Marriage Recognition
Synergistic Feelingsの後の話です。
・・・
見覚えのある真っ暗な冷たい廊下。ここを管理する科学者が1人だけなのを、自分は知っている。国民の希望のために、偉大な科学者だったモンスターの後を継いで、一人で孤独に耐えていた彼女を。だから、電気が点いていないということは、彼女が「居ない」ことを暗に示していた。
廊下を辿りながら、アンダインはひたすらその管理者を探していた。嫌な予感にソウルが激しく動悸して息苦しい。青い肌から冷たい汗が滲む。そして廊下の先に白衣の黄色い姿を漸く見つけ、重しでも着けているように重たい腕を伸ばしてやっと掴む。
アルフィーは救われた。その筈だ。何を心配していたのだろう。彼女の感触に安堵する。その笑顔をもっと見たいとあんなに願って求めていた。今はそれが叶い、過去の ”あれ” はただの悪い夢となった。
「有り難うアンダイン」
「アルフィー、幸せか?」
笑顔で頷くアルフィー。その表情をいつも求めている。
しかし、アンダインが抱き寄せようとすると、アルフィーは雲のように腕からするりと離れてしまった。
「幸せだよ」
黄色い踵を返すと、彼女はぽてりと駆け出した。アンダインがその先を見ると、見知らぬ雄モンスターが立っている。アルフィーは彼に駆け寄り、愛らしい笑顔を名も知れぬ男に向け、そして柔らかい手を男の手に重ね、アンダインには目もくれず去っていった。
「?! ま……ッ 待って! アルフィー!!」
目覚めの第一声はそれだった。
悪夢の衝撃で布団を捲り上げ、体を起こしていたが、そんな素早さとは裏腹に目覚めの気分は最悪。体は汗をかいてタンクトップが湿っている。外は雨が降っているらしく、窓に雨粒が当たる音が煩いのに遅れて気付いた。
瞬時に、隣に居るはずの大事な恋人を探して手がベッドをまさぐると、丸い肩に触れる。様子の穏やかでないアンダインに釣られて肩を捕まれたアルフィーが起き上がった。まだ覚醒しきっていないのか瞼を重そうに瞬かせる。徐々に目を覚まして一呼吸遅れて慌てだした。
「どうしたのっ?」
アンダインはそんなアルフィーの両肩を掴んで黄色い体を見回す。
「なっ……なぁに……?」
「お前は私のものだ」
「うん。……え、な、なに?!」
独占欲丸出しの自分の言葉を遅れて自覚し、アンダインは取り消すように首を振る。夢の中でアルフィーが駆け寄った雄モンスターの顔はもう覚えていない。悔しさをぶつける対象も無く、アンダインは燻った気持ちをなんとか消し去ろうとした。
「今のはナシッ!!」
「う、うん。……変な夢でも見たの?」
アンダインが急に眉を寄せて泣く直前の子供のように顔を歪めると、それを見てアルフィーの眠気は吹き飛んでしまった。慌てて青い額に手を伸ばし、汗を拭ってやり、赤い髪を撫でてやる。「タオル」と呟いてベッドを抜けようとするアルフィーの手がアンダインから離れたが、青い指がそれを追って黄色い二の腕を掴んだ。
「傍に居ろ」
それから夢で叶わなかった抱擁を求めてアンダインがアルフィーを抱き寄せた。今度はちゃんと腕の中に相手の存在を感じる。呼吸やソウルの鼓動もしっかりと聞こえる。
アルフィーはされるままになって黙っていた。普段悪夢にうなされて夜中に目が覚めるとアンダインが抱きしめて撫でてくれる。そうすると安心して翌朝まで熟睡できる。いつも自分がしてもらうように、アンダインの背中に手を回して撫で擦った。手に伝わる魚人の体温は普段通りで一旦は安心する。
(アルフィーが生きていればそれで良いと思っていたのに)
自分の傍を離れようとも幸せで居てくれればそれで良いと頭では分かっているのに、もしアルフィーの心が他の誰かに奪われたら、普段見ない悪夢を見る程それはアンダインにとって受け入れがたいものだった。勿論、自分の指の間を塵となった彼女がすり抜けることの方が騎士にとって悲劇であり、それに比べたらその他の悲痛など耐えられるだろうが、苦汁を舐めることになるだろうということは、自分で容易に想像できた。
◇
