Memories of Soul 2

Alphyne
小説
連載

「またか」

 つい半年ほど前にも顔を出した番の二人が再度訪ねてきたので、ガーソンはため息をついた。長寿の亀にとって数か月程は数日にも等しい。そんな頻度で神妙な顔をしてやって来られたら要件を聞く前から案じてしまう。

「いや、その、ご、ごめんなさい、わ、私じゃなくて」

「おい、ガーソン! いつの間に私たちは地上を出たんだ!! こ、このの言ってることは本当か!?」

 ガーソンの姿をとらえたアンダインは彼に食い気味に歩み寄った。見知らぬモンスターに、見知らぬ地上の世界。そんな中、幼少期から親しんでいるガーソンの顔はアンダインに少なからず安堵を抱かせた。

「ここに来るまでに散々外を見たじゃろ」

 彼の言うとおり、燦々と降り注ぐ太陽光はアンダインへ皮肉な程雄弁に真実を語っていた。ぐうの音も出ない。

 今朝、アルフィーはアンダインに現状を説明するにあたり、以前自分が記憶障害に陥った際にアンダインが真っ先に頼ったいにしえの英雄から、再度助言をもらおうと彼の名を口にした。ガーソンはアンダインの稚魚の頃から懇意にしている生きる伝説のモンスターであり、彼女が最も信頼している知人の一人だ。
 アルフィーは戸惑う魚人を宥めながらガーソンに事の経緯を説明した。

「準備しとったお前さんからしたら残念じゃろうが、人間とは戦争になっとらんし、共存の為に今アズゴアが頑張っておるわ。お前さんはその手伝いをしとった。忘れおって、まったく」

「人間と共存?!」

「お前さん自身も納得しておった」

 正直に言えばアンダインは相変わらず人間に対して警戒心を解いては居ないが、それを言うとややこしくなるのでガーソンはあえてそう言った。それはアルフィーも察するところなので黙って見守る。

「暫く休め。部下らには連絡しておけ。アルフィー博士、わしからロイヤルガードに一報入れとこうかね?」

 騎士団の走りである戦士の一人ガーソンは、立場的に彼らの大先輩だ。アルフィーが言うより早いと思い彼は提案した。
 アルフィーが頭を下げると、ガーソンは頷いてアンダインに向き直る。

「このアルフィー博士に任せておけば問題無いわい」

「アルフィー博士? あのラボの?」

「そんなことも忘れてしもうたか。後で荒れても知らんぞ」

「荒れる? 私が?」

 ガーソンはそれに答えず、再度アルフィーに視線を戻した。

「どこまで説明してやればいいかね」

「あの、取り合えず、お、お陰で落ち着いたみたいなので……」

 アンダインは納得がいっていない顔つきで二人を交互に見ていたが、地上に居ることを一旦は理解できたようだった。見知らぬトカゲの女性はガーソンと顔見知りということで、暫く彼女に身を任せようと決め、ガーソンの小屋を出る。

 イビト山を降りながら、アンダインは当初の疑問を思い出して急に「アッ」と声を上げた。

「何故同じベッドで寝ていた。私の家はどこだ」

「エッ! あ、ええ……」

 勿論それはアンダインが乞うたからであり、自分たちが同居している番だからに他ならないが、それをアルフィーの口から言うのは憚られた。

(ガッカリさせたらどうしよう……!!)

 自分の事を忘れているアンダインである。もし番がこんなダサいオタクのどんくさいトカゲだと知ったら嫌がられてしまうかもしれない。アルフィーは咄嗟に番以外の関係をでっち上げようと思考を巡らせた。

「それ、は…………ぁ、そ、そう! ルームシェア!」

「ルームシェア?」

「そ、そう。アンダイン、自分の家を……燃やしちゃったの!!」

「は?」

「いや、本当です……」

 嘘をつくときは真実を混ぜるのが効果的、などと言うが、真実である「アンダイン家炎上事件」は逆に本人の疑惑を呼びかけた。理不尽に思いながらアルフィーは目元をひくつかせて真実を訴える。アンダインは過去に自分が同様のボヤ騒ぎを起こしたことを思い出し、頷いた。

「だ、だからなの! わ、私たち、友達……だし」

「友達か。それは悪かった」

「ううん、仕方ないよ! だから、あの家は、ふ、二人で住んでるの」

 それならば、ベッド共有していても不自然ではないか。とアンダインは頷いた。そして漸く安心したように苦笑いをアルフィーに向けた。

「見知らぬ女性を襲ったのかと思ってヒヤヒヤした」

「ハハハ……。あなたは、そんなことしないよ」

(そうだよな、いくら相手が可愛いからって)

 最悪、自分がアルフィーの魅力に理性を失い彼女を襲ったのではと心配していたが、その可能性が消えてアンダインはホッとする。しかし、アルフィーに対して一々惹かれてしまうのは不思議に思っていた。このトカゲの女性はきっと記憶を失う前の自分のお気に入りの友人の一人だったのだ。だからルームシェアもしているのだろうと、一旦は納得せざるを得なかった。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 アンダインの記憶は翌朝になっても戻らず、根拠も無しにひと眠りでもすれば思い出すだろうと思っていた当人は、朝の挨拶次いでにアルフィーに謝罪した。

「大丈夫だよ。抜けた記憶はたった数年だもの」

 アルフィーの言う通りで、直近の記憶を失った程度では生活に大きな支障も無い。ロイヤルガードの任務もすぐに復帰できると踏んだアンダインは

「今日から仕事に戻る」

 そう言って自分の携帯を取り出した。電源を入れるとロック画面でパスワードを求められ、指が止まる。暗証番号等を設定した覚えがない。暫く画面と睨み合い、試しに自分の名前を入れてみるが、案の定解除はされなかった。

