Synergistic Feelings

Alphyne
小説

Official Couple の後の話です。
 
 
 
・・・
 
 
 

「アルフィーは私の所に住めばいいだろ」

「で、でも、その、遠いから……」

 腕を組んで眉を寄せている恋人をじっと見つめ返すことが出来ず(普段から出来ていないが)アルフィーは俯いた。
 アンダインは不機嫌だったが目の前のトカゲに対して怒っているわけではない。納得いかないのは、アルフィーの地上移住のことだった。

 アンダインはロイヤルガード隊長として先に地上で住居を構えていた。といっても、それは人間政府が用意した陸軍施設内の仮屋である。仮屋とはいえ一般的な住居より大きく十分な住処であり、アンダイン以外にアルフィーが一匹転がり込むには十分な広さがあった。アンダインは恋仲の彼女をそこに呼び込む算段だったが、アルフィーは元王室所属科学者として人間の通信システムを学ぶためのエンジニアチームに入らなければならず、チームの科学者は暫く、これも用意された研究施設エリアの、人間の科学者も住まうアパートメントに期間限定で入居することになっていた。

 いずれイビト山を中心にモンスターの住居地区が開発されていくだろう。それまでの短い時間ではあるが、暫く別々で生活しなければならない。それを伝えられた英雄は現在絶賛気分を害していた。

(仕方無いのはわかっているが)

 アルフィーは求められればそれを達成するために無理をする質があり、当然王の頼みとあればプロジェクトに参加しないという選択肢は彼女の中に無い。そしてそんな気質をアンダインも知っている。
 しかし地下で数か月、同じホテルで生活していた愛しのトカゲちゃんと急に離れなければならない事実は騎士としては愉快ではない。
 アルフィーの言う通り、アンダインの仮屋は研究エリアと少し離れており、まだ様子の分からない地上を毎日通勤させる方が危険に思えた。アンダインは暫く口を曲げていたが、眉間の皺を解いて言った。

「なら、私がアルフィーに会いに行けば良い」
 
 
 
  ◇
 
 
 
 実際に引っ越してみると人間規格の居住空間は不便なこともあったが、アルフィーは物語や映像データで見ていたそれらに一々感激気味だ。

「これが本物のトイレ……!」

「ただの下水につながる水場じゃないか」

 トイレのドアの前で目を輝かせているアルフィーに向かって、アンダインはへそ曲がりな事を言った。実際、モンスターには用が無い設備であり、人間ですら衛生面でも長居する場所ではない。二人が身を置いている間も、1度も開かれることはなかった。
 風呂場やキッチンを確認しながらアルフィーの私物をどんどん運び込んでいく。

 地上へ出る前に、アルフィーは身の回りの物を殆ど手放し、本当に大事な私物やグッズを数箱に大事にしまい、その他は処分してしまった。ホテル暮らしをしなければならなかったのもあるが、ラボが調査のために閉鎖されることになった為に私物を多く置いておけなかった。
 地上へ行けば最新のみゅうみゅうグッズが嫌と言うほど手に入るし、過去に作った大なり小なりな発明品もまた作ればいい。と自分を慰めながら泣く泣くオタクグッズも含め片付けた。アルフィーは元々物が多かったが、そのほとんどは手作りの機械類や地上の古い書籍。研究資料等は国へ返還し、後継へ引継ぎすればよかった。それ以外の私物はそんなに多くなく、引っ越しはアンダインが一人手伝えば事足りてしまった。

「お前、白衣以外の服は?」

 アルフィーの衣類をクローゼットへ移しながらアンダインが呆れたように言った。その中に、大事に畳まれているワンピースを見つける。

「そ、それは、大事なものだから……端の方にかけといて」

 それはアンダインがアルフィーに贈った一着。まだ一度しか袖を通されていないそれは、一度騎士の涙でシミを作ったのは記憶に新しい。言われるままクローゼットの端のハンガーにかけながらアンダインの口元が緩む。感想を聞いていなかったが、自分のプレゼントは気に入ってもらえていたようだ。だが、アルフィーの衣類はそれで最後のようだった。

