思い出を纏う

Alphyne
小説
甘め
短編

「あれ? 確か、モンスターって性欲無かったよね?」

「皆無じゃないけど、人間ほどは無いかもね」

 フリスクはアルフィーの返答に耳を傾けながら、ラックに掛かった繊細なレースの下着に指をかけた。タグについた値段は自分が買うには少々背伸びをするような額である。
 他にも乙女心を擽るデザインの下着がディスプレイされた店内は内装もフェミニンで洒落ていた。

 フリスク、アルフィー、アンダインの三人は、女子皆で下着を見に行こうと約束していた。フリスクは元より、アルフィーとアンダインも容姿は人間型をしているため、人間界のランジェリーブティックへ足を運んだ。

「じゃあ、下着で相手を誘うなんてこともしないんだ」

「う~ん……」

 ハッキリしない返答にフリスクは別のラックを見やった。視線の先にはアンダインとメタトンが肌着を手にしながら話し込んでいる。

 なぜ男性のイミテーションボディを持つメタトンも同行しているのかといえば、彼もファッションで下着を身に着けるからである。メタトンは男性向けの飾り気のない下着より女性向けの華やかなものを身に着けるのを好んだ。

「僕のボディは最新の放熱システム搭載なんだ。通気性は重要だよ」

「動くと発熱するってことか」

 アンダインはメタトンのボディの創造主であるパートナーを指して褒めた。メタトンは得意気だ。

「アンダインってどんな下着着けてるの? 素材は?」

「カップつきのタンクトップ一枚」

 魚類のためか泳ぐことも多く、乾きやすさや水着に使われる素材を好んで着ているようだ。アンダインは自身の黒いタンクトップの襟を引っ張ってみせた。

「あと、ハイレッグのボディスーツはエラが出せて良い」

「ふうん。僕もそれ着てみたいな」

「お前にはカップは要らんだろ」

「可愛いなら何でもイイデショ」

 どうせ僕の体は作り物だし。と付け加えて言いながら、メタトンは肌着の別のラックへ向かう。

 そんな二人のやり取りを見ていたアルフィーがフリスクに向き直った。アルフィーも二人の会話を聞いていたようで、笑っている。

「メタトンとアンダインて仲良いよね」

「……二人が聞いたら怒るよ?」

 呑気なアルフィーの言葉にフリスクは苦笑いする。確かにアルフィーの前では2人とも努めて仲良くしている気もしないでもないと、少女は考え直した。
 アルフィーも初めのうちは反りの合わない二人の会話をハラハラ聞いていた時期もあったが、最近はなんやかんや共通の話題で盛り上がっているようで、杞憂と思って放っている。二人の共通の話題が自分の事だとも知らずに。

「さっきの質問だけど……えっと……」

 少女からの問いに答えを見つけられずにはぐらかし、どう答えて良いか分からず、アルフィーは濁しながらも言葉を探した。
 だが、フリスクがアルフィーを見上げると、トカゲの背後に魚人が立っているのに気付く。

「質問って? 何の話してるの?」

 長身のアンダインが低身長のアルフィーの二の腕に自信の指を垂らしながら笑う。
 フリスクはいつも、普段雄々しい語勢の魚人が番に向かうと途端に口調が甘くなるその身代わりに笑ってしまう。笑顔の二人に挟まれたアルフィーは苦笑いした。

「モンスターも下着で相手の気を引いたりするの?」

 フリスクが同じ質問を投げると、アンダインはふっと笑った。

「なんだ。パピルスを誘うつもりか? その下着で」

 アルフィーの腕に纏わりついていていた青い指が離れ、フリスクの手にしている淡いパープルの花柄があしらわれたブラとショーツのセットを差す。

「別に、これは……。どうせ着けるなら、パピルスも可愛いって言ってくれたら嬉しでしょ?」

 小声になってしまったフリスクの顔まで腰を落とし、アンダインが耳打ちする。

「モンスターだって好きなやつが下着で迫ってきたら嬉しいぞ」

「そ、そうなんだ」

 何となく、アンダインのパートナーであるアルフィーに視線だけ向ける。先ほど返答を渋っていたアルフィー。二人の間で日々どんなセクシャルな駆け引きが起こっているかを少女に様々妄想させた。

