着信音が鳴る度に
- 1 着信音が鳴る度に -嫉妬-
- 2 着信音が鳴る度に -悪戯-
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連載:着信音が鳴る度に
「怒ってます?」
「…」
「ゴメンなさい」
「…」
彼女が俺の名前を何度も呼ぶ。ちゃんと耳に届いているのに、俺はあえて返事をしなかった。腕の中で彼女の顔が寂しげに陰るのを見て、それが心苦しいのに、求められてているのを実感して二律背反な感情にゾクゾクしていた。ひどい性癖だと思う。
可哀想に、俺みたいな男に惚れちまって。せめて態度だけでも甘やかそうと彼女の髪を撫で、冷えた丸い肩に掌を這わせ、指だけは「愛しているよ」とでも言うように、彼女の肌を滑り愛でる。そうすると
「優しい…」
そう鹿乃は呟いた。彼女にはこんな愛情表現でもちゃんと伝わっているらしい。それでも、言葉にしなければ、きっとこの娘の表情は晴れてくれないのだろう。
明るい時間に帰ってきて、それからすぐベッドに入ったけれど、カーテンから見える外の明かりはすっかり消え、夜になったことを知らしめていた。あまり黙っていてもせっかくのデートの時間が勿体無い。そんなことはわかっていたけれど、俺はすっかりいじけてしまっていたし、見 た目も中身もガキに成り下がっていた。拗ねたように彼女にすり寄って
「俺のこと、好きだろ?」
と甘えた声で言葉をねだる。勿論彼女は
「はい、大好き」
と決まりきったように返事をした。
間違っても鹿乃の口から「嫌い」なんて出てきて欲しくないから「好きだろ?」と誘導尋問するのは、まあ、いつものことだ。さっきまであんなに意地の悪い態度をとったのに、それでも「大好き」と言ってくれる健気な彼女の髪に顔を埋めて思い切り匂いを吸い込んだ。微かに香る彼女愛用のシャンプーと汗の匂いに鼓動が早まる。
鹿乃だって、無条件の愛情をいつまでも与え続けてくれるわけじゃない。いや、彼女ならそうするかもしれないけれども、大事にしないと、いつか逃げられてしまう。
思えば、そうだ。ついさっきまで「 帰る」と言って聞かなか ったじゃないか。あまり愛されている余裕で胡座をかいていると彼女を失うかもしれないぞ。そんなことを想像して、身震いする。
すると鹿乃は震えた俺を気遣って腰に腕を回して抱きしめてくれた。
「寒いんですか?お布団は…」
言いながら手探りで俺の背に追いやられている掛け布団を引っ張っているようだった。俺がしっかり彼女を抱きしめているからあまり身動きが取れないと見えて、もぞもぞと悪戦苦闘している。焦れったくなって俺は背後の掛け布団をひっつかんで自分と彼女を覆った。数分するとお互いの熱で布団の中は暖かくなり、彼女の冷えた体も温まったようだった。
しばらく無言でお互いの体を撫でているだけだったが、彼女がなんども口を開いては閉じて言いたげな仕草をしていた。
「困らせてごめんなさい」
彼女が泣いていた。俺は体を起こして鹿乃に覆いかぶさる。彼女の涙が伝染して、俺も泣いた。悲しいというより、感情が揺れていてた。俺たちは大人気なく泣きじゃくっていた。
「嘘ついて、ごめんなさい。本当はすごく、嫉妬して、悲しくて」
「わかってる」
「それで、泣いちゃって」
「わかってる」
「力さんのこと大好きで」
「わかってるって」
「…」
「お前だって、わかってるんだろ。俺がお前のことを大好きで、愛していて、お前が少しでも悲しい顔をしたら狼狽えちまうことも」
揺れた感情が勝手に鹿乃を責める。彼女の瞳から涙がいくつも流れて俺の胸を濡らした。
「…っごめんなさい…っごめ…」
俺は何をなにをしているんだ。
「泣かせたいわけじゃなかった」
泣かせたくないと言いながら、同じ口で責めて、それなのに女の機嫌をとるように、鹿乃の髪や頬を撫でる。俺の行動はあべこべだ。
「っ…しょうがないだろ!女の子は年上の男に憧れて教師に恋したりするんだ。一々気にしてたら身が保たない。お前みたいに本気な奴なんて居ないんだぞ。いやいるかもしれないが…でも、俺だってお前以外に 本気じゃない。さっきはあの子が戯れに俺にくっ付いただけなんだ」
