薔薇姫のお相手 – 噂話
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- 2 薔薇姫のお相手 – 告白
- 3 薔薇姫のお相手 – 秘密
- 4 薔薇姫のお相手 – 距離
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連載:薔薇姫のお相手
「俺が王子様なら、彼女に釣り合うのか…?」
そう言い漏らして、健太は台本をデスクに投げた。自室のベッドに横になる。
学園演劇の配役が決まり、文化祭に向けて学年中がひとつの目標に向かっていた。慌ただしい時期だ。ヒロインのシンデレラ役は、華鹿に決まった。自分は、一言台詞があるだけの町人の一人。その配役が、自分達の立場の違いをまざまざと見せつけられているようだった。
「俺は王子様じゃない」
別に、それで構わない。スポットライトに照らされるのは苦手だ。けれど、彼女の手を取るにはスポットライトの方へ行かなければならないのだ。たった一度でも。
「それって、俺の望むことなのかな」
一度は高校3年目を飛躍の年にしようと決めた。華鹿に少しでも近づくために。達成感や努力は楽しいし、それに関して後悔は無い。健太は目を閉じた。自分の望むことが何なのかわからない。
スポットライトを浴びて華鹿と踊るところを想像する。人々の視線は心地よいものではないが、きっと、彼女の顔だけを見ていれば、それほど嫌な気分ではないはずだ。
「…いや、踊らないよ」
空想から覚めて、顔を横に振った。結局、彼女と踊るのは別の男だ。自分は城下町のパン屋さんなのである。教会で式を挙げる2人を参列席から眺めるだけの端役。恋人同士という近しい関係にも関わらず、彼女はやはり遠い存在に感じられた。
・・・
「タイラー、見すぎ」
「えっ、な、なに?」
「源さんのこと凝視しすぎだっつの」
健太は驚いた。そんなに見ていただろうか。自習時間、教壇に教科担任が居ないものだから、周囲はこそこそと談笑している。
「わかるよ。可愛いもんな」
肩を叩かれ、笑って頷くことしか出来なかった。彼女は美しい。だが、それだけではない。華鹿について形容できる言葉はたくさんある。
「大人しくて」
「清楚で」
「時々儚げだしな」
健太は、段々と頷くことも出来なくなり、ただ自分の笑顔が張り付いているだけなのに気づいた。
ー ヒロイン扱いされても嬉しくない…
華鹿の横顔が急に思い出される。
「言うほど大人しいかな」
「え?」
「普通じゃないか。それに、清楚で儚げって言うけど、人並みに落ち込むこともあるだけだと思うな」
悪意ではなく、単純に、周囲の華鹿に対するヒロイン像へ亀裂をいれるつもりで言った。華鹿が望むなら、友人たちぐらいにはもう少し彼女に親しみやすい印象をもって欲しい。
周囲が健太に視線を集中させていた。健太はそれに気づいて口を閉ざす。
「まあ、そう見えなくもないかな」
「そうか?」
「タイラー、源さんと良く話すのかよ」
「花椿さんにパシらされてるもんな」
「あ、そうか」
好き勝手に想像して各々の意見を言いながら笑いだす友人たち。健太は頷いて釣られて笑った。少しは華鹿の気持ちが軽くなれば良いと密かに願いながら、彼女が嬉しそうに笑う姿を想像する。それだけなのに、彼の心は晴れやかにときめいたのだ。
・・・
ここ数ヵ月。学園演劇の準備で二人はデートも出来ずにいた。放課後の少しの間だけでも会いたい。健太と華鹿は、はばたき学園の裏の森で待ち合わせを決めた。
「この森のどこかに教会があるって噂、知ってる?」
「地下で氷室先生のアンドロイドが作られてるって噂だろ?」
「なにそれ」
ロマンチックの欠片も感じられない噂話に華鹿は吹き出した。そして、それとなく教会を探しながら森を探索するため二人は歩きだす。それは呆気なく二人の目の前に姿を表した。
確かに教会は存在していた。少し歩いたので、たどり着くまでに噂話だと思って誰も見に来ないのか、周囲に生徒や教員は居なかった。夕陽を受けた教会のステンドグラスは外観からみるときらびやかだったが、中に入ると幻想的な輝きを放っていた。
「練習頑張ってるね」
「うん。鈴木くんと時間会わせるの難しくて、練習する時間が中々とれないけど、なんとか」
教会のベンチに埃は積もっておらず、定期的に管理されていることが伺えた。そのベンチに二人で腰掛ける。
「本当は、平くんと踊りたかったなぁ。なんてね」
「……」
「私ね、健太くんと踊りたかったんだ。ずっと」
「え?」
「フォークダンス、一回も当たらなかった」
「そうだったね」
2人ともステンドグラスを見上げたまま、お互いの顔は見ていなかった。健太がようやく華鹿に視線を向けた。
「……ここで、こっそり踊ろうか」
「え」
「その……演劇の練習相手になるよ」