 いたたまれなくなったアルフィーはアンダインの腕から抜け出して、傍のラックのシンプルなスポーツブラを手にとってサイズを確認した。
 アンダインはそれに違和感があった。アルフィーが普段着けている下着よりずいぶん地味なものを選んでいるように見える。

「アルフィーの下着、どれも華やかだけど、どこで買うんだ?」

「え? ……し、知らないんだ。私の下着はほとんど、メ、メタトンのお下がり、だもの」

 アルフィーの返答にアンダインが数秒沈黙した。

「…………”メタトンのお下がり”ィ?!」

 急に牙を剥き出したアンダインにアルフィーが肩を震えさせて飛び上がる。
 自分の名前が聞こえたメタトンが数メートル先で振り返った。

「僕が何だって?」

「おい貴様ァ! アルフィーに、し、下着を贈っていたのか?!」

「贈ってないよ。お下がりをあげてただけ。だって彼女、放っといたら色気のないスポブラを擦り切れるまで着るんだから」

「ナッ!? そ、そんなアルフィーの下着事情まで知……ッ」

 アンダインの鋭い視線に晒されながらも、構わずメタトンは眼球をアルフィーに向けて彼女を睨む。

(面倒臭いなぁ)

 自分は騎士様の逆鱗を逆撫でしてしまったようだ。アンダインの眉間のシワの深さがそれを物語っている。隣で慌てている黄色いトカゲをよそに、ロボットの方は飄々と笑って騎士の方へ視線を戻した。

「そんなの、僕たちが仲良しだからに決まってるでしょ?」

「~~~~ッ!」

 硬く閉じた金の牙から歯軋りがこちらまで聴こえてきそうで、メタトンはほくそ笑む。
 面倒臭いと思いながら、この魚人を友のことで揶揄うのはメタトンにとって一種のお遊び。娯楽。軽いエンタメなのだ。

(私の方が仲良しだが?!)

 というアンダインの脳裏の叫びが手に取るように聞こえるようで、メタトンは笑いを堪えるのに苦労した。

 その光景をさらに苦笑いしながら見ていたフリスクが

「じゃあ、今日はアンダインが選んであげたら?」

 と助け船を出すよう提案すると、アンダインの燃え上がった嫉妬の炎の火力はいくらか弱まったようで、怒り肩を下げてフリスクに振り返る。

「そうしよう。下着を贈るなんて、恋仲の特権だからな!」

 そして、アンダインはアルフィーを連れ、目ぼしい下着を幾つか鷲掴んで試着室へ向かった。

 やれやれ、といった態度で髪をかきあげるメタトンの、もう片方の手をフリスクが取る。

「楽しんでたくせに」

「楽しいじゃないか。友達が大事にされてるのを見るのはさ」

「そうだね」

 ここにマッドミュウミュウが居たら同意して頷いたかもしれないが、メタトンとまた別で喧嘩が勃発していたことだろう。

 アルフィーの入った試着室の前で、アンダインは先日も眺めたパートナーの下着姿を思い出していた。下着一枚のアルフィーの魅力に目が眩み、それどころでもなかったので気に止めなかったが、彼女の下着は微妙にサイズに合っていないように見えた。メタトンのお下がりを使っていたとなれば納得である。
 アンダインに試着室へ入れられたアルフィーは、仕方なく服を脱ぎ、ブラジャーの一つを着けてみた。

「えっ」

 と思わず声をあげる。カーテンの外でアンダインが声をかけた。

「どうした」

「う、ううん。何でも……」

(何でピッタリなの?!)

 アンダインが選んだ数着の下着の殆どはアルフィーのサイズに近かった。少なくとも、メタトンのお下がりよりは体にフィットした。
 実際にアルフィーの裸体を見て、触っているアンダインは感覚的にアルフィーのサイズを分かってるようだが、それにしてもその感覚の正確さに驚かされる。

(どれも、可愛い……。アンダイン、こういうのが趣味なのかな。着たら、喜んでくれるかなぁ……)

 メタトンから譲られる下着はどれも奇抜な配色や派手なスパンコール飾りのものが多かったが、アンダインが選んだのは、繊細なレースのもや、アルフィーが好きなフリルやリボンのあしらわれたもの、肌馴染の良いイエローベースのパステルカラーのチュール素材のもの等、アルフィーの乙女心を擽った。

