ある人間が遭遇したモンスターの話
※モブ人間(男性)視点
・・・
数年前、世界中に衝撃的なニュースが流星の如く伝播した。各国に似たような伝説が残っていた、モンスターの存在が明るみになったのだ。まだまだ都市伝説のレベルではあったが、伝承や魔法の存在は科学的に徐々に証明され始めていた矢先だった。大衆のほとんどは半信半疑だったが、実際に各メディアでモンスターの王が話す姿が報道されると、俺たち人間はその事実を徐々に実感していった。街中でモンスターを見かけるようになると、皆珍しそうに彼らを見たが、近年のパンデミックでも見せた人間の順応力はやはり高く、近頃は徐々に慣れて少し珍しい存在程度になっていた。
俺も最近じゃ都会で異形の姿を見てもなんとも思わないし、モンスターマニアの界隈連中は地下エリアのどこの出身かも、見た目で多少判断がつくらしいということを話し合っているようで、友人の一人から興奮気味に話しているのを聞いていた。
昨今の話題はもっぱらモンスターの騎士団の隊長。魚人のモンスターである。彼は時折メディアに映っているので情報に疎い俺でも知っていた。
だからその姿を見かけた時は正直驚いた。
(で……、でかいな……)
すらりとした長身が、駅前の広場で立っていた。嫌でも注目を集めている。TVで見ている分には、更に大きなモンスターの王が隣に居るため解らなかったが、実際は騎士隊長らしい体躯だ。公で見せる鎧姿と違って私服を纏っては居たが、それでも直ぐに彼だとわかった。人間に近い容姿ではあるが肌は銀の鱗の魚のようにシルバーブルーに照っていた。耳鰭と大きな唇から除く鋭い牙が如何にもモンスターと言った顔だった。
あまり周囲がジロジロ見るので時折周りを睨んでは視線を散らしているらしいが、やはり目立つ。
(オフか)
周囲に睨みをきかせながら、同時に何か探しているようだった。そして、急にこちらを見て、目を見開いた。俺はただ友人が来るのを花壇に座って待っていただけだ。何か彼の気に障ったのだろうかと心臓が飛び上がる。
(な、何だ?!)
彼は急にニッコリと笑った。魚人の不気味な笑顔だったが、意外な表情に俺は驚きと恐怖で固まった。そしてこともあろうにアンダインはこちらに近づいて来た。
「アルフィー!」
そう言って俺の前で立ち止まった。しかし、視線は隣に向けられた。俺が思わず振り向くと、一匹のやぼったそうな丸いトカゲのモンスターが隣に座っていた。俺以外の周囲の人間はさっと離れていってしまった。俺もその波に乗れればよかったのだが、近すぎてタイミングを逃したらしい。誰か助けてくれ。友よ早く来てくれ。
「気付かなかった。待たせたか?」
「や、そ、その、ご、ごめ。私、が、声、かけ辛くて……っ」
「どうして」
「あ、あ、あなた、すご、く、目立って、たから」
「ごめん」
「ア、アンダインが悪いんじゃないの……ッ」
「わかってる。お前は照れ屋だからな」
見ていない振りをしていたが、アンダインがトカゲのモンスターの頬を撫でたのを横目に見た。悉く彼のイメージが覆っていく光景に脳が混乱する。
「そんなところも可愛いけど」
「ひぇっ……ッ」
「行こう。ぐずぐずしてたらデートの時間が減る」
アンダインがトカゲの黄色い手をとって立ち上がらせ、広場の花壇を離れる。二人が居なくなっても暫くは、嵐が去ったように静まり返っていた広場だが、徐々に活気を取り戻していった。
俺は友人が来るまでいつまでも呆けていた。友は遅刻しながらも興奮気味に駆け寄ってきた。
「なあ! さっきここら辺にアンダインが居たんだって?! 見たかったなぁ」
「俺、見たよ」
「ええ!! 嘘だろお前ッ、羨ましいな! 彼女、独りだった?」
「いや、もう一匹……。『彼女』って?」
「何だよ」
「彼女って、アンダインのこと?」
「そうだけど。誰かと一緒だったのか?」
こいつはモンスターに詳しい。アンダインが女性だったらそのことも知っていただろう。俺は時々見る姿で勝手に男と勘違いしていたが、確かに今思い返せば、いつにも増して派手に見えたのはリップやネイルのせいだったかもしれない。最近では男もメイクするから気にしなかったが……。彼…いや、彼女の声を聞いた瞬間の違和感も合点が行く。低めの凛々しい声だったが思い返せば女の声だった。
だとすると、さっきの彼女の様子は、恋人とのデートに浮かれていた女性の姿だったのだ。俺は今更笑いが込み上げてきた。目の前のモンスターマニアに、彼女がどんなに慈悲深い笑顔で恋人に笑いかけていたか教えてやりたくなった。
「……雌モンスターとデートに行っちまった」
「ええ?! そ、それマジなの?!」
「ああ、真隣で聞いたからな」
そして俺は、その時どんなに彼女の微笑みが恐ろしかったかを、恨みがましくこいつに言って聞かせたが、そこは理解されることは無かった。
FIN