女子会

Alphyne
小説

「えっと、男女の夫婦だと、うーん……生命生成エネルギーって言えばわかるかな。それが、雄と雌は真逆のものを持ってるから、子供を生むことが出来るの」

「東洋の、陰陽みたいなもんかな」

「あ、そうかも!」

 フリスクの言葉にアルフィーが手をたたいた。人間の文化に精通しているアルフィーには、彼女のアニメ好きが高じて東洋文化も通じる。

 モンスターの子供は、男女の間にしか産まれない。そこは人間やその他の生物と同じだ。それは雄と雌の持っているエネルギーの性質が対極だからだ。人間の世界には陰陽の考え方があるらしく、モンスターの生まれの仕組みはそれに似ていた。
 フリスクは頷きながらアルフィーの話の続きを聞いた。

「同性の夫婦にも子供がいる家庭があるけど、あれは孤児院から引き取ってるんだ。モンスターは、基本的には周りの大人が皆で子供の世話をするんだよ」

「それ、良いね」

 それ故に、同性だからと子供が作れないことを嘆く文化はモンスターには無いのだと言う。

「人間って不思議だね。自分と血が繋がってることにこだわる人が多いんだ」

「そう言われると、うん……」

 アルフィーは興味深そうにしているが、フリスクは苦笑いをした。血のつながりを大事にするのもある一つの価値観であり、間違ったものではないが、人間の歴史で大きなトラブルを何度も引き起こしてきた因子の一つでもある。

「ほら、モンスターって、血、無いから」

 と、フリスクの苦笑いの理由がわからないアルフィーは笑って言った。

「二人は養子を取ったりする?」

「そういえば……。話し合った事、無いな。アンダインは、あんまり子供が得意じゃないし」

 アルフィーの言葉にフリスクは声をあげて笑った。アンダインは子供が嫌いでも好きでもないが、大抵の子供は彼女をヒーローとして慕って来るか、怖がって怯えるかのどちらかだ。特に人間の子供はアンダインを一目見て泣き出す子が多い。

「メタトンの方が上手かも」

「殺戮マシーンなのに?」

「もう」

 地下での思い出を二人で笑う。メタトンを殺人マシーン呼ばわりしたことは、本人から当時苦情を受けたが、今はもう彼も忘れているようだ。

「人間はいくつになったら大人なの?モンスターと同じ、二十かな」

「国によって違うけど、私の国ではそうだよ」

「じゃあ、フリスクはまだ子供なんだ」

「もうすぐ大人に成るってば」

 確かに、出会った時に比べれば随分大人びてしまった少女。今はトリエルと生活を共にしており、フリスクは家でもまだまだ子ども扱いなのを少し照れ臭く思っていた。
 表向きにはトリエルはアズゴアの王妃として活動しているが、まだ彼女は元夫を許していないようで、別居が続いている。といっても、広い屋敷の別宅ではあった。なんだかんだと言いながら、トリエルがアズゴアを許し始めているのをフリスクは感じ取っていた。

「番としては許していても、王妃として許しちゃダメなこともあるの。解るかしら、我が子?」

 フリスクの頭をふわりと撫でながらトリエルはそういった。フリスクは苦笑いをして頷いた。アズゴアに、トリエルの個人的な気持ちが少しでも伝われば良いと思う。件のフワリン王は一人で寂しく紅茶を啜っているかもしれない。フリスクは後で王の屋敷へ顔を見せようと思った。フリスクが顔を出すのを、かの王は非常に喜んだ。フリスクだけでなく、アンダインやアルフィー、パピルスやサンズも、彼を訪ねると我が子が帰ってきたように喜ぶのだった。

