Bed

小説
微エロ
甘め
迫バン

一組の男と女がベッドの上ですることと言ったら一つしか無い…?

まあ、ある意味正しい。うん。彼女を誘う文句だって「ベッド行こう」と言えば伝わってしまう。

でも

 
 
 

「ふああ…っ」

 と、だらしない欠伸を一つして腕時計を確認する。身につけているのはそれだけの全裸状態。俺は何をやってるんだ。いや、もちろん、隣ですやすやと寝息を立てて居る恋人と昨夜気持ちいいことを楽しんでいたための格好なのだけれど。
 目が覚めたとはいえ暖かい布団の中から出ようという気力は湧いてこなかった。それに、鹿乃の体を抱き寄せればより温いし、柔らかいし、気持ちよさに二度寝してしまいそうになる。
 まだ早朝の4時。さすがの俺でも毎日のランニングは5時起きだ。もう少し眠ろうと瞳と閉じた時、腕の中の女がもぞりと動いた。

「いま、なんじ…」

 と、誰にともなくつぶやく寝ぼけた彼女に「4時」と短く答える。

「おはよーございます」

 彼女が顔を埋めた俺の胸元から、本当にかすかに聞こえてきた。耳元で挨拶を返すと、くすぐったそうに体を捩っていた。

「腹減った」

「ちょっと早いけど、お米、炊きますか?」

「いや、もうちょっとこうしていたい」

 自分でも可愛い我が儘を言っているとわかっている。腹は減ったが彼女を離したくないというそんな俺の我が儘を、彼女はいつも照れくさそうに受け入れるのだ。甘えているし、甘やかされているという自覚はある。

「じゃあ、ホットミルク作ってきます」

「う~ん…」

 ベッドから抜け出そうとする彼女をギュッと抱きしめると、鹿乃が優しそうな声で「もお…」と言った。それでも、布団の中をゴソゴソと手探りして自分の脱いだ下着を探している彼女は、俺の空腹を一時でも満たすホットミルクのために、後数秒でこの腕から逃れてしまうだろう。
 本気で彼女を束縛しようと思ったら彼女を捕まえておくことなんて、俺の腕力なら簡単だった。でも、そっと彼女を腕から解放してやる。たった3分程度。そしたら彼女は温められたミルクを持って俺の元に戻ってくる。
 束縛なんかしなくても、この娘は俺に縛られている。そんな優越感で、顔がにやけた。

「はい」

 と言ってパジャマ姿の彼女がベッドに戻ってくる。程よく人肌に冷まされたミルクを受け取って一口に飲むと、ベッドサイドのラックに置いた。胃が温められて、空腹が癒される。
 ベッドのふちに腰掛けた彼女が同じように飲み途中のカップをラックに置いた。それを見計らい、鹿乃を腕に引き寄せて、着直したパジャマを剥ぐように脱がせた。その間、彼女は嫌がるそぶりも見せずに俺のするように従って脱いでいった。

「汗臭いかも…」

 なんて心配しながら恥ずかし気に布団の中にまた衣服を脱ぎ捨てていく彼女におかしな色気を感じて笑った。

「後1時間だけだ」

 と言って鹿乃の汗の匂いを嗅ぐ。

「や、やだぁ…」

「お前の匂い、好きだぞ」

 そう言うと、小さく「ほんと?」と呟いて、俺に抱きついてきた。基本、俺に敬語を使う鹿乃が、時々甘えたように敬語を省略するのを、密かに可愛いと思っているが、本人には黙っている。
 クッションに寄りかかりながら、まだ暖かいミルクのカップを持った。それに習って彼女もカップを取る。

「あれ、どっちだっけか」

 と全く同じカップを手にして二人で思案。デザインの同じカップを同じ場所へ置いたのが失敗だった。けれども俺が「どっちでもいいだろ」といって口をつけると、照れくさそうに彼女もカップのミルクを飲む。

「関節キスかも」

 なんて照れ笑いしている女のだらしない顔に思わず吹き出した。それ以上のことをつい数時間前嫌という程やっといてこの子は何を言っているんだ。

 セックスクするわけでもなく、ただ実の無い会話をして、お互いを見つめて、体の一部が触れているだけ。俺が最近知った触れ合い。男と女がベッドに入ったらやることは一つだと思っていた頃が俺にもあったが、鹿乃と床を共にするようになってから、ベッドの上という狭い空間はやれることはたくさんあることを知った。
 鹿乃が編み物をしているのを眺めたり、ただ睦言を囁き合ったり。彼女の子守唄を聞いたり。その薄い色の髪が光の加減で鴇色に輝くのを不思議に思いながら楽しんだり。そんなことをしていたら時間が過ぎていた。

「今日はベッドから出たくないなぁ」

「珍しいこと言いますね」

「たまにはいいだろ」

 俺の我儘に彼女が一瞬嬉しそうに笑って、それから少し思案顔をした後口を開いた。

「…じゃあ、午前中は布団を干して、シーツを洗濯して、お菓子を焼いて、午後は布団を取り込んで、新しいシーツにして、ベッドの上で焼いたお菓子でお茶するんです。どうですか?」

「それ、楽しそうだな」

「干した布団の上でお茶なんて、贅沢ですね」

 そうと決まったら話は早かった。俺たちは飛び起きて布団を干し、シーツを洗い、部屋を掃除した。彼女がシャワーを浴びている間にランニング出かけて、1時間ぐらいで戻ってくると、キッチンではクッキーが型抜きされていた。
 シャワーを浴びている間中、午後の楽しみで頭がいっぱいだったし、脱衣所の外では彼女の鼻歌が聞こえてきた。
 クッキーがオーブンで焼かれている間、俺が昼食用に簡単な炒め物を作り、彼女は部屋でリビングを掃除していた。なんだか、新婚夫婦みたいだな。そう思うっていると「なんだか新婚さんみたい」という彼女の呟きが聞こえてきてまた吹き出した。

