Skeleton Guardian

小説
捏造設定あり
甘め

※パピルス(24)×フリスク♀(18)の馴れ初め話。
※二人とも大人めです。
 
 
 
 モンスターが地上へ出て以来、人間の間で畏怖されているモンスターの英雄アンダイン。モンスターの王と王妃、そして二人の養子であり親善大使である人間の少女フリスクを守るロイヤルガードのリーダーでもある彼女を、人間たちは恐れつつも異界のヒーローとして称揚していた。モンスターにヘイトを抱く人間が王や王妃、フリスクへ危害を加えようものなら彼女の魔法の槍で一突きにされるというのは、すぐに人間に周知のこととなる。

 ロイヤルガードはリーダーであるアンダインの派手さや知名度もあいまって人間にも知られる騎士団となっているが、一方、都市伝説のようにひっそりと人間の間で噂となっているモンスターが居た。
 キーパーソンであるフリスク専属のガーディアンが存在しており、彼は一時もフリスクから離れずに彼女を守っているという。英雄アンダインに強さを称される屈強なモンスターで、滅多に姿を見せないらしい。

「誰それ」

「さあ」

 サンズが笑う。勿論、彼はその噂の守護者がパピルスを指しているのを知っていた。
 パピルスはじょうろを置いて長身を縮こめる様にしゃがむと。金の花びらをじっと見つめる。モンスターの王の屋敷にある広い中庭、そこに群生する金の花。アズゴアの大事な庭の手入れ花の世話をパピルスは任されていた。地下に比べて環境が良く無いのか、地下から持ち込まれた金の花は地上に花を咲かせても、幾つかは早めに枯れてしまうことが多い。
 パピルスは弱ってるいくつかの花を積んで、小さな花束を作った。

「兄ちゃん、ちゃんと働いてる? っていうかいつも何してるの? ペットロックを構ってる?」

「ペットロックはお前に任せてる」

 兄のことは良くわからない。だがパピルスはあまりそれを気にしていなかった。サンズが普段何をしているのか知らないが、たまに帰って顔を見せにきて、元気でいてくれれば、弟としてはそれでよかった。

 ペットロックは玄関に飾ってあり、パピルスはそれに毎日話しかけるのが日課になってしまった。幼い時分に弟が寂しくないようにと、家を空けがちのサンズが丸い石ころをウォーターフェルの川から拾って、目のビーズをつけただけのそれ。パピルスにとって、ただの石ころだとわかっていながらも兄の優しい気遣いを思い起こさせて、つい生き物のように思ってしまう。

「サンズ!」

 兄骸骨の名を呼んだのは、渡り廊下を歩いていたフリスクだ。フリスクが駆け寄ると、サンズは少女の身長が自分を超えてしまったことに驚いて彼女の頭を撫でた。

「大きくなったな。今年いくつだ」

「親戚の叔父さんみたい」

 と言ってフリスクが笑って、続けて「18になるよ」と付け加える。サンズはしんみりと時の流れを思った。自分の肉体年齢も三十路を超えるわけだ。
 それから少女はパピルスに向き直って彼に抱きついた。驚くサンズを余所に、パピルスは何でもないように彼女の髪を中手骨に通して撫で、それでまた兄を驚かせる。その手付きが、無邪気なだけの幼い弟というよりも、慈悲深い兄のもののように思われた。
 しかしすぐに、サンズは見開いた瞳を軽く閉じる。弟も二十歳を越えて大人になってしまった。純粋なパピルスが純粋なまま大人になれば慈悲深いモンスターになるのは簡単に予想できることだ。

「勉強終わったの?」

「休憩」

「じゃあ、紅茶を入れてあげる」

 フリスクはニッコリ笑ってパピルスに頷くと、二人に手を振りながら中庭を出て行った。

「随分お前に甘えてるな」

 サンズに言われたパピルスはニャハハと笑う。
 公では大使として重荷を背負い、プライベートでは学生として勉学に励んでいるフリスクは、パピルスが甘やかしているのもあり、彼にかなり我が儘も言っていた。しかし元来優しいフリスクが言う我が儘はパピルスを困らせることも無く、彼は少女の世話を快く引き受けている。
 案外忙しそうにしている弟の邪魔をしても無粋だと、サンズは軽く手を振って彼も屋敷を出て行った。

