みゅうみゅうは見た
周りから呆れられるほど仲睦まじい番であるアンダインとアルフィーであったが、アンダインが一番に気持を伝えたいアルフィーが、案外彼女の愛の重さを解っていない。というのは周囲の笑い話である。
では、誰が一番解っているのだろうか。
「カゲキで可愛いアンダイン」
と言って彼女を慕っている一人、みゅうみゅうの甘い見た目のイミテーションボディはかつてアルフィーが所持していた等身大キスキスキューティーみゅうみゅうのフィギュアだ。
アンダインを指して「過激」というのは皆が頷く所だが、「可愛い」と表現するモンスターは珍しい。他ではアルフィーぐらいだろう。
「君も物好きだね」
と言ったのはメタトンだ。みゅうみゅうと同じようにイミテーションボディを手に入れたゴースト。そう言う意味では二人は似たもの同士だが、お互いの個性が強いために友人というよりは喧嘩仲間というのが相応しい関係だ。
「アンダインが好きだったんじゃないの?」
「大好きみゅう」
と言ってリビングへ視線を向けながら大きな眼球をうっとり細める。もしそうだとしたら、メタトンにとってみゅうみゅうは友人の恋敵なのではないか。そう勘繰った。だとしても、あの二人の間には誰も割って入ることはできない。メタトンは時に憎らしく思うピンクヘアを一瞥する。アルフィーはピンクが好きらしい、と自分のピンクメタルボディを見下ろした。否、これは自分が注文した色だ。イメージカラーが被って更に憎たらしい。
お互い自慢のピンクのボディはパーティ騒ぎで所々破損し、焦げつき、いわゆる疲労困憊状態だった。共通の友人ナプスタブルークも呆れて帰ってしまって、少し寂しく思いながら、キッチンでお互いが散らかした爆弾やらチェーンソーやらの上でしばらく突っ立って、ゴーストジュースを飲んでいた。
「彼女はゴミ捨て場に横たわっていた旧ボディのオレを、家へ連れ帰って当時の体を存分に使ってくれたんだみゅう。強烈な魔法の槍を何度も受けた」
アンダインに拾われた頃のことを思い出して、みゅうみゅうは語りだす。
肉体と精神は別ものだが、全く無関係というわけではない。メタトンのように、霊体の自分が希望する目的のものを用意されれば難無く同化することができるが、みゅうみゅうはボディ選びに苦労した。アルフィーのようにボディを作ってくれる相手も居なかった(メタトンが希な例なのだ)。だが身体は欲しかった。
最初はマネキンに取り憑いた。自分が持つ怒りの感情と相性が良いと思った。それは間違っていなかっただろう。アンダインに訓練用マネキンとして使われるのは気分が良かった。
みゅうみゅうが語り始める話を、メタトンは話半分で聞いていた。もう半分はナプスタブルークの美しい涙を自分のスキーリゾートにどうあしらおうか考えていたからだ。
「痛めつけられているうちに好きになっちゃったの?」
メタトンが皮肉っぽく話に割って入る。みゅうみゅうもゴーストなので彼の言葉の含みが解った。ボディが持つ使命通りの人生は最高な気分にさせてくれる。それが自分の霊体の感情と一致していたら尚更だ。
皮肉とわかっていながらみゅうみゅうは頷いた。感謝してたのは本当だ。
あるとき、アンダインがいつも通り庭に出て来て槍を自分に向けてきた。泣き腫らした魚人の顔に驚いて、マネキンに成り切っていたみゅうみゅうはうっかり声を漏らしかけた。
「彼女は泣かないと思ってた。オレの怒りを共に昇華してくれる相手だったからなッ。そしたら急に好きな女の子の名前を呟いて泣き出した! 訓練用のマネキンの前でッ!」
当時のアンダインは塵になったアルフィーを抱いて眠った後、フリスクのリセットから目覚めた直後だった。激しく揺れる心を落ち着かせようと、体を動かすために庭へ出た。そこで一旦激情を叫んで吐き出してしまいたかった。最初は苛烈な叫び声だった。
― 畜生ッ!! 絶対にッ、絶対に私があああアアア!!!
