Memories of Soul 4 end
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連載:Memories of Soul
人間はともかく地上の自然は最高だ。アンダインは鼻腔を広げて公園の空気を吸い込んだ。アルフィーの話では数回訪れているとのことだったが、季節が変われば園内を彩る花も変わる公園はアンダインだけでなくアルフィーにとっても毎回新鮮で、来園者を飽きさせない場所だった。
太陽の恩恵は想像をはるかに超えてあらゆるものを美しく照らしている。
記憶を失ってからアルフィーと外出するのが初めてのアンダインは初デート気分に浮かれていたが、それを悟られてはいけないと構えていた。好きな女の子を上手くエスコートし、好感を持ってもらいたいという下心と、しかし軽くめかしたアルフィーが可愛いくて叫びたいのとで、両極に揺れていた。
「そんな格好もするんだな。可愛いぞ」
「こ、これ? あなたに、も、貰ったの」
我ながら良いものを贈ったな、とアンダインは過去の自分を褒める。
アルフィーが纏う黒地に白ドットのワンピースは、カジュアルな場所にも上品な場所にも着て行けるようなマルチなデザインだ。そのため着る機会が多いのか、愛用しているのか、使用感が見られる。
「随分着てるのか?」
「うん。お気に入り、だし。いつも、ア、アンダインが、褒めてくれる、し」
いじらしい理由に、アンダインは木漏れ日を落とす木々を見上げて密かに悩ましい吐息を吐いた。
(そうやって無意識に私を翻弄していたんだろうな……)
アルフィーはそんなアンダインの文句など露知らず、もじもじしながらお気に入りのワンピースの裾を撫でる。
「古くなってるなら、新しいのを贈りたい」
「で、でも、これ、気に入ってるし」
「捨てろとは言わん。どんな服が好み?」
アルフィーは首を振った。ファッションセンスなんか自分にはないと思っているので、アンダインが選んだものを言われるままに着ることが多いのだ。
「アンダインが選んだ物なら、何でも……。で、でも、そんな、いいよ」
「……別に、お前を物で釣ろうなんて思ってないから、安心して私の好意を受け取ってほしい」
関係の見返りを求めて贈り物をするのではない。ただ、アルフィーが他のモンスターや人間に心奪われそうになった時は、容赦はしない。そんな考えが過って、それを打ち消すように頭を振った。この強い独占欲はどこから来ているのだろうか。以前はどう制御していたのだろうか。
アルフィーばかりに視線を奪われていたアンダインは気を取り直そうと公園を見回した。
「アルフィー見ろ、ボートだ。どこかで借りれるみたいだな」
公園中央の広い池にはボートが並んで浮いており、何艘かは人を乗せて池のあちこちに浮かんでいた。管理小屋まで足を延ばすと、案内係が一瞬モンスターの二人に驚いた顔をしたが、直ぐに笑って声をかけてくれた。
「ローボートの方が難しいので、初めてでしたらスワンボートがオススメです」
アンダインは池に浮いているボート郡を眺めたが、見ればスワンボートは座席スペースが狭く、アルフィーが尻尾を畳んで座るには居心地が悪そうだったし、長身のアンダインにも窮屈そうだった。
「あれは小さい。任せろアルフィー。ローボートでも私がちゃんと操作してやる」
それを聞いた案内係が二人をローボートへ案内する。操作説明を軽く受け、アンダインは先に乗り込み、アルフィーの手を取ってボートへ導いた。
アンダインからすれば泳ぐ方が早いが、やはり魚であるためか、オールの使い方は上手かった。簡単に池の中央までボートを漕ぎつけると、アンダインは得意げに鼻を鳴らした。気持ちよさそうに風を受けるアルフィーはさぞ楽しんでくれている事だろうと期待する。
「上手だね」
「ふふん」
湖水の水面に反射する光がアルフィーの瞳を下から照らし、小さな瞳を眩しそうに細めた。アンダインはそれを美しいと思ったが、眩しそうなアルフィーのためにさらにボートを進めて人目も遮る木陰の下へ舟を着けた。それでも不思議なことにアンダインにはアルフィーの瞳が相変わらず輝いて見えた。