 兄を見送り、パピルスは花束を持って厨房へ向かう。金の花の茶葉を乾燥させた茶箱を棚から取り出して、湯を沸かす。紅茶の入れ方は、昔アンダインに教えてもらったが、彼女の粗暴なやり方よりアズゴアが教えてくれた方法をフリスクは好んだので、それに習ったパピルスの紅茶は案外美味い。

 茶器を乗せたお盆を片手に、もう片手には花を持ってフリスクの部屋へ向かうと、待ちわびたように微笑む少女がパピルスを部屋へ招き入れた。

「茶菓子も持ってくれば良かった!」

 フリスクに紅茶を淹れながらパピルスは呟く。トリエルのクッキーが、まだ王妃の執務室にあったのを思い出した。
 持ってきた花の茎を剪定鋏で切り、フリスクの部屋のテーブルに飾られたシンプルな一輪挿しの花瓶に花をあしらう。

「これはトリエルさんの部屋に」

 パピルスが残りの花を持って部屋を出ようとするのを、フリスクが彼の服の袖を取って引き留めた。中庭でもしたように肋骨に手を回してパピルスを抱きしめる。彼の肋骨の一部を服の上から握ると、スケルトンはくすぐったそうに笑った。

「後でまた来るぞ」

「うん……」

 フリスクがパピルスから離れる。なんだかんだ言っても聞き分けの良い少女を、甘やかしたくなってしまうのはパピルスだけでは無い。王妃トリエルは彼女を溺愛し、常に娘のためにクッキーを常備しているのだ。
 スケルトンの指がラックに花を置くと、今度は彼がフリスクを抱きしめた。

「最近勉強が難しいんだ……。試験も近いし、週末はパパと山を降りるの」

「一緒に行くから」

「ありがとう」

「フリスクは偉いぞ! 休んで遊ぼう!」

「ううん……」

 フリスクは首を振って、優しいスケルトンを見上げる。パピルスはよくフリスクを連れ出して、アズゴアとトリエルを心配させる。ロイヤルガードの誰かがその都度探しに来るが、隊長のアンダインだけは「パピルスが傍に居るなら問題ない」と言って動かなかった。周囲は「だから心配なのに」という顔を魚人へ向けるのがお約束になっていた。

 パピルスは花を持ってトリエルの執務室へそれを届けると、デスクにあった王妃お手製のクッキーを幾つかハンカチに包んで拝借した。
 トリエルはフリスクや屋敷のモンスターのためにいつも何かしら菓子を用意しており、アズゴアなどはそれを目当てにしょっちゅう其処を訪れた。妻に会いたい気持ちもあるだろうが、執務を放っていると苦言を言われるので「小腹が空いたよトリィ」などと言い訳して彼女の顔を見に来る。

 フリスクの笑った顔を思い浮かべながら軽い足取りで彼女の部屋へ戻ったパピルスは部屋の主の姿を探した。ベッドで眠っているフリスクに気付き、肩に毛布をかけてやると、浅い眠りについていた乙女の瞼が開いた。

「トリエルさんの部屋からクッキーもらってきた」

 パピルスは懐から取り出したハンカチを開く。マーブルの小さなクッキーを見て、フリスクは身体を起こした。口を開けてパピルスに向けると、スケルトンはその小さい口にクッキーを放り込み、自分の口にも入れる。
 パピルスの口に入れられた食べ物が露になっている頚椎へ落ちることなく消えてしまうのを、初めのうちは不思議に思っていたフリスクだったが今は何も思わなかった。モンスターは人間と根本的に体が違う。
 クッキーを嚙みしめると、フリスクは頬を撫でた。

「ママのクッキーは最高」

 甘いものを摂取して眠気に拍車がかかったフリスクは瞼を擦る。

「起きるまで傍にいて」

「しょうがないなぁ」

 パピルスはそう言いながらもニコリと笑って頷いた。パピルスがフリスクとの約束を破ったことは無く、彼女が眠っている間に帰ってしまうようなことはしなかった。
 フリスクはベッドに彼を誘うと、枕を共有してパピルスの指の骨に自分の指を絡める。それから安心して目を閉じる。
 寝息をたてるフリスクの頭をスケルトンの指がそっと撫でた。出会ったときは短かった髪は今や背中まで伸び、大事な式典には上品に編み上げられるそれが、日光の下で虹色に艶めくのを知っている。