「01への贈り物を迷っています」
ロイヤルガードの騎士団宿舎。アンダインより更に大きな体躯を照れ臭そうに縮こませ、普段寡黙な竜が非番時間に宿舎のアンダインの部屋を訪ねに来た。珍しさに彼を招き入れ、話を聞けばその内容は「パートナーに贈る記念日のプレゼントの相談」という可愛らしいものだった。
「贈り物?」
「番記念日の」
言われ、アンダインは「ああ」と漏らした。この竜は片割れの兎と大変仲の良い番で、それは周囲の皆が知っている。そして、人間に結婚記念日があるように、モンスターにも番になった記念日を祝う習慣がある。ただ、「記念日の贈り物」と言っても有形無形は関係無い。そこに愛がこもっていれば何でも良いのだ。
部下からの可愛い相談にアンダインは腕を組んだ。
「私よりも、お前の方が奴の好みに詳しいだろ」
「隊長は普段どうしているのか、参考に」
そう聞かれ、アンダインは頷いて自分の場合を考えた。しかし、とあることに気付いてゆっくりと顔を強張らせ、魚人は表情を固まらせる。急に歯ぎしりするその様があまりに異形で、02は半歩後ずさった。
「隊長……?」
「ハッ!! す、すまん。なんだ、あー……そうだな。私なら、へ、部屋を飾り付けて、良い酒でも開けるかな」
02は普段ポーカーフェイスの表情を明るくして、上司にアドバイスの例を言って帰っていった。そして取り残されたアンダインは部下の姿が廊下の先へ見えなくなると項垂れ呻く。
「私……たち……ッ」
(番じゃない!?!?)
02に「普段どうしているか」聞かれたが、そもそも番でない自分とアルフィーに番の”普段”など無いのである。一緒に暮らしていても二人はまだ恋仲止まり。
人間と違って書面上の契約などしないモンスターたちは、お互いの了承を得るだけのシンプル行為で番となる。ただ、シンプルとはいえこの「了承」には大きな意味があった。「確認」と「了承」はソウルに刻まれる。重要なのは、どんな生き物も自分に嘘はつけないということだ。一度刻まれた繋がりは、お互いの了承でなければ自分に嘘をついて違えることはできない。
番になると、以降は魂の交合が相手以外と出来なくなり、干渉も番のみが可能となる。モンスターは決まった相手以外とのソウルセックスを求めないので何も問題はない。婚姻関係を結んだ場合の人間社会では、わざわざ不誠実な行為が起こったときのための罰が設けられているが、そもそも罰やルールが多いのはソウルのエネルギーが重く穢れているためだ。モンスターには不必要なシステムだった。
恋仲と番の関係とで表面上何か変わるわけでも無いため、それ故にアンダインは忘れていた。とっくの前にアルフィーの番のつもりでいたが、まだ自分はその地位を獲得していないのだ。地上へ出る前にアルフィーと恋仲になったことで浮かれてそのままになっていた。アルフィーがあまりにも照れ屋で恥ずかしがりなため、魂の交渉も追々と思っていた。なにせ、同じベッドでくっついて寝ることすらアルフィーは長い間躊躇していたのだから。
とびきりロマンチックなプロポーズを用意すると、そう決めていた。逸る気持ちはあるが、焦って何の用意もせず迫るのもどうだろうか。
「……」
だが、今朝見たばかりの夢の映像が脳裏を過る。番でなければソウルのやり取りは出来無いが、逆に言えばアルフィーをフリーにしているということは、いつ誰かに彼女の心を奪われるかもわからない状態だ。
世界で一番彼女を大事にしている自負がアンダインにあったが、アルフィーが自分を選ぶかどうかは100%相手の裁量なのだ。特にアルフィーは流され易く惚れっぽいところがあり、定期的にアンダインの嫉妬心を無意識に煽っていた。
部下の来訪で書き途中になっていた日誌に再度向かい、乱暴な文字でそれを書き終えると、騎士隊長は宿舎を出ていった。
◇
アンダインは顎を撫でながら歩き慣れた城の廊下を足早に歩いていた。今夜は二日振りの帰宅で、早くパートナーの顔が見たかったが、会う前に伝えなければいけない言葉を整理したかった。
