My Dear Creature -1-
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連載:My Dear Creature
※メアリー・シェリー原作の「フランケンシュタインの怪物」のパロディです。
※全体的に暗い話ですが一応…ハッピーエンドにするつもりです。
※大迫先生の明るさや、若王子先生の朗らかさも皆無です。ご注意ください。
登場キャラ
クリーチャー:大迫先生
フランケンシュタイン:若王子先生
鹿乃(町娘):バンビ(GS3主人公。迫バンビ)
フランケンシュタインの恋人:デイジー(GS2主人公、若王子ヒロイン)
↓↓↓
「ねえ、先生。人間の町に住もうとは思わないの?」
そこは身も凍る雪山に聳える古城の一室。
何もかも草臥れてはいたけれど、部屋は広く暖炉も薪をくべれば十分役目を果たしていた。私たちは二人きりだったけれど、彼と暖炉の火があれば幸せだと思っている。
でもふと、気になったのだ。私たちはもしかしたら、ここに閉じ込められているのではないのかと…。
いいや、誰も私たちを監禁して拷問しているわけではない、時々は人間の住む街へ出かけて調味料や衣類や日用品を調達する。その金品は先生が山で採ってくる珍しい薬草や、花や、鉱石だった。食べ物は大概山でとれるのであまり不自由しなかった。
そう、私たちは自由だった。でも…。
「どうして姿を隠してお買い物するんですか?私、昔の記憶が曖昧なのだけど、昔はあそこに居た気がするの」
ほんの些細な疑問のつもりだったが、その問いは彼の眉を少しだけ下げさせてしまったようで、少し、後悔する。
「俺たちはここにいなければ駄目なんだ。父との約束でな」
「私たちのお父様?」
「そうだ、俺がお前を作るように頼んだ時に、二度と人に姿を見せないと誓った」
その話は何度もきいいた。見たこともない私たちのお父様。先生はお目にかかったことがあるようだけれども、あまり語りたがらなかった。けれども彼は意を決したように私の手を取った。
「お前の好奇心はもっともだ。どうして俺たちがここに隠れて暮らしているか、訊かせて上げよう」
そう言って先生は私を暖炉のそばに座らせると、ゆっくりと静かに語り出した。
「お前と違い、俺は生前の姿と脳が別の人間で構成されていた弊害なのか、どうなのかは知らないが。生前の記憶がなかった。つまり、俺の誕生は唐突だった」
語る表情から、先生が悲しんでいるのか懐かしんでいるのか、私には読み取れなかった。あまり楽しそうじゃないことは分かったから、私は彼の腕を胸に抱いた。
先生は「作られたモノ」なのだそうだ。死んだ人間を継接ぎのように繋ぎ合わせ、ある時目がさめると自分が居たらしい。人間だった頃の私の記憶が ― それとも本能かもしれないが、それが、その事実の壮絶さをしっかりと私に感じさせてくれたようで、思わず生唾を飲み込んだ。
彼は続けた。
「ボロくて馬鹿みたいに広い屋根裏のような場所だったが、そこに並べられていた機器は恐らく最新のものだったと思う。周りは大量の羊水がぶち撒けられていて悲惨な状況だったが、それを掃除しようとする人間は見当たらなかった。俺を作った主は留守にしていたんだ。だから俺は、壁にかかっていたコートを勝手に拝借した。真っ裸だったからな」
時々笑って話をする先生だったけれど、内容は決して私を笑わせるものではなかった。この世に生を受けて一人ぼっちというのは寂しいものじゃないのか。単純な私はそんなことを考えていた。私自身は生まれてすぐに先生がそばにから寂しさを感じたことはなかったが…。
「寒さや痛みは感じなかった。その代わり縫い合わせられた醜い顔を町の人々が恐れて俺に石を投げた時は心が死ぬほど痛かったのを覚えている」
「先生…」
「昔の話だ。…それから俺は逃げるように町を飛び出して森を歩いた。2日ほど飲まず食わずで、それでも頑丈な体は簡単に死んではくれなかった。空腹と疲労の中、様々なことを考えた。俺は何なのか。なぜ存在しているのか。文字も読めず口もきけず、けれども心はあり、光や音を感じ、体は勝手に生きようと水を欲していた。そんな時だった…」
先生は目を瞑り、長い昔話を始めた。
◇
俺はただそこに存在していた。
ただそこに存在しているだけで心安らかでいられるのは、暖かい毛布に包まれ母親に抱かれた赤ん坊だけだろうが、俺はそうじゃなかった。生命の基本欲求である生きる欲望に動かされ、とにかく感じるもの片っ端から意識を向けたんだ。それはとてつもない混乱を招いた。
俺はなんだ?
