薔薇姫のお相手 – 告白
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- 5 薔薇姫のお相手 – 噂話
連載:薔薇姫のお相手
「源さん、今日は有り難う。助かっちゃった」
12月の期末テスト最終日のホームルーム。
健太が振り返って華鹿の席に消ゴムを置いた。今朝、筆箱を漁りながら困っていた健太に華鹿が消ゴムのスペアを貸したのだ。
思いもよらず意中の人と言葉を買わすことが出来た華鹿は、喜びを押さえて出来るだけ冷静な体を装いつつ笑みを作った。
「いいの。あ、あのさ、平くん…」
「なに?」
せっかくのチャンスに、もう少し話を長引かせようと言葉を探す。ふと、自分たちに向けられた視線に気付いた。
「ねえ、ほら、あそこ」
「ほんとだ、美人」
「あんまり容姿のこと言わない方がいいよ」
「誉めてんのに」
「あの男子誰?まさかカレシ?」
「違うだろ、釣り合わない」
「失礼だなお前」
「席が前後ってだけじゃん」
そんな無遠慮な会話が2人の耳に届き、健太も華鹿もお互いを見合いながら表情を固めた。
おそらく、彼らに悪意はない。本人たちが聞いていないと思って好き勝手言っているのだ。だが、まあ、失礼である。
「…あ、ごめん、俺もう帰らなきゃ。話ならまた今度」
「あ…」
健太は困り笑顔を華鹿に投げながら、コートも着こまず逃げるように教室を出ていってしまった。
呆気にとられていた華鹿だったが、すぐに顔から血の気が引いていった。
(嫌われてしまった…!)
しかし、心ない言葉に傷付いたのはきっと健太の方だ。華鹿はバッグとコートを持ってあとを追って教室を飛び出した。
健太はいつも友人数名と帰宅するのが常だったが、今日は教室を予定外に出てしまったので下駄箱で一人、外履きに履き替えていた。追い付いた華鹿は周囲に人が居ないのを確認し、下駄箱でコートを着込んでいる健太を捕まえることが出来た。
「さっきはごめん」
「どうして源さんが謝るの? 俺の方が嫌な態度とって、ごめん」
「平くんは何も悪くないよ」
「…源さんはさ、どうして俺なんかに話しかけるの?」
「え…?」
「君みたいな…その…高嶺の花っていうのかな。そんな女の子が、俺みたいな凡人と仲良くしてる時間、勿体無いんじゃないか」
「…!」
「あっ…ごめん。悪い意味じゃ…」
健太は持ち前の素直さですぐ謝罪するが、それは気まずい空気を払拭することは出来なかった。
下駄箱を挟んで他学年の生徒たちがちらほら通っていったが、誰も二人に気付かなかった。
「悪気はないんだ。ただ、全員にそんな風に優しく話しかけてたら、大変じゃないかなって」
健太は言葉を慎重に選び直しながら、俯いた華鹿と視線を合わせようと少しだけ屈む。だが、華鹿は健太の言葉に驚いたように顔を上げた。
「皆に優しいのは平くんの方でしょ?」
「え?」
「私は違う。誰にでも声をかけたりしない」
確かに、話しかけられることは多い華鹿だが、自分から話しかけることはあまり無い。いつも人に囲まれている華鹿の言葉が健太には意外だったが、考えてみれば、確かに彼女のような女の子は自ら話しかけなくても人が寄ってくるはずだと頭の隅で納得した。
「平くんだから…」
「え…」
「あ!バーンビ!キューティー3で放課後デートしよ…」
聞きなれた声が突然華鹿の頭から降ってきた。長い腕が馴れ馴れしく彼女の首に絡み付いて、体勢が崩れる。
「あら」
華鹿の頭越しに健太と目が合ったカレンは、自分が友人の大事な語らいの空気を壊してしまったことを理解した。そして後ろに振り返り、もう一人の同行者にすがるように呟いた。
「…ヤバ」
「カレン」
3人の背後のみよがカレンを睨んで、その大きな瞳は「良いところだったのに、邪魔をした」と冷めたように責めていた。
「…あっそうだー」
自分の失態に気づいたカレンは、パチンと手を叩いておねだりのポーズをとった。なにを思い付いたのか、健太はカレンの意図がくめず、その綺麗な微笑みに怯む。
「ねぇあんた、放課後、暇? 暇よね、テストも終わったし」
「な、なんで」
「女子のショッピングつきあって!」
有無を言わさない迫力でカレンが健太に迫る。その圧力に彼は思わず頷いてしまった。
・・・
(なんで俺、こんな美女三人と歩いてるんだ?)