当時のみゅうみゅうには彼女が何を叫んで泣いているのか解らなかった。次第にその嘆きは弱々しいものへ変わっていった。槍の威力も徐々に落ちていき、手ごたえの無さにみゅうみゅうも戸惑った。アンダインの声には”アルフィー”というモンスターへ対する懇願と、その存在自体への切望の気持ちが込められていた。
― アルフィー、どうしてだ……。私の前から、消えるな……っ
(”アルフィー”とは誰なんだ。彼女をこんなに悲しませて。どんな奴だ)
― あの塵が……くそッ!
(塵だって?!)
塵はモンスターの屍骸のことで、そんな物騒な単語が出ることもあった。アンダインにとってアルフィーの塵の姿が暫くトラウマになっていたが、それにおののく姿を見たのはみゅうみゅうだけだった。槍を落とし、呼吸を乱す姿は痛々しいものだったが、みゅうみゅうにとってそれは出会って数日で見た彼女の姿であり、それはアンダインの性質として印象付けた。
アンダインは訓練中に独り言を吐き出すようになった。一通りマネキンを串刺しにして、一息つきながら空に視線を落とし
― 今日の彼女、可愛かったな
と呟くことがしばしばだ。
(それ毎日言ってるな。「彼女」って、”アルフィー”ってやつかな)
― 私の事を、す、少しでも、好きになってくれないかなあ
(うわ、アンダイン恋してるのか?! ……可愛いな!)
ー 私の可愛いアルフィー! ……「私の」って言っちゃったッ!! 誰も聞いてないよな。はは。
(そんなに好きなら物にしてしまえッ!)
― 私の物になってくれたら……ああ、そ、そしたら……どうしてくれよう
(どうするんだ。喰うのか?)
アンダインの照れ笑いは、みゅうみゅうには得物を狙う怪物に見えた。
― 大事にする……!
(……喰うんだな!)
つまり、ソウルを。「喰う」という表現は俗世的だったが、ソウルの交わりを差すことがあった。お互いの愛情がプロミネンスとなって相手を覆い合うので、捕食し合っているようにも見えるからだ。愛がより強い方が飲み込む。
アンダインは一通りマネキンへ感情をぶつけた後はスッキリしたのか冷静な顔を見せた。
― 彼女の無事が最優先だ。それ以外要らない。
そう呟く。本当はその名前のモンスターを欲しているけれど、アンダインが目的としているものは違うものだった。みゅうみゅうは何となく察していたが、詳細は分からずじまいだった。ただ言えることは
(アンダインの愛がきっと”アルフィー”より強い!)
アルフィーというモンスターを当時知らなかったが、みゅうみゅうはそう思った。
「ラブだった!」
「は?」
「彼女からオレに流れ込んだ、強烈なラブ!」
「ラブねえ」
「アルフィーに対するラブが、溢れかえっていたんだ。彼女のソウルから。その時は気付いてなかったけど……。それでオレは、マネキンの肉体が次第に窮屈になっていった」
それはみゅうみゅうにも、メタトンにも解らないことだった。ただ、戦意でいっぱいだったみゅうみゅうの気持ちが変わったのは確かだった。気持ちが体に影響するにはタイムラグがあるが、しかし確実に、外見というのは心へ寄っていく。
「体を捨てて、アンダインについてった。彼女、毎日何処へ行ってたと思う? 暑さが苦手なアンダインが」
当然その回答はメタトンも知っている。訪問先に彼の体がいつも在ったのだ。
「そこでこの体を見つけた! 新しい感情にピッタリだと思った!」
「アルフィーのフィギュアだったんだよ」
「だがこれはオレのものだった! もう運命だ!」
多少人の物を奪ったことは悪いと思ったが、あまりにも運命的にその等身大フィギュアが立っていたので、自分が憑依することは仕方無いとさえ思った。
みゅうみゅうはそのフィギュアからラブを感じとった。アルフィーが可愛がっていた。というのもあるが、キスキスキューティみゅうみゅうというコンテンツは少女性の強い、暴力的なまでのkawaiiに満ちていたからだ。そこから発せられる、喉を焼くほどの甘ったるいエネルギーは、アンダインが隠し持っていたアルフィーへの恋心に似ていた。
「ふうん。アンダインの愛にやられて、アルフィーの愛の具現に惹かれたってこと?」
