Wedding Ring

Alphyne
小説

Marriage Recognitionのその後
 
 
 
・・・
 
 
 
「あ!」

 自宅の洗面台。アンダインが風呂上がりに髪を乾かしている最中、蛇口隣に置きっぱなしの青い魚柄のハンカチを見つけ、目を見開いた。正確には、その上に鎮座するシルバーに輝くリングを凝視した。小さいそれはアンダインの左手の薬指に付けているそれとサイズ違いの同じもの。そう、結婚指輪である。
 アンダインは中途半端に乾かした髪もそのままに、それを落とさないよう指で摘まんで、寛いでいるであろうアルフィーが居るリビングへ足早に向かった。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 1ヶ月前

 アンダインは浮かれていた。だが、それを顔に出さないように努めて唇を結ぶ。愛しの彼女とのデートというのもあるが、今日はいつもと違う。いや、同じだが、アンダインの脳内ではいつもと違うのだ。

(番になって初めてのデート!)

 しかも、今日はその証であるリングを見に行こうというデートプランだった。モンスターに結婚指輪を付ける習慣は無いが、人間文化にかぶれているアルフィーへのプレゼントとしてピッタリだと思ったし、アンダインとしては自分の番としてアルフィーに何か印をつけてもらいたかった。人間と共存する地上だからこそ、そういった威嚇、というかマーキングというか、アピールは必要だろう。そんなことは本人に言えないが……。

 ジュエリーブランドの店舗が並ぶストリートはまだ青葉の繁る木が並んでいるが、初秋の風は少し涼しく、風が吹くたびに隣の寒がりなトカゲが震えていないか心配になり無意識に彼女の肩を抱き寄せてしまう。

「本当は事前に用意して、もっとロマンチックにプロポーズするつもりだった」

「ええっ」

「でも焦ってたし」

 それに、アンダインは自分が短気なのもわかっていた。用意周到に用意しようと思っていても、いざその時になれば気持ちが昂って色んなものをすっ飛ばしてしまいがちだ。

「私を選んだことを後悔させないぞ」

 アルフィーが下を向いて「ふふ」っと声を漏らす。自分がそんな後悔するとは到底思えず可笑しかったのだ。

「アンダインの方が、後悔しちゃうんじゃないかな……」

「するわけないだろ」

 アルフィーが睫毛を伏せる。アンダインはそう言うが、もし未来で飽きられて捨てられても、それは仕方ないのだ。英雄は皆のものなのだから。

(どうしてそんな悲しそうな顔するんだ……!?)

 今はアルフィーの番の地位を得た。そんなアンダインがその気になれば多少強引にしてソウルを呼び起こし、触れることができるだろう。だが、アルフィーは相変わらず心を覗かれるのを恐れており、良い顔をしなかった。それを無理やり抱こうなどと、彼女を大事にしているアンダインには出来ない。

(私の心を見てくれたらアルフィーにどんなに本気か伝えられるのに)

 もどかしく思うが、しかしソウルの接触だけが愛情表現ではない。それ以外で如何に彼女に愛を伝えるか頭を使えばいいのだ。アンダインにとってそういう繊細な作業が得意かと言われればそうではないが……。

「ここはどう?」

 ウィンドウから雰囲気の良いジュエリーショップを物色する。だが、どこも高級なオーラを漂わせ、アルフィーは店の敷居を跨ぐ気にならなかった。

「私、そんな高価なもの、つけられないし」

 そう言われると、アンダインも困って眉を寄せた。アルフィーに中途半端な印を身に付けさせたくはないが、纏ってくれなければ意味がない。アルフィーが気軽につけられるリングでなければならなかった。
 二人はエリアを離れて隣駅まで歩く。ハイブランドが立ち並ぶストリートを出ると、もう少しカジュアルなブランドが店を構えている通りに入った。

「わ」

 と、アルフィーがディスプレイを覗く。アンダインがそれを追ってウィンドウの奥を見ると、小さなリボンのモチーフが付いたシリーズのアクセサリーが並んでいた。
 価格帯はハイブランドより一桁下がるが、シルバーのしっかりしたものだ。

「ごめん、こういうのじゃないよね」

 ファッションアイテムを探しているのではなく、ウエディングリングを求めて歩いているのを思いだし、アルフィーは苦笑いした。だが、アンダインはその店に先に入っていってしまったので、アルフィーも慌てて追って入店した。
 店内には他に、カラフルな石の付いたアクセサリーが可愛らしいレイアウトで並べられていた。アルフィーが好きそうな雰囲気だとアンダインは思ったし、自身もそんな商品展開に好感が持てた。

