Official Couple
※砂を掬う水掻きの後の話です。(読まなくてもOK)
「地上へ出たら。一緒に暮らさないか」
このセリフで乞うのはアンダインにとって二度目であったし、アルフィーにしても、どこかで一度聞いたような言葉で、だからすんなりと頷くことが出来た。
◇
「確かにあれでは不十分だっかもしれん」
「不十分」
メタトンは眼球だけをテーブルの端に向けた。アンダインの指が忙しなく、家主お気に入りのクロスに施された優美な刺繍を叩いている。
「僕は君たちの甘い語らいの詳細なんか知らないし聞くつもりもないけど」
言って、メタトンは苛立ちを露にしている魚人の顔へ視線を戻した。
「いくらアルフィーだってアンダインの気持ちを知らないわけじゃないでしょ」
待ってましたとばかりにアンダインは顔を上げ、身を乗り出す。その圧力に、メタトンは顔を背ける。
「知らないどころではない! わ、私は彼女にちゃんと気持ちを伝えたんだぞッ だが……だがッ! アルフィーは鈍感だ。それは、ものすごく、だッ」
メタトンは頷いた。それに関して特にアンダインと意見を違えるつもりは無い。彼女は直球にアルフィーに愛の告白をしているし、同棲の要望も出している。それなのにアルフィーときたら、改めて地上の住居について相談しようと話を持ち掛けたところ
ー「や、やっぱり、緊張しちゃうよ」
と尻ごみしながら言うのである。さらに
ー「恋仲でもないのに」
と言い漏らし、アンダインを絶句させた。
「私は遠回しに振られているのかッ?!」
メタトンは片手で目を覆った。
(アルフィー、君は馬鹿なのか)
そう脳裏の友人に語り掛けるが、勿論メタトンは彼女が天才な事を良く知っている。そして自分へ向かう好意に対してアルフィーが極度に鈍感であることも、メタトンだけでなくアンダインも理解していた。
「一瞬言葉が出なかったぞ」
「で、なんて返したの」
「『緊張しなくていい』と」
「いや、問い質して」
「あまりにも当たり前に恋仲を否定されて流石に狼狽えた」
真顔で空を見つめるアンダインが何故か滑稽に見え、アイドルは口元を緩ませた。地下一番の英雄を気軽に狼狽えさせることが出来るのは友人の黄色い彼女だけだろう。
(いっそ笑えてくる)
目の前のお騒がせカップルに飲まれないよう、メタトンは一旦自身を戒めた。
「もっとハッキリ彼女にプロポーズするべきだったんだ」
「なんて言って?」
アンダインは言葉に詰まった。愛の告白なら何度もした。今さら何を言えば良いのだろうか。思案する目の前の魚人に、メタトンが助け船を出した。
「『番になりたい』って言えば?」
「つ……番!」
アンダインは喉を鳴らした。アルフィーと番に成るつもりでいるし、とびきりロマンチックなプロポーズをしようと計画中だ。アンダインにもそういった乙女な夢があるのだが、今それを関係無い男に披露しよういう気はないので口をつぐむ。
だが彼の言うとおり。自分は気持ちを表明しているだけで彼女とどうなりたいか何も伝えていない。番のプロポーズは大々的なものを用意するとして、その時のためにせめて恋仲にはなっておきたかった。
◇
「メタトンのところ、どうだった?」
「えっ……ああ。片付けは進んでるみたいだったな」
アルフィーの言葉に、アンダインは自分がメタトン宅へ訪れた当初の目的を思い出した。彼は地下での数少ないエンターテイナーかつ人間に好意的なモンスターだ。そのこともあり、地上での広報活動を任されていた。今からやることが山積みで、アルフィー個人の移住よりも先に彼の引っ越しが優先されていたが、そのためには勿論ボディの創造主であるアルフィーのサポートと機材等が必要だった。
アマルガムの解放やその他の混沌のためにラボが一時期騒然とし、引っ切り無しにモンスターたちが出入りしなければならず、メタトンのボディのメンテナンス装置や器具等を一時期彼の家へ移すために、丁度彼女を訪ねていた力自慢のアンダインが出向いていたのだった。
アルフィーの方は、後任の科学者への引継ぎも先日ようやく終わり、任を解かれた彼女の住処はラボの一角に追いやられ、小狭いスペースとなっていた。
