相性の悪い二人 – 2

Alphyne
小説
連載

「どういうつもり、ヒーロー様?」

「お前に何がわかる」

 メタトンとアンダインが睨みあう。ここは一般的な都会のカフェだが、その2階はメタトンのプライベートルームになっていた。アンダインに似つかわしくない優美なカップが彼女の前に置かれると、二人のただならぬ雰囲気にウエイトレスは慌てて下がった。

 アルフィーの様子がおかしいことに最初に気付いたのはメタトンだった。彼はアンダインにコンタクトを試みたものの、連絡の理由も話す前から魚人は不機嫌さを隠しもしなかった。そしてスターは、悩ましい吐息を吐きながら大体を察した。

 アンダインはメタトンに、アルフィーへソウルの干渉を迫ることが出来なくなってしまったと白状した。おそらくこの勇者が望めば、あの拗らせ女子は彼女に総てを差し出すだろう、ということはかの友人を知るメタトンにとって疑いようは無かったが、だからこそ、と言おうか、それ故に、と言おうか、アンダインは自分から手が出せなくなってしまったようだ。

 アルフィーは相変わらず塞ぎ込んでしまい、二人同じ空間に居るのに心はどこか離れているような時間が数日続いていた。そこにメタトンから連絡が入り、彼にプライベートをわざわざさらけ出そうという気のないアンダインは日頃の鬱憤も込めて電話越しに噛みついたが、俳優も兼ねているメタトンは煽るのも上手く、気付けばアンダインはこのような場をセッティングされてしまった。

「わかんないし、君を責めるつもりは無いよ。どうせアルフィーがいじけてるだけだ。いつものことでしょ」

「アルフィーは悪くない」

「いいや、君たちはどっちもお互いに悪い相性だったのさ。そんなの、解りきってた」

「なッ……!」

 アンダインが目を見開いてメタトンを睨む。

「何を驚くんだい? もしかして、自分達は相性ピッタリだとでも思った? 君たちが一時でも番になれたのは、君の執着心とアルフィーの惚れやすさがたまたま合致しただけだよ」

 心当たりあることをズバズバと突きつけられ、アンダインの顔が歪んだ。だが、食ってかからずにはいられない。

「そ……ッ、そんなことあるか!」

「君のアルフィーに対する執拗さが悪いと言うつもりはないけど。その愛に応えるだけの器があの子に無かったってことだ」

「お前に彼女の何がわかる」

「逆に、君は僕より彼女を知った気でいるの? それでこのザマ?」

「~~ッ!」

「おっと、そんな顔をしても無駄だよ。僕、何も怖くないんだから」

 アンダインは項垂れて息を吐いた。メタトンは優雅に足を組み直す。そして、クラシカルな花柄のポットの紅茶をカップに注いだ。

「小さい器に大きな情を無理やり注ごうとした。それでパンクしちゃったんだ」

 メタトンはポットを傾け続けた。カップから紅茶が溢れて受け皿に落ち、そこで「おっと」とわざとらしくポットを置く。
 アンダインは明確にメタトンの言葉を否定できなかった。思い当たることがありすぎる。アルフィーの器が小さいとは思わないが、自分の愛が重かったのは指摘された通りかもしれない。自分の青い握り拳が軋むのを他人事のように見つめた。

「助言を……くれないか」

「待ってよ。そりゃ助けてあげたいけど、僕にだって無理だ」

「私よりアルフィーと付き合いが長い」

 悔しさを食い縛り、言う。アイドルの返答はつれなくも優しいものだった。

「なに言ってんの。ソウルを覗き合った仲の癖に」

 言われ、アンダインはテーブルに落ちた視線を左右に揺らす。
 勇者のこんな姿、いったい誰が想像できるだろう。消沈したアンダインを見つめながらメタトンは自分の黄色い友人を思う。

(ねえ、アルフィー。英雄を殺す気?)

 メタトンは困ったように、白い人差し指で自身の顎を撫でた。その溜め息に煩わしさを乗せはしなかった。

「周りの皆は解ってるんだ。彼女には君しか居ない。でもね、僕は君たちは全然違う二人だってことも知ってる。そんなこと、皆知ってるさ。真逆のモンスターが一緒にいるのは大変だよ」

「……」

「アルフィーは誰とも深く関われない。僕だって、きっと無理」

 メタトンは対面のアンダインへ少しだけ身を乗り出す。

「でも君は、彼女が心を開くまで絶対に諦めないんだろ?」

「そうだ」

「だから、君しか居ないんだよ」

 アンダインが要領を得ないといった顔でメタトンを困惑した顔で見つめた。

「もう、わかんないかなぁ。君、一度はあの捻くれた面倒臭い心を開いたんだから、同じようにやれば良い。どうせまたアルフィーは逃げるけど、それでも君は追いかけるんだから、問題ないよね」

「お前の言う通りだ。でも、彼女を傷付けたくない」

 メタトンはチェアの背凭れに凭れかかった。「なんてお優しい事を」と呟く。アンダインらしくない、と思ったが直ぐに自省して首を振った。アルフィーに対するアンダインはいつも一貫して喉が焼けるほど甘ったるい。目の前の狂暴そうなモンスターは見た目だけは乱暴だが、彼女を乱暴に扱ったりしない。だからメタトンはどんなに二人の関係がこじれても安心して無視を決め込んで居られる。

