Dancing is not my thing
砂を掬う水掻き3と4の間の話
・
・
・
武術で舞うこそすれど、アンダインはあまりダンスに興味がなかった。だがそれは少数派で、モンスターは踊るのが好きな者が多い。城の大広間と庭で行われる年に一度のダンスパーティは、あまり城へ用事の無いモンスターも揚々と場内を散歩できる機会であり、一年のうちでも特に華やかな催し物であるためか、その時期が今年も近づき地下中は既にお祭りモード。皆浮足立っていた。
ドレスコードなどは無く、自由に着飾って来城が許されるので、着飾るのが好きな者や派手好きなモンスターは準備を始めている。
また、独り身のモンスターに番や恋仲などのペアが見つかるのもこのイベントで、既に相手が居る場合はダンスの練習など二人で楽しんでいた。
「パーティの曲目、どういう選曲だ」
アンダインがメタトンにプログラムの書類を見せた。曲目と司会者は早い段階で周知される。今年の司会は今をときめくアイドルが抜擢され、当人であるメタトンはとびきりロマンチックで耽美なイベントにしようと意気込んでいた。
「今年の流行り曲とクラシックを混ぜたのさ。老若男女楽しめるだろ」
「もっと熱い曲は無いのか。退屈になりそう」
「来年の司会に頼むんだね」
「来年? 誰だ」
「トビー・フォックス」
アンダインがプログラムに視線を戻したところでアルフィーがキッチンから出て来る。三人分の紅茶をトレーに乗せていた。最近アンダインがラボに足繁く通い、そんな来客をただ立たせるのも忍びないので現家主の計らいで研究室の一角に簡易なテーブルが設置された。こうしてメタトンも交えてお茶をすることも少なくない。
「ダンスパーティはカップルが沢山生まれるイベントだからね。ムーディな曲を沢山選んだよ」
「そうなの」
「アルフィーも来るでしょ? 勿論。僕の司会姿を観に」
「来るのか?」
メタトンとアンダインが同時にアルフィーを見た。
「私、ダンスなんか、お、踊れないし。一緒に行く相手も、居ないし」
「素敵な出会いがあるかもよ。豪華景品が当たるゲームも」
アンダインが睨むのも物ともせず、メタトンがアルフィーにプログラムを渡す。
イベントの合間にビンゴゲームが開催され、別紙に景品画像が乗っていた。それを見てアルフィーが声を上げる。
「どうしたの?」
「こ、こ、これっ!!」
「え? ああ、残念賞の景品? ごみ捨て場に落ちてたフィギュアだって」
「ミュウミュウ第一話放送直後に発売された初代フィギュアでまだ人気が出るかわからない時の出回ってる数が極端に少ないプレミアものだよ!!!」
「残念賞だよ。一番最後までビンゴが出ない人に贈られるんだ」
「行く!!!」
二人のやり取りにアンダインが身を乗り出した。
「私が一緒に行こう」
「ロイヤルガードは仕事でしょ。僕と一緒で」
「広間に突っ立ってるだけだ」
イベント事でのロイヤルガードの仕事は主に警備。指定された場所に立って、なにかトラブルがあれば対応する立場だが、こういった祭りで大きな事件が起きたことはない。わりと各々がのんびりイベントに参加している。
アンダインは毎年女性から声をかけられがちなので、王の近くでじっと厳しい顔で立つようになった。如何にもな顔をした職務中の彼女に声をかけるモンスターは減ったが、アズゴアには苦笑いされてしまう。
「私と踊るかい?」
いつぞやアズゴアが冗談を言うと、アンダインは唇を横に思いきり引き伸ばして彼を睨んで無言の拒否を示した。自分は彼の愛する女王の代わりにはなれないし、そんな気も暇も無いのだ。そして、今年は意中のモンスターが参加する。となれば、例年通り突っ立ってはいられない。放っておいたら、メタトンの言う通り、アルフィーに新しい素敵な出会いが巡ってきてしまうかも。そんなことあってたまるか、と内心焦る。
「鎧姿で構わなければ、一緒に居てくれないか」
「へ? い、良いけど……」
アルフィーはちょっと考えたあと上目遣いでアンダインを見上げた。
「一緒に過ごす相手とか居ないの?」
(だから、その相手に君を誘っているんじゃないか)
と、メタトンは音に出しかけた。
「居ない」
(アンダインも、もうちょぅと分かりやすく誘いなよ!)