「不思議だ」

 自分に毛の無いパピルスは呟いた。友人であり師匠でもあるかの魚人も、立派な長髪を持っているが、燃えるような彼女の髪とフリスクのそれは全然違った。
 フリスクは人間だ。魔法を纏って光をちらすことなどしない。鋭い光の美しさなど彼女は持っていなかった。ただ、花を形成する一枚の花びらのように、柔らかく繊細な美しさがあるように、パピルスには感じられた。フリスクの寝顔を眺める度に不思議な感情に混乱し、その度に眉を潜める。
 地上へ出てからパピルスは人間という生物の不思議さにいつも驚かされていた。姿形の多様性はモンスターの方が遥かに高いが、その中身は人間の方が様々のように感じる。フリスクのような善性に溢れる人間が居るかと思えば、理解できないほど残酷な人間や、大概の人間はその両方を兼ね備えている。

 地下へ降りてきたのがこの少女で本当に良かったと、心の底から思った。でなければ、あの巨大な太陽を見て感動することも無ければ、彼女と友達になることも出来なかった。

「フリスク」

 大事な友人の名を囁いてみても、彼女は安心しきったように眠ったまま。
 パピルスはずっと人間と友達になりたいと思っていた。夢が叶った今、幸せだと思うのに、友を求めていた時と似たような渇望は解消されていない気がした。少年だった頃は皆からチヤホヤされたいとか、人気者になりたいと思ったものだが、理由としては単純に沢山友達が欲しかったのだ。今は身近な家族や友人たちに恵まれ、そんな願いも薄れてきた。

 目の前に素敵な女の子が居る。それで十分じゃないか。そう思う一方、まだまだ欲しいとも感じてしまう。自分は何が欲しいのか。
 答えが分からない問題をぐるぐる考えているうちに、パピルスも瞼を閉じて眠りについた。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 フリスクが目を覚ますと、パピルスはいつも通り約束を守り傍に居てくれていた。ただ、彼も眠ってしまったようで、たまに見れるその寝顔はフリスクにとって幸運なことだった。
 そっと指の背でパピルスの頬に触れる。人間の骨格標本のような姿をしているパピルスだが、兄同様、髑髏しゃれこうべを人間の皮膚と同じように表情豊かに動かすことができる。良く見てみると、カルシウムとリンだけで出来ているわけではないらしく、ほのかに温かみがあり、自分の皮膚よりは少し硬いが、骨よりは柔らかい不思議な弾力があった。柔らかくなければ瞼を開けることも口元を動かすこともできないので、当然と言えば当然だ。一方、彼は口を閉じることは出来ず、歯はいつもむき出しである。
 フリスクは彼の口元をじっと見つめた。唇は無いが、あるとすれば彼の立派な歯が生えている箇所だろうか?

「キスするならここかな」

 と彼の歯の生える箇所を撫でる。急に自分のしたことと呟いたことに恥ずかしくなってフリスクはカッと顔を赤くした。申し訳ない気持になり毛布を被る。

(私もう振られちゃったし)

 それも出会ってすぐの事だった。出会ったばかりのパピルスは勝手にデートを初めて勝手にフリスクを振った。「オレさまは貴様にキスできないけど」「恋人同士の”好き”とはちょっと違う」という彼の言葉を思い出す。その時は面白いモンスターだと思って笑っているだけだったが、地上に出て彼と親密になるうちにフリスクはいつしか骸骨のモンスターに片想いをするようになっていった。

 純粋な彼の性格を良い事に一緒に居る時間を強制しているが、パピルスはロイヤルガードに憧れていたし、もっと表に出てメタトンのように華々しい活躍をしたかったに違いない。彼を独占していることで悲しませているのではないかとフリスクは不安になったが、こんな生活もかれこれ5年目になるので、忙しくも彼との心地良い毎日を変えることも出来なかった。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「アンダインとアルフィーの馴れ初めを聞かせてよ」

