愛情競争

Alphyne
小説
微エロ

 乾いた土を照らす日光にも似た彼女の暖かい匂い。

 自分の名を呟くいつもより甘えた声。

 腕に絡む柔らかい手。

 
 
 

 これはなんのご褒美なのだろうか。出張で数日家を空けた自分への天からの労いなのか。とはいえ体が疲れているとかそんなことは無く、労われるほど大変だったかと言われれば今回の仕事はトラブルも無く平和なものだった。ロイヤルファミリーの、特にアズゴアが人間界へ数日出向くことが多々あるその度に、アンダインも付き従って護衛をするためモンスター居住エリアから数日離れなければならなくなることは少なくない。その度に大事なパートナーと数日顔を合わせられないことはアンダインの気掛かりだったが、それ以外はなんの問題もなかった。そう、問題はその恋仲の相手だ。アルフィーはアンダインが家を数日空けて帰ってきた後、本人は無自覚なのかアンダインの傍を離れようとしない。言わないだけで寂しかったのだろうということは容易に想像できた。

「今日は、なんだ、あれ。流行ってるアニメの配信日じゃなかった?」

「よ、良く覚えてるね。新シリーズが始まったの。明日一緒に観よう?」

 明日と言わず追ってるアニメは当日PCに噛りついて観ているのに、今はソファで書類に目を通すアンダインの隣に、彼女の腕に触れるか触れないかの所で座っていた。珈琲が入ったカップを飲みもせず持ったりテーブルに置きなおしたりしている。
 料理が不得意なりにアンダインの好みの食事を用意し、大好きなアニメやSNSを放ったらかしては他愛ないことで話しかけ、普段恥ずかしがって自分から寄ってくることなんか無いのに自分から寄って来てくれる。アンダインからすれば、ご褒美だ。

「ボディーガードって大変だね」

 アンダインの手元の書類をちらりと見ながらアルフィーは言った。

「アズゴアの警護なら別にこんなもの読まないけど、明日は人間の警護だからな。向こうが色々煩くて」

「ふうん」

 ボディーガードの守秘義務はアルフィーも承知しているのでそれ以上深く質問しない。
 アンダインにもたまにはロイヤルガード以外の仕事が舞い込むが、その殆どは勿論モンスターにとって重要人物の警護である。明日は人間界の反モンスター過激派思想と対立している活動組織のリーダーの護衛だ。モンスターに好意的な人間を守ることは延いては平和的な共存に必要なのだとアズゴアはアンダインに常々言ってきた。人間不信気味の彼女に対する導きも込められているのだろうということはアンダイン自身も感じられた。大事な仕事だった。人間はいけ好かないが彼らとの友好関係は愛するアルフィーのためでもある。
 アンダインはザックリと文書に目を通し、それを仕事鞄にしまった。

「お仕事終わった?」

 アンダインが頷くと、アルフィーはアンダインの腕に頬を押し付けた。こんな控えめなスキンシップでさえも、アルフィーからすれば普段は勇気が要るものだし、それを分かっているアンダインには愛しいことこの上ない。もう少し仕事をしている振りをして素っ気ない態度を取っていたらもっと可愛いアプローチが待っていたかもしれないが……。

「……寂しかったか?」

 肩に乗っかる黄色い額に頬擦りすると、アルフィーの長いまつ毛が揺れた。

「へ、平気だよ」

「私は寂しかったけど」

「そんなこと言って……」

 遠征中にアンダインが自分の事を想って寂しがっているなんて考えられないアルフィーは笑った。アンダインには時々それが不服に思うことがある。仕事に集中していたって、いつも彼女の事を想っているのは事実で、可能であれば常に傍に居たいと思っているのも事実だ。
 アルフィーが素直に「寂しかった」と言わないのはアンダインもわかっていたが、たまには「寂しかったよ」と言ってキスしてほしいと思ってしまうもの。愛しさが勝ってアルフィーの頬に手を触れて顔を近づけるとアルフィーが肩をすくめて目を閉じた。

(ああ、キスしたい)

 という欲望を押さえて、アンダインがアルフィーの鼻先を自分のそれでそっと撫でると、彼女が固唾を呑む音が聞こえる。

(アルフィーからしてくれないかな)

 そんな期待も虚しく、目下の彼女は来るであろうキスに身構えて緊張して固くなっているだけだった。アンダインがそっと顔を離し、アルフィーがその気配に目を開けると期待していた自分を恥じて顔を伏せてしまう。

「や、やだ、私……」

 落胆と羞恥で戸惑っているアルフィーを見ていられなくなったアンダインは、再度アルフィーの顔を上げさせて謝罪の気持ちも込めてキスをした。アルフィーのソウルの鼓動がこちらにも伝わってくるのではないかと思うほど彼女は真っ赤になって慌てているので、アンダインは少しの罪悪感から幼気なアルフィーの腰に腕を回して彼女を抱き寄せる。