メタトンはアンダインからの告白の相談をアルフィーから受けていた。二人がお互い想い合っていることを知っている。そんな二人の会話はいつも彼にはもどかしい。だがしかし、友人の色恋を観察しているのは、それはそれで面白いもの。
「迎えに行きたいが、私はホールの警護で朝から待機だ。着いたらお前から声をかけてくれないか」
◇
アルフィーは朝から後悔していた。ダンスパーティは今日だ。それなのに、自分は着ていくフォーマルな服を持っていなかった。白衣しかかかってないクローゼットを見て頭を抱えるが、フィギュアは手に入れたいので行かなければならない。しかし、憧れのアンダインに挨拶する約束をしてしまったので、マシな一着ぐらい着たかったのが本音だ。
「でも、仕方ないや……」
アルフィーはいつもの格好でとぼとぼラボを出て城までの道を歩く。
ニューホームに着くと、町中がお祭りムードで皆が各々お洒落をして城へ向かっていた。
「王様とお話しできるかしら」
「アンダインにも、会えるかな」
隣を歩いていた女性のグループの話にアンダインの名前を聞いて、思わず聞き耳を立ててしまう。
「話しかけるのは、難しいんじゃない?」
「最近、騎士様はご執心の相手が居るって噂だし」
「そのモンスターと一緒かな」
「彼女のダンスが見られるかも?」
「毎年、王の隣で不機嫌な顔してたけど」
「見たいわ。楽しそうな顔」
噂の騎士隊長の話題で盛り上がっているようだった。沸き上がる黄色い声。
(アンダイン、好きな子が居るのかぁ)
アルフィーは自分の足元に視線を落とした。
―「お前のことが好きだから」
(…………私?!)
言われた当日あまりに脳裏で反復したせいで、あれは夢だったのではないかと思い始めている。アンダインは翌日も相変わらず態度を変えなかったし、緊張していたのは自分だけで肩透かしを食らったものだ。
(えーー……。私じゃ、ないよね?)
アルフィーは通い慣れた筈の城の前で二の足を踏んで立ち尽くしてしまった。
◇
「トリィは今年も来ないか……」
隣でアズゴアが寂しそうに呟いた。アンダインはそんな王を少し哀れに思う。最近まで「相手が居ない事のなにが寂しいのか」と思っていたが。相手が居ない事ではなく、想っている相手に会えないことが寂しいのだと、漸く気づいたのだ。自分が黄色いトカゲの彼女の顔を見れないと途端に寂しくなるように。
「ロイヤルガードも、わざわざ鎧を着なくても良いのではないか?」
アズゴアは口にしてしまった情けない言葉を誤魔化すように、アンダインに別の話を振った。ここ数十年……。否、地下へ閉じ込められてから、戦士たちが鎧を纏わなければならないような大事件は起きていない。
「こんな時じゃないと着ないからな。鎧が錆びる」
せいぜい式典やイベント事のフォーマルスーツの役割しか担わなくなってしまったそれ。アンダインはその勇ましいスーツを気に入っていたが、思えば確かに伝統とは言え今日みたいなお祭りには必要ないかもしれないと思った。自分は良いが、部下たちには多少楽しんでもらいたい。それはアズゴアも同じ気持ちだった。
「そうだね。でも、アンダインだって、着飾って好きな相手とダンスしても良いんだよ」
アンダインがむすっと顔を顰めた。
「心配しなくても。今年は約束している相手が居る。後で来る……筈だ」
「ほほう」
アズゴアは嬉しそうに笑って会場で楽しげに踊ったり会食や談笑を楽しんでいるモンスターたちを眺めた。
だが、パーティは既に中盤に差し掛かっていた。アルフィーの姿は見当たらない。
おもむろに、メタトンがマイクをとった。その姿を会場のカメラがとらえる。
「皆、配ったビンゴガードは持ったかい? ゲームを始めよう!」
アンダインは会場を見回した。アルフィーはこのゲームを楽しみにしていた筈だ。景品のフィギュアを欲しがっていた。
「おかしいな」
と彼女が呟くと、アズゴアは微笑んだ。
「探しに行っておいで」
◇
メタトンの司会は中庭にも放送されていた。アルフィーはポケットからビンゴのカードを取り出しながら中庭に設置された巨大スクリーンを見上げる。メタトンの後ろに座っているアズゴアと、隣に侍る鎧姿のアンダインが映っていた。
「あれ?」
メタトンが一つ目のナンバーを高らかに読み上げる。アルフィーは当然、残念賞を狙ってカードを空ける気がないので、奥に映っているアンダインを見ていたが、彼女が突然アズゴアの側を離れて画面から見えなくなってしまった。
(あーあ……)
トラブルか、それとも意中の相手の元へ行ったのか解らないが、アンダインの凛々しい姿をこっそり眺めて楽しもうと思っていたアルフィーは少しだけガッカリする。