「……これだけ?」

「えっと、その」

 とモジモジしているアルフィーの仕草に肯定の意味を受け取って、アンダインは苦笑いした。ぎこちなく笑みを返す恋人の黄色い頬を撫でる。ぷにっとしたトカゲの肌を撫でていると眠気を誘うようで、大きな牙をのぞかせて欠伸をする。壁にかかった備え付けの簡素な時計は遅い時間を指しており、窓の外の空もすっかり夜更けとなっていた。地下と違って外が時間と共に明るくなったり暗くなったりするのを新鮮に思う。

「残りの片づけはまた明日だ」

 そう言って、アンダインはエアベッドのスイッチを入れた。一応、ダブルベッドサイズに広がる設計で、アルフィー一人なら悠々と眠れる広さがあったが、膨らませてみると二人が眠るには少し窮屈に見えた。ホテルの大きなベッドに、不可触の推し英雄に触れないよう何とか離れて眠っていたオタクは内心頭を抱える。

「私、ソファで寝よ、かな……」

「どうして」

「ベッド、ち、小さくない?」

「くっついて寝れば問題ない」

 アンダインがブーツを脱いでベッドに寝転ぶと、エアベッドがふわっと揺れた。そして、アルフィーを促すようにマットレスを軽く叩く。

「いい加減慣れろ」

 アルフィーがおずおず頷いてそっとベッドに座る。ラボで愛用していたベッドなので懐かしさはあるが、そこに気軽に寝転がっているアンダインに気を取られておちおち懐かしさに浸ってはいられない。
 横にもならずに両手の指を遊ばせて徐々に顔を赤らめていくアルフィーを見て、アンダインは体を起こした。既視感のあるそれはホテル暮らし一夜目と同じだ。
 関係は恋仲となったのだから焦る事は無いと、地下では「心の準備」というのがまだ出来ていない彼女のそれを待っていたが、好きな女の子が毎晩隣で眠っているのに触れられないのはアンダインにとっていささか……いや非常に、忍耐を強いられることだった。
 引っ越しの忙しさにそんな気持ちも忘れようと努めていたが、一息つくとまたアルフィーに焦らされている状況を恨めしく思い始める。そんな気持ちが見え隠れする声音で

「そんなに嫌?」

 と呟くとアルフィーが慌てて首を振った。だが、アンダインの懸念は消えず、地下での数ヵ月のホテル生活を思い出していた。アルフィーはいつまで経ても彼女の言う心の準備が出来ないようで、夜はベッドの端に丸くなって眠っていた。アンダインが手を伸ばすとビクつきながら目を瞑って青い指の優しい愛撫に耐えていた。アンダインはその度にどこか彼女を虐めている気になり、小さな罪悪感を募らせていった。

「や、ち、違うよっ、その、き、緊張しちゃって」

「何故だ」

「それは……っ。色んな、理由が、ありまして」

「色んな、って……一つじゃないのか?!」

 自分と彼女の間にそんなに幾つも障害があってたまるか、とアンダインはベッドの端に座る相手に詰め寄る。

心臓ソウルが持たないからだよ!)

 アルフィーにも言い訳がある。ただでさえ近い距離に戸惑っているのに、どうして尊い彼女を眺めて眠れようか。毎晩一瞬でも焦がれる相手の寝顔が目の端に入る度に、それだけで心乱されてしまう。それをわざわざ本人に説明するのは、なお恥ずかしい。
 複雑な本心がやんわり伝われば楽なのだが、スケールの大きな勇者様はそんな些細な事を察する繊細さなど持ち合わせていないだろう。そしてやはりそんな思考に気付かないアンダインがアルフィーの傍まで擦り寄り、後ろからそっと抱きしめた。トカゲの小さなソウルは飛び上がる。

 数秒、腕の中のアルフィーが黙ったまま動かないので、心配になり顔を覗き込む。耳まで熱で赤くなったアルフィーの瞳が潤んでいた。

(なッ、泣かせた?!)

