それぞれの考え事_アンダインver

Alphyne
小説
連載

 地上での生活にも結構馴染んできた。地上と地下で文化の差は多々あれど、交流不可能なほど大きな差異は無いと見え、人間の生活圏へアルフィーを伴って出かけるのも最近では不便もない。人気のカフェテリアでブラックコーヒーとカフェラテを注文して、甘党の彼女の為にミルク多めの蜂蜜入りをカスタムするのも、慣れたものだ。
 私がそれをもってアルフィーが待つテーブルへ向かうと、ため息をついてアンニュイな視線を落としている彼女が見えた。

(可愛いな)

 彼女が目に入る度に思う。もう、思いすぎて意識すらしなくなってきた。可愛いが、何を憂いているんだろうか。折角デートに来たのに。
 彼女はいつも何か心配していて、仕事に没頭している時やアニメや漫画を嗜んでいるときはそんな不安も忘れるようで、目を輝かせているが、それ以外だと怯えた表情をすることが多い。特に私が見つめると、困ったように視線を逸らせてしまう。まあ、照れているのは解っているが……。それ以外の何かが、アルフィーの青い瞳を曇らせている気がする。
 
「なにそのため息」
 
 アルフィーが顔を上げてキョロキョロと周りを見渡して、私に苦笑いを見せた。そんな彼女の前に座り、ドリンクを置く。

「なに考えてたんだ。私が席をはずしている間に」

「なんでもない」

「ナンパでもされたのか」

「な、ナンパなんか……私、されないよ」

 そう言ってカフェラテのカップを両手に包んだ。黄色くて柔らかそうな指に手を伸ばしそうになるが、いや、待てよ……。

「されただろ」

 アルフィーは自分がナンパなどされないと思っているらしいが、彼女は何度かされている。無自覚らしい。せめて自覚があればいいものを。この無防備さは心配になる。

「この前、ターミナル駅で」

「え?」

 ここまで言っても思い出せないのか。

「爬虫類マニアの男が」

「……ああ」

 アルフィーはつぶらな瞳を空へ投げて思い出したように口をあけた。
 あの時も私はアルフィーの傍を離れていた。ほんの数分。彼女のもとに戻ると、人間の男がアルフィーににじり寄って何かを捲し立てていた。アルフィーは「カメラマンさんだって」なんて言っていたが、男の手元のカメラにどんな映像が入っているかなど解らないではないか。もし本当だったとしても、私が肩をたたいたぐらいで逃げてしまったのでは、自分より弱そうな相手に危害を加えようとしていたと勘ぐっても仕方ないだろう。

 グリルビーのバーで兎のモンスターが連れと話していたのを聞いたことがある。

「人間は哺乳動物のペットを飼うの。親しみやすいのか、私みたいな兎のモンスターは声かけられがちで嫌になる」

「やだ。でも、最近は爬虫類も人気らしいよ。マニアが多頭飼いするんだって」

 アンダインはアルフィーを想ってゾッとした。彼女は爬虫類型としては比較的トカゲに容姿が近い方だ。さっきの男も爬虫類のマニアかもしれない。そうアルフィーに言ったら、なぜか彼女は笑っていた。

「そんなわけないよ」

 と。笑い事ではないんだアルフィー。万が一ということもあるじゃないか。人間に対して何でそんな呑気なんだ。くそ……。

「アルフィーはぽやっとしてるから変な輩に狙われやすい。私が守るつもりだけど、心配だ」

「ご、ごめん」

「どうして謝る」

 アルフィーは俯いてしまった。冷めないうちにコーヒーに口を付ける。それを見て、アルフィーもカフェラテを一口飲んだ。

「不安なんだ」

 アルフィーが悪意のある人間に生命やその身を脅かされないか。この子が人間に好意的なら好意的なだけ、そのリスクは高まる。

「あなたでも、ふ、不安なことがあるの?」

「アルフィーがうっかりナンパ野郎に拐かされやしないかとかな」

 私は大真面目に言ったんだ。それなのに、アルフィーはおかしそうに笑った。何がおかしいのだろう。私がどれだけ彼女を大事にしているか解っていないのか?
 直ぐにアルフィーは笑みをひっこめた。睨んだつもりは無かったが、怖がらせてしまっただろうか。

「そんなこと心配しなくて、良い……のに……」

「この前相手しそうになったじゃないか」

「う……」

 アルフィーがどんどん落ち込んでいく。ああまただ。つい威圧的な態度を取ってしまう。そんなつもりは無いのに。自分の強面を極力崩して、アルフィーが曲げてしまった唇に指を滑らせた。びくりと震えてこちらを見上げるアルフィーは、やっぱり可愛い。

「お前を責めてるんじゃない。私が側に居れば守ってやれる。だから、いつでも私の目の届くところに居て」

 アルフィーの頬が徐々に染まっていく。もしかして照れているのか。私、何か恥ずかしい事言ったか?