もう、お互いの手に触れ合うのは慣れたものだ。だが、2人はそれ以上触れ合ったことはなかった。
ベンチから立ち上がり、ステンドグラスの明かりが届く場所で立ってダンスの体勢をとる。ステップを数十秒踏んで、舞台のシーン確認をした。
「”このまま、あなたといつまでも踊り続けていたい”」
華鹿の練習を横で眺めながら何度も聞いた王子役の台詞を口にする。
「……私も」
「……違うよ」
そう、シンデレラの次の台詞は「わたしはもう、行かなければなりません。」だった。健太はそれを指摘する。勿論、華鹿もそれはわかっている。
「そうだね。でも、健太くんが王子様だったら、魔法が溶けて私がみすぼらしいシンデレラに戻っても、踊ってくれそうだもの」
「……魔法が解けて、みすぼらしい姿に戻るのは俺の方だ」
「え?」
「……」
二人の足が止まる。
「私のこと、嫌いになった?」
「え……?!」
「だって健太くん、私と居ると最近少し……辛そうに、見えるよ」
隠しているつもりだった。走っても走ってもたどり着けない王子様のポジションと、それを心から欲していない自分の本心にジレンマともどかしさを感じていた。そんな健太の気持ちを、華鹿は気付いていた。
「振っても良いよ」
お互いの絡まる指が、緊張する。でも、すぐに華鹿が健太の手を握り直した。
「ごめん、うそ。振られたくないな……」
「俺は」
「言わないで…!」
「君のこと、好きじゃなかったんだ。きっと」
健太も華鹿の手を握り返しす。
「……知ってたもん」
「ま、待って! 聞いて」
去っていきそうな華鹿の睫毛が、友人たちの言うように儚げに見えた。
「君のこと何も知らないくせに、俺、舞い上がっちゃって……。告白、受けちゃって……なんかそれって、ズルかったよな」
「……」
「君が俺を好きって言ってくれたとき、嬉しい反面、怖かった。やっぱり、釣り合わないって思ったし……」
普通の、平均的な、平凡な人生。居心地のいい環境が、壊れる気がした。
「でも、釣り合うとか合わないとか、分不相応だとか、そんなの幻想だった」
実際は、ただの少年と少女の一対一の関係だ。2人は結局、お姫様と平民ではない。身分違いなど存在しない。
「それなのに俺は、自分が王子様じゃないことが、悔しくてたまらなくなった。君の隣に堂々と立てない今の自分が」
健太の困り笑顔。彼は良くこうやって辛そうに笑う。だけど、そんな表情はさらに強い決意と欲求に上塗りされて、あたかも華鹿を睨み付けているようだった。
「君と踊るやつが羨ましい」
「健太くん」
こんな気持ちは始めてだった。いつも穏やかに、のんびり、ときに慌てながらも、生きてきたはずなのに。燃え上がるような、胸を熱くするような嫉妬心と自分に対する焦燥感。
彼女は自分を「上品」と言った。けれど、今の自分はどうだろう? こんな自分を、嫌いにならないだろうか? けどきっと、誰もが持っている普通の感情なのだ。健太はそう確信していた。自分はやっぱり「普通」の男の子で、休んだり頑張ったり、熱くもなる。
「……許してくれるかな。俺のこと」
「なんにも悪いことしてないのに」
「したよ。君を今、泣かせてる」
初めて見る、健太の熱っぽい眼差しに、華鹿は熱が移ったように惚けた。
「だから、その…君の王子さまになりたくて、成れなくて悔しくて、嫉妬したり、君を想って楽しくなったり…つまり…」
かちっと視線が合う。健太は唾を飲み込んだ。華鹿は息をするのも忘れていた。
「俺はもう、君のことが大好きだ」
ステンドグラスの先の夕陽が傾いて、二人を容赦なく照りつけている。ここが学校の敷地内であることを忘れそうなほど、普段の世界から切り離された遠い世界に居るような輝きに包まれていた。教会の設計上そうなっていたが、たまたま居合わせた二人にとってそれもまた小さな奇跡の一つのように感じられた。
「健太くんは、一つ勘違いしてる」
「な、なにを?」
「シンデレラはお姫様じゃないんだよ」
「…?」
シンデレラがお姫様に成るのは、王子様に見初められ、結婚したからである。
華鹿はただ、シンデレラ候補の中からたまたま選ばれただけなのだ。それを言えば、彼女は平均的な身長と、人よりも愛らしい顔立ちで、特別突出したキャラクターでなかったから、選ばれたに過ぎない。同じく候補のカレンでは背が高すぎだったし、みよでは小柄さがネックになった。(そもそも本人たちにやる気がなかったのも候補から外された理由であった)
「私が王子様に見初められたとしても、パン屋さんが好きなら、お姫様にならないの」
華鹿が舌を出していたずらっぽく笑った。きっと、この学園の誰も知らない彼女の顔。健太は心底愛らしいと思った。
・・・
文化祭当日
体育館の舞台裏はバタバタしていた。担任の大迫が生徒たちに忙しく指示を出している。
「そろそろ本番だぞ」