わかってほしい。彼女が大事で、本当なら他の女に嫉妬なんかさせないのに。それでも、あの子たちはほんの子供で、危ない火遊びをするんだ。彼女がそれをわかっていることは、俺だって重々承知だった。
「わかってますもん!わかってても…涙が止まらなくて、力さんを困らせて。側にいたいのに、逆なこと言ったり」
ああ…そうか。俺たちはどっちも天邪鬼だった。
「俺もそうだ。わかってるのに、お前を責めて、悲しませて…俺たち、馬鹿みたいじゃないか」
「…うん」
「大好きだ。誰よりも、お前のことが」
彼女が、濡れた瞳で見上げてきた。そう、これだ、この瞳に俺はめっぽう弱いのだ。どんな美 女の瞳も、これには敵わない。
「泣いてもいい。困らせてもいい。でも、そばにいてくれ」
「もしまた嫉妬しても、許してくれますか?呆れないでくれますか?」
「うん」
「お前だけだぞって、また、言ってくれますか?」
「うん。言う」
「よかったら、ついでに、ぎゅう ってしてくれます?」
「うん。じゃあ、俺が嫉妬しても、貴方だけって言ってくれるか」
「勿論です」
「ベッドで慰めてくれるか?」
「はい」
「えっちな意味だぞ?」
「わかってます」
「ならよし」
俺は思い切り、優しく、でも、熱い体で鹿乃をそっと抱きしめた。「泊まってけ」という俺の囁きに、彼女は小さく頷いた。
「それから、さっきは乱暴にして、悪かった…」
「…」
余計な一言だったかもしれない。彼女は先ほどの情事を思い出して顔を真っ赤にしていた。
「乱暴なふりしてても、優しいんですもん…そんなところも、好き…」
「っ!」
鹿乃が囁く声に、今度は俺が赤くる。そんな俺を見て、彼女が照れ笑いした。
ようやく彼女が笑ってくれて、俺はほっと息をついた。
・ ・ ・
胸ポケットから聞き慣れすぎた着信音。躊躇せず、俺は電話に出た。もちろん相手は生徒から。
「オーッス!どうした?…授業の質問?いいぞお!大歓迎だ!」
言いながら寝室にあるビジネスバッグからノートと教科書を取り出し、ソファに戻る。生徒の質問に答えながら、鹿乃が時々チラッとこちらを見る視線を感じたが、気にせず質問に集中した。
「他に質問あるか?…よしよし!次のテスト、期待してるぞ!」
電話を切って胸ポケットに端末をしまうと、鹿乃がそっと俺の隣に座る。そうだ、こうして電話が終われば彼女がこちらへ来るとわかっていた。
「よしよし、来たなぁ!」
強く抱きしめてやると、腕の中で女が「苦しい」と言って笑う。
「嫉妬したかー?」
「ふふ、しました!」
したと言いながら、嬉しそうな鹿乃。そりゃあそうだろう。電話がかかってくるたびに、彼女はこれ幸いと甘えてくるのだ。「嫉妬したら、抱きしめて」という要望を、俺は何度も答えてきた。だからもう癖みたいに電話がかかってくるとこんな風に寄ってくる。普段自分から甘えてこない彼女が、堂々と俺に甘えられる機会が「電話」だ った。怪我の功名とはこのことかもしれない。本当なら別に機会を伺わなくたって甘えてきてくれて俺は全然構わないのだが、というかそうして欲しいのだが…それでも大きな進歩じゃないか。
甘えて来られるのが嬉しくて、俺は思い切り彼女を甘やかす。抱きしめて、髪を撫でて、こめかみに唇を寄せた。
「えへへ…」
くすぐった気に嬉しそうな声を漏らす姿に胸が高鳴る。照れ笑いして、俺にくっつく恋人 。
ああ、くそっ。可愛い。いますぐ押し倒したい。
「力さん。好き…」
そう耳元で囁かれて、俺は観念して自分の欲求に身を委ねて彼女を押し倒した。
嫉妬ならすればいい。そしたらいつだって俺はお前のものだって教えてやるし、逆にお前は俺のものだって教えてやるんだ。
もう少し素直になって俺を求めてくれないかなあと思いつつも、今は着信音が鳴る度に彼女が甘えてくれるから、それでよしとしよう。
Fin
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