庭園の端に植木に隠れたベンチがあり、それを見つけてアルフィーは座り込んだ。
「暇になっちゃったな」
「奇遇だな。私もだ」
傍で聞こえた声に、アルフィーは息をひゅっと吸い込んで静かな悲鳴を上げた。そして言い訳にもならない呻き声をあげる。アンダインが隣に立っていた。
「ここで何をしている。待っていたのに」
「ご、ご、ごめ」
「……誰かと、一緒だったのか?」
「えっ! い、いや、えっと」
「ダンスでも、楽しんでいたのか? 誰かと」
アンダインが暗に「私との約束があるのに」という意味を込めて「まさか」と付け加える。
メタトンのゲーム進行も、モンスターたちが口々にビンゴを唱える声も、聞こえているのにもうアルフィーの耳に入ってこなかった。楽しみにしていたそれに気を向ける余裕もなく、アンダインを横目に首を振る。隣の騎士の機嫌を損ねたことは、その表情から如実に伝わった。
「お、お、怒った?……よね。約束破って……。パーティが終わったら。あ、挨拶に行こうと……。アンダインは、い、忙しいと、思って」
アルフィーの瞳が揺れたのを見て、アンダインは無意識に深めていた眉間の皺を解く。
「私と、居ても、た、楽しくないかも、よ?」
アルフィーが手元のビンゴカードに目を落としてモジモジと肩を揺らしながらカードの絵を撫でる。
アンダインはまた眉に皺を寄せた。
「み……皆、噂してた。あなたのこと。人気者なのね……知ってたけど……」
アルフィーが何を言いたいのか掴めずアンダインが黙っていると、アルフィーが沈黙に耐えきれず続ける。アルフィーは彼女との間でよく発生するこの会話の間に未だ慣れずにいた。
「わざわざ、わ、私みたいなのと、居なくたって良いのに」
険しく吊り上がっていたアンダインの眉が、徐々に下がっていく。ふと、自分が軽々しく言った告白を思い出した。見返りを求めないとはいえ、気持ちを一方的に伝えたことは返報性の強いアルフィーに多少負担を強いたかもしれない。
だが、長い時間くよくよと悩むことができない性分の魚人は、直ぐに口を開いた。
「私はお前と過ごしたかった。それだけだ」
「……」
「噂って?」
「え? ……ああ! その、なんだっけ……。『ご執心の相手が居る』……って」
「……なに?!」
アルフィーが女子たちの噂話を思い出しながら、庭園を見回す。噂話をしていた女子たちは見当たらなかったが、着飾ったモンスターたちを見て、彼らの大半だってアンダインの恋の話が気になっている筈だと感じた。それはミーハー気質な自分も同じなのだ。
アルフィーの視線が逸れている間にアンダインが顔を赤くした。
「何でそんな噂が?! ……相手がアルフィーだってことも、皆にバレてるのか?!」
「そ、そこまでは……聞こえなかったけど……!」
アルフィーが慌てて身を小さくしたのでアンダインはいからせた肩を下げた。そして、反対側からアルフィーの隣に腰を下ろす。かちゃりと鎧がベンチに当たる音がして、アルフィーは少しだけ緊張した。
(本当なの?! 私のどこが好きなの?! もういっそ冗談だと言って……!)
何よりも推しとロマンチックな関係を夢見ていた筈なのに、リアルでは困る。それがオタクだ。
「誰かと一緒だったのか?」
「ううん、さっき、来たの。着飾る服も、無いし、本当は行くの迷ってて……」
「そう言えば、白衣姿しか見た事無いな。私服姿が見たい」
アルフィーは苦笑いを自分の膝に落とした。
「ラボに、住み込むように、な、なってから、着なくなっちゃったから。無いの」
「一着も?」
隣で黄色いトサカが頷いたのを横目に見てアンダインは眉を上げる。まだまだ自分はこのミステリアスな女性について多くを知らないのだと改めて思う。
思えばアンダインはアルフィーの出身も、生い立ちも、経歴も、年齢さえも未だ知らない。自分の知っている事と言えば、今の彼女の趣味嗜好、背負っている闇、小さい瞳が青くて美しいこと、何かに熱中すると周りが見えなくなること、吃音だけど一生懸命話をして、それが面白い事。それぐらいだろうか。しかし、アンダインにとって現時点では、アルフィーの過去よりも今、そしてこれからの事で頭が一杯だった。
「アンダインに、あ、会う約束し、してたから、少しぐらい、小綺麗にしてくれば、良かったよ、ね」
「構わない。お前はそのままで可愛い」
黄色い頬が真っ赤に熱を帯びていく。アンダインは時々彼女の照れ屋過ぎるところが本気で心配になる。倒れてしまうのではないかと。
「最後のビンゴが出たーーー! おめでとう! 景品を取りにきて」
メタトンの声が広場に一層大きく響き渡った。