「宿でも取れ。ここでは」
アンダインの言葉が終わらないうちに、ロイヤルガードの一人が調査のためラボへ入ってきた。アンダインへ軽く頭を下げて、地下へのエレベーターに入っていく。アルフィーのプライバシーは在って無いようなものになっている。
「……寛げんだろう」
「でも私、今仕事してないし。宿代払ってまで、宿暮らししなくても、良いかなって」
アルフィーの経済が逼迫しているというわけではないが、今の彼女が根無し草なのは確かだった。ただ、アルフィーは地上で既にインフラ整備の仕事が待っている。一時は忙しくなるだろうから、今は地下の大きな変革で疲れていることもあり、のんびりしたい気持ちがあった。宿へ身を移すのすら億劫な気がしてしまう。
アンダインの助言が正しいということも聡明な頭脳では理解していた。宿で体を休める方が疲れは取れるだろう。
「宿泊費なら私が出す」
「そんなの、頼めないよ」
アンダインは少し考えて、それならばと口を開けた。
「私も宿に移るから、お前も来い」
「えっ……」
アルフィーは顔を上げた。アンダインはロイヤルガードとしてしょっちゅう地上へ出向かなければならず、ウォーターフェルの自宅よりニューホームの宿の方が都合が良かった。
「どうせ数か月後に地上に出たら一緒に住むんだから、良いだろ?」
「う……」
「緊張するって言ってたじゃないか。私との生活に慣れるためにも来てくれ」
アンダインは笑ってアルフィーの手を取った。アルフィーはまた釣られた様に頷くしかできなかった。
◇
同じ宿に泊まってのんびり話ができるかと言われればそう言うわけにもいかない。アンダインの方は地上と地下の行き来で忙しい時期。「私が宿をとる」と言っていたが、忙しい彼女の為に手続きはアルフィーがしなければならなかった。
「アンダインから話が来ているよ」
と宿の番頭は愛想よくアルフィーに笑いかけた。手続きはともかく連絡は入れていたようだ。アルフィーは胸を撫でおろした。天下の英雄と同室で部屋を取る勇気が無かったので根回しは有難い。
「あ、空いてるところで、いいので。どこでも……」
とアルフィーはたどたどしく受付を済ませた。アンダインが泊まると言うので、アルフィーは宿の比較的広い部屋に通された。窓際にキングサイズのベッドが一つ置いてある。
「あ、あ、あのっ! べ、ベッドが一つしか無いんですけど」
「あなた、アルフィー博士じゃないの?」
「え! そ、そうです、はい……いや、もう、博士じゃないけど……」
案内のモンスターは頷いて部屋を出て行ってしまった。
アルフィーは自分がアンダインの意中のモンスターとして噂になっていることを知らなかった。番頭は気を利かせたというよりは、アンダインと一緒に泊まる黄色いトカゲのモンスターが噂のカノジョに違いないので、当然の配慮をしたまでだった。
部屋に残されたアルフィーは立ち尽くす。渡された部屋の鍵の固い感触が、これが現実であることを警告しているようだった。荷物を部屋の隅に置いて備え付けのテーブルに座ると、腰を下ろした途端に連日の疲れを感じ、急な眠気に襲われる。
「アンダインが帰るまで……」
そう呟いてベッドまでよろよろ歩き、倒れ込んでしまった。
◇
湿った冷たい空気をリアルに感じながら廊下を歩く。気付けば握っていたエサ皿は空っぽだ。それを急いで洗わないと、という気持ちで歩みを早める。急ぐことなど無いのに、ソウルが音を立てて急かしている。王の気遣いの着信も、今は彼女を追い詰める通知にしかならなくなっていた。呼吸が浅く、息を吸う度に地下の湿度が喉を気持ち悪く潤した。
「アルフィー」
呼ばれて振り返ると、徐々に意識が覚醒していった。友人の魚人が自分を見下ろしているのをゆっくりと知覚していく。
「起こしてごめん、苦しそうにしてたから」
アンダインの大きな手がアルフィーの額を撫でると、滲んだ汗が青い手に拭われた。汗だくの肌に触れられるのが恥ずかしくてアルフィーは身じろいで顔を腕に隠してしまう。
「わ、ア、アンダインッ」
(そっか、ここニューホームの宿だ!)