「なっ、ななな、なあにいきなりッ!」

 フリスクの唐突な質問にアルフィーが狼狽えて眼鏡を落としかける。慌てる番を余所にアンダインがしれっと返答した。

「前に話したろ」

「話したの?!」

「ゴミ捨て場で可愛い女の子に出会った話は聞いたよ」

「え、誰それ?!」

 アンダインとフリスクの会話についていけないアルフィーが横から突っ込むが、そんな彼女に誰も解説してはくれない。

「そうじゃなくて、こう、今みたいにペアになった経緯とか」

「ふっ、聞きたいか」

 アンダインが笑った。話したくてたまらないというように牙を見せて笑う。アルフィーは真っ赤になって肩に顔を埋めた。

「照れてる姿も可愛いな、ハニー♥」

 アンダインの腕がアルフィーの肩を抱くと、いよいよ両手で顔を覆って黙ってしまったアルフィーは黄色い体を赤くしていた。フリスクは少し哀れに思ったが、別に彼女を虐めているわけではない。ただ友人たちの馴れ初めを聞きたいだけなのだ。
 そう、参考までに。

「二人は良いよね、両想いだもん」

「ほほう。フリスク、好きな奴でもいるのか? 人間かモンスターか知らないが、まともな奴じゃなかったら私が殺しに行くから、心して名を述べろ」

「だ、大丈夫だよ」

 何せ、アンダインも認めるあのスケルトンである。それを打ち明けてしまっても良いものか一瞬迷ったが、彼女たちとはしょっちゅう恋バナをする仲だったし、信頼も厚かったのでフリスクは意を決してパピルスの名を口にした。

「ああ」

 と魚人が眉を上げる。そしてアルフィーに目配せすると、彼女も頷いた。フリスクが二人のアイメッセージが解らず首を傾げるとアルフィーが笑って首を振る。

 二人ともパピルスとフリスクの仲の良さは気になっていた。友人というよりは、兄妹のようでいて、時折恋人同士にすら空目してしまいそうになるほど近い二人。普段大人びているフリスクは、あのどこか子供っぽいスケルトンの男と一緒に居るとつられたように子供返りし彼に甘え、逆にパピルスが年相応の大人の顔をして彼女を優しく甘やかしている姿は、微笑ましいような、だがどこか危うく周囲に映っていた。

「仲が良いと思ったら」

 とアンダインが腕を組む。

「仲が良いっていうか、パピルスが私を甘やかしてるっていうか、私が我が儘言ってるっていうか……」

「何を細かいことを。好きなら好きとハッキリ相手に言えばいい」

「ちょっと、アンダイン」

 アルフィーが単純な事を言うパートナーを諫め、魚人は口を曲げた。アルフィーが好む恋物語も、両想いとわかっていながら、何ページも、何話も、何クールも割いて、一々悩んでいるキャラクターの多い事。アンダインは不思議に思っていた。

「パピルスの気持は本人にか解らんが、お前に好かれて困ることは無いはずだ」

「でも私、振られてるんだ」

「ナニッ?!」

「出会った時に」

「あなたが地下に落ちてきたとき? それじゃあ、ふ、振られても仕方無いんじゃ……」

「うん、まあ、私も別に告白はしてないんだけど」

 フリスクの呟きに、アルフィーもアンダインも声を出して笑う。

「おい、それならストレートに言ってやれ。そんなスカした態度とれなくなるぞ」

 アンダインとアルフィーは地下の頃のパピルスを思い出した。まだ少年から脱却できていないような若かった彼。優しく、でも寂しがり屋なパピルスは人気者に成りたい一心でロイヤルカードに志願してきた。動機はともかく何をやるにも一生懸命で純粋な彼は、周囲から称賛と愛を受ける自分を目指して、日々奔走していた。
 良くも悪くも形から入りがちなパピルスは、それ故にアイドルのようにクールにファンを振るような真似事もしていたのだろう。いっそメタトンに弟子入りすれば良かったのではないかとアンダインは思うが、自分のところへ来てくれたのは今になっては嬉しいことだ。

