わない弱気なセリフを残すアンダイン。逆に彼女らしいと思ってアルフィーは笑った。
濡れた青い瞳をアンダインへ向けたアルフィーが、重い四肢をのっそりと動かして、魚人の胸に頬を押し付けた。
「もっとして」
アンダインが甘ったるい悦楽の吐息を大きく吐いてアルフィーを抱きしめた。自分たちの愛が多少狂っていても、今はそれで良いと思う二人であった。