 
 
 
・・・
 
 
 

 明るい日差しが差し込む寝室。紅茶とクッキーをベッド脇のラックに乗せて、俺たちは布団に入り込んだ。条件反射みたいに鹿乃を抱きしめると少しムラっときてしまうが、もう少し彼女を楽しませてからでもいいだろう。
 クッションに体を預けて、持ち込んだ本を開いた。2人で読むときは絵本を楽しむ。大人向けの、絵の美しい絵本を彼女は時々図書館から借りてくる。それを、1ページごとに交互に読み合う。俺は彼女が囁くように絵本を読む声が好きだった。

「『ジョージは死のうと思って橋の手すりに身を乗り出しました。冬の川は黒く冷たそうでしたが、彼を優しく消し去ってくれる救いの闇にも見えたのでした』」

 彼女の優しすぎる声で語られる一節は苦しいものだった。それを神妙に聞きつつも、ラックに手を伸ばして彼女の焼いたクッキーをつまんだ。

「…どうですか?」

 と、焼き具合が心配だったのか俺を見上げる鹿乃に、クッキーを頬張りながら俺は笑った。満足そうに本に視線を戻し、ページの残りの文章を彼女が読んだ。

「『突然、自分より先に誰かが川へ飛び込んだのです。ジョージはびっくりして、その人を助けるために自分も川へ飛び込みました』」

「結局飛び込んだのか」

 こんな風に時々本に感想を言ったりする。読み終えたページを捲ると次は俺の番だった。

「『男は言いました”私は天使だ”と。ジョージはその言葉を信じませんでしたが天使と名乗る男は続けました。”生まれてこなければよかったと君は言う。なら君の生まれてこなかった世界を見せてあげよう”』」

 横目で鹿乃をみると真剣に絵本の絵を見つめていた。挿絵に見とれているのかもしれない。

「前から思ってたんですけど、力さんは朗読上手」

「職業が職業だし、下手じゃダメだろ」

「そうでした。あとね、声が好き」

「俺の声?」

「はい。聞いてるとドキドキします。理由はわからないけど」

 言いながら自分で顔をかしげる鹿乃が面白くて俺は笑った。

「俺もお前の声、好きだ。理由はわからないけど」

 彼女を真似て俺も首をかしげると、今度は鹿乃が笑った。
 本をラックの棚に戻して、冷めてしまった紅茶をすすった。彼女にもカップを手渡す。そういえば、窓側の彼女からクッキーに手が届かないのではないだろうか。

「鹿乃、あーんしろ」

 すぐに意図を汲んだようで自分の口元に持ってこられたクッキーを歯で摘んで口に入れた。照れくさそうに口を動かしている。

「クッキーのお皿、ください」

「ん」

 言われた通り、クッキーの入った皿を鹿乃に渡す。2人で1枚ずつしか食べていないのでまだまだ沢山残っているクッキーの山。その中の一つをつまんだ彼女がそれを俺の口元に持ってきた。

「あーんして」

「あー…」

 鹿乃の人差し指と親指でつままれたクッキーが俺の口の中へ入ると、その指が引っ込む前に口を閉じて捕まえてしまう。クッキーごとペロリとなめて指を解放してやると、くすぐったいのか彼女が笑った。

「もぉ…」

 言いながら、彼女はむずがゆそうな笑顔を向けた。甘いクッキーをゆっくり噛み砕きながら紅茶を一口。俺1人じゃこんな可愛らしいおやつの時間はなかっただろう。

 本を読み終え紅茶とクッキーをラックに戻し、彼女は今度は携帯端末を取り出した。数ヶ月前一緒に行った旅行の写真をディスプレイ上でパラパラとスライドさせ、俺に見せながら楽しそうに思い出を振り返っている。こんなに喜ばれるのならまたどこかに連れて行こうか。

「また行きたいな」

「そうですね」

「学校の修学旅行でしょっちゅう北海道行くけど、プライベートでは行ったことないんだ」

「私、ラベンダー畑が見たい」

「じゃあ、次の連休行くか!」

 俺も携帯端末を取り出してカレンダーアプリを開いた。次の連休は2ヶ月後、今から新幹線か飛行機が取れればいい。二人でプランを練ながら席の予約を入れる。

 旅の前準備が整っていよいよ上機嫌な鹿乃。ラベンダー畑の写真を眺めながら俺の腕に倒れこんでくる。幸せだなあなんて思いながら彼女の肩を抱いた。

「力さん…」

 端末をクッションの下に仕舞って空いた両手で俺を抱きしめながら甘えてきた。何もわかってない顔をして彼女を見下ろすが、俺は知っているんだ。こんな風に甘えてくるときは「抱きしめて欲しい」「キスして欲しい」の彼女のサイン。でも、もっとわかりやすくおねだりする彼女が見たい。俺が黙っていると素直な彼女は正直に

「ちゅーしたいです」

 と言ってくる。俺はちゅーどころかこのまま彼女を組み抜いて抱いてしまいたいぐらいだけれど、そこをぐっと堪えて軽いキスをした。

「もっと…」

 顔を離すと寂しそうに彼女が見上げてくる。俺を釣ろうというのだろうか。食うのはこっちなのにな。

 それから俺は節操のない犬みたいに鹿乃に噛み付いて、彼女があれよと言う間に服を剥ぎ、デートの後半は嬉しそうな悲鳴を堪能していた。
 たまにはこんな1日もいいだろう。

Fin