答えてくれる人は居ない。自分以外の生命を求めてコートを羽織っただけの俺は外へ出た。訳も分からず俺の顔を見た人々が声を上げて叫んだ。
「なんだその顔は!」
「疫病患者じゃないか?!」
終いには「菌をまき散らす前に殺せ」とヤジが飛んできて俺を捕まえようと人々が襲いかかってきた。人並み外れた腕力を備えていたらしく、俺の体は暴れると簡単に民衆から抜け出せた。しかし、人々の恐ろしい顔が頭から離れなかった。
町を飛び出して森の中を歩いていると町とはうって変わって美しい風景が俺の眼前に現れた。暖かい木漏れ日。鳥の囀り。澄んだ小川。その小川を覗き込むと醜い俺の顔が映っていた。
そこで合点がいった。人々は俺の継接ぎの顔を恐れたのだと。すぐに俺は自分を創造したどこの誰か…その時は単に神を憎んだが…そう、神だ。神という単語すら知らない当時の俺は概念としての神にひどい殺意が芽生えた。どうしてこんな醜い姿で存在しているのか。どうして俺は暴力を受けなければならないのか。神は命を作っておいて無責任じゃないか。
空腹も限界にきて、そこらの草でも食む勢いだった俺の歩く先に、1軒の小さな小屋が建っているのを見つけた。俺の脳が生命を求めてその小屋に近寄った。町の人間のように石を投げられてはかなわなかったから極力音を出さずこっそりと歩み寄った。
小屋のドアは開いていて、中から人の声がした。それはあまり穏やかでない様子で、俺は怯えながら覗き込んだ。
「やめて…!」
「大人しくしろ!」
叫び合ってる言葉の意味はわからなかったが、少女が大きな大人の男二人に組み抜かれていまにも殺されそうに殴られていた。今思えば、強姦される一歩手前だったのだろう。町で石を投げられた自分と少女が重なって、その男たちに憎しみがこみ上げてきた。小屋に飛び込んで、男二人を少女から引っぺがし小屋の外へ投げ出した。
「なんだ!?」
「顔が…!怪物か!!」
同じように殴り倒してやろうと追いかけそうになったが、それよりも少女の容態が気になったて振り向いた。その間に二人は足早に逃げ去ってしまっていた。
「誰?」
震えた声が俺に向けられた。俺は返す言葉を持っていなかったから、ただ黙ってフードの中で息をひそめた。
「助けてくれて…あ、ありがとう」
「…あり…がとう?」
訳も分からず彼女に言葉を返した。彼女が何を言っている分からなかったが俺への敵意がないのを感じた。多少警戒心はあったようだが、それでも俺に危害を加えることはないだろうとわかった。
「もしかして。言葉がわからないの?異国の人?」
俺は呻くばかりで彼女に何も伝えてやれなかった。彼女の怯えたような瞳が少し落ち着いて、俺を見上げた。
「お名前は?」
「おな…まえは?」
「私の名前は、鹿乃」
「わたしのな…まえは…?」
俺が困っていると彼女は優しく俺を指差して、それから自分を指差した。
「かの」
その時ようやくそれが彼女の名前だということがわかった。俺は彼女を指差して
「かの」
と呼んだ。かの…鹿乃、が、微笑んだから、俺もつられて笑った。
「あなたのお名前は?」
彼女が俺を再び指差す。俺の呼び方を知りたいということが分かったけれど、俺には名前がなかった。ただ、人々が俺に向けて何度も言った言葉があった。
「怪物」
「か、怪物?」
「…」
彼女は急に怯え出した。その言葉がどんな意味だったのかわからなかったけれど、やはり良い意味じゃなかったようだ。それなのに弁解する言葉を持っていなくて俺は困った。初めて話ができる人間に出会えたのに、俺はこの時間を今にでも失ってしまうのかとハラハラした。
「恐ろしい顔をしているの?」
「おそろしい…?」
「いいえ、もしそうだとしても、私を助けてくれたんですもの」
鹿乃は立ち上がり、俺の手をとって、その甲にキスをした。驚いて固まっている俺をよそに、手首の縫い目を見つけた鹿乃が小さく悲鳴をあげた。
「怪我をしているのですか?」
「?」
「血は出てないみたい…傷は塞がってるけど、ひどい縫い方ですね…痛みます?」
彼女が何を言っているのか不明だったが、気遣うような声音は耳に心地よく、俺は触れられるままじっとしていた。
何を思ったのか、鹿乃が踵を返して小屋の奥へ入っていった。俺は取り残されて散乱した部屋を眺めた。足元に転がっている本を手にとって、開いてみる。見知らぬ絵…文字が羅列され、俺には意味がわからなかった。そうしているうちに彼女が戻ってきた。手にはパンの入った籠と、ヤカンと、タオル、それから包帯を落としそうになりながら出てきた。
床に散乱した毛糸玉に足を取られた鹿乃を慌てて抱きとめる。彼女はとても暖かく、それは生きている人間だった。俺が触れたことがある人間の手はとても冷たく、鋭く、痛かった。同じとは思えなくて感動したのを覚えている。
「あなたは優しい人ですね。怪物なんて嘘」
「…」
彼女の言葉の意味がわからないのに、優しい声音に自然と涙が溢れた。嗚咽を漏らしていると鹿乃がオロオロと所在なさげな手で俺の頬に触れた。コートのフードに隠れた俺の顔を覗き込んできた。
また恐れられてしまう
そう覚悟していた。
「泣いているの?ごめんなさい」
「…」
そっと俺のフードを取り、彼女は少しだけ息を呑んだけれど、揺れた瞳は俺からそらされることはなかった。
「どうか泣かないで」
彼女が俺と同じものを瞳から流したのを見て、俺はソレが…涙が、悪いものでないと悟った。優しく俺に触れてくれる人間が流すのだから、きっと良いものに違いない。
あの時の彼女は単純に涙に情をほだされたのだ。貰い泣きしたのだろう。優しい子だから。
つづく
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