魚と蜥蜴の馴れ初め -6- Into True Pacifist Route
- 1 魚と蜥蜴の馴れ初め -1- ゴミ捨て場
- 2 魚と蜥蜴の馴れ初め -2- 英雄の訪問
- 3 魚と蜥蜴の馴れ初め -3- 謁見まで
- 4 魚と蜥蜴の馴れ初め -4- お呼ばれ
- 5 魚と蜥蜴の馴れ初め -5- 自覚
- 6 魚と蜥蜴の馴れ初め -6- Into True Pacifist Routenow
連載:魚と蜥蜴の馴れ初め
王が死んだ。
パピルスのスマートフォンにフリスクからコールが掛かってきて、それは発覚した。
通話内容を、サンズとアンダインはスピーカーで聞いていた。地上と地下では通信状況が良くないようで、通話音はクリアではなかったが、それ以上に少女の涙声が痛々しかった。
「アズゴアを殺してしまった」
涙ながらに言う内容を、パピルスもアンダインも詳細に理解は出来なかった。
ただ、王は死に、代わりにフリスクが地上に出て、また門は閉じられてしまったと言うことだ。
「私、何度も……」
「……何度も?」
フリスクが言葉を止めてしまったので、パピルスはそれ以上聞かなかった。
フリスクは自分が王を刺し殺してしまった理由について、うまく説明する言葉を見つけられなかった。
◇
フリスクのリセットの力は、魂を奪われると強制的に発動した。しかも、アズゴアが退路の扉を壊し、少女が逃げられないよう計らった直後に戻ってしまうので、戦いは避けられなかった。
人間の少女とモンスターの王は、何度も対峙した。正確には、フリスクはアズゴアに敵意も得物も向けはしないが、しかし逃げることも説得することも叶わず、彼女はいつしか戦うことに疲れていった。
体力はリセットする毎に元に戻るが、自分が死ぬ限りループから出れないことに、精神は疲弊する一方だ。
(なんで……!)
魂を奪われた直後、中陰の中で何度も声を聴いた気がするが、目が覚めると誰の声だったか、どんな言葉だったか、フリスクは覚えていなかった。
何回、何十回かのリセットを経て、少女はついに小さなナイフを相手へ向けた。アズゴアが豊かな体毛の影に隠した瞳を見開く。
「伝承の天使」
呟かれた低い声は寂しげで、フリスクは耐えられずナイフを下げた。
「あなたに何度も殺された……!」
「……」
「もうやめてよ!」
「ああ、すまない」
優しい声音とは裏腹に、王は容赦無くトライデントを振り上げた。
そこで、中有の記憶がフリスクの脳裏を過る。
ー 諦めてはいけない
ー ケツイを力に変えるんだ……!
それは確かに、目の前のアズゴアの声だった。
どんな相手へも攻撃などせず、悪意も向けず、「見逃し」てきたフリスクから、その選択肢を奪う。それは、少女が逃げる事を阻止するためだったのか。
アズゴアのソウルもまた疲弊し、深層心理の悲願が誰にともなく訴える。既に人間の魂を六つも奪ってしまった罪深い自分を”見逃さず”裁いてくれる誰かへ向けて。彼は王として立ち止まることはできなかった。国民もロイヤルガードたちも、妻さえも、自分を止められないのなら、地下世界の外の誰かがそれを阻止してくれるのを、切望するしかない。
王の慈悲と長すぎる悲しみが、フリスクへ流れ込む。そして強い憐れみが少女を覆い、彼女は気付く。リセットの力を使ったのは自分の意思だった! アズゴアの声に導かれ、励まされ、何度も何度も戻っては、しかし死後の記憶は消えてしまうので気付かなかった。
もしまた死んだら、今度こそ思い出せないかもしれない。
フリスクは手元のナイフをアズゴアのマントに差し込んだ。
◇
ずっと黙っていたサンズがスマートフォンに向かって声をかけた。
「アンタには、王様から魂を奪うか奪われるかのどちらかしか道はなかったんだ。気にする事ぁ無いぜ」
それを聴いて、アンダインが厳しい表情のまま目蓋を伏せた。魚人は王の背負った影を思い出していた。彼女をロイヤルガードの隊長に任命し、人間の魂を奪う使命を与えているくせに、彼は七人目の人間が落ちてきた事を報告されても呑気にしたまま、部下らに積極的に取りに行かせようとしなかった。騎士隊長はその様子を「我らの王はのんびりしているな」と眉を潜めていたが、実際のところ、彼はすべての罪は自分が背負う算段だった。
アンダインはそれを直感的に感じ取っていた。どこかで予期していた結末。王を殺したのは少女のナイフなどではない。王自身の「絶望」だ……。しかし、それを言葉にはできなかった。結局のところ真実はアズゴアにしか語れない。そんな彼はもう口を開くことも叶わないのだけれど。
パピルスがフリスクを慰め、他愛の無い会話が続いた後、通話は切られてしまった。
◇
長い間モンスターを導いていた王の崩御は地下に大きな衝撃と悲しみの波を起こした。優しいアズゴアの死を誰もが悼む中、元夫の死の知らせを聴いて駆けつけた王妃トリエルが玉座に座ったとき、それだけで皆が悲しみの中にも安堵したものだ。
だが、誰よりも悲しみを受けたのはおそらく王妃だろう。国民は皆それを知りながら、誰も彼女を慰められなかった。トリエル本人以外に、何物もアズゴアの代わりになれる者は居なかったのだから。
