着信音が鳴る度に -悪戯-
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連載:着信音が鳴る度に
木漏れ日が散りばめられた涼やかなカフェテラス。初夏の風が寒くも無く暑くもない、気持ちのいい午後。俺は鹿乃と久しぶりにデートを楽しんでいた。最近仕事が忙しくて、あの子にしばらくは家デートを強いてしまっていたから、久しぶりにのんびりとした外出である。
「貴方となら家だってどこだって構わない」
と言ってくれる彼女の言葉はありがたかったが、あの子だって妙齢の女性だし、お洒落をして街を歩きたい気持ちだってあるだろう。その証拠に、テレビをつければデートスポットにうっとりしていたり、俺の買ってやった靴を履いて歩きたいと言っていたり、会話の端々にそんな要望が見て取れたのだ。
そして今日、嬉しそうに待ち合わせ場所 に立 っている鹿乃を見れば、早速外出した甲斐があるというものだ。惚れた女を喜ばせている実感に浸り、俺は上機嫌だった。
「先生!」
と、受け持ちの生徒の一人が声をかけてくるまでは…
「おお!偶然だな」
珈琲を飲みながらスマートフォンに目をやっていた俺の横に、すらりとした美少女が立っていた。生徒の間で評判になっている生徒の一人で、教師たちの耳にも届いている。成績優秀で、俺の現代国語のテストでも90点台から下を取ったことがない。
学校でも見目美しい彼女だったが、今日は休日だからか、お洒落をしているようで一段と大人っぽく見えた。一瞬誰だか考えてしまうほどだ。女の子は化けるなあと改めて思う。
「こんな所で、一人でお茶?」
そう言いながら俺の向かいの席に座った。鹿乃が座ってた場所だが、彼女が化粧直しで席を立ってまだ数分だったから、戻るのに時間もあるだろうし、座らせたままにした。
「今はデート中だ!彼女は席を外している」
「ふぅん…カノジョって、可愛い人?」
そう言いながら、鹿乃が飲みかけている紅茶のカップの取っ手を指でなぞった。彼女は仕草も美しい。つい、自分の恋人と比べてしまう。鹿乃だったら、俺と話しながらその指はストローの包み紙で無意識に折り紙遊びなんかしているような変な手グセがあって、でも、話している最中にそれが織り上がると「見てください、鳥」とか「星、作りました」とか言って無邪気に笑うのだ。俺は彼女のそんなところが好きだった。
「すごく可愛いぞぉ!」
そう惚気てみせる。まあ、こんな少女に語ってもわかってはくれないだろうが…。俺の言葉を聞くとこの美少女はトイレの方へ視線を流して不機嫌そうな顔をした。
「…実はさっき見てたんだけど」
「なあんだぁ。声かけろ、水臭い」
「だって…嫉妬しちゃったんだもの」
嫉妬。とは、なんのことだか、察しはつく。若い男性教師に恋慕を抱く女子高校生は多い。教師の仕事を始めて最初のうちは戸惑ったものの、最近ではすっかり慣れてしまった。顔は若く見えていても、中身は三十路のおっさんだ。彼女たちはそれを忘れている。
「私の方が綺麗じゃない?若いし。ねえ?せんせ」
と言って上目遣いで俺を見つめてきた。男心にグッとくる視線だ。これが鹿乃だったら、抱きしめてキスしていただろう。でも、相手はほんの少女で、失礼かもしれないが俺の性対象外なのだ。だから彼女のそんな大人びた仕草がある意味愛おしかった。それはきっと、経験はないが、父親のような気持ちなのかもしれない。いや、父親だったら男を誘惑するような視線にいい顔はしないだろうが…。思わず「ぷっ」と吹き出してしまったので、目の前の美少女が眉を寄せる。
「なんで笑うの?もお!」
「先生を誘惑する気か」
フイッとそっぽを向かれてしまった。可愛いな。こりゃあ同級生の男子達が放っておかないのもわかる。
「女の子は時々、いやに大人な顔をするな。先生びっくりだ」
少し気の毒に思ってフォローの一言を入れたつもりだった。でも
「口ではそんなこと言ってるけど、子供扱いしてる。わかるのよ。女は勘がいいの」
と、ピシャリと言われてしまう。女の子は聡い。俺は正直に
「うん。先生から見たらお前たちは子供だからな」
と答えた。俺の答えが気に入らなかったのか、可愛らしく睨まれてしまう。
「私、モテるの。男の子に何人も告白されたんだから。矢野くんと由木くんが、私のことでこの喧嘩しちゃって」
「女を巡って喧嘩とはやるな。だが、お前ら仲良くしろ」
「そういうこと言って欲しいんじゃない。私を攫わないと、後悔しちゃうんだから」
「そうかもなあ」
「もお…!」
頬を膨らませて睨んでくる。それでも、俺はこれ以外に返答しようがなかった。彼女が何か悩み事でも、もしくは授業の質問でもあれば真剣に聞くつもりだが、思春期にありがちな自己承認欲求にいちいち付き合ってはいられない。俺にとって生徒たちは皆平等だ。それに、仕事に恋愛感情を持ち込めるほど俺は器用じゃなかった。話をどうにかすり替えようと頭をめぐらす。
「お前、ここに何をしに来たんだ?」
と投げかけると、少女は眉間のシワをパッと消して席を立つ。
「友達と待ち合わせしてたんだ…!」
「遅刻しちまうぞ」
「…先生のバカ!」
そう言って、何を思ったか俺のそばへ走り寄ってきた。
恋人が目の端にちらりと見えたが、それは少女の陰に遮られてしまった。
つづく
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