 保護者のような兄、師匠、その他友人からの友愛や親愛を自然に受けてはいるが、それ以外の恋愛を向けられるのは恐らく慣れていないだろうパピルスが、フリスクから好意を向けられてどうなるのか……。アンダインもアルフィーも想像して苦笑いをするしか無かった。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「アンダイン、聞いてよ」

 珍しく思いつめたようにムスっと眉を寄せた表情。師匠の顔とそっくりであるが、当の師匠は同じように顔を眉を寄せながら

「なんだその顔は」

 と問いただした。
 たまたま通った王の屋敷の応接間。アンダインはパピルスに捕まって、ソファに座らされていた。

「フリスクの事か」

「……何で分かったの?!」

「いや、その……。勘だ」

 先日の女子会の話題をアンダインは思い出していた。悩んでいるのは彼女だけではないらしい。パピルスはアンダインの反対のソファに腰掛ける。十代の頃から長身だったパピルスだったが更に身長が伸びたのか、アンダイン以上に狭そうに膝を立てていた。
 パピルスは最近のフリスクの多忙ぶりをアンダインに説明した。

「……それで、一緒にお昼寝すると、2時間ぐらい起きなくて。夜ちゃんと寝てるのか心配になっちゃう」

「そうか、可哀そ……。……お前まさかフリスクのベッドで一緒に寝ているのではないだろうな」

「何言ってるのアンダイン。勿論、寝てるよ」

「…………」

 アンダインはこめかみを抑え、眉間に皺を寄せて目を閉じた。だがまあ、兄妹のような二人が同じベッドで休んでいても不思議ではないのか?そう自分に言い聞かせる。

「……そういうのは、親密な相手だけにしておけ」

「わかってるよ」

 きょとんと深淵の瞳を相手に向けて答えるパピルスに、アンダインは安堵のため息をついた。見た目が大きいだけの子供だと思っていたが、彼も二十歳を疾うに過ぎている。子供同士ならともかく、青年同士で同じベッドなのもあまり褒められたことではないことは、さすがに理解しているらしい。
 パピルスは少し思案すると、困ったように顔を上げた。

「やっぱりダメかな……。ダメな気がしてきた!」

「ああ、いや、うん」

「ダメって言ったら、フリスク悲しむかな」

「悲しむだろうな。お前に懐いてるし」

 アンダインの言葉にパピルスは瞼を伏せた。ダメな気がするが、あの少女を悲しませることはもっとダメな気がするパピルスだった。
 肩を落とす愛弟子にアンダインは慌てる。

「そんなに仲が良いなら、いっそ番になれ。……いや、待てッ! フリスクはまだ17か?」

 アンダインの疑問にパピルスが「18だよ」と訂正する。姿はすっかり大人の女性になってしまったが、フリスクはまだ十代だ。だが、子供というほど子供でもない、境界線に立つ年齢だろう。

「番って、アンダインとアルフィー博士みたいな?」

 パピルスは自分で言いながら、さっと顔を赤らめた。アンダインとアルフィーの仲睦まじさは周囲のモンスターには名物だ。アンダインが熱い視線でアルフィーを見つめ、照れながらもアルフィーが微笑み返しているのを目撃したのは一度や二度ではない。そんな甘い空気を自分とフリスクが纏うと思うと、パピルスは照れ臭い気がしてしまう。
 それに、番になってしまったら同じベッドに入るのは他に意味が出てくるだろう。それはそれで困るような……。

「何を照れている」

「恥ずかしいなって」

「お前、私たちの事を恥ずかしいと思っているのかッ?!」

「恥ずかしいよ!」

 パピルスは別に、アンダインとアルフィーを恥ずかしいと思っているわけではなかったが、単純に自分とフリスクが当事者になった時にとてつもなく恥ずかしい気がしただけだった。だが、それ以上に楽しいはずだ。アルフィーが傍にいるアンダインはいつも以上に楽しげに見えるし、幸せそうだった。
 大好きな相手と一緒に居るのは楽しい。もっと長い時間フリスクと一緒に居られたら、楽しいだろう。
 そんなパピルスの意図を計れず、久しぶりに弟子にプロレス技でもかけてやろうかと思ったアンダインだったが、一瞬思うところがあり手を出すのを止めた。