アルフィーと地下で良く眺めた人間のアニメやドラマには、何度かプロポーズのシーンがあった。大抵は指輪を贈るらしい。人間マニアのアルフィーにもそれが良いだろう。
「『アルフィー、私をお前の番に』……いや、捻りがない。『お前の騎士が、一生お前を守る』……悪くないが。んん、遠回しなことを言って伝わらなければ無意味だ。やっぱり直球な言葉が良いか。鈍感だし」
独り言をつぶやいていると、目の端に視線を感じて立ち止まり、振り返る。
「何が?」
と分厚い眼鏡の奥のつぶらな瞳を魚人に向けていたのは意中の彼女であった。
アンダインは内心ドキリとソウルを跳ねさせる。戦士の性で普段から気配に敏感で居るつもりでいるが、アルフィーの気配に限っては警戒をミリほどもかけていないのだ。探す時は何よりも敏感にすることが出来るのに。故に、油断した所を見せてしまったことが悔まれる。
アンダインが一瞬言葉に詰まってアルフィーへ苦笑いを向けるとアルフィーが気まずそうに首を傾げる。
「ご、ごめん。考え事の、邪魔した?」
「いやっ……。なんだ、アズゴアに用か?」
「うん」
アルフィーはもう王室科学者ではないが、アズゴアが一度目をかけたということで地上でのITインフラの現状報告を任されていた。アズゴアはネットや機械があまり得意ではないため、わざわざ王の為に印刷された報告書を抱えて城まで持って行く。……が、実のところ、後任の王室科学者が把握していればそんな報告は必要無い事であり、末端のエンジニアとなってしまったアルフィーが現王室科学者の直属をしているわけでも無く、彼女のこのタスクはアズゴアからしてみれば定期的にアルフィーの顔を見て話がしたたいだけの口実作りであった。地下での一件を罪として一身に背負おうとしているアルフィーを彼はずっと気にかけてる。
しかし、アルフィーの傍にはモンスター一の騎士が侍っており、特に話を蒸し返して気落ちさせる必要も感じていなかった。何かあればアンダインが彼女を守るだろう。アズゴアはただ自分が統治しているモンスターたちが息災で、その環境が安寧であることを願っているだけだ。
アルフィーと他愛無い世間話をして報告書を受け取ると、アズゴアはアルフィーが元気そうな様子を見ていつも満足そうに彼女を帰すのだ。それをアンダインも知っていた。
「それ、直ぐに済むんだろ? 応接室で待っている」
アンダインの言葉に頷いて、アルフィーが王の執務室へ駆けて行った。
◇
「はぁ……」
と、珍しくため息を漏らすアンダインにアルフィーが驚いて彼女を見上げる。
城から家への道すがら。もう月は真上に上がる夜更けだった。
(疲れてるのかな)
下がる青い腕に指を伸ばしかけたが、勇気が出ずにアルフィーは手を引っ込めた。
「な、何か、悩み?」
言われてから、アンダインは自分が情けないため息を漏らした事に気付いて慌てて首を振った。悩みと言えば、悩み事な気がするし、さっさと伝えればすべて解決する気もした。直近に見た悪夢が脳裏を過る。焦る必要は無いと頭では分かっているのに、急いてしまう。自分たちは番と見紛う甘い仲。ソウルのやり取りはまだでも、フィジカルな触れ合いは嫌と言うほどしている。アンダインは数日前にもアルフィーの肢体に存分に甘えた記憶を思い出して喉を鳴らした。だが、彼女が自分にとって魅力的であればあるほど、それ故に焦りは募る。
(こんなに可愛いアルフィー。私が目を離したら他の奴が放っておくわけがないッ)
手紙まで用意して何時まで経っても二の足を踏んでいた頃の自分が見たら「落ち着け」と思うかもしれないが、今の自分からしたらあの頃の自分に「さっさと告白しろ」と言いたい。だが残念なことに、ロマンチックな演出も無ければ練りに練った愛の言葉も今は無く、指輪さえも用意していない。何もかも準備不足なのだ。
それなのに欲心は隣の心配そうに見上げるアルフィーに乱れており
(準備もクソもあるか)
と乙女心をわかろうとしない。せめて家へ帰るまでにマシなプロポーズの言葉を思いつきたかったが、無情にもフレーズの一つも思い浮かばないまま住居へ辿り着いてしまった。
「わ、私が出来る、ことなら、何でもするよ」