行き交う人の視線が微かに健太を刺していた。なんとなく肩身が狭い。だが、彼にとってそんなに窮屈な時間とも言えなかった。カレンは気さくに健太についてあらゆることを質問し、それをみよがアシストする形で会話は盛り上がった。当然彼女らは個人的に健太に興味があったわけではなく、彼に恋する友人のために情報収集しているだけなのだが、当の健太は知らない。
自分のことを興味深く聞いてくる3人に困惑しながら、嬉しさもあった健太はその人の良さて親しく会話を続けていた。
そして、駅前のショッピングモールについた途端、カレンが声を上げた。
「いっけなーい!学校に忘れ物しちゃった」
「え?」
「みよ、一緒に戻ってくれる? タイラーはバンビを送ってってね」
カレンはみよの腕をとって「チャオ☆」とウィンクしながら来た道を戻って行ってしまった。連れていかれたみよもこちらを振り返りながら、珍しくにこりと微笑んだ。
突風のような一連に華鹿と健太はきょとんと目を丸くして、それを見送りながらしばらく固まる。はばたき駅の利用客が行き交い、すぐに2組はお互いを人混みの中に見失ってしまった。
「今日の花椿さん、どうしたんだろう。ショッピングはいいのかな」
「えっと…」
ショッピングも忘れ物もきっと彼女が自分のためにお膳立てした方便だ。華鹿はそれが解っていたが、どう誤魔化そうか準備していなかった。日が短くなった12月、すっかり冷えた気候だが、例年より暖かい気がした。夕陽が照っている。
「どこか行きたい所ある?無ければ送っていくよ。花椿さんに言われたし」
「え…!」
チャンスだった。彼の事である、ここでさりげなくお願いすれば快く応えてくれるはずだ。
(…そうだ!)
「駅近のカフェ、新しいドリンクメニューが出たから、行きたかったの」
心臓が動悸して、俯くと自分の胸が微かに鼓動しているのが見えた。彼に気付かれていないのを祈りながら、健太の了承の声を聞いた。
華鹿は、駅前のショッピングモールとは反対側の裏路地に構えるカフェへ健太を案内した。表からは入り口が見えず、なんとなく穴場感のある落ち着いた店構えだ。ダークブラウンの木材で施された内装は、高校生の二人に大人びた印象を与えた。
入店してすぐカウンターの店員が「お好きな席へどうぞ」と声をかけてきたので、2人は夕陽が差し込む明るい窓際へ座る。向かい合った華鹿を見て、健太は急に気恥ずかしくなった。
「な、なんだかデートみたいで照れるな」
健太が自分の項を撫でながら苦笑いした。言った後少し後悔して、窓の外を困ったように見つめた。レンガ道に反射した日光が、ガラスの窓越しに健太の瞳を照らして彼を眩しくさせた。華鹿が、健太のそんな横顔に見惚れながら
「そうだね」
と返した。そして、言い返してから一連の会話を脳内で3度ほど再生させて、顔が熱くなった。暖房が効いる所為だ。おそらく。
「ご注文は?」
と席までウエイターが注文を取りに来るまで、2人は無言だった。
「!…あの、黒板のカフェラテを」
ここへ健太を連れてきた口実を思い出し、華鹿は期間限定メニューを指さした。健太はアイスティーを店員に注文し、ウエイターがさがるとやっと二人は笑い合った。
「あれ、可愛いね」
カウンター横の黒板には、サンタとトナカイのアイシングクッキーとクリームが添えられたアイスカフェラテのイラストがチョークで描かれていた。
「男の子もこういうの好き?」
「嫌いじゃないよ」
健太は先に届いたアイスティーを受け取りながら言った。一足遅れて、華鹿のアイスカフェラテが届く。口実に使ったとはいえ、気になっていたメニューだ。華鹿は実物の可愛らしいドリンクに喜んだ。スマートフォンで一枚パシャリと写真を撮る。
「…ねえ。平くんも、一緒に写していい?」
どこまでお願いを聞いてもらえるだろう。そんな賭けのような気持ちで聞いた。一枚だけ、彼の写真が欲しい、そう思った。けれど、言われた健太は不思議そうな顔をした。なぜドリンクと俺を映したいのだろうか? まあでも、女の子はすぐ写真を撮りたがるし、とあまり深く考えなかった。
「源さんが写ったら?俺が撮ってあげるから」
「…」
華鹿のスマホを受け取ろうと手を出す。
「い…一緒に写ろう?」
「えっ」
「記念。初めての」
なんの「初めて」なのか、説明するのも、詳細を聞くのも野暮な気がしたし。少し混乱していた健太もただ頷いた。華鹿が健太の隣に座る。触れそうで触れない肩に華鹿は意識を奪われたが、気を取り直してドリンクを持った。スマートフォンを健太が構え、そして、1枚。
「…」
写った写真を確認する。健太がおかしそうに吹き出した。
「俺、ひきつってるし、見切れてる」
だが、華鹿にとっては大事な1枚だった。
「ああ、緊張した。女子と写真撮るなんて初めてだ」
「そうなんだ。嬉しいな」
「…っ」
華鹿の照れくさそうな笑みに、健太は喉を詰まらせた。薄々感じていた可能性を、おずおず口にする。
「なんかそれ…。いや…う~ん…」
「…?」
「ねえ、源さん、もしかして俺のこと…」
「!」
(さすがに気付かれた?)