「お前とフリスクだって人前でイチャついているじゃないか」

 言われたパピルスは声を上げて驚いた。フリスクと普段過ごしている日々を振り返り、また顔を赤くして白い長身を縮こめた。頭の片隅でぼんやりと彼女との距離が近いような気がしていたが、フリスクは子供であるし、自分は彼女を守るのが使命だとも思っていたので距離の近さは仕方ないと無視していた。アンダインに容赦なくそれを突きつけられ、言い訳も出来ない。

「それでお前」

 アンダインが身を乗り出した。そこで言われた言葉は暫くパピルスを悩ませた。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 パピルスは自分の頬を両手で包んで歯をカチカチ鳴らした。罪深い問いを残した師匠は、愛する番から携帯にメッセージが入った途端、薄情にもさっさと屋敷を後にしてしまって、今は一人である。

―「それでお前、フリスクに気があるのか?」

 自分がフリスクを好きかどうかなんて、分からない!などとかまととぶった事を叫ぶつもりは毛頭ない。パピルスは自分がフリスクに気があることを知っていた。ただ、お互い何時まで経っても子ども気分でいたので無自覚でもあった。年齢を重ねれば重ねるほど自分の幼稚さを感じていくパピルスは、この気持ちをどう扱って良いか困っている。切っ掛けを作ったアンダインが少しばかり憎らしい。

 助言ぐらい残してくれれば助かったものを。とは思ったものの、アンダインもしょっちゅうアルフィーとの仲をパピルスに相談に来ては情けなく泣いている姿を晒すこともあり、愛やら恋やらはいくつになってもモンスターも人間も悩ませる厄介なものなのだと何となく合点した。
 アンダインだって答えられない疑問があるだろうし、自分だって彼女に有益なアドバイスなどしたことは無い。(アンダインは勝手に納得して帰っていくが)

 悩んでいるうちに日が落ち、フリスクに声をかけて帰ろうとパピルスは屋敷を歩いていた。部屋に居ない少女を見つけられず、中庭を片付けて帰宅しようと庭へ出ると、金色の花が月明りを受けて光っていた。一日の終わりにこの光景を見るのももう慣れているのに、その美しさに慣れることは無い。
 フリスクのお陰で地上に出たから太陽の恩恵も星月の美しさも享受することができる。彼女を想うと自然に笑みが浮かんだ。

 ふとみると、中庭のベンチに座ってうたた寝をしているフリスクが目に入った。膝には本が開かれたままである。

 探していた少女を見つけて、パピルスは彼女の膝の本を取り上げて脇に抱え、フリスクをそっと抱き上げた。

「風邪ひいちゃうよ」

 微睡んだ瞳をあけて、フリスクがパピルスの頸椎に手を回す。また目を閉じてしまったフリスクが起きているのか眠っているのか分からないが、パピルスは明日の予定を彼女に言って聴かせながら廊下を歩いた。自分がすることは、忙しいフリスクの負担が出来るだけ減る様に助けることだ。

「大好きだよ。パピルス」

 フリスクが彼の耳元で呟くと何の前触れもない言葉にパピルスは一瞬驚いたが、照れ臭さから「ニェヘヘ」と笑った。

「オレもフリスクの事好きだよ」

「じゃあ、私と番になってくれる?」

 パピルスのソウルが飛び上がる。気のせいだろうか、空耳だろうか、わからないまま廊下を歩く。パピルスの足音だけが響く。

「やっぱ、ダメかぁ」

 耳元でフリスクが笑った。いつもの様子のフリスクに、パピルスは眉を潜めた。

「揶揄ってるの?」

 フリスクの部屋の前について、彼女を腕から降ろす。いつもまっすぐこちらを見上げる少女はこの時は俯いたまま、しかし発熱した時のように顔が火照っているのが見えた。
 数年前フリスクが高熱を出した時に彼女を献身的に看病したことを彼は思い出す。そして、どうして今そんな関係無い事を、と脳内で独り言ちた。