 アンダインは悩んでいるようだが、結局彼女はアルフィーの小さい器から熱い紅茶が溢れようとも、淹れることを止めることはできないのだ。それをメタトンは知っていた。

「零れた紅茶は二人で拭けばいいでしょ」

「は?」

 メタトンはアンダインを指差してキザったらしくピストルを向ける仕草をする。

「めんどくさい子に心奪われちゃったってことだよ」

 眉を寄せた英雄の顔を見て人気アイドルは満足気に笑った。メタトンのウインクからネオンカラーの星が飛んでくるような気がしたアンダインは、心なしかそれを避けるように身をよじった。

「精々頑張ってアルフィーを幸せにしてよね」

 メタトンはベルを鳴らしてウエイトレスを呼ぶと、店のケーキを幾つか包むよう頼み、それをアンダインに持たせた。

「二人で食べて」

「有り難う」

「くすぐったいな。君のそういう素直なところ、嫌いじゃないよ」

 多忙なアイドルは次のスケジュールに向かうために席を立った。アンダインは彼の言葉から解決策を得られないまま悶々と自分も席を立つ。その時、フロアの入り口から聞き慣れた声がメタトンを親し気に呼んだ。

「ごめん、遅れた?」

「時間通りだよ、アルフィー」

 その名にアンダインも顔を上げる。アルフィーと目が合うと、お互い驚いた。

「呼び出してといてなんだけど、僕は急用ができたから、アンダインとケーキでも食べてゆっくりしてって」

「え! う、うん……。相変わらず忙しそうだね」

 アルフィーの頬に挨拶のキスをして、アンダインに目くばせする。アルフィーに対して普段こんなあいさつなどしないが、アンダインを揶揄いたいばかりに彼女への接触が増えてしまうのはメタトンの悪い癖だ。アンダインが反射的に牙を見せてメタトンを睨むと彼はくつくつと笑いながら颯爽とフロアから出て行った。

 取り残された二人は立ち尽くしていた。自分たちのほかに客も居らず、ウエイトレスがカウンターで視線を逸らしながら様子を伺っているので、アンダインはアルフィーに席に着くよう促して紅茶のお代わりを注文した。

「……私の事、話してたの?」

「いや、まあ、少しな」

「……ごめんね」

「あいつはただ、お前を気にかけて、私に色々忠告した」

「ち、忠告?」

「変なことは言ってないぞ。アルフィーを大事にしろと」

 振り替えれば、終始あのゴーストは総じてアルフィーを気遣うことしか言葉にしなかった。アンダインに対してからかいを込めた厳しい意見も全て、アルフィーへ向けた彼の友愛だ。
 アルフィーは苦笑いをした。

「嫌だなぁ。アンダインは十分私を大事にしてるのに。余計なお世話だよね」

 言いながら、アルフィーが肩をすくめる。彼女が珍しく軽口を言うのも、メタトンとの親しさから出ているものだ。アンダインは自分とメタトンに対するアルフィーの細やかな仕草の違いに、少しだけ寂しさを覚えたが、それがネガティブなものでないものも解っていた。

 紅茶が運ばれて来たので、アルフィーはその間口を閉じた。

「……悪いのは、私なのに」

「違う、私が……!」

 アンダインがテーブルを叩いた。食器が品の無い音を立てる。

「なにが駄目なんだ。どうして私から逃げる」

 アルフィーは何から説明すれば良いのかわからず俯いた。自分自身の感情が整理できていない。

「アンダインは、私が傷つけられたら、怒ってくれる」

「当たり前だッ」

「で、でも、私は弱いから……アンダインを怒らせてばっかり。貴女にはもっと強くて綺麗なモンスターの方が」

「お前以外と番うつもりはない」

 アンダインは声を荒げたい気持ちを抑えて絞り出すように言った。
 一旦話を逸らそうと、話題を探す。

「今日はめかし込んでいるな」

「あ、こ、これ?」

 アルフィーが着ているのはアンダインが贈った服だった。黒地に白いドット柄のワンピースは見慣れたもので、彼女はそれをアンダインとのデートで良く纏っていた。今日はメタトンと会うためにこれを着たのだろうかと勘繰って、アンダインは少し不愉快になる。

「メタトンが『ちょっと良い喫茶店を予約したから、いつもの白衣はダメだよ』って……。私、センス良く分かんないけど、これなら間違いないかなって」

 アンダインは内心メタトンに文句を言った。ダブルブッキングをかましておいて自分にはドレスコードなど何も教えなかったのだ。おかげで履き慣れたブーツとタンクトップにジーンズという普段通りの姿で来てしまった。いや、そもそもこの喫茶店にそんなものあったのだろうか? ここはメタトン専用のVIPルーム。ゴーストの粋な計らいだったのかもしれないと思い直して、アンダインは複雑な気持ちになった。あのいけ好かないロボットは、やっぱり良い奴だ。

「可愛いぞ」

「あ、ありがと……」

 嬉しそうにデコルテの襟を撫でるアルフィーに見とれて思わず

「これからデートに行かないか」

 と口にした。

「え、ど、どこに?」

「お前の行きたいところ」

 この静かな喫茶店でゆっくり話すのも悪くないが、アンダインは気分転換に外を歩きたかった。それに、アルフィーは居心地が悪そうだった。

「アンダインが行きたいところ……なら……どこでも」

 アルフィーが洒落た提案を出せずにそう言うと、アンダインは立ち上がってアルフィーの手を取る。アルフィーが慌てて椅子から立つと、彼女にメタトンから渡されたケーキの箱を持たせて店を後にした。