と、アルフィーが玄関の鍵をかけながら呟いた。
ー 「アンダインのためなら、私……。な、何でも、作るよ! なんでも、あげるよ」
アルフィーが以前言った言葉を思い出して、アンダインは急に体を熱くした。そして、玄関扉に手をついてアルフィーを囲って迫る。
「じゃあ、アルフィーが、欲しい」
「へっ?! ……あっ、あ~っ、そういう……! う、うん……! べ、ベッド、行く……?」
アンダインの熱い視線に堪えられずアルフィーがチラチラと見上げながら頷いてつられて顔を赤くした。
アルフィーの言葉にアンダインはハッと気づいてまた首を振る。
「いや、いつものセックスじゃなくて」
「え!! や、やだっ! ご、ごめんッ」
アルフィーは更に顔を赤くして、瞳を潤ませた。恥ずかしい勘違いに顔を両手で覆う。
「アッ! お、お前が良いならシたいがッ?!」
「ぅ?!」
「私が欲しいのはアルフィーの体じゃなくて……体も欲しいが! ……べ、別にお前の体だけが目当てというわけではなくてだなッ!!」
「う、うん……?」
「アルフィー。私たちまだ、その……」
アンダインがそこまで言うと、流石にアルフィーも察して更に動悸を激しくする。
「私をお前の番にしろッ!」
予想していた言葉。返答に困り、黄色い身を固くした。アルフィーも忘れていた。アンダインのように番のつもりでいたわけではないが、この関係がずっと続くと思っていた。何度も「いずれ番のプロポーズをする」と予告されていても、あまり本気にしていなかった。
「も、もう十分だろ?!」
”十分”というのは、番に成るために十分親交を深めたという意味であり、言葉足らずともアルフィーには何となく彼女の言いたいことが伝わった。十分、待たせており、十分、考える時間は与えられたのに、自分はそれを真に受けなかったという反省が出る。
「毎晩のようにセックスしてるし!」
「ま、ま、毎晩じゃ……ッ」
「私は毎晩でも良いんだ……っじゃないッ! だからつまり、番と言ってもいいぐらい私たちは毎日愛し合ってるじゃないかッ! 今更迷う事は無い。私を番に選べ!!」
「う、うんッ!……でも」
「『でも』ってナンダ?! 私じゃ役不足なのか?! どんなモンスターならいいんだ?! も、もっと穏やかで、優しい奴か?!」
「そ、そそ、そんな……! アアアアンダインは優しいよ!」
「なら、何がダメなんだッ!」
「だ、ダメじゃないよぉっ。でも……」
アルフィーが黄色い両手の指を絡め合い、モジモジと言葉を濁す。アンダインがいつの間にか目前に迫っているのに堪えられず目を閉じる。
「番って……その……えっと、例えば、私のソ、ソウルを……」
「それだ! 私はお前の心も欲しいんだッ!!」
ハッキリとアンダインが言った。アルフィーがこの問題を煩わしいものとして考えることを先延ばしにしていた理由がそれだった。
番に成れば心を覗かれる。それが、たまらなく怖かった。でも、頭では覚悟していたし、アンダインになら何を奪われても良いと思っている。けれど恐怖は簡単に拭うことは出来ない。そっと開いたアルフィーの瞳から、溜まった涙がポロリと落ちた。
「いいよ……いいよ……っ。で、でも……きっと、気持ち悪いよ」
「えっ……?!」
「アンダインに、何でもあげるよ。でも、きっと、良いモノじゃないよ」
アンダインが玄関扉から手を放してアルフィーを抱き上げる。
「ごめん! どうして泣く?!」
「だって……きっと、気に入らないよ」
「私がお前の何を気に入らないと思うんだッ。ダメなのか!?」
「う、ううん……いいよ……」
アルフィーの恐れが、アンダインにも伝わる。腕の中で震えるトカゲが哀れに思え、魚人の荒ぶった気持ちが萎んでいった。自分の身勝手な熱情が、彼女をいつも戸惑わせていることは分かっていた。
「愛してごめん」
結局のところ自分が彼女を求め過ぎているのがいけない。狂うほどの愛しい気持ちが苛烈な自分の性質と相俟って相手を傷付けている。
アンダインの唐突でシンプルな謝罪に、アルフィーが思わず笑う。
「変なことで、謝るんだね」