「ごめん……」

 パピルスと目を合わさないまま、フリスクは部屋へ入っていった。廊下に残されたパピルスはしばらく動けず放心していた。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「貴様それでフリスクがふざけていたと思ったのかッ」

「やっぱり本気だったのッ?」

 普段から強面のアンダインが更に鬼の形相でパピルスを睨んだ。大事なセレモニーの最中、二人は01と02から人差し指を立てられたが、アンダインの視線は緩まない。
 パピルスは声を潜めた。

「だって、フリスクはまだ子供だし……」

 言いながらもセレモニー会場で行儀良く座っているフリスクから、パピルスは目を逸らさなかった。普段の彼女を知らなかったら優婉閑雅なお嬢様にしか見えない佇まい。いつの間に大人になってしまったのか。

「あの子はまだ子供かもしれないが、それもあと数年だ。そしたらどうするつもりだ。急に突き放すのか?」

「……オレの仕事はフリスクを手伝う事。それは止めない」

「そうか」

「でも番になったら、どう振舞ったらいいかわかんない」

「番になったからと言って振る舞いを変える必要は無いぞ」

「そうなの?」

 とパピルスはアンダインを一瞥したが、すぐにフリスクに視線を戻した。そう言えば、アンダインはアルフィーに対して元から分かりやすい好意を表していた。彼女の言う通り番になったからと言って何か変える必要は無いのだろう。それと同じように自分もフリスクを大事にしている今をそのまま続けていれば良いのかもしれない。

「フリスクは綺麗だ」

「……そうだな」

「オレが独占しちゃっても良いのかな」

 弟子の一丁前の言葉にアンダインが吹き出した。だがパピルスは冗談を言ったのではない。隣の師匠が番のトカゲに対して独占欲を剥き出しにして、番だからとそれを隠そうとしない姿を見ているので、ペアになるとはそういう事だと思っている。ロールモデルが偏っているが、その責任の一端を担うアンダインは自覚が無いらしい。

「お前も独占されるという事を忘れるなよ」

 アンダインがパピルスの背中を叩く。

 会場からアズゴアとトリエル、フリスクが退場し、二人はすぐに彼らに付いた。王と王妃はアンダインとロイヤルガードが運転する警護車へ、フリスクはパピルスの運転する別の車に乗り込み、イビト山を目指す。パピルスが後部座席をミラー越しに確認すると、フリスクがうつらうつらとしながらシートに背を預けてるのが見えた。
 フリスクのプロポーズを思い出し、自分の気持ちも早く伝えたい衝動に駆られたが、疲れきっているフリスクに大事な話を切り出すのも可哀想に思い、口を噤む。

 イビト山の屋敷に戻ると、パピルスは後部座席のドアをあけて、すっかり眠ってしまったフリスクを抱き上げた。眠気眼のフリスクが癖付いたようにパピルスの首に腕を回したが

「……あっ」

 と声を上げて、スケルトンの体から身を離す。

「じ、自分で歩けるよ。降ろして」

 フリスクが昨晩のように目を反らすので、パピルスは急に寂しい気持ちになった。ゆっくりフリスクを腕から降ろしてやる。
 気付けばいつも腕に抱いて守っていた女の子。その彼女が、自分の世話など要らないとばかりに優しく拒んでいるように思えた。
 屋敷の玄関に着くとフリスクはパピルスの手を取って

「今日も有り難う」

 と言って微笑んだ。その笑みには優しさしか篭もっていなかったが、これはいつも部屋の前で行う挨拶だ。暗に「此処までで良い」という意味が込められたそれに、離れそうになる少女の手首をパピルスは慌てて掴む。

「待って!」

 フリスクは自分の手首を掴む骸骨の手を見つめた。普通の人間なら驚いて振り払うそれは、フリスクにとって胸をときめかせるものでしかなかった。期待してしまいそうになる気持ちを押さえて息を飲んで振り返るが、見上げた先にいつものパピルスの姿が目に映ると、彼に対する気持が身体を熱くして決意を揺らがせる。