「確かにアズゴア様って、皆のお父さんみたいだよね。長寿でいらっしゃるから」

「そうなんだ。いくつなんだろ」

 今度、お茶の間に聞いてみようとフリスクは思った。噂によれば、モンスター界の生き字引、ガーソンよりもずっと長寿らしい。

「アズゴアと言えば……」

「なに?」

「アズゴアのこと好きだったって、本当?」

「……ええ!? だ、誰から聞いたの!?」

「メタトンが」

 と言っても、暗にアルフィーの惚れやすさが話題になった時にチラリとアズゴアの名前が出たという程度である。

「大丈夫だよ、アンダインには言わないから」

「え、あ、うん……」

 既にアンダインはそれを知っていて、定期的に嫉妬を露にするなど、この少女に伝えて良いか分からずアルフィーは曖昧に頷いた。

「憧れてただけだよ」

「ああ。なんとなく、解るかも」

 アズゴアは穏やかな性格と親しげな雰囲気、フワフワした容姿で地下中で人気があった。つまり、支持されている王なのだ。優しすぎることと、政治力が弱いので、一部懸念する声は上がっていたが、それを除いても彼はカリスマ性もあり、愛されていた。

「アンダインも、違う意味で人気だ」

「だから、憧れてただけなの。どっちも遠いモンスターだったの」

「アルフィーって、運が良いのか悪いのか」

 言われて苦笑いする黄色いトカゲ。前任の研究者の替わりが居らず、アルフィーはたまたま得意の機械弄りの作品……つまり、メタトンのボディが、それを自動ロボットだと勘違いしたアズゴア王の目にとまっただけなのだ。
 たまたまといえば、アンダインもそうだった。たまたまアルフィーを目に留めた。そして、愛してしまったということだ。

「ねぇ、ここだけの話にして欲しいの」

 と、アルフィーは声を潜めた。

「最初ね、本物のアンダインを見たとき、私、怖くて」

 フリスクはそれを聞いて腹と口を押さえて笑った。自分も同じだった。アンダインはモンスターの中で特別狂暴な見た目をしていたわけではないが、背負っているオーラが威圧的であった。

「でもね、なんだか初対面にしては優しすぎるぐらい優しくて」

「………あっ」

「なに?」

 フリスクは首を振った。アンダインが自分のリセットの力に引き摺られたのは幼少期の遠い過去の思い出だったが、大人の彼女達にとっては数年前だ。

「きっと一目惚れしちゃったんだ」

 フリスクは、それは嘘でないだろうと、誤魔化しも含めて言った。

「まさか」

「だってアンダイン、『ごみ捨て場に来れば可愛い女の子に会える』って言ってたよ」

「だ、誰のこと?!」

「アルフィーのことでしょ」

「そんなわけないじゃない……!」

 アルフィーの顔色がアンダインのように青くなる。フリスクは気の毒になったが、アルフィーが何を心配していようとアンダインとの関係については大概無駄な悩みだということも知っていた。半分は笑いたい気持ちになったが、耐える。

「そそそそりゃ私は可愛くないからアンダインが可愛い子に現を抜かすのは仕方ないっていうかべべべ別に私そんな」

「落ち着いてよ」

「ご、ご、ごめん……」

 王の屋敷の大広間でアルフィーとフリスクが他愛のない話を続けていると、数名の足音が近づいてきた。大型のモンスターだが、足音でアズゴアでないことが分かる。王の足音はもう少しゆっくりとフワフワしている。

「姉さん、今日は厳しかったっす」

「訓練がいつも同じ力加減で良いと思ってるのか」

「や、それは」

 と言いながら大広間に入ってきたのはアンダインと01,02だった。広間の端っこでティータイムを静かに嗜んでいるアルフィーとフリスクに気付かず、3人は中央のソファにドカりと座る。

「隊長、髪がまだ濡れてます」

 湯浴みか、水浴びか知らないが、三人とも汗を流した後だったようだ。何となく、フリスクもアルフィーも声をかけられずにいた。訓練中のあれこれや、今後のロイヤルガードについての話をしている3人はいわば「お仕事中」だった。
 アンダインは肩にかけたタオルで縛り上げたポニーテールの先をぎゅっと絞った。