「ソ……」

「ソ?」

「……ソファで、寝る……!」

 アルフィーの濡れた瞳に狼狽え、腕の力が弱まった刹那にトカゲの体がするりとベッドから落ち、リビングへ逃げいった。残された魚人はショックで固まっていたが、すぐに彼女を追って部屋を出る。

「ご、ごめん、アルフィー! ソファには私が寝るから、お前はベッドを使え」

 言いながらソファに丸くなって顔を隠してるアルフィーの背中を撫でると、アルフィーは首を振ってさらに丸くなってしまった。

「許せ」

「アンダインは、わ、悪くないよっ」

「お前を泣かした」

「泣いて、ないよ」

「……」

 アンダインは隣の寝室へ戻り毛布を一枚持ってきてアルフィーにかけてやると、彼女の頬に軽くキスをして、また寝室へ引っ込んでいった。
 ドアは開いたまま。離れていてもどこかお互いの気配を感じられる狭い一室。アルフィーは先程ベッドの上で抱きしめられた衝撃から鎮まってくれないソウルを落ち着かせるのに苦労していた。

(ごめんね、アンダイン……)

 形ばかりかもしれないが恋人である彼女の愛情を上手く受け止められない罪悪感でさらに胸が締め付けられ、少し触れ合っただけで情緒乱れる自分のメンタルの弱さにも嫌気が差す。こんな拒絶のような態度を取ってしまって、どう思われただろうか。

(きっと呆れられた)

 頭では「いつものことだ」とわかっているのに悲しさは癒えず、アルフィーは無理矢理目を瞑った。
 
 
 
  ◇
 
 
 
(何をやってるんだ私はッ!!)

 アルフィーが涙しているところは見ていないが、自分の行動が何かしら彼女の心を乱したのは確実だった。相手が腕の中から離れていった瞬間の切なさが未だに忘れられず、アンダインはベッドの上で眉を寄せながら固く目を閉じ思考の海を彷徨った。
 謝って許しを得たいのに、許すも何もアルフィーは始めからこちらを責めたりはしない。ただ頑なに体を縮こめて畏縮し、自分の殻に閉じこもってしまう。勿論そんな姿を望んでいないし、相手を傷つけたいわけじゃない。

「…………」

 目蓋を開けると電気を消した部屋の暗がりがそこにあった。それは更にアンダインを黙って考え込ませた。
 自分は何がしたいのだろう。アルフィーが生きていればそれで良かった。アンダインの願いはモンスターたちの安寧を守る使命の全うであり、アルフィーの無事と幸せだ。それだけで目的は達成されている。リセット前に抱いていた恋しい彼女と親密になりたい気持ちは、そういった深刻な問題の陰に隠れたままアンダインの無自覚の領域にくすぶっており、だが消えたわけではないらしい。今思えば欲深いとも思える感情に苛立ちすら覚える。恋心の為に余裕がなくなり相手を圧倒してしまっているのは本末転倒ではないか。

 しかし、アンダイン本来の気性が、面倒臭い程の感情を受け入れるのにそんなに時間を要さなかった。

(私はアルフィーが欲しいんだ)

 逃げられても、悲しませても、どうにか涙を拭って、守り、アルフィーの傍に居たかった。それはどうしようもない衝動だ。アルフィーの死を受け入れられなかったのは、彼女を手に入れたい、失いたくないという自分勝手な欲望エゴだったのだ。

 思えばリセット前、アズゴアの死に沈痛しながらもなんとか堪え、トリエルの治世に代わる地下でのこの先を騎士隊長という身の上として考えていたはずだ。なぜなら王の死は、騎士には王自身の決断に思えたからだ。あえて無情な順位をつけるならば、師匠であり指導者であり国民の平穏の象徴でもあった王アズゴアと、一科学者のアルフィーでは、アズゴアの方が死んではならない存在だ。だがアンダインにとってはアルフィーの死は呼吸を止めるほどの悲傷を伴った。勿論、アンダインの中で連続して大事なモンスターが亡くなった事が哀惜の限界を超えてしまったことも、アズゴアの長い悲しみを憂いたことも、あらゆる事が複雑に絡み合い、ケツイの切っ掛けとなっていたことは言うまでもないが、兎も角魚人は自身にとってアルフィーが失ってはいけない至上の存在であることを、失ったあの時に痛感し、彼女との短い同棲生活で徐々に自覚していった。
 そしてこんな何てことない触れ合いで、それは確信へと変わっていく。