「あら」

 と、店員は一瞬驚いた顔をした。都内ではモンスターは最近珍しくないが、まだ驚かれることも多い。けれど直ぐに、彼女はにこやかにアンダインに寄ってきた。

「なにをお探しですか?」

「ここはウエディングリングを売ってるか」

「もしかして、SNSご覧に? 最近出したんですよ」

 ブランドのSNSは知らないが、アンダインはそれを見たいと言って後ろのアルフィーに振り返る。アルフィーは慌てて頷いた。

「うちの指輪は、エンゲージリングに買われるお客様も多いんです。石は全て着色されたガラスなので、宝石に拘らなければ綺麗でお求め易いとご好評いただいていて、オーナーがそれならと」

 店員は話ながらウエディングリングのディスプレイまで二人を案内した。

「レイヤードでつけられるようなデザインになっておりまして、うちの他の商品と一緒につけると可愛いですよ」

 アルフィーがディスプレイを覗くと、一つの指輪に目を止める。青に着色された小さなガラスが嵌め込まれていた。

「彼女のサイズはあるか」

「お計りします」

 サイズゲージを取り出して、店員がアルフィーの前に置いた。アルフィーはそれすら、左の薬指に嵌めるのを躊躇ったが、アンダインがじっと急かすように見ているので幾つかを指に嵌めた。

「気に入ったものはある?」

「えっ」

「アルフィーが欲しいならエンゲージリングも一緒に買おう」

 アルフィーは慌てて首を振った。

「あなたが欲しいものは?」

「私?」

 アンダインはケースを眺めた、そして、一つの指輪を指さす。

「これ、アルフィーの色だ」

 黄色く着色されたリング。アルフィーはドキリとソウルを跳ねさせた。自分も、アンダインの肌を思わせる青い石のついたリングに惹かれて目を付けていたのだ。

「私は、あ、青色の……」

 アルフィーが照れ臭そうに俯いたので、店員が二人を交互に眺めて笑った。

「それなら、こちらはいかがでしょうか」

 店員は小さなガラスが指輪の内側に二連埋め込まれたもの取り出した。

「ここに青と黄色の着色ガラスを嵌めたものをお作りします」

 二人は顔を見合わせて、頷いた。

 それから1ヶ月後。購入時と同じ店員の女性がにこやかに二人の前に出来上がったウエディングリングをベルベットのトレイに乗せて差し出した。

 アンダインが大きい方を取り、リングの内側を確認する。「UNDYNE&ALPHYS」と掘られている、その反対側には、ダイヤモンドカットが施された青と黄色のガラスが仲良く並んで埋め込まれていた。

「素敵」

 とアルフィーが呟くのを聞いてアンダインは満足そうに頷いた。店員に例を言って、それを身に付けて店を出る。
 外から見たらシンプルなシルバーの指輪。だが、内側にはお互いのカラーの石と名前。恥ずかしがりのアルフィーにはもってこいの結婚指輪が仕上がった。
 隣で指輪をうっとり眺めて危なっかしく歩いているアルフィーの手を取りながら、アンダインがニヤリと笑いかける。

「それ、外さないでね」

「う、うん……」
 
 
 
  ◇
 
 
 
 そんな約束をしたのはつい数時間前の事。さっそく外してしまっているアルフィーに、アンダインは口を曲げる。
 リビングでは、まだ自分の忘れ物に気付いていないアルフィーがスマホを眺めていた。アンダインは急に悪戯心が芽生え、ソファに座る彼女の前に跪いて、わざとらしく眉を上げた。

「あれ、お姉さんフリー?」

 そう言ってアルフィーの左手を取る。そこでアルフィーが自分の薬指にリングがないことに気付いて「あっ」と声をあげた。しかし、アンダインに手を捕まれてソファを立てない。

「フリーなら、私と番にならない?」

「えっ、えっ!? あの」

 アンダインがアルフィーの薬指に指輪を嵌める。アルフィーは慌てた。

「お、お風呂の時取って、そ、それで……」

「外さないって約束したのに」

「ご、ごめん……! 指輪って、な、慣れてなくて」

「外したら、その度にプロポーズして付けてやるぞ」

「き、気を付けるよぉ……!」

 真っ赤になって慌てるアルフィーが可愛いのと、危なっかしいのとで、アンダインは苦笑いして、警告の意味も込めて黄色い指に唇を押し付けた。
 
 
 
FIN