赤いブーツ

Alphyne
小説

 私、アンダインのブーツを見るのが好きなの。彼女によく似あっている、ワインレッドのレザーブーツはアクティブな持ち主を表すように傷だらけ。けれどそれが味のある、使い込まれたレザーの魅力を際立たせているようにも思える。
 地上では知らないが、地下世界で本物のレザーは貴重だった。人間と違いモンスターは動物を殺生する習慣がないから、幸運に動物の死の際に遭遇するか、一部の牧場からでしか手に入らない。

「私のはフェイクだぞ」

「あ、そうなんだ」

 アンダインが笑ってる。きっと馬鹿にしてるわけではないんだろうけど、恥ずかしいな。でも、安価なフェイクレザーでも、彼女が身に付けると高級に見えるのだから不思議だ。

「本物が手に入ったら、お前にプレゼントする」

 モンスターと違い、死後も人間のように世界に痕跡を残す動物たち。その一部はモンスターにとって憧れの一品になることがある。贈り物にするときは、大事なお祝い事とか。
 アンダインたら、気前がいいのやら、価値が解ってないのやら…。私なんかには勿体無いものをポンポンプレゼントするもんだから、困っちゃうな。

「私、にそんな高価なもの要らないよ」

「そう?」

 視線を感じる。相手の目をじっと見つめるのに躊躇が無いアンダインと話しているとき、彼女を見つめると言うことは見つめ合うことと同じだ。臆病な私は直接見つめることが苦手だから、せめてブーツに視線を落とす。オタクならみんな解ってくれるはずだよねこの気持ち。

「ねえ」

 そう声をかけてもらって、やっと視線だけ彼女を見上げると、眩しいぐらいの笑顔が落ちてくる。彼女の光る青い顔を眺めていられる時間は短い。だって、ほら見てよ、カッコイイんだもの……!

「どうして目を逸らすんだ」

 どうしてって? いつもそれ聞くよねあなた。ホントに解らないの? それとも私を弄んでいるの? 怖いモンスターだな。アンダインに見つめられたら大抵の女の子は勘違いするか、視線に耐えられずに目をそらすはず。ねえ、そうでしょ? こんなにカッコイイんだもの。
 ……まあ、でも、そりゃあ目を合わせないなんて失礼だよね。もう一度アンダインを見上げると、やっぱり、1秒も見てられない。なんのゲーム、これ?

「照れてるの?」

「う……ッ」

 そうだよ。そうだよ! わかってるくせに、何でわざわざ言うの? ああ、ああ、わかる、顔が熱くなるのが。汗もかいてきた。やだな。

「!」

 急にアンダインの手が伸びてきて、私の手を捕まれる。な、な、なに?!

「こっちだぞ」

「あ……っ、ご、ごめん」

 しまった。そうだ、森林浴に行こうって、遊びに来てたんだ。アンダインにばっかり見惚れてて、折角の木漏れ日を楽しむことを忘れてた。アンダインは山道を辿る分かれ道を歩いて行こうとする私を引き留めて、なだらかな散歩コースへ誘導してくれた。きっと彼女は登山コースの方が好きだろうに、私に気を使ってるんだろうな……。

「一緒のときにぼーっとするのは構わない。私と一緒のときは」

「う、うん」

 何でもないのに目頭が熱くなってくる。どうして私、アンダインみたいにスマートに振舞えないんだろう。もらってばっかり。手を引いてばっかり。あ~、手汗かいてきた……! 離してくれないかな。

「綺麗だ」

「え……!」

 アンダインが繋いでいない方の手で木々の合間から漏れる日光を拾う様に空に触れた。青い肌が光って、なんて綺麗なんだろう…。あ、そっか、木漏れ日が綺麗ってことだね。

「うん」

 でも、私にはアンダインの方がずうっと綺麗に見えるんだよ。……なんて、カッコよく伝えられたらいいのにな。アンダインの逞しい腕に見惚れてると、それがそっと私の額に落ちてくる。な、なに…?

「アルフィーの睫毛が、太陽に当たる度に光って」

「……へ?」

 アンダインの指の隙間から落ちる太陽の光が私の目をチカチカと照らす。何故かくすぐったい。

「綺麗だ」

「……」

「私は雨も好きだけど、天気が良いと、お前を太陽の下に連れて行きたくなるな」

「……」

「アルフィーの青い目は、晴天にピッタリだ」

 待って。待って、待ってよ。ああ始まった……! アンダインの天然たらし!! 無意識なんだろうな。天然なんだろうな。そんなところも可愛いけど。じゃなくて。このロマンチックモードになったアンダインは本当に厄介。だって、甘いことを次から次へと囁いてくるんだから。囁くだけならまだ良いよ(良くないけど)ほら、感じる。視線を感じる。あの金の瞳でじっと見つめてくるの。私が冷や汗をかくのを分かっててやってるの(多分)

「め、眼鏡のせいかな……」

 って何言ってんの私。なにそれ。ムードぶち壊し。だって、なんて返したら良いかわかんないもん。
 その点アンダインは凄いよ。どんな相手にも怯まず目を合わせる。キザなことを平気で言うし、それが様になる。カッコいいな。見つめ返せたらどんなに良いだろう。

「可愛い」

 ひっ! 何が?! 今のセリフのどこが可愛いの!? これが同人誌だったら前後の文脈が理解不明だよ。本当にわからない。アンダイン、そこだけあなたが分からないの。そもそもどうして私たち番なの。そこから不思議でしょ。

 落ち着こう。そうだ、アンダインのブーツ。そう、これ。私をニュートラルに戻してくれる。地下に居た時には知らなかった、この合皮が太陽に当たって鮮やかな赤色を見せてくれるなんて。まるで彼女の深紅の髪のよう。私がアンダインを見つめるための、間接的なツール。太陽が眩しすぎるから、その代わりに、人が太陽光を月に見るのと同じ。今彼女を見上げたら、目が潰れてしまうから。

「いつになったら慣れてくれるんだ」

「……ごめん」

「いい。待ってるから」

 アンダインはそう言って繋いだ手を引っ張って、私の手の甲に止めとばかりに唇を落とした。