 珍しく長い時間考え事をしていたアンダインがふと意識を現実へ戻すと、時計は夜中を過ぎていた。隣の部屋から微かにアルフィーの寝息が聞こえる。
 音を立てないようにベッドを抜け出し、そっとアルフィーに近寄って、眠っている彼女を毛布ごと抱き上げた。そして、寝室のエアベッドへゆっくり降ろして毛布をかけ直すと、まだ彼女の温もりが残るソファへ体を預けた。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 アルフィーが目を覚ますと、引っ越しの直後というのもあり、新しい部屋で一時寝起きの脳が混乱した。それと同時に昨晩リビングのソファにしがみついてアンダインを落胆させてしまったのは夢ではなかった筈なのに、寝室のエアベッドの上に自分が寝転んでいるのを不思議に思う。
 覚醒しきらないまま慌てて寝室から飛び出すと、リビングやバスルームにもアンダインの姿は無かった。

(いよいよ嫌われちゃったかな)

 そう思うと自然と涙が溢れて来る。悲しむぐらいら最初から気持ち良く受け入れれば良いものを。

 アルフィーはとぼとぼと寝室へ戻ると、サイドテーブルに置きっぱなしになっていた自分のスマートフォンの画面を表示した。アンダインから何気ないように「早めに帰る」とメッセージが入っており、その数文字がアルフィーを安心させる。
 拒絶したいわけではないのにこちらに伸びるアンダインの手を払いたくなってしまう天邪鬼な自分の行動はどうしたものだろうか。

「今夜、謝って、そ、それから……」

 ぶつぶつ呟きながらアルフィーも出掛ける支度をした。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 アンダインはポケットから使い慣れないカードを取り出した。アルフィーが駐屯している施設に入るためには、セキュリティのために部外者は入館の際に都度発行されるカードキーを持つことになっている。
 無人の自動ドアに設置されたガードリーダーにカードキーを翳すと、扉が開いて無機質な廊下が現れた。廊下の左右のガラス張りの部屋は外から中が良く見え、地下のラボほど圧迫感は無い。

「アルフィー、迎えがきたよ」

 ガラス越しにアンダインの姿を見つけた白衣の人間が、アルフィーに声をかけた

「彼女のお陰で根を詰めずに済むな」

 と、別の人間が笑う。アンダインがアルフィーを迎えに来ると言うことは、定時を優に越えていると言うことだ。そして、威圧的な彼女が通ると目立つためか時間感覚を取り戻したエンジニアらは皆自然と帰り支度をするようになった。

 驚いたことに研究者たちは皆モンスターに友好的だった。それはアルフィーが人間に友好的なのと同じ理由で、強い好奇心のためだ。ある男性はわざわざアンダインに声をかけた。

「あなたがアンダイン。地下の英雄。会いたかった」

「会いたかった?」

 アンダインは怪訝そうに眉を寄せた。人間が悪意の無い笑顔を向けるのが不思議だった。

「今度話を聞かせてください。アルフィーも一緒に」

 部屋を出てきたアルフィーに気付いた男は彼女にも笑いかけた。アルフィーが笑みを返すところ、同じチームの人間らしいとアンダインは推測して頷く。
 二人で施設を出たところでアルフィーがアンダインを見上げて言った。

「さっきの人はね。昔話のモンスター……えっと、つまり、私たちのこと、ずっと研究してたんだって。だから、エンジニアじゃなくて、学者さんなんだけど」

「お前と同じだな」

 アルフィーが笑う。

「それで、二、ニンゲンだけど、私に凄く良くしてくれるの」

「ふうん……」

(アルフィーに一番良くしているのは私だがなッ!)