アルフィーは慌ててベッドを降りた。床に足を降ろすとふらりと体がよろめいて、アンダインに抱きとめられる。そこで段々と頭が覚醒していった。悪夢で汗をかいて、その見苦しい姿を見られてしまった。
(一緒に住むって、こういうカッコ悪い所を晒すことなんだ)
「ごめん。勝手にベッド使っちゃって……」
「いや、使え。二人分だ」
アンダインがアルフィーにベッドに座るよう促し、自分も隣に座る。
アンダインが宿に戻る頃、アルフィーはすっかり寝入っており、そんな彼女を無理矢理起こすことはアンダインには出来なかった。夜が更けてもアルフィーは眠ったままだったが、黄色い眉間に皺が寄り、表情を険しくしてうなされるようになったので心配になり体を揺すって起こした。
「悪い夢でも見たか」
「や、そ、その」
「何かまだ不安な事があるなら言え。お前を邪魔するものは私が全部ぶっとばしてやるぞ」
アンダインの物騒なセリフが彼女らしいのでアルフィーは笑った。
(可愛いな)
「明日は地上へ出てイビト山の視察だ」
アンダインはあくびをしてベッドに身を投げた。
人間との戦争前にモンスターが住んでいたエリアがどの程度残っているか、調査団が地上を調べている。まだ未確認の危険な土地での作業のため、ロイヤルガードも立ち会わなければならないし、リーダーのアンダインは王とともに指揮を執る必要があった。
モンスターたちの地上での住処は安全か否かの確認をとり、手始めに王の屋敷を拠点として建てるのだ。数百年前に地下へ追いやられた時のことをアズゴアは思い出した。やることは同じである。
王と王妃(今はトリエルが仕方なく代理という体で戻ることとなった)そして養子となったフリスクの引っ越しも待っている。そうなればアンダインは易々と地下に帰れなくなってしまうだろう。
そこまで考えてアンダインはハッと体を起こした。
(今のうちにアルフィーを私の……!)
しかし、こんなムードも無い場所で(番頭には悪いと思うが)? いやいや。アルフィーを今の内に捕まえておかないと、どこぞの別のモンスターに奪われてしまう!あんなに可愛いのだからッ! ……という焦りが湧き上がる。
(番と行かずともせめて恋仲に!)
アルフィーがシャワーを浴びている音が隣の浴室から聞こえて急に照れ臭くなった。風呂場のドアが開く音が聞こえて脱衣所でアルフィーが着替えている気配を感じ、思わずベッドから立ち上がる。デスク型のホテルドレッサーの鏡を覗き込んでシャツの皺を整え、髪を結い直した。求めて止まない女の子と共にする生活の一夜目という事実がアンダインを浮足立たせる。今さらベッドがひとつしかないことに気付いて勝手に顔がニヤついた。
宿備え付けのパジャマを羽織って洗面所からアルフィーが顔を出す。何の変哲もないストライプのシャツなのに、くつろぎスタイルの彼女がいつもの何割増しかで可愛く見えてしまい、アンダインは思わず眉を寄せる。
(かッ、可愛い!)