「私がお前を愛さなければ泣せることはなかった」
そう言われれば、そんな気もする。アルフィーは苦笑いした。
自分の汚れた心を、眩い魂を持つ英雄様に晒すのはやはりまだ怖いと思ってしまう。嫌われるぐらいなら先に相手の元を去りたくなるのは根暗の性なのだ。モンスターの希望を象徴する彼女の心を曇らせ、しょぼくれた声で謝らせている自分の不甲斐無さが悲しくなる。
アンダインを慰める言葉が思いつかず、でも自分の涙が彼女の所為で無い事を説明したいアルフィーは「あ」とアンダインの腕の中で顔を上げた。
「……でも、ね。最近、怖い夢、見なくなったの」
「そう……か」
「アンダインの、お陰だと、思うの」
「私?」
「あなたが傍に居て、く、くれるから、夜が怖くないし、眠るのも、こ、怖くなくなったよ」
「……」
「私でいいなら、好きにしていいよ。だって、きっと、アンダインが居なかったら、私、ここに居なかったかも……しれない」
その言葉に深い意味は無かった。けれど、アルフィーが呟いて数秒、彼女の肩が魚人の涙で濡れた。
(私のせいでアルフィーはここに居て、生きてくれていて、泣かせている)
多幸感、罪悪感がアンダインの中で混在し、それを説明できるわけもなく、込み上げる気持ちをただ涙にしてアルフィーに無言でぶつけることしかできなかった。
「無理矢理ソウルを暴いたりしない」
涙声が更にアルフィーの耳元で呟く。アルフィーはそっと頷いた。
「私を番に選べ」
「うん」
アンダインが気まぐれに自分を愛するならそうすれば良いし。気まぐれにソウルを覗くのならそうすればいいのだ。もしかして悲しい結果になるかもしれないし、自分はそれに堪えられないかもしれないけれど、今はただ悲しそうに懇願する騎士を慰めたい一心でアルフィーは再度頷いた。
アンダインは急に笑い出したくなった。アルフィーはずっと自分のプロポーズに頷くことしかしていない。何度確認すれば自分は気が済むのだろう。独占欲が、何度もこのトカゲを自分のものだとただ強く認識したがっているだけなのかもしれない。ソウルの交渉が出来なくても、番になれば誰にもアルフィーのソウルに手を出せないのだから。
アルフィーを降ろして彼女の頬を撫でながら、濡れた金の瞳をじっと向けた。
「じゃあ、”確認”だ」
そう言って、かつてしたようにアルフィーの前に跪く。お互いの了承を口にすることは、人間で言えば書類にサインするようなものだ。ただ、書類のようなテンプレートは存在しないので、アンダインは少し考えてからアルフィーの手を取って口を開いた。
「お前の番は誰」
「私……の、つ、つ、番は、アンダイン……です」
「私の番は誰」
「アンダインの……」
金色の視線が痛い。アルフィーは刺される様な熱い痛みを胸に感じながら何とか言葉を続けた。
「アンダインの番は、私……」
アルフィーが蚊の鳴くような声で呟くと、そんな小さな声もしっかり聴きとったアンダインが笑った。
「アルフィーは、私の番」
「……うん」
「私はアルフィーの番」
「う……うん」
アンダインはアルフィーが頷く度に自分も頷いた。”確認”が終わると晴れやかな顔をして満足気に立ち上がり、先程まで悲観に暮れて濡れていた瞳を弧を描いて輝かせる。
熱に浮かされながらとんでもない契約をしてしまった気になり、アルフィーは落ち着かなかった。実際、今まさに結婚が完了したようなもので、大きな約束を取り交わしたのは間違い無いが、アンダインが思う通り既に関係は親密で、あまり仰々しい変化を起こすようなことをした気がしない。勿論アンダインの方は囲い込んで騙そうという気は全くないが、結果アルフィーを徐々に追い詰めて手中に収めたことは、天性の戦士としての資質の賜物だろうか。
「もう、私のもの」
そう言ってニヤリと笑う表情は怪しくも見えるのに、ため息交じりの声は甘く、アルフィーはそんなちぐはぐで妖艶な上機嫌な姿のアンダインに目眩を覚えてうっかり彼女にしな垂れてしまった。言わずもがな魚人は驚喜して、アルフィーを抱き上げて寝室へ連れ込んで行った。
Fin