「誰にもやらん」

 そう、アルフィーに好意を持っていようが、いやだからこそ、モンスターだろうが人間だろうが、彼女を奪われたりしない。そんな嫉妬心だけはうっかり口に出してしまい、アンダインはむっと唇を結んだが、アルフィーはただ小首を傾げた。

「アッ、アンダイン、き、き、昨日は……ご、ごめんね」

「お前が謝ることなど無い。ただ……その……」

 赤い瞼が伏せるのを、アルフィーは珍しいものを見る気持ちで唖然と見つめる。

「まだ私の事、好き? お前に、嫌われてなければいいけど……」

「へっ?! わっ、私が、あなたを嫌うなんて……」

 アルフィーは赤くなって俯いた。

 アパートメントはもうすぐそこだったが、アンダインは足を止め、釣られてアルフィーも立ち止まる。一緒に部屋に入って良いものか、迷っていた。

「弁えているつもりだ。私がお前を想う気持ちと、お前が私に向けてくれる気持ちは違う」

 アンダインの言葉にアルフィーは頷きそうになった。

(私は気まぐれに選ばれたひとりだもの)

 ちっぽけな自分が英雄を想う帰依するような恋心は勇者様本人にはわからないだろうし、そんな自分の強い敬愛に比べればアンダインが向けてくれる優しさは、万物を照らす太陽の光と同じく誰にでも与えられる博愛で、自分だけの特別なものではないのだ。

「私がお前を想うのと同じようにお前に想われたいというのは私の我が儘だ。でも強制はしないぞ」

「う、うん……?」

「昨日みたいに拒否してくれても構わない。……私の傍を、離れなければ」

「へ……?」

「お……っ、お前にとって悪い話じゃないぞ! 地下……否っ、世界で一番お前を大切に出来るのは私だからなッ!」

 そこでアルフィーは、自分が大事なことを伝え忘れているような気がして、瞼を伏せた。

(私、ちゃんと言ったっけ……アンダインに、ちゃんと言ったっけ?)

 彼女に迫られ、隠している好意を慌てて小出しにしたことは何度かあるし、乞われて頷いたこともある。だが、元々吃音も激しい自分が慌てて伝えた言葉で相手が理解しているとは思い難い。

(でも……)

 自分の好意を誰が喜ぶのだろうか。しかも、オタクじみた崇拝のような気持悪い恋心を、彼女に伝えて嫌われてしまうかもしれない。

(でも……)

 数メートル先の角を曲がればアパートメントの建物。昨晩自分に伸ばされたアンダインの切ない腕が思い出される。

「アッ、アンダイン……!」

「なっ、なんだ……?」

「あ……う……」

 もう言ってしまえ!と意気込んでも、言葉を用意していないアルフィーの喉は詰まったように閉じてしまった。アンダインが震えるアルフィーの背中に触れて「冷えるから」と歩くよう促す。

「今晩も、泊っていいか?」

「う、うんっ、好きに入ってよ! そ、そ、その、今夜は、ベッドで、寝て」

「お前がベッドを使え」

「あっ、き、昨日は……ッ、その、こ、こ今夜はい、いい一緒に……!」

「い……一緒に? 良いのか?」

 部屋の入り口で突っ立ったままのアンダインにアルフィーが思い切り頷いて、青い指を取って部屋に招き入れる。昨日一緒に過ごしたのに、アンダインはそこに初めて足を踏み入れた気がしたし、アルフィーも自分の行動が大胆に思えた。
 アルフィーから手を触れられたことが無かったアンダインは半ば放心しながらアルフィーをただ見つめていた。その視線に耐えられず、掴んでいる青い指をぱっと手放す。

「そうだっ、け、今朝起きたままになってて……片付けしてくるっ」

 寝室へ駆け込みそうになるアルフィーの黄色い指をアンダインが拾う様に取って止めた。

「無理強いはしたくない」

(アンダインは無理強いなんかしてないっ)