「今思えば、そうなのかもみゅう~」
アンダインはみゅうみゅうが自分の訓練用マネキンだったことを知らない。みゅうみゅうは隠そうと思っていないが、わざわざ伝える気もない。最初は、このボディと完全に一体となった暁にアンダインの新たな訓練用マネキンとして彼女の前に現れようと思ったが、フリスクと出会ってその予定は狂ってしまった。ラブを見せてくれたのはアンダインだったが、それを明確に教えてくれたのは伝承の天使フリスクなのだ。
そこでメタトンは、みゅうみゅうがアンダインを指して「カゲキで可愛い」と言った理由を理解する。アンダインのアルフィーに対する甘い激情が、みゅうみゅうにそう見せているのだと。
結果、みゅうみゅうは時々アルフィーの着せ替え人形になっているし、ロイヤルガードの訓練用マネキンにもなっているし、地上に移転したナプスタブルークの牧場で案山子をやっている。
「こっちが恥ずかしくなるぐらい、ずっとアルフィーのこと叫んでやがった。「可愛い」だの「綺麗」だの。でも、アルフィーに会ってみたら、アンダインの方が可愛いかったみゅう」
「はあ? あんなガサツなモンスターよりアルフィーの方がまだ可愛げがあるでしょ」
「彼女は一途だし~。色々かっこつけてるけど本当は独占したがってるのも、いじらしいみゅう」
「一途といえば、友達の欲しいものは何でも作っちゃうし、そういう献身的な所、あるんだよね。アルフィーって」
「アンダインだって大事な相手には献身的だみゅう」
「カゲキとやらの性格のせいで泣かしてるけど?」
数秒の沈黙の後、お互い睨み合う。みゅうみゅうはすかさず足元のチェーンソーを拾い上げて構え、メタトンは爆弾を手袋に掴んで腕を振り上げた。
「みゅうみゅう! メタトン!」
アルフィーが二人を呼びながらキッチンに戻ってきた。その後ろにはアンダインが立っている。
「またケンカしてるの? キッチンが爆発しちゃうから、やめて」
アルフィーが眉を寄せるので、アンダインも戦闘態勢の二人を睨み付ける。
「壊すなよ」
「君に言われたくなかったよ」
メタトンは懐に爆弾をしまいこんだ。みゅうみゅうは「はぁい♡」と返事をしながらチェーンソーをキッチンの隅に放り投げた。
「なにその耳当て」
「いいだろう。アルフィーからのプレゼントだ」
「お揃いみゅう!」
アンダインは得意気に耳当てを見せびらかしたが、それがみゅうみゅうと同じものだとわかると一瞬不機嫌な顔をした。アニメは嫌いじゃないが、こうしてフィギュアのゴーストがアルフィーの気を惹いているのは若干癪に触る。だが、まあ、可愛いし、番からのプレゼントなので、頭に装着し直した。
「気が利くなアルフィーは!」
みゅうみゅうがくりっと瞳を瞬きさせアルフィーを見つめる。それがあざとく、可愛いので、アルフィーは照れ笑いをした。フィギュアとはいえ推しから褒められるのは嬉しい。
アンダインが、アルフィーの耳当てを取り上げて、代わりに自分のみゅうみゅうの耳当てを着けてやる。
「か~わい~!♡ お前の方が似合う♡」
「わっわっ、私は良いのっ」
「いいぞいいぞ! 皆着けろ! アルフィー、あと2つ作れみゅう!」
「2つって?」
「メタトンの分もだみゅう」
「嫌だよ」
メタトンが自分のイミテーションヘアを撫で擦る。艶のある黒髪は彼の自慢だ。それを、ケンカ友達の耳で飾りたくない。
「そんなのやめて、皆で僕のライブグッズのヘアバンド着けようよ。アルフィー、また発注して」
「オレの耳当てを作れみゅうッ!」
アルフィーがゴーストに挟まれて汗を飛ばしていると、アンダインが二人の間に入り込んでアルフィーを連れてリビングへ戻っていった。
「仲良くしろよ」
そう言い残して。二人はまた取り残される。アルフィーが可愛くて仕方ないらしいアンダインと、そんな彼女に戸惑いながらも嬉しそうなアルフィー。そんな番の背中を見せられたみゅうみゅうとメタトンは顔を見合わせた。
「アンダインのラブが強かったな」
「耳当てをプレゼントしたのはアルフィーだけど?」
睨み合いながら、ゴーストジュースが入ったグラスを持ち直して掲げたのだった。
FIN