「側に居ろ」

 手を引くと、息をついてまた俯く。小さい手を胸に当てて、苦しそうにしているが、私が触れている間息を止めていたのではないかと心配になった。

「し、心配かけてごめん」

「謝らなくて良い」

「だって……アンダインは私のボディガードじゃないんだから」

「私が勝手にお前を守りたいだけ。気にするな」

 私はアルフィーを守りたいけれど、彼女は守られるのはあまり喜ばない。何故なんだ。私は地下一番の戦士だぞ。地上に出たって簡単にやられるような器とは思っていない。私が守っていれば安全なのに。
 アルフィーの気持ちがわからない。ソウルで繋がっていても、その複雑な気持ちを手繰るまで行っていない。不甲斐無いと思う。

「コーヒーが冷めちまう」

 今考えても仕方ない。折角のデートなのだから、楽しもう。そうだ。コーヒーの良い香りを嗅ぎながら、愛しいアルフィーを眺めて、会話を楽しむんだ。これがロマンチックなデートだろ? こうして彼女に集中する時間を作って、徐々にでもいいから、知っていければ良いんだ。それも、デートの醍醐味だ。
 アルフィーのカフェラテは甘いものに仕上がったはずだが、それは彼女の表情を晴らしてはくれないようだった。

「ご機嫌斜めか、お姫様」

 どうすれば、アルフィーは笑ってくれるだろう。試行錯誤する。思いつくことは、何でもやる。アルフィーが読んでいた本のプリンスにときめいていれば、その台詞を拝借することだって厭わん。

「そんなこと……」

 んん、これはダメだったか。でも、まあ、アルフィーは私のお姫様と言っても間違いではないし。良いだろう。
 じゃあ、次は……。ああそうだ、これから公園へ散歩に行こうと約束していた。天気も良い。外を眺めれば、爛々たる太陽の輝きが大通りの石畳を照らしている。あの太陽を浴びれば、彼女の機嫌も良くなるだろう。

「……今日は混むかな」

 そう言うと、アルフィーも外を眺めた。聡い彼女は、私の言葉の意味を瞬時に理解したらしい。

「駅から離れてるし、ひ、広い公園だから、のんびりお散歩、出来ると思うよ」

「そっか!リサーチ済みとは流石だな」

 流石私のアルフィー!スマートフォンを取り出して、今日の目的地の情報を検索しているようだ。公園の中に植えられている花や、開催されているイベント、併設の雑貨屋……。それを楽しそうに私に教えてくれるアルフィーの伏せられた睫毛が太陽の下で輝くのを想像した。最高だろう。
 私はもう一度カウンターへ行って、ドリンクと軽食を買った。

「公園で食べよう」

 アルフィーの手を取って立たせる。そしてカフェの庇を出ると、通りの喧騒に消えそうな声で、眩しそうに彼女が言った。

「あなたとお散歩するの、す、好き」

 私はそれを聞き逃さなかった自分の耳を讃えたい気分だった。アルフィーの柔らかい両手が、私の左手を包む。
 ズルい。普段そんなことしてくれないのに。どうして今、何の前触れもなく。抱きしめたくなるじゃないか! ああ、待て待て、ここでそんなことをしても、まあ、私は構わないが、アルフィーは照れ屋だからな。我慢しよう。

「私もだ」

「本当?」

「うん」

 でも我慢できなくて、つい彼女の額にキスをした。太陽に照らされてふわりと光るアルフィーの黄色い額は宛ら丸い月のように可愛らしい。そう、月だ。
 
 
 アルフィー、私の尊い月。
 
 
 陰らないで、いつも愛を注ぐと誓うから。
 彼女の手を握り返して歩き出した。つい気持ちが昂って、足早になってしまったのか、アルフィーがそれに合わせて駆けていた。その表情は愉しげだった。
 
 
 
FIN