「アンダインは着ないの? お風呂は?」
「お前が寝ている間に済ませた。私は下着で寝る」
「えっ」
アルフィーが真っ赤になってモジモジし始めたのでアンダインが首を傾げた。だが直ぐに、仮にアルフィーが自分と同じようなスタイルでベッドに入ってきたらと想像して、顔が熱くなっていく。
「アルフィーはダメだぞッ!」
「な、何が?!」
「いや、私の前でなら良いか……」
「だ、だから何が?!」
困惑するトカゲの問いには答えず魚人は咳ばらいをした。
今、大事な話をしてもいいが、時間も零時に近づいている。アルフィーは疲れているだろうとアンダインは彼女を寝るよう促すが、つい先ほど悪夢を見たばかりのアルフィーはベッドに入る気になれず、アンダインと一緒に横になるのも憚られ。ベッドのふちに座って立つことも寝ることもできずに膝で指を遊ばせていた。
「どうした」
「だって、同じベッドは……」
「嫌か」
「い、い、嫌じゃなくて……! でも、そ、そういうのは……その……」
「……『恋仲でもないのに』ってこと?」
それは自分が先日アンダインに向けて言った事だった。アルフィーは自分の発言を思い出して不安になる。
「もしかして、怒った? この前、言った事……」
「怒ってない。ハッキリ言わなかったのは私だ」
「ハッキリ……と、言えば、その、あなたは、いつも、ハッキリ言ってくれてるけど、ご、ごめん……」
アルフィーは俯いて両手を口元でせわしなく絡ませた。
(それでも、だって信じられなし、実感も無いもん)
目を閉じると、瞼の裏の暗闇に向かって叫びたくなる。隣の素晴らしいモンスターから無条件に想われる要素など、自分の内側のどこを探しても見当たらないのだ。
アンダインは鼻を鳴らした。
「伝わってなくても構わん。恋仲になってくれれば……」
そうなれば未だ、いくらでも解ってもらう機会はある。囲ってしまえばこっちのもの。戦士の性から相手を無意識に追い込もうとし、アンダインは自分でもそれに気づかなかった。彼女は打算的なことは得意ではないし、頭ではアルフィーを追い詰めようとは思っていない。
「こ…………恋仲…………? 誰が?!」
「私たちに決まっているがッ?!」
アンダインの強い視線が、はぐらかしも、あしらいも許さないと暗に言っているようにアルフィーには見えた。
アンダインと恋仲になって同棲する妄想は何度もしてきたが、リアルでそうなるとは思ってもいなかったし、だからこその妄想と同人活動だった。妄想の中の自分は完璧で美しく、アンダインに釣り合う強いモンスターである。だが現実はどうだろう。与えられた使命も全うできず、失敗を隠し、大好きな友人に自分を偽ることしかできない残念なモンスターなのだ。だから余計にアンダインが一途に自分に傾ける想いについて疑問しか沸いてこない。
ああジーザス、彼女は完璧です、でもモンスターを見る目だけはありません。私なんかを相手にしなければならないような業を背負うほどの罪をどこで犯したのでしょうか。アルフィーは混乱する頭を冷静にさせようと、存在も知れない神に問いかけた。当然、返事など無い。
それに「どうせ自分の本性はあらかた知られてしまったのに、今更何を恐れることがあるんだ」とはどうしても思えなかった。自身のソウルに隠した闇は底が無いように思え、それが吹き出してアンダインにいつか嫌われてしまうかもしれない。
しかし、想っている騎士からの要望は願ってもない事で、自分がもっと自由ならただ嬉しい申し出だ。
(きっと、楽しいだろうな……彼女の傍に居られるだけで)
御多分に洩れず、アルフィーにとってアンダインは希望の象徴だ。その破天荒で明るい姿は、暗闇に居る自分にとっての慰みだった。
アルフィーは急に隣の友人の尊さに胸を浸らせ、恥ずかしさと戸惑いともあり涙が溢れてきた。
アンダインは慌てて無意識に荒げた声のトーンを下げる。
「ごめん。そ、そうだな。こんな逃げ場のない状況で聞くのはズルかった」
「え」
「困らせたいわけじゃない。一旦忘れて」
アンダインはベッドを立った。アルフィーが緊張で眠れないのなら自分は床で寝ても良いと思った。
「待っ……て……」
アンダインは振り返ってアルフィーを見下ろし、言葉を待つように座り直した。
「わ……私……あなたと、友達ってだけで、幸せなの……」
「……友達以上には、成れないのか」
アンダインはいっそ、それでもいいと思った。アルフィーは生きている。友人としてでも、そばに居ればこれからも守ることができる。