我儘を聞いてくれる健太を相手についつい自分の希望を重ねていた華鹿はそこでびくりと肩を震わせた。
ても、気付かれたら気付かれたで、良い気がした。告白する機会なのかもしれない。健太の言葉の続きを待った。
「…そんなわけないか。ごめん、何でもない」
華鹿の期待に反して、健太は言葉を引っ込める。
「え!…な、なに?気になるよ」
「いや、その、あはは」
健太は華鹿の心境など知らず、顔を真っ赤にして照れ笑いをした。
「急に親しくなった気がして。源さん、俺のこと好きなのかなって。勘違い」
言ってすぐ「ごめん!」と慌て窓辺の方へ身を引いた。片手で降参のポーズを取って、もう片方の手は持っていた華鹿のスマートフォンを差し出した。
「君みたいな完璧な女の子が俺を好きになるはず無いのに」
「な、なるよ」
「そうだよね……」
華鹿は跳ね上がる心臓を押さえながら立ち上がって、自分の席に戻った。
(言ってしまった!)
「…え?」
テーブル越しの健太が窓に肩を預けながら自分の膝に視線を落としていた。耳が赤かったが、それは華鹿も同じであった。
「お…俺をからかってるの? なにかの罰ゲーム?」
「ちがうよっ」
華鹿もテーブルに視線を落とした。手をつけられないままのアイスカフェラテのクリームが溶けてクッキー湿らせていた。
「た…」
「…」
「平くんが、好きだよ」
心底驚いた顔で、健太が姿勢を正した。何秒か、何十秒か、はたまた数分、長い間沈黙した。健太は、惚けた自分の頬を撫でながら目を一瞬ぐるりとさせた。なにか言わなければならない気がして、華鹿も健太も口を開けては閉じるのを繰り返した。
最初に沈黙を破ったのは健太だった。
「でも…俺たちじゃ釣り合わないよ」
「……ぇ」
「そ、それに、俺、源さんのことは、憧れっていうか……」
「……」
「遠目から素敵だなとは思ってたけど、君のこと、よく知らないし……」
「……」
「……俺みたいな平凡なヤツの、どこが好きなの?」
「……一目惚れ」
「へ?」
「最初だけ。今は、平くん優しいなとか、カッコいいなとか、いろんな好きなところ、あるよ……」
「……」
「ごめんね、変なこと言っちゃって……」
健太は「変じゃないけど」と呟いただけで、また二人に間に沈黙が流れた。華鹿は耐えられなくなって息を小さく吐くと、諦めたように笑った。
「振られちゃった……の、かな」
と呟きながら、クリームが溶けたカフェラテをストローでかき混ぜた。グラスのなかで穏やかにたゆたう白濁は、ほろ苦い気分を慰めている気がした。
「俺が君を振る?とんでもない……!」
はばたき学園中の男子が憧れる女の子を振るなんて、それこそ分不相応なのではないか。健太は頭を振った。
「じゃあ、お付き合いしてくれるの?」
「へ?!」
少年は混乱した。ここで自分が彼女を振る、というのはどうしてもおかしい気がした。逆ならわかる。でも、頷いてしまって良いのだろうか。顔をあげると期待を込めた華鹿の瞳とぶつかった。つい
「い……。良い、よ」
と口にしていた。
(良いのか?! 俺…!)
華鹿が自分をからかっているわけでないことはわかったが、それでも健太には理解の追い付かない部分が多すぎた。こんなに美人の女の子が自分のことを好きになってくれるのは浮かれるほど嬉しいが、あまりにも唐突で都合の良い夢のような気がした。夢ならすぐに覚めて欲しい。
自分が何を言ったのか半分は分かっていなかったが、華鹿の嬉しそうな顔をみて自分の選択を一旦は受け入れた。健太は混乱する脳内に疲れて思考を手放したのだった。
つづく
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