君の前で気儘

小説
甘め
迫バン
連載

外は快晴。

風も気持ちよく吹いていて、走りに行くにはもってこいの天気だ。だが肝心のこの体がどうにも言う事をきかない。

「疲れてるな」

 生徒達からは暑苦しいとさえ言われるほどに平日は力の限り仕事をしているつもりだ。 そうすると時々ネジの切れたおもちゃのように動けなくなることがある。 動くのが億劫だった。久しぶりにやってきたこの感覚に少なからず苛立と困惑がわき上がる。

 休日なのだから何も困る事は無い。 このままベッドの上で好き勝手に惰眠を貪ればいいのだ。 だが今日は違う。 隣で肩を緩やかに上下させる少女をちらりと見た。 枕に涎をたらして気持ち良さそうに眠っている。 笑ってしまいたかったがそれすら今は億劫だった。

 日曜は週に1度の彼女とのデートの日だ。 「今日は疲れたから寝ていたい」と言ってしまうのは可哀相な気がした。 自惚れではないと思うがこの少女は自分の事をとても慕ってくれている。 今日一緒に出かける事もきっと楽しみにしていた事だろう。 昨日の夜も「明日はどこへ行こうか」という話題で笑い合っていたのだ。 目を閉じて考えた。そうこう考えている間に少女の体がもぞもぞ動き出した。 それなのにこちらは瞼も開かない。このまま彼女を残して眠ってしまいそうだった。

「力さん……」

とても小さな声で呼ばれた。 半分夢を見ていた俺は返事のつもりで「ん……」と声を出しただけだった。 側から彼女の気配が消え、無音が訪れる。

少し眠れば回復するかもしれないという望みをかけて睡魔を受け入れた。

・・・

「すまん」

暖かいパンと卵が焼かれる甘い匂いで目が覚めて寝室の時計を見上げたのは12時を半刻も過ぎた頃だった。 さすがに飛び起きて居間への扉を開ける。 鹿乃はテーブルに料理を運んでいる最中で寝室から慌てて出てきた俺に驚いて皿を落としそうになった。

「おはよう」
「おはようございます。どうして謝るんですか?」

と彼女が戸惑った顔をした。

「寝坊した」
「えへへ」

笑われた。何が楽しいのかわからないが彼女の笑顔に釣られてこちらも笑った。 彼女の機嫌は悪くないようだ。彼女の機嫌の悪い顔など見た事は無いが。

「これから出かけるか」
「……力さん、疲れてるんじゃないですか?」

さすがにこれだけ眠ってたら心配されるか…。

「う~ん、そうみたいだ」
「じゃあ、今日は家でお休みしましょうか」
「……いいのか?」
「お家デートしてみたかったんです」

ああ、そういえばしたことなかったな。
その気遣いが申し訳なくて、愛おしくて、何の前触れもなく彼女を抱きしめた。

腹が減ってる。 なんでも食えそうだ。 卵の甘い匂いにつられて彼女の耳をそっとかじる。 俺はまだ寝ぼけているようだ。彼女の耳がさっと赤くなった。

「もう、寝ぼけてるんですか?」
「うん……」
「今日の力さん、変です」
「変か」
「ドキドキします」

鹿乃が熱い瞳でこちらを見る。

「そんな目で見るなよ」

すぐ後ろには開いた寝室のドア。 その先にはまだ暖かいベッド。 さっきまで目を開ける事すら億劫だった体が恋人を抱き上げる。 なんて現金なんだ…でも、家デートも悪くないなと思った。