アルフィーは慌てて首を振った。アンダインを振るモンスターが居るなんて、たとえそれが自分であってもアルフィーのオタク性が許せなかった。それに、振るつもりなど毛頭無いのである。
「今がもう、幸せ、だから……こ、こ、恋仲になっちゃったら、きっと、幸せすぎて、死んじゃうよ」
「…………」
アンダインは暫く黙って、驚いて目を見開いた。それから耐えられなくなり、ふっと笑う。
「なんだ、それ」
「だ、だから」
「死ぬな。そんなことで」
アンダインが可笑しそうに笑い出したのでアルフィーも釣られて笑う。
「死ぬっていうのは、比喩で」
「わかってるけど。大袈裟」
二人で一頻り笑いあうと、アルフィーは苦笑いしてまた俯いた。
「……私に勤まるかな」
「何が」
「だから、その……」
「勤めるな。楽にしていろ」
青い指が、アルフィーの膝で遊んでいる指にゆっくり伸びて、彼女が嫌がる素振りを見せないのを確認してそっと握った。
「私の傍に身一つで居れば良い」
煩わしい肩書や使命など、目の前の愛くるしいトカゲが背負って良いものではない。ただありのままのアルフィーが傍に居てくれれば良いと、アンダインは思った。
「お前に何も背負わせん」
「……アンダインは、そ、そう、言うよ、ねぇ……」
「わかっているなら」
握った手を取って引き寄せる。近づいた魚人の顔にアルフィーは思わず息を止めた。
「私を番に選べ」
「つ、つ、つ、番?!」
「……そ、そうだな、まだ、早いな。別の機会にちゃんとプロポーズする」
「へ?!」
「今は恋仲で我慢しよう」
「あ、わ、わ」
「アルフィー、私を選べ。悪いようにはしない」
「う、う、うんっ、わ、わかったからッ」
立派な牙の奥から次から次と気の早い予定が吐かれるのでアルフィーはそれを整理できずに目を回してしまった。一つずつ咀嚼させてほしい。そう思ってアンダインにストップをかけたのだが、魚人は無情に首を振った。
「いや、お前は鈍感だからな。ハッキリさせないと気が済まん。私の比翼連理になると言え」
比翼連理。仲睦まじい関係になるときのモンスターの常套句である。鳥系のモンスターは「私と片翼になって」とか、多足系は「僕と連理の枝の関係に」などを好んで使う。それ以外のモンスターもよく利用されるロマンチックな表現。そしてこれ以上無いハッキリした表現だ。
アルフィーは無意識に追い詰められて後ろに下がるが、逃げれば逃げるほどそれ以上に迫られ困惑した。視界と意識がアンダインで埋め尽くされ、何とか振り解くように頷く。
「な、なりますぅっ」
厚い眼鏡の奥で瞼をきゅっと瞑ると、アンダインは我に返ってアルフィーの腕を離した。
「ごめん、痛かったか」
「だ、大丈夫……」
「脅迫するつもりは……」
似つかわしくないような降参のポーズを取ってアンダインが眉を下げる。
「べ、別に! 脅されてな、無いし、だから承諾したわけじゃ……! わ、私だって、あなたのこと……っす、す、好きだしッ そ、その」
アンダインが腕を下げてアルフィーを見下ろした。トカゲの言葉を脳裏で反復させながら、彼女らしい慌てた告白に笑みを隠し切れない。
「ほ、本当かッ?」
「うん!」
アンダインは怒らせていた肩を漸く落として、再びアルフィーの手を取った。
「お前の事、大切にするから、安心して」
「は、はひ」
嬉しさを抑えようと、アンダインは声をひそませた。それはアルフィーの耳には甘い囁きに届いて、彼女を更に赤くさせた。
「じゃあ、同じベッドで良いよな」
「う?! ああ、そ、っかぁ……」
アンダインがいそいそとブーツを脱ぎ、ジーンズのチャックを下ろしだしたので、アルフィーは慌てて背を向ける。ベッドが軋み、後ろでアンダインがベッドに横になったのを気配で察知して更に戸惑っていると、アンダインがニヤニヤしながらアルフィーの背中を指先で叩いた。
「アルフィー、おいで♥ 私が抱きしめていれば怖い夢も見ないぞ。見てもすぐぶっ飛ばしてやる」
「へ?! ま、ま、待って!」
「なぜだ」
急に真顔になる魚人。恋仲なら抱き合って眠るのが当然と言わんばかりにキョトンとアルフィーを見上げた。
「や、その、こ、心の準備がッ」
距離を取って布団に潜りこむアルフィーを眺めながら、それでもアンダインは笑いを堪えていた。彼女が今どんなに照れていても、名実ともに自分たちの仲は決まったも同然で、これからいくらでも可愛い彼女に触れる機会はあるのだ。アルフィーが「心の準備」というのであればそれを待とうではないか。
「いいぞ。また明日な」
(明日?!)
アルフィーの戸惑いも知らずにアンダインは「お休み」と声をかけ、黄色い頭部をそっと撫でて自分も目を閉じた。
END