「お前は綺麗だな」
「えっ」
記憶喪失してもなお自分に向けて甘い言葉を放つアンダインを、アルフィーは内心恨めしく思う。
アルフィーにとって綺麗なのはアンダインの方であって自分ではない。アンダインは友人への愛に盲目になっているだけだ。
「……どうして、私の事好きになっちゃったの」
「また」という接続詞を辛うじて言わずに耐える。アンダインはアルフィーの質問に特に考え込みもせず
「忘れた」
と答えた。アルフィーが「そうだよね」と困ったように笑う。
「それ、大事な事?」
その言葉には揶揄や苛立ちなどなく、心底純心な疑問しかこもっていなかった。アルフィーはふとアンダインを見上げると、その無垢な視線に思わず首を振った。
「……アンダインが、私のこと、わ、忘れてくれたらいいな……て、思っ……てたの」
どこかでそれを察していたアンダインは頷いた。
「お前の望んだ通り、私はアルフィーのこと何も知らない。それで安心してくれるなら、もう知ろうと思わない。このままでいい」
過去の自分がアルフィーの心の重荷になっていたのかもしれない。それなら思い出さないほうがいい。
「でも、私は絶対にお前を忘れたりしない」
「え……」
「ここでずっとお前を想う」
アンダインはオールから手を放して自身の胸を指で叩く。ソウルに刻まれたアルフィーへの愛情は死ぬまで消えないだろう。アンダイン自身が自らの記憶喪失を機にそれを実感した。
「私が、ほ、ホントはすごく、悪いモンスターだったら、どうするの?」
「え! そうだな……」
自分の頬を指で掴んで少し考える。そしてアルフィーに視線を戻して眉を寄せて笑った。
「野放しにはしておかない。捕まえて、悪いことが出来ないように閉じ込めておく」
心強い言葉。次から次へと不安や心配事を浮かべるアルフィーの心から、アンダインは諦めることなく、一つ一つそれを取り除こうとする。
(変わらないな……)
記憶が在ろうが失おうが、アンダインの姿勢はいつも堂々としていて潔白だった。
「私は英雄だ。ロイヤルガードの騎士だぞ。お前が悪いモンスターだったら、安心して私に身を任せろ」
英雄であり、騎士であるということは、モンスターを守護する意味と、悪を封じる役割を担っているということだ。モンスターであるアルフィーが悪事を行ってもアンダインはその役割を全うし、大事な相手を守るだろう。
「……で、でも、その、本当の私は、隠し事するし、嘘つきだし」
「今のお前だって、本物だ」
アルフィーは返す言葉が思いつかず黙って俯いた。アンダインの言う通り、過去を隠していようと本来の本性が変わるわけがない。自分はかっこつけて上辺を取り繕うことすら出来ていない。
視線をボートの底に落とすアルフィーに、アンダインは慌てた。小さい膝の上で落ち着きなく絡まる指に手を伸ばす。
「過去が忌まわしいなら、私の前で知らないふりをすればいい」
嫌がられたら離そうと思いながら、怖ず怖ず黄色い指に自分の手を重ねた。アルフィーの指が止まる。
悪には厳しい英雄は、番のモンスターは甘やかしがちだ。アンダインの優しい言葉と暖かい手の平に、アルフィーの罪悪感は沸々と膨れ上がっていった。自分は何のために嘘をついたのだろうか。咄嗟に真実を隠したのが始まりだった。否、もっと前、眠ったアンダインが運ばれ帰ってきたとき、自分の事を忘れて欲しいと願った。それは何のためだったのか。アンダインに、傷ついて欲しくないと願っただけだった。アンダインが生きて幸せでいてくれたらそれでいいと思っていた。アルフィーの目には、自分を愛してしまったばっかりに悲しんだり怒ったりしているアンダインが、不要な不憫を被っているように映っていた。
しかし実際は、嘘をついて真実を隠してもアンダインを相変わらず困らせ、それなのに彼女は今も自分に手を伸ばしてくれる。
アンダインは「あ!」と声を上げて触れていたアルフィーの手を掴んだ。
「……私が思い出すことを心配してるのか?! た、例え思い出しても、また頭打って忘れるッ!」
