相性の悪い二人 – 1

Alphyne
小説
連載

 アンダインは無意識に息を止めていた。エラが酸素を求めて開くのを感じる。直前に言われた言葉を脳内で反復させながらその意味を理解しようとしたが、上手く行かなかった。
 
 
 
ー 「私、やっぱり……アンダインの番になれない」
 
 
 
(アルフィーは何を言っているのだろう。私達は既に番なのに)

 何がいけなかったのか、魚人には思い当たることが多すぎて逆に思い付かなかった。愛するトカゲにいつもやんわりと拒まれているような、つれない気持ちを抱いていたが、アンダインは「気のせいだ」と無視していた。ソウルを重ねる度に相手が自分の事を愛してくれているのは明白だったし、自分も彼女を深く愛しているのは言うまでもなかった。アルフィーの行動と言葉の、そんなエモーショナルな差異について、アンダインはいつも首を傾げるしかなかった。

 胸を潰すような別れの言葉をかけられようとも、アルフィーへの気持ちが微塵も揺らがないので自分でも呆れる。相手に愛されたい想いは有れど、それは最優先事項ではなく、アンダインにとってより重要なのは番への揺るぎ無い愛とそれを証明する行動だけだ。
 そう、行動だ。放心したしている場合ではない。「ごめんね」と一言呟いて、部屋を出て行ったアルフィーを今すぐ追わなければならなかった。

 なぜこんなことになってしまったのか、アンダインは頭を振って、原因を過去に探った。直近、彼女と言い争ったことはなかったか。そんな場面は滅多に無い。二人の仲に不穏な空気を流すのは大抵自分が怒り狂った時だけだ。その怒りも、アルフィーに向けているわけではないのに、黄色い顔を青くしながらアルフィーはただ俯いて謝るばかりだった。

 一月ほど前に彼女が人間の悪意によって体調を崩した時も同じだった。

 10日程度の静養で回復したアルフィーは、心配するアンダインを宥め、早めに家へ戻りたいと彼女に乞うた。メタトンが用意した瀟洒なコテージをもう少し楽しめばよいものを、ここに居ては仕事もせずアンダインの愛情に溺れるばかりで身が持たないと感じていた。

(それに……)

 とアルフィーは一人瞼を伏せる。
 地上で生活をするのだから、いつまでも人間の小さな悪意から逃げてばかりでは居られない。特に自分は、モンスター界の勇者の、まがりなりにも番であり、悪意の波を受ける事は想定内だった。頭ではわかっていても実際に受けてみると痛いものだ。自分には強さも清さも無く、持っているのはアンダインへの気持ちだけ。

(それだけじゃダメなんだ)

 アルフィーが傷つけばアンダインは何度でも憤怒を燃え上がらせるだろう。自分のような弱いモンスターが勇者の番となっては、人間との共存に足を引っ張ることになる。些細な悪意ごときで傷なんかつかないような、そんな剛毅かつ純美なモンスターこそが勇者に選ばれるべきだった。

(アンダインの番はもっと強いモンスターが良いんだ)
 
 自分を責めて落ち込むのはアルフィーの十八番のようなものだったが、この一件をきっかけにそれが加速することとなった。アンダインがアルフィーを抱き寄せてキスをしても、愛を囁いても、困ったように照れて、そっと魚人を押し返そうとする。アルフィーの中で、アンダインとの仲をいずれ終わらせなければいけないような、そんな気持ちが育っていった。
 アルフィーの小さな抵抗は当然アンダインに伝わってしまう。小さいトカゲがやんわりと厚い肩を押したところで大きな体躯はビクともしないが、アンダインは渋々体を離すしかなかった。

「嫌?」

「ううん」

「でも嫌がってる」

 アンダインがアルフィーを問い詰めた。何度も何度もアルフィーは口を開いては閉じて、苦笑いしながらはぐらかしていたが、ついに
 
 
 
「私、やっぱり……アンダインの番になれない」
 
 
 
 と小さく呟いた。それからアルフィーは何か細々と吃音激しく呟いたが、アンダインの耳には届かなかった。あっけに取られている間に出て行ってしまったアルフィーを、我に返ったアンダインが追って直ぐに外に出た。

「ま、待って……!!」

 例によって、簡単にアンダインに追い付かれてしまう。引き留められることなど百も承知だったし、けれどアルフィーには愛しい魚人を強く拒むことも出来ず、傍に居られる勇気も無く、逃げては捕まるを繰り返す。
 今回も同じく、アンダインは問答無用にアルフィーを抱き締め、抱き上げると家へ戻った。家の鍵をかけ、そこに固定の魔法をかける。本来は水を硬化させて槍を生成するため、ひいてはモンスターを守るためのエネルギーを、愛する者を閉じ込めるために使っている情け無さにアンダインは唇を噛んだ。
 アルフィーも、自分が彼女にくだらない茶番をさせていることがわかっていた。

「どこへ行くつもりだ」

「だ、だから、その」

「ああ、答えなくて良い」

 アンダインがアルフィーを失う恐怖から彼女を睨みつけて、有無を言わさず閉じ込めるのは初めてではない。そして、弱い方は何度でも言われるままになるしかない。アルフィーが従順であればあるほど、アンダインの感情は怒りよりも悲しみが増していく。

「お前を諦めるとでも思ったのか?」

 感情に任せてアルフィーの胸に指を伸ばしたが、以前それで拒絶されたことを思い出し、相手の鎖骨に触れた腕が強張った。強引な態度を取って、いつかアルフィーの信頼を失ったら、ソウルにも触れられなくなってしまう。

(もし今、アルフィーのソウルが私の呼び掛けに応じてくれなかったら……)

 そうなれば決定的だった。そんなことが起こり得るのだろうか。自分たちは愛し合っているのではなかったか。どうしてうまくいかないのだろう。苦い思いでアンダインの眉間はどんどん深くなっていった。しかしすぐに、いつもと同じ考えに帰結する。

「例えお前の心が私から離れたとしても。その身は離すものか」

 心が手に入らないのならその身だけでも……。それがどんなに愚かな事かわかっているのに、言葉にするのを止められない。アンダインの本心の一つだった。アルフィーが生きて傍に居てくれれば最悪それで構わない。そんな冷たい感情がアンダインのソウルを冷やしていった。