 アルフィーはまた自分が気持ちを伝えていないことを思い出して慌てて口をパクパクさせては首を振って言葉を探した。
 アンダインはじっとアルフィーの言葉を待っている。

「私、が……あなたのこと、どれぐらい好きか……知らない、の?」

「少しは、好きだろ?」

「す、少し……」

「私たちは恋仲だ。少しぐらい、私に気があるだろ?」

 アルフィーはまた首を振った。

「……どれぐらい想っているか、なんて、どう言えば良いのかな」

「そ……そうだな。でも、具体的には言える」

「ど、どうやって?」

「同じ事を言うが。私は誰よりもアルフィーを幸せにする自信がある。お前のためなら何だってするし、必ず守る。その代わり、誰にも渡さない。それが私の愛」

 それは、愛のために何が出来るかという具体的な行動であり、覚悟であり、アンダインが示すことが出来る愛の重さの指標だった。

「アルフィーは、私の側に居てくれる、笑ってくれる。それがお前の愛だと思っている。十分だ」

「わ、私……」

 アンダインの基準で言えば、なんとか言葉に出来そうだ。誘導されるようにアルフィーは頭の中でアンダインのために自分が出来ることを考えた。だが、彼女の為にしたいこと、与えたいものが、想像するだけでも多すぎた。

「アンダインのためなら、私……。な、何でも、作るよ! なんでも、あげるよ。そんなに、良いものは持ってないけど……で、でも! そう、全部!」

「ぜ、全部?」

「そうだよね、アンダインが望めば、な、何でも、あげればいいんだ。好きにして貰えば、良かったんだ……照れてないで、さ」

「……」

「アンダインは、私の、太陽……希望、なの! 綺麗で、明るくて。だ、だから、眩しくて、目を、背けたり、しちゃうけど、嫌いなことなんか無くて……む、むしろっ」

 アルフィーが息継ぎの為に一呼吸置いた隙にアンダインも喉を鳴らす。

「あなたを見ているだけで、し、幸せなの」

「っ……前にも、そうやって、寂しいことを言ったな」

「ち、ち、違……っ。別にそ、それで良いとか、それ以上は望まないとか、そういうんじゃなくて。す、好き、で、好きで、それで、困っちゃって」

「困る?」

「う、うん、その、困るって言うのは」

 アルフィーが言葉を探して視線を泳がせているのをアンダインはじっと見つめていた。

(私と同じ気持ちなのか?!)

 という希望がアンダインの中で芽生えて途端に動悸が激しくなる。アルフィー可愛さに困惑する機会が滅法増えた。アルフィーを想うことでアンダインは毎日のように困っているのだ。それは、嫌な気持ちではなく、寧ろ甘い毒のように自分を夢中にさせるものだった。困っているのに嫌じゃない。アルフィーに振り回されて、自分はそれを望んでいる風ですらある。

(アルフィーも、少しぐらい同じ気持ちで私を見てくれてるのか……?!)

「私のこと、愛してる?」

「うん」

 アルフィーが間髪入れずに呟いて。それから二人の顔は同じタイミングで赤らむ。

「私も、お前を愛してる。 同じ気持ちで嬉しいぞ!」

「う、うん……」

(同じ、なのかなぁ……)

 嬉しそうに笑う魚人に向かってそんな野暮な疑問は言えず、アルフィーは両手で顔を隠しながら頷いた。

(本当にそうだったら、夢みたいだな……)

 そんな空想に想いを馳せるアルフィーの内心など知らず彼女を抱き上げて、アンダインが胸に抱きしめる。

「ごめん」

 と呟くとアルフィーはただ首を振った。何に謝ったのかも曖昧だったが、お互い感覚として理解していた。そして、アンダインは彼女を抱いたまま寝室へ入っていった。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 アルフィーを抱て眠る心地良さにアンダインはうっとりと浸り、何度も抱き直して柔らかい体を胸に押し付けた。塵になった彼女を抱き締めた時から、こんな風に思いきり生きたアルフィーを抱き締めることにずっと焦がれていた。
 アルフィーが戸惑う仕草をするたびに

「窮屈か?」

 とか

「嫌じゃない?」

 とアンダインが顔を覗き込むのを必死で首を振って否定し、ひたすら

「好きだよ、アンダイン」

 と呟いて広い背中に精一杯手を廻して、無自覚に魚人を喜ばせたのだった。

 
 
 
FIN