それぞれの考え事_アルフィーver

Alphyne
小説
連載

 釣り合わないとか、相応しくないとか、そんなの、自分が一番わかってる。いいの、わかってる。
 でも、今は少なくとも私は彼女のつ、つ、番だし!?あ、あ、愛されてるのは、毎晩、伝わるし。……毎晩て別にえっちな意味じゃないから……ッ。毎晩ベッドで抱きしめてくれてキスして「愛してるぞ。おやすみ」って言ってくれるの、それだけ。
 スゴいことじゃない?!それなのにまだ、どこかで怖がってる。
 
 馬鹿らしい、馬鹿らしい。
 
 アンダインはいつ私に飽きるかな。
 いつも楽しそうに私の話を聞いてるけど、いつか飽きるよね。そりゃ、アンダインにはヲタクの話しなんかそんなに興味ないし。優しいから付き合ってくれてるだけだし。

 いつか私に飽きる時が来る? 永遠なんて無いんだから。それは不幸なことじゃない。頭ではわかってる。それなのに、私は心が弱いから、毎日怖い。アンダインが愛情を注いでくれる度にほっとして「まだ大丈夫」なんて思ってる。
 例え将来別れるとしても、今のうちに一杯甘えちゃえばいいって、そんな風に思えばいいのに、行動にできなくて。
 
 
あ~あ…
 
 
「