「先生!大変!」
「どうした」
「鈴木くんが、校庭のステージから落ちて怪我したって」
「な、なに?!無事か?!」
「あ、大丈夫、捻挫だって保健室の先生言ってた。でも王子役どうしよう」
「し、しまった!今から代役は……」
健太はパン屋の帽子を被りながらそんな会話を聞いていた。周囲の生徒たちもざわつき始める。王子様は後半の重要な役なのだ。
「先生、セリフ覚えてない?」
「先生か?!覚えているが、先生じゃ衣装のサイズが合わん」
そこで、騒がしかった舞台裏が数秒沈黙した。すっ、と手を挙げたのは、健太だった。
「先生。俺、王子のセリフ覚えてる」
「な、なに?!ほんとか!」
「うん、源さんの練習つきあってたんだ」
「なら、演技もできるんだな?!でかした!お前がやれ!みんな聴け、タイラーが代打で出る!!パン屋のセリフはカットだ!王子の衣装持ってこい!タイラーはパン屋の衣装脱げ」
大迫がテキパキと台本の修正をしながら生徒たちを誘導した。王子の衣装を着込んだ健太に華鹿が駆け寄る。
「健太くん、大丈夫?」
「わからない。でも、やるしかない」
健太が力強く笑ったのを見て、本番前の不安に揺れていた華鹿の心は落ち着いた。彼が隣に立ってくれるのなら、舞台の上でも大丈夫。健太のそんな癒しの力を感じた華鹿にはやはり彼が輝いて見えた。
実際、演劇は成功に終わった。ヒロインの伸び伸びとした演技はしばらく学園の話題に残るほとだった。
「すっげーなタイラー!台詞スラスラでてきてたぞ!」
「オレ最初ヒヤヒヤしたけど、途中から安心しちゃったよ!」
当然、ハプニングを切り抜けた功労者の一人である健太をクラスの生徒たちは称えた。友人たちに囲まれて、健太はくすぐったい様な表情で笑った。もうそこには舞台上で見たような王子様は居なかった。
学園演劇も一息ついた矢先。健太と華鹿は売店を巡っていた。大成功した学園演劇の直後であったためか、華鹿はいつもより視線を感じていた。
「あれ、あの子、学園演劇のヒロインだよね。やっぱりかわいいー」
「うん、今年のローズクイーンもあの子なんでしょ」
「そうそう、やっぱり輝きが違うよ。でも、王子様役はなんであの人だったのかな?」
「うん、王子様って感じじゃなかったなー。やっぱり、琉夏くんとかじゃないと、ヒロインには釣り合わないね」
隣を歩く健太を見ることが出来ず、悔しくて下を向いた。けれど、頭上から健太の明るい声がした。
「そんな顔しないでよ。俺の王子さま、どうだった?」
「かっこよかったよ……!」
「君にそう言ってもらえれば十分だ」
健太の優しげな微笑みに、華鹿は途端に満足した。彼の一言と笑みでこんなにも直ぐに気持ちよく心が弾む。凄い事だ。
そして、売店で熱々のタコ焼を買って、二人はその場を去る。
「でもあの王子様、演技は堂々としててかっこよかったよね」
「うん。そうだね」
という周囲の会話の続きは二人に届かなかったが、それでも華鹿も健太も晴れ晴れした表情だった。屋上のベンチで買ったばかりのタコ焼を頬張りながら華鹿がはしゃぐ。
「急にドキドキしてきた! 今日の展開、すごかったね!」
「今さら? 俺はずっとドキドキしてるよ。今もまだね」
「舞台上のドキドキとはちがうの、さっきは緊張してたけど、今はワクワクしてるの。だってね、平くんが手を挙げたとき、ピンチに颯爽と現れるヒーローみたいだった! それに、王子様姿も見れたもん」
「俺の王子なんか大したこと無いよ。前から思ってたけど、君の目に俺ってどう映ってるの? 美化してるよね」
「そんなことないと思うな」
華鹿の怪訝そうな態度に、健太はただ笑った。
文化祭直後、学校新聞のトップに大きく、二人が舞台で踊る写真が掲載された。見出しは「噂のカレシか!?」となっていたが、写真に映る健太の姿が、堂々と、しかし余りに素朴だったので、生徒たちの大半は新聞部の煽りにしか受け取らなかった。彼らの周囲に公式カップルとして、交際の事実が広がる以外は大きな噂になら無かったのである。
舞台上の二人が印象深かったクラスメイト達は誰も、二人を「釣り合わない」と言って眉を寄せる者は居なかった。そして、学校で健太にくっ付いて歩いている華鹿に恋慕の声をかけようとする男子も居なくなった。隣の健太があまりに普通で、誰も彼と我が身を比べて闘争心を持つなんて気にならなかったのだ。
「なんかわかんないけど、お前たち二人だけの世界が出来上がってる気がする」
健太をからかう友人の一人が言った。このふんわりと二人が放つ優し気な雰囲気は、三年生の間で暫く名物となった。そして、以降の学年で「教会でダンスする二人は周囲から祝福され、結ばれる」という話が一つ学園の噂話に追加されたのだった。
END
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