着信音が鳴る度に -嫉妬-

小説
迫バン
連載

彼の部屋で聞く、彼の声。それなのに…

「なあ、元気を出せ。どうしてそんな風に悲観するんだ」

「…」

「お前は素敵だ。大丈夫!…先生か?先生だってお前のこと大好きだぞ!」

「…」

 力さんのよく通る声は励ましの言葉を羅列していた。きっと電話越しの少女は、その頼もしい声と言葉にとても励まされていることだろう。私がかつてそうだったように。
 そう、今力さんが熱い言葉をかけているのは私ではない、電話越しの彼の愛する生徒だ。

 力さんは、携帯端末を2台所持している。一つはプライベートのもの。もう一つは仕事用。仕事用の端末は彼のスーツのポケットに入っていてもわからないような小さい端末で、通話に特化しているようだった。その端末には、彼の生徒からしょっちゅう電話がかかってくる。時には、他校の生徒からもかかってくるのだと、彼は笑って言っていた。

 誰からも頼られる私の恋人。それは勿論鼻が高いことだし 、生き生きしている彼を見ているのは好きだった。

 でも

「その子、力さんのこと、好きだったりして」

 端末から女の子の声が聞こえるたびに、私は気を揉んでしまう。自分が同じ立場だったからよくわかる。”大迫先生”に片思いする子は少なくない。彼に言わせれば「教師補正があるから仕方ない」とのことだった。スキー場では二割増し、と似たようなもので、一時の幻覚だという。確かに、私が始めに彼に告白した時も、本気かどうか伝えていない状態であっさり振られてしまったのだ。力さんは彼女たちの誰もが皆真剣に恋をしていることを分かった上で幼い想いを断ってきた。

 私の言葉に呆れた顔をして端末をポケットにしまった力さんは、私が座るソファにストンと腰を下ろしてこちらをじっと見つめる。まったくこ の人のまっすぐな瞳は心臓に悪い。癖みたいに目をそらすと視線の先には日が沈んだ空が映る窓。ああ、もう直ぐ帰る時間か…。と気分が寂しくなってまた視線を彼に戻した。

「生徒には恋人が居るって公言しているんだぞ」

 彼の真剣な気持ちはわかっている。それでも、若い子の恐ろしいところは、盲目な恋愛ができるところだ。私がまだ学生だった頃、三十路を遠に過ぎても眉目秀麗な氷室先生に対してなど「絶対奥さんと別れてもらって結婚する」なんて、女子同士の気軽さで過激なことを口走っている女子生徒もいたものだ。勿論、氷室先生は当時から愛妻家で有名だったし、半分は冗談で言っていたのかもしれない。でも「奪ってでも好きな人を手にいれたい」と思う心はいつの世界にも存在する。だから恋というものは恐ろしい。

(それに力さんだって…デートの時ぐらい、電話の電源を切ってくれたらいいのに)

 ー♪

 そう思っていた矢先、また機械的な着信音が流れた。

「また…」

「別の子だ」

 彼は端末を耳元に当てて、学校でよく聞いた通る声で話し始めた。

「オーッス!どうした。あ?…家出ぇ?!バッカヤローいくら男子でもこんな時間に危ないぞ!」

 今度は、男の子かららしい。女子じゃないというだけでいくらか気が晴れるが、それでも親身になっている彼の姿を見ていると少しだけ切なかった。

「…わかった、それなら一先ず安心だ。だが、親にはメールでもいいから一言連絡入れろ。うん…そうか…そうか…大丈夫だ、きっとわかってくれる」

 生徒に真摯で一生懸命な彼の、こんなところが大好きだ。今でも変わっていない。だからこそ、そんなところに嫉妬してしまっている自分の汚い感情が嫌だった。

「…ご両親もカッとなって言っちまったんだ、あまり責めてやるな。お前が可愛い証拠だ。…よしよし!頭冷やしたら、明日は家に帰れよ!また学校でな!」

 一際明るい声を放って、彼はそっと電話が切れるのを待っていた。ぷっつりと通話が終了すると、それをポケットへ突っ込む。

「悪い…何の話だったか」

 と、頭をかきながらバツの悪そうに私に向き直る力さんに、私の気が途端に荒れだした。何の話をしたか忘れてしまったのだ、彼は。そりゃあ私の子供じみた嫉妬心なんて彼にとっては大した問題でもないし、生徒の家出のことの方がよっぽど心配なのは私だって理性ではわかっている。だから、気持ちは荒れていても口では何も言えない。

「大した話しじゃないです」

 そう笑って話を切ろうとした。これ以上ワガママを言って彼を困らせたくなかったし、渦巻いた苛立ちを察せられたくなかった。極力笑顔を作って、私は洗い物が残るキッチンに戻ろうとした。

「鹿…」

 ー♪

 彼が私を呼び止めかけた時、また着信音が鳴った。

「…」

 いつもなら真っ先に出る彼が数秒出るのを迷っているのを背中で感じたが、すぐに応答しているところを聞いて、安心してキッチンへ向かった。

 これでいい。これは彼の天職なのだ。私が邪魔をしていいことではない。私は仕事に精を出す彼のことも含めてこの人が大好きなのだから。

 
 
 

つづく