「どうしたの?」

「パスワードが分からなくて」 

 アルフィーはアンダインの携帯を覗き込んだ。

「えっと、こう入れてくれる? a、l、p、h……」

 アンダインは言われた通りに文字を打つ

「y、s……」

「……開いた!」

 解除成功にホッとしたのも束の間、スマートフォンの画面に二人で驚く。アンダインの携帯画面の背景には、アルフィーのアップの写真。

「いつ撮ったの!?」

「し、知らん!」

「あ、そ、そっか……」

 アルフィーがカメラ目線ではないところ、誰かがこっそりと撮った写真だろうか。まさか盗撮じゃなかろうかと、アンダインは再び不安になる。
 スマートフォンは時間を確認するか連絡手段としてしか使っていなかったため、各種設定は微妙に変わっていても使う分には問題なさそうだった。電話帳を開けば部下たちの名前がちゃんと入っている。そして勿論アルフィーの連絡先もそこにあった。彼女の名前は、先程パスワードに設定されていたものだ。

(何をやっているんだ私は!)

 アルフィーが唯一の友であるならわかるが、たくさん居る友人の一人じゃないか。まるで記憶を失う前の自分にとって、彼女が特別な存在……いや、執着の対象であったような痕跡が、スマーフォンの端々から出てくる。よほど大事なモンスターだったのだと、その点は知ることが出来た。でなければ同居などしないだろうし、パスワードも教えないだろう。そもそも、それを容認している仲だったのだ。

 思い返せば、アルフィーは友人である自分の額の怪我を心配していたのか、目覚めてすぐに具合を診てくれたし、甲斐甲斐しく氷を用意してくれた。その時彼女の優しさを素っ気なく断ってしまったのが今更悔やまれる。
 ガーソンの元へ案内してくれたのもアルフィーだったし、昨日一日はアンダインが不便でないように地上や人間との関係についても話をしてくれた。

「アルフィーは優しいな」

 唐突な呟きに、アルフィーは弾かれた様に顔を上げた。

「最初から、私を良く気にかけてくれている。心強い」

 それはアンダインの素直な感想だった。たったそれだけなのに、アルフィーは小さく息を呑み、俯いてしまった。眼鏡を取って熱くなる目頭を擦る。
 アンダインから「心強い」と言われたことなどなかったアルフィーにはその言葉がしみじみ嬉しかった。彼女はずっと誰かの役に立てるような良いモンスターになりたいと願っていて、勿論愛する英雄の助けになれるならそれ以上幸せな事は無いと思っている。いつもアンダインから愛護されるばかりで、彼女の存在を助けている実感が無かったアルフィーだったが、予想外な言葉に赤くなっていく頬を小さな両手で押さえた。

「あなたの助けになれてるなら、う、嬉しい……よ……」

 照れ臭さから居たたまれなくなったアルフィーが廊下へ逃げてしまう。一瞬見えた潤んだ小さい瞳は、無性にアンダインを惹きつけた。

「…………友、だち?」

 誰に向けたわけでもない問いを口にして、自身の頬がアルフィーにつられたように熱くなるのを感じる。アンダインは浮ついた気持ちを払う様に咳払いすると、玄関に立った。

「行ってくる」

 廊下の先で顔を出したアルフィーが小さく「気を付けてね」と声をかけるのを、後ろ髪を引かれる思いで聞きながらドアを開けた。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「隊長、もう怪我は」

「問題ない」

 と言いつつも、アンダインは自身の現状を掻い摘んで説明し、完全に万全でない旨を部下らに伝えた。
 幸いその日は城の警備と巡回のみで大きなイベントは無かったため、それなら都合が良いと、アンダインはアズゴアの執務室を探して廊下を歩いていた。王からバリア破壊の経緯でも聞ければと思っていた。
 中庭前の廊下を通っている時にアンダインの名を呼ぶ声があり、立ち止まる。声の主はアズゴアだ。庭で花に水をやっていたらしく、じょうろを手にしている。呑気そうな姿は地下と変わらないので、アンダインは笑った。

「地上では多忙だと聞いたぞ」

「ちょっと休憩だよ」

 王は苦笑いしてテーブルにじょうろを置く。

「怪我は大丈夫かい?」

 アンダインは頷いて部下に言ったのと同じ返答をした。それを受けてアズゴアは自身の顎の毛を撫で、のっそりとした歩みでアンダインの背後に廻りながら、頭から足まで見回すと、そのまま廻ってまた彼女の前に立った。アンダインは王の行動の意図が読めず、訝し気に眉を寄せて彼の言葉を待つ。

「誰かにまじないでもかけてもらったのかな?」

「呪い?」

「いや、悪いものじゃなさそうだ。寧ろ……」

「何だ、ハッキリ言え」

 アンダインの凄味に、アズゴアは形だけ両手を上げたが、彼は勿論そんなもので怯むようなことはなかった。アンダインから微かに感じる彼女とは別の魔力に違和感を覚えたものの、そこから悪意等を一切感じなかったので口を噤む。
 アンダインの疑問に答える代わりに、懐から懐中時計を取り出してそれを一瞥すると中庭から見える執務室を見上げた。

「これ以上席を外すとトリィ……妻に怒られてしまう」

 一瞬首を傾げたアンダインだったが直ぐに驚愕を露にして

「……王妃が帰ったのか!?」

 と目を丸めた。そんな騎士に今度は王の方が首を傾げることとなった。
 アンダインが記憶喪失に陥っていると知って、アズゴアはまじないの気配について彼女に伝えようか再度迷ったが、もしそれが関係したとしても、王は騎士から香る優しい魔法の気配に、やはり口にするのを止めてしまった。