「どれか気に入ったか?」

「そ、その、ど、どれも素敵で……」

 決められないから、あなたが選んで。そう続けようとしたが、アンダインは

「全部買おう」

 と言って、アルフィーの着替えを促した。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「早速着てよ」

 という素直過ぎるパートナーの要望に、アルフィーはその晩の入浴後にそれを身に付けた。当然、それは贈られた相手へ披露しなければならないだろう。それを思うと、そのうえからパジャマを着ているのに恥ずかしくなる。たがそんなモジモジしている時間は長くなかった。下心も乙女心も隠さないアンダインに早々にベッドに連れられ、着たばかりのパジャマは脱がされてしまう。
 今晩アルフィーが選んだのは、小さなドット柄のチュールがギャザーに重ねられた白い下着だった。アルフィーのサイズに合ったそれは黄色い乳房を上手に包み、変に胸を強調させないような着用感は本人を安心させたが、一方そんな上品さは寧ろ鑑賞する魚人を余計に興奮させた。

「かっ……ッ!」

(可愛いぞ!!!)

 という叫び声も出なかった。

「アンダイン、こ、こいういの、すき、なんだ?」

「え?」

 確かに、今日購入したどれも乙女趣味なものばかりで、それはアンダインも好む類のものではあった。しかしそれ以上に、アルフィーが積極的に身に付けてくれるかどうかが重要であるし、纏って良い気分になってくれることが、贈る側とって大事だった。そして、あわよくば、身に付ける度に自分のことを思って欲しい。何を彼女に贈っても、その身勝手な願望は込められていた。
 アンダインは曖昧に頷く。自分は身に着けようと思わないが、可愛いものは好きなのだ。

「可愛いお前が可愛いものを着ているのを見るのは好きだ」

 アンダインが呟くと、アルフィーは眉を寄せた。昼間ゴーストの友人に向けた粗暴な物言いが出たのと同じ口から自分に向けて甘い言葉を吐かれると、それが毎度のこととはいえソウルが騒ぐ。しかも、当人はそれに無自覚なのだから、始末が悪い。

「贈ったものを愛用してくれるのは嬉しい。あのワンピースだって」

 アンダインがアルフィーに最初に送った黒地の白ドットの、二人の思い出が詰まったそれは、まだアルフィーのクローゼットに大事にかかっていて、夏になるとアルフィーは好んで身に着けた。流石に使用感が出てきたそれを見かねて、アンダインが新しい服を贈っても、アルフィーはその一着を手放せないでいる。
 何の気なしに「捨てたらどうだ」と贈った当人が言っても、大切な思い出がありすぎてアルフィーは渋った。

「思い出は消えないし、お互いのここにいつもある」

 青い腕が伸びて来てアルフィーを背後から抱きしめた。そして指の背でそっと黄色い胸を撫でる。

「私はこれからもお前にたくさん贈り物をする。その総てを取っておく必要はないぞ」

「……うん、でも、もうちょっと」

 大事な一着も、いつか手を離れてしまうだろう。でも一番大事なのはその服よりも、今自分を抱きしめている彼女なのだ。頭では分かっているが、それでも、あのときめきにもう暫く袖を通したい。
 この下着も、数か月はお世話になるし、アンダインの目を楽しませることだろう。

 青い指がチュールのレースを撫でて、アルフィーの頬に唇を押し上げるのを繰り返し、たったそれだけのなんてことない遊びが飽きずに続けられた。アルフィーは嬉しいやら呆れるやらで、けれど番の好きにさせるしかなかった。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 翌日、アンダインがアルフィーの部屋へ乗り込んで下着の引き出しを無遠慮に物色し、メタトンのお下がりと思われるものをすべて持って行ってしまった。

「……お……怒ってる?」

「怒ってない。メタトンが身に着けたものをアルフィーが着ていたとしても。それが肌着だったとしても。ああ、あの男の体がお前が作った創造物だったとしても。だ。怒ってないぞ」

 アンダインがアルフィーに甘い笑顔を向け、それにおののいたアルフィーは以後メタトンからお下がりを貰うことは無くなった。
 
 
 
FIN