「来客用のソファを濡らして」

「良いじゃないか、気にするのは人間だけ」

「騎士団用の宿舎があるのに」

「イヌッサとイヌっスが連れてきた赤ん坊が泣きだすからだ」

「隊長の顔、怖いから」

「煩い」

 そこで、アンダインはアルフィーとフリスクのテーブルに顔をやった。黄色い番の姿を目に捕らえると、アンダインはソファーを立ち上がってアルフィーへ近寄っていく。

「来てたのか! アズゴアに用か?」

 と、アルフィーの隣にぴったりと座って彼女の肩を抱いた。それから対面のフリスクに気付いて、少女にもニカッと笑いかける。

「女子会なら私も入れろ」

「ふふ、いいよ」

 フリスクが頷く。中央のソファでは01と02がお互いの顔を見合わせて笑い合っていた。

「姉さんの変わり身の速さを見たか」

「見た」

 大柄の男らがくすくす笑っているのでアンダインは手を振って二人を睨む。

「今日の訓練は終わりだ、帰っていいぞ」

 言われ、龍と兎は笑いながら大広間を後にした。

「イヌッサのとこ、赤ちゃん生まれたの?」

「泣かせちゃったんだ」

 先程の会話を聞いていたアルフィーとフリスクがアンダインに話を振る。どうやら、顔見せに来た赤ん坊がアンダインを見た瞬間に大泣きしてしまったようだ。

「強面だから仕方ない」

 気にしていないという風のアンダインだったが、苦笑いをした。彼女は自分の顔にコンプレックスなど一切無かったが、泣かせてしまう子供に対しては気の毒に思っている。
 アルフィーはフリスクと直前まで話していたタイムリーな話題を思い出し、アンダインに向き直った。

「養子、欲しいと思う?」

 言われて、アンダインは数秒も考えずに首を捻りながら答える。

「アルフィーが欲しいなら迎えるけど、私は別に。ほっといても子供が寄ってくるしな」

 フリスクが吹いた。彼女の脳内には英雄のファンの筆頭として友人のキッドが思い浮かぶ。彼は幼少期からずっとアンダインファンだ。最近では「パピルスの弟子になればアンダインの孫弟子になれる」といってスケルトンに弟子入りしているらしい。

 フリスクはアンダインを見上げた。最初はオスモンスターと見違えた彼女の風貌や立ち居振る舞いは、人間世界のジェンダー規範による偏見から来るものだった。パピルスやアルフィーの言動で彼女がメスモンスターだと分かると、幼心にフリスクはモンスターたちから、身体性別と外見や仕草が必ずしも一致しない事を学んだ。それは自分の世界を振り返れば、同じだということも、最近改めて考えるようになった。
 アンダインは相変わらず人間の男性かそれ以上に雄々しい性格をしているが、アルフィーとの間に子を生せない所を見るとやはり女性性の持ち主である。

「そうだね。アンダインには、守るものが多いもの」

 アルフィーの言葉にフリスクは頷いた。モンスターは大人皆で子供を守り、世話をする。広義で言えば、アンダインは既に英雄として子育て中と言うわけだ。

「私たちにはフリスクが居るしな」

「もう、子供じゃないったら」

 フリスクが唇を尖らせるのが可愛らしくて、アルフィーとアンダインが二人で笑った。とは言え、フリスクは自分が大勢のモンスター達から愛情を受けていることを実感していた。子育てされているらしい。

「あっ」

 とアルフィーが思い出したように顔を上げると、アンダインの腕からそっと抜け出して、おずおず離れながら言った。

「ね、ねえ。ごみ捨て場に来れば会える可愛い女の子って、だ、誰……?」

 アンダインは所在無くなった腕とアルフィーを交互に見つめ、数秒考えた後、自分不在の女子会で何が話題になったのか察してフリスクを睨んだのだった。
 
 
 
FIN