「アルフィーからしてくれるかなって期待したんだ。そんな顔させるつもりじゃなかった。許して」

 正直な気持ちを言うと、それはそれでハッとしたアルフィーがまた慌てた。

「ご、ごめんね……!そうだよね、私ったらいつも受け身で。駄目だよねそんなの……」

「別に駄目じゃないぞ。アルフィーが受け身なのは私のせいだし」

 自分のスキンシップが激しい自覚はあった。アルフィーが勇気を出してこちらに近寄る前に近寄ってしまうし、キスする前にしてしまう。でも、アンダインにも言い分がある。彼女のスキンシップを待っていたら何時まで経ってもハグもキスも出来ないのだ。それは耐えられない。アルフィーは自分のそんな意気地無さをわかっているので、可愛がられているばかりの状態にいつアンダインが不満を募らせるか恐れていた。
 実際に今、アンダインに寂しい思いをさせているのは自分なのだと気付く。それなのに

「意地悪してごめん」

 と謝っているのはなぜか相手の方で、混乱する。意地悪なんてとんでもない、アンダインは優しすぎるのだ。そして彼女は少し自分を大事にしすぎているとアルフィーは感じた。アンダインにそんな気は全くなかったが。
 自分はアンダインみたいに自然に相手に愛情表現が出来る気がしないし、恐らく実際に下手だろう。でも、そんな事よりアンダインが欲しがっていたら、下手なりにやるべきなのだ。何よりアルフィー自身が一番彼女にもっと思いを伝えたいと思っている。

 アンダインの腕に手を回して、それを胸にぎゅうっと抱きしめた。露になっている二の腕に唇を押し当てる。アンダインの反応が怖くてそのまま腕に顔を埋めたままにしていると、相手の腕にしがみついている手をアンダインの指でそっと解かれた。

(嫌だったかな……)

 やり方を間違えたのだ。そう思って離れようとすると、自由になったアンダインの腕が、アルフィーの腰を抱き寄せて、彼女をソファのひじ掛けに押し倒した。

「ズルい。何それ」

「え……」

「可愛い……!」

 アルフィーの胸に顔を押し付けて、アンダインが熱い息を吐いた。その熱が全身に広がるようにアルフィーの体を熱くする。鎖骨、首、頬についばむように何度もキスをされて、アルフィーはせめて両手で目を隠した。その手の甲にも唇が落ちてくる。

「アルフィーからもっとキスしてほしいけど」

 と口では言うのに、堪え性の無いアンダインの唇は彼女のキスなど待っていられない。この愛情表現の大きな波を搔い潜ってアンダインへスキンシップを返すのは至難の業だ。

「私やっぱり我慢できない」

「あ、あ、アンダイン……っ」

 うっかり「待って」と言ってしまいそうになる。でも、それはきっと駄目なのだ。考えなければ。うかうかしているとアルフィーの唇にアンダインの舌がそろりと入ってきて、そうするとより甘いキスに思考をのまれてしまう。

(考えすぎ)

 それはわかっている。アンダインにも同じことを言われた。何か先に理屈が出てしまうのは自分の悪い癖だ。今必要なのは理屈では無くて気持ちなのだから。でも、自分の気持ちを整理したり考えたりするのが苦手なアルフィーは、上手い言葉が見つからない。そしてまた思考の波を漂う。

(アンダインが好き……!)

 好きだとか愛してるだとか、そんな安易な言葉しか出てこない。本を開けばあらゆる愛情表現が載っているのに、熱に浮かれた頭ではそれも思い出せないのだ。ただただ彼女が好きだとしか出てこなかった。

(ああ、もう、それでいっか……)

 アルフィーの胸で固くなっていた手が、無意識にアンダインのタンクトップの腰を掴んだ。

(好き……好き……)

 それは背中に回り、そろそろとアンダインの広背筋を撫でる。

「ん……」

 アルフィーの柔らかい手を背中に感じて甘く溜息を吐いたアンダインの口付けが強くなった。

「もっと私を求めてよ」

 ぼうっとする頭にアンダインの懇願はアルフィーにとって誘惑的なものになる。「求めて良いよ」という許可をもらった気がしたアルフィーはアンダインをうっとり見上げて頷いた。

「うん……」

 背中を這うアルフィーの手に力が入り、そんなささやかな力量をサポートするようにアンダインの腕にも力が籠る。強く抱きしめ合っているだけでお互いが求め合っている気持ちが伝わり合う。アルフィーの口内を好き勝手舐めていたアンダインの舌をアルフィーのそれが恐々と対応するように舐め返した。

「上手いぞ」

 とアルフィーの頬を撫でる。別にアンダインは誰かに手解きをするほど経験豊富というわけではない。彼女にもっと応えて欲しいだけだった。アンダインに褒められれば褒められるほど、自分の行為で彼女が気持ち良さそうに目を細めるほど、アルフィーのソウルは安心していく。それと比例するように体中がアンダインとのスキンシップに対する感度を上げていった。断続的に与えられる刺激に体がビクビクと跳ねてしまう。

「好きだ。アルフィー」

「あッ、も、もう…ッ」

「なに?」

「私がそれ、先に言いたかったのに……」

「だから、なんでそんな可愛いこと言うんだ」

「だって、さ、さっきからずっと思ってたの。それしか考えられなくて……」

「もういいよ」

 切羽詰まったように言い訳を止められてしまう。でも次は絶対に、自分が先に言いうんだ。そして自分から先にキスをして、抱きしめて、彼女をいっぱい喜ばせる。アルフィーは密かにそう誓って、後出しを悔いながらも

「大好き」

 と、キスの合間に何度も呟いた。