二人がスクリーンを見上げると、司会がカメラに向かってウィンクのアイコンをディスプレイに表示していた。
「後半はもっとムーディに行くよ」
メタトンが音響へ目配せすると、ロマンチックなメロディが再び会場に流れ出す。
「わ、私、行くね……っ」
「待って!」
ベンチから立ち上がるアルフィーの手を取る。
「も、もう少し話したい……!」
中庭のモンスターたちは各々ペアで踊り出したり、独りでパフォーマンスをして、周りを沸かせたり、数人で楽し気に輪を作って踊ったりと、それぞれが音楽を楽しみだした。
そんな中の一匹が声を上げる。
「あれ、見てよ。アンダインだ」
「傍の彼女と踊るのかな」
「騎士隊長様のダンス?」
「どこ?」
視線が集まるにつれ、アルフィーの顔はどんどん赤みを帯びていった。元から注目されるのが苦手なうえ、国一番の騎士のダンスの相手なんか自分には到底無理に決まっていると思っている。
居たたまれなくり、掴まれた青い手を振りほどいて逃げるように走り出した。
去っていく白衣の背中から視線を逸らさないまま
「私はダンスは苦手だ」
そう言い放ってアンダインもアルフィーを追って庭園を足早に去った。
◇
何度か足を運んでいるとはいえ広い城内を知り尽くしているわけではないアルフィーだったが、それでも人気の少ない場所へ行ければどこでも良かった。走り出してしまった手前立ち止ることも出来ず、後ろからアンダインが呼びかける声も聞こえない振りをしてひたすら小走りに走った。大股で歩くアンダインを引き離すことは出来なかった。
走り疲れたアルフィーが立ち止ると、そこは王のプライベートにしている庭を一望できるテラスだった。アンダインがすぐにアルフィーに追いついて、息を切らせる彼女と対照的に落ちついた様子で立ち止まる。
足元には金色の花が咲き乱れ、地下天井に煌めく発光鉱物の光を受けて煌めいていた。アンダインは以前、此処がトリエルの気に入っていた場所だとアズゴアから聞いたことを思い出した。
「ご、ごめん。急に皆がこっちを、み、見るから」
アルフィーが俯いて、数秒沈黙が流れた。メタトンが選曲した曲が静かに流れて来るのに気付く。喧騒は遠い。
「ここなら落ち着くか」
「う……うん……」
「引き留めて悪かった。それと、追ってきたことも」
アルフィーは首を振った。
「私と話すの、そ、そんなに楽しいの?」
「うん。アルフィーの話もっと聞きたい。私、お前の事を何も知らないからな」
「え……」
アルフィーからすれば、出会ってから今までアンダインはこちらの事を自分から話もしないのに色々知っているように見えた。
「アルフィーだって好きなことは何でも知りたいだろ」
「そりゃあ」
「好きな相手の事は何でも知りたい」
「そ、そう、なんだ……。で、でも、私の事、良く知ってるよね」
アンダインは少し苦笑いをした。それから、手始めにと、年齢を聞いた。相手が年上でも年下でもどちらでも構わなかったが、年上と聞いて自分の庇護欲から出る態度がアルフィーを不快にさせていないか気になった。
「『可愛い』って言われるの嫌? 子供扱いしてるわけじゃないからな」
「分かってるよ……! でも、私のどこが、か、可愛いの?」
アルフィーが上目で恐る恐る聞くと、魚人は急に見た事も無いような照れた顔でにやける口元を引きつらせながら
「えー……」
と言っただけだった。項を摩っていた青い手が、熱を持った自身の頬を隠す様に撫でる姿は偽りのない恋する乙女に見えて、アルフィーは絶句した。
「聞きたい?」
◇
「メ、メタトン! 残念賞は?!」
「え? なにそれ」
「ビンゴの!」
「……ああ! あれね。ごめん。残念賞なんて、無いよ」
「……ええ?!」
「君、来てくれないと思ったから、拾ったフィギュアの写真で釣ったの」
「そ、そんなぁ」
「安心してよ。拾ったのは本当なんだから」
メタトンがスクエアボディサイドの引き出しから小さなフィギュアを取り出して白い手袋に立たせる。アルフィーは歓声を上げてそれをそっと受け取った。
お礼を叫んでフィギュアをもって部屋へ戻ろうとするトカゲの肩をメタトンが捕まえる。
「パーティ楽しんだ? アンダインと、何を話したの? ダンスはした?」
「えっ……! な、何でそんなこと」
「僕がお膳立てをしたんだから、少しぐらいロマンチックな会話でも楽しんでくれたんでしょ? ねえ」
アルフィーの頬がどんどん赤くなっていくのが面白いのでメタトンがしつこく彼女の頬を突いて聞いた。しかし昨日、アンダインから自分が如何に可愛らしいか熱弁された事を少しでも思い出すと、アルフィーは口を開くことが出来ず固まってしまった。
FIN