「…………ふ」
無茶苦茶なセリフにアルフィーは思わず笑った。けれど、涙も一緒に零れる。
「怪我しない、でよ……心配したんだから」
「心配してくれたの?」
「ぁ、あ、当たり前だよ……! だって、私……」
「……」
「す、好きだよ、アンダインが、大事だよ。……私、馬鹿な事願っちゃったな」
良く考えれば、アンダインがもし記憶を取り戻し、それで自分の嘘が露呈して嫌われても、アンダインが幸せならそれでいい。アルフィーは自分の望みの原点に立ち返ると、何故かおかしくなった。
もういいやという気分で、アンダインに捕まっている手で彼女の長い指を握り返す。
「嘘ついてごめんね」
すべて話してしまおう。相手が忘れてしまったなら。一部は既に公になった自分の罪である。アルフィーが口を開く直前、アンダインが叫んだ。
「……アルフィー!!」
「は、はいっ!」
「思い出したぞ! おい! ひ、酷いじゃないかッ!」
「あわわわごめんなさいぃッ!! え、え、何?! ま、まさか」
「思い出したんだッ!」
「なんで急に?!」
アンダインが急に立ち上がったので、小舟が大きく揺れる。
「なッ、何が友達だッ!! 私は数日お前の気を引こうと……ッ」
揺れた船にバランスを崩して、アルフィーがボートから落ちかける。アンダインが咄嗟に手を取って彼女を胸に抱き上げた。それから揺れが収まるのをじっと待つ間、アルフィーはアンダインの腕の中で久しく忘れていた抱擁にソウルが騒ぐのを鎮めようと必死だった。
「……取り乱した。ごめん」
この数日アルフィーの気を引くために試行錯誤していたのは確かだが、記憶を取り戻してみれば、それは以前からだったと思い返す。アンダインの荒れかけた気は舟の揺れと共に徐々に静まっていった。思い出してみればアルフィーが何を隠したくて嘘をついていたのかも今では明確で、それを責めることはアンダインには出来なかった。しかもそれは、いつかバレるような小さな嘘。利巧さを持っていても悪知恵は働かないアルフィーがアンダインにはいたく愛しかった。
けれどその小さな嘘はアンダインにとって大事な真実を隠していた。そんな愛しの番を今は少し恨めしいと思う。
「アルフィーはつれない」
「ごめ……ん……」
「私を弄んで楽しかった?」
「そんな……!」
アルフィーの瞳がじわりと潤むのを見てアンダインはまた慌てた。可愛さ余って憎らしく思うことがあっても、この瞳のせいでアルフィーを強く責められないし、本心から憎むことも出来ない。彼女を憎もうとも思えない自分は弄ばれてもどうしようもない。でも、今日は流石に少しぐらいは仕返ししてやりたい。そんな気持が消えなかった。
「悪いやつ。それに嘘つき」
とうとうアルフィーの瞳から涙が流れてアンダインの肩に落ちた。その瞬間抱擁が強くなる。仕返ししたいと思いながらアルフィーを少しも傷つけたくないとも思っている。自分の行動のちぐはぐさにアンダインは唇を噛んで当惑した。
「でも、愛してるんだ」
青い腕の中で身じろぎして、アルフィーが漸く困ったように笑った。
「……変なの」
地下の名物英雄は悪も嘘も嫌いなはずなのに、身内贔屓なところは騎士らしい。
アンダインは番の笑顔に安堵して、今度は拗ねた表情を作ってアルフィーを見つめては、やれ「私と友達に戻りたいの?」とか「愛してるって言って」などと甘えてアルフィーを困らせ、気が済むまで彼女を抱きしめていた。
そして暫くの間アンダインのそんな甘い仕返しが続き、離れていた時間を埋めようと奮闘する一方、アルフィーは一層枚挙に遑の無い愛情表現を、悶々と必死に受け止めるのに苦労した。
アンダインが記憶を取り戻したところで、何も変わらなかった。二人は相変わらず初々しいままであったし、周囲は相変わらず二人を番だと思って接していた。ただ王だけは、騎士にかかった呪いが解けたことを感じ取り、相変わらずそれを言わずにただ微笑んで紅茶を啜った。
END
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