「き、昨日はゴメン!」

「何を……謝るの?」

「フリスクの気持をちゃんと聞かなかったから」

「……良いんだよ。だって私、人間だもん」

 普通の人間と違ってモンスターと暮らしており彼らと一緒の時間が長い分、余計に種族の違いをフリスクは実感していた。
 モンスターは純粋で美しいが、それに比べたら人間は汚い。地上のどこかで毎日争い、憎み合い、貪り、排泄し、妖精が守る森を私利私欲のために焼いている。そして、モンスターを地下に閉じ込め、未だに地上を我が物顔で壊している。それが現実だ。

 モンスターの中でも一層純粋で優しいパピルスと人間である自分が釣り合うはずはない。だからこそ、ずっと心にしまって無視していた恋心だった。
 昨晩うっかりパピルスに告白してしまってから、それを思い出して放ってしまったプロポーズを、フリスクはずっと悔いている。

「人間とモンスターが番なんて変だよ」

「変なの?」

「変だよ」

 フリスクは笑顔を取り繕ってチラリとパピルスを見上げた。しかし、彼の真剣な表情を直視し続けることは出来なかった。

「だから、昨日のアレは、冗談。ごめんね、怒った?」

「……」

 パピルスが暫く黙ってしまったので、フリスクは優しい彼をついに怒らせてしまったのかもしれないと心配になる。パピルスはフリスクの手首をそっと離して、また優しく手を取り直した。

「オレは冗談言わない。フリスクが好きだ」

「……え……」

 それから、俯くフリスクの視線までしゃがむと、パピルスはそれでも視線を逸らせようとするフリスクを追うように彼女の頬に触れた。

「オレと番になってよ!」

「だ……だめっ」

「どうして。昨日は……」

「だって私、人間だから……人間は汚いから……」

「フリスクは綺麗だ」

「……」

「……あ! でも、フリスクはまだ子供だから、大人二十歳になったらね」

「……」

 フリスクは耐えられずにふっと笑って、伏せた瞳をもう一度パピルスに向けた。そして言葉を失って笑みも引っ込めてしまった。
 戸惑ったような、困った顔をして、スケルトンの深淵の瞳がフリスクを見つめていた。瞳の奥がチラチラと光っている。
 フリスクは常々パピルスを美しいと思っていたが、熱い視線を向けてくる白骨のモンスターは、いつも以上に魅惑的にフリスクの目に映った。

「……私のこと、好きなの?」

「うん!」

「で、でも、別に『恋人同士の”好き”』じゃないんでしょ?」

「『恋人同士の”好き”』だよ!」

 フリスクもパピルスも、どちらかが先に視線をそらしたら負けるゲームでもしているかのように、意地とばかりに相手をじっと見つめた。どんどんお互いの顔が赤くなっていくのをお互い感じていた。
 
「私の国は18から大人なの。だから、ケッコンできるよ」

「……じゃあ良いのかな?」

 長い指で顎を掴みながらパピルスが腕を組んだ。その様子がおかしくて、フリスクはまた笑う。
 パピルスは腕を崩して腰を起こすと、ほっと息をつく。お姫様の機嫌は、自分の恥ずかしい告白と引き換えに直ったらしい。

「ごめんね、困らせて」

「困ってないけど、困った」

 フリスクはパピルスの小指に自分のそれを絡めて微笑んだ。その様子が、気付けば大人になってしまった少女の咲き始めた魅力をたっぷりと含んでいたので、パピルスのソウルは早鐘のように鼓動を早めた。

(あれ?!)

 と混乱している最中にフリスクが

あと二年二十歳まで、待ってね」

 と今度は甘い声で囁くので、パピルスはうっとりそれに聞き惚れているうちに、よく考えず頷いてしまった。
 あっさり頷く相手に自分が勘違いしているのではないかとフリスクは不安になる。

「本当に、意味解ってるの?」

「番になる意味ぐらい知ってるよ。王様と王妃様みたいにラブラブになるってことだぞ」

「……あの二人、一度離婚してるけど」

「じゃあ、アンダインとアルフィーかな」

「あれはちょっと真似できないかな」

 フリスクが苦笑いすると、スケルトンは大声で笑った。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「アンダイン、大変だ。恋ってめちゃくちゃソウルに悪いぞ」

 弟子の愚痴を受けて、騎士隊長が首を傾げたのは数日後のことだった。
 
 
 
FIN