取り急ぎ行われた式典でアンダインが彼女の前に跪く。
「王妃。私はどうすれば良かったんだ」
「トリエルで良いですよ。騎士アンダイン。これで良かったのです」
「誰かがアズゴアを救えたんじゃないか。私に出来たはずだ……!」
トリエルは首を振った。
「ロイヤルガードと名が付いていても、この組織は王を守るのが仕事ではありません。あなたにとって、大事な者を守れているなら、それで良いのです」
トリエルの言葉は母のように優しく、嘘の無いものだった。しかしアンダインの耳にそれは痛く響いた。英雄としての自分の守備範囲を、王妃に厳しく判定されているのを、犇々と感じたのだ。
所詮、ヒーローと称されていても、手が届く範囲、槍の届く範囲でしか、自分は誰かを守れない。当たり前の事だ。
アンダインは謁見の間を出ると、すぐさまラボへ向かって走り出した。トリエルの言葉に従うなら、真っ先に自分が守る相手は、直ぐに脳裏に姿が過ったアルフィーだ。
気に掛けていた人間の少女と友達になって喜んでいた。そんな彼女は、友人も、自分を引き立ててくれた王も失って、さぞ意気消沈していることだろう。
「アルフィー!」
ラボへ入ると研究所内の明かりは消えていた。管理者は一人だけ。消したのは彼女だ。止まったエレベーターを半分も登ったあたりで家主のか細い声がした。本人は声を張り上げて叫んでいるつもりだった。
「来ないで」
それでも、アンダインはアルフィーの部屋に足を踏み入れた。アルフィーは私室のベッドに潜り込んでいた。アンダインのブーツの音は、もう聞き慣れてしまったようで、直ぐに勇者の来訪を知った。
「勝手に入ってごめん。元気かなって、気になって」
「い、今、ボロボロなの。昨日から、お風呂にも入ってないし……汚いから、帰って」
「汚くないぞ。顔を見せてくれ」
勝手知ったる親友の部屋。アルフィーのベッドまでゆっくり歩いて、掛け布団に手を伸ばす。
「やっ!!」
更に布団に深く潜ってしまったアルフィーから、アンダインは手を引いた。
「ごめん……」
それから数秒、他愛の無い話題を必死に探して口を開く。
「王妃が戻った」
「ニュースで、み、みたよ」
「何もかも、すぐに落ち着くから安心しろ。フリスクだって、電話ならまた話が出来る」
「……」
「困ってることはないか? あればロイヤルガードに」
騎士隊長の常套句を言いかけて、アンダインは首を振る。
「友達……として、相談に乗るぞ」
「…………うん」
「アルフィーのことは、私が守るからな」
「……ちょっと前に、出会ったばかりの、相手に、か、軽々しく言わないで」
「えっ」
「私のことなんか、放っといて」
「放っとけない……!」
軽々しく、と言われて咄嗟にムキになったアンダインは荒げかけた気を戻そうと口をいったん閉じて一息つく。
「そ、そうだよね。あなたはロイヤルガードだもん。お、お仕事、だよね。ごめん……」
しかし、アルフィーの言葉は一々アンダインの気を逆撫でするようなものばかりだった。一度収めた憤りの気持ちが再度沸き上がる。彼女は友人の想いを少しも汲み取れていないようであったし、友情としてさえ、好意を受け取ることを拒否しているようだった。
「ち、違うッ」
そう、騎士の使命で言うのではない。
「たっ確かに私はお前に比べたら浅はかだが、安易な気持ちで守ると言ったのではない! 私はアルフィーを……ッ」
折角手紙にしたためて大事にしてきた気持ちを、今こんなところで晒して良いのか。否、今ムードとか準備とか、アンダインにとってどうでも良かった。
騎士はその場で跪いて布団の中の彼女へ言い放つ。
「アルフィーが好きだ。お前さえ良かったら、一緒に暮らさないか」
「……ぇ」
「側にいてくれたら安心だ。あー……。別に、何から守るってわけじゃないけどな。……もう人間と戦うこともないし」
アンダインは笑ったが、そんな魚人の表情は布団の中のアルフィーには届いていない。
自分が求めてきた英雄の道は、指導者アズゴアの死によって閉ざされてしまったが、騎士として皆を守る役割を失ったわけではない。その点ではアンダインは絶望などしていなかった。
それに、アルフィーの隠している不安を、闇を、勇者は漠然としながら察知していた。何から守るかは明確に言えないが、今一番側に居なければならないと、直感が警告している。しかしそれは確信も曖昧なもので、強く訴えられないのがもどかしい。
「でも……」
「……」
「私やっぱり……」
アルフィーはそれ以上言わなかった。アンダインは数秒の後「わかった」と答えた。
(今アルフィーは疲れているんだ。仕方ない)
そう脳裏で自分に言い聞かせ、アンダインはアルフィーの部屋からそっと出て、ラボを後にした。その後、壮絶に後悔するとも知らずに。申し出る機会はまだあると勝手に未来を期待して。
だが、そんな機会は二度と来なかった。
『砂を掬う水掻き』へ続く
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