君の前で気儘 -Bambi Side-

小説
甘め
迫バン
連載

目が覚めて、カーテンから覗く空の蒼さに目が輝いた。 天気がいいとそれだけで嬉しくなってしまう。 はっとして涎をぬぐうと隣に横たわる恋人を見た。

「力さん……」

 声を掛けると「ん……」と小さく返しただけで眠っているようだった。よし、 涎は見られていないはず……。昨夜散らかした2人の服を静かに拾い、 枕元に畳んでからそっと寝室を後にした。彼が眠っている間に朝食の用意をしてしまおう。 起きたら喜んでくれるかもしれない。

 彼の部屋には満足な調理器具も無ければ材料もそんなに置いていない。 それに、私自身そんなに料理が得意という訳ではなかった。 幸い卵と食パンと砂糖を見つけたのでフレンチトーストが作れそうだ。 彼が起きてきたら焼いてあげよう。下ごしらえをして、自分の分のパンだけをフライパンで焼く。 甘い匂いが食欲をそそる。彼が褒めてくれたフレンチトースト。 この甘い匂いが彼を目を覚まさせてくれはしないかと少しだけ期待した。

「今日は良く寝てるな」

 そっと寝室へ戻って彼の寝顔を眺める。 いつもは恥ずかしくてまじまじと見つめるなんて出来ないから、ここぞとばかりに眺めた。 普段は気の引き締まった爽やかな表情でとても大人びているように見えたが、 今は少年のように安らかで幼い。

「可愛い」

 とは、本人が起きている時はあまり言えない。 怒りはしないが少しだけ機嫌を悪くするのだ。

 太くてしっかりした真っ黒な短い髪に触れ、毛に指を絡めて撫でる。 彼の眉や睫毛にも、指の腹で触れた。
 布団の開いているスペースに潜り込んでみたが、それでも起きる気配がない。 布団の中は彼の体温で暖かく居心地が良かった。 露になった肩や腕や鎖骨にそっと唇を当てていき、腕にしがみついて彼の匂いを感じる。 昼間からこんなに大胆な事をしていいのだろうかと一人でドキドキした。 そうしているうちに一緒に目を閉じて寝息を立てていた。

・・・

 ずいぶん眠ったような気がしたが、実際寝ていたのは1時間ぐらいだったようだ。 彼の横で眠るのは暖かくてとても気持ちがいいし、寝顔を見ているのも楽しい。 暫く眺めていると、あまりにも深い眠りに少しだけ怖くなって心臓に耳を当てた。 力強い心音がゆっくりと聞こえてくる。

 今日は疲れているんだな。学校では疲れを知らないような人だったのに、プライベートではこんな風に疲れて寝てしまうんだ。 そう思うと、そんな一面を知ることができた喜びで口元が緩んだ。 そしたら、ゆっくり寝ててもらおう。心音を聴きながらまた目を閉じる。

グゥウウウウ……

「!?」

 いきなり空腹を訴える音が耳元で鳴った。本人は少しだけ眉を寄せてそれでもまだ眠っている。 もう12時を回っていた。そりゃあお腹も空くだろう。 今のうちにトーストを焼いておけば目が覚める頃にちょうどよくできているかもしれない。 確信は無いがそんな気がしてそっとキッチンへ戻った。

「すまん」

 半刻ほどして、彼が謝りながら慌てて寝室から飛び出してきた。予想は当たったようだった。

「おはよう」

 驚いて落としそうになったお皿を一緒に支えながら朝の挨拶をする。もう昼なのだけれど、私も「おはようございます」と返した。 彼は挨拶をかかさない。何となく思っていたのだが、こういう小さなところに育ちの良さを感じてしまう。

「どうして謝るんですか?」
「寝坊した」
「えへへ」

 思わず笑う。素直で素敵な人。 そして、教師と生徒だった頃には絶対に見せてくれないような寝坊した姿なんて見せてくれる。

 嬉しかった。彼は解っていないようだったけど微笑んでくれる。

「これから出かけるか」

 そんな眠たそうな顔で私の要望を叶えようとしてくれる人。優しさが嬉しい。

「力さん、疲れてるんじゃないですか?」
「う~ん、そうみたいだ」

 いつもの覇気が見えない。 まったりした空気を纏って苦笑いしていた。 いつものと違う彼に胸がときめく。

「じゃあ、今日は家でお休みしましょうか」
「……いいのか?」
「お家デートしてみたかったんです」

 何の前触れも無くぎゅうっと抱きしめられて、耳を甘噛みする彼。 あれ、こんなことする人だったっけ? 変だ。あ、でも、私もそうだ。 私だってさっき散々彼の色んなところにキスしてしまったし……。 今日はきっと特別なんだ。今、とても混乱している。

「もう、寝ぼけてるんですか?」
「うん……」

その顔は笑っていない。

「今日の力さん、変です」
「変か」
「ドキドキします」

 この人が大好きだ。改めてそう思うと顔が熱くて目が潤んでくる。 まるで私が誘ってるみたいじゃないか。 なんて恥ずかしいんだろう。 でも、それでもいい。

「そんな目で見るなよ」

それはこっちの台詞ですよ。 さっきまで散々眠っていたのにこの人は、 軽々と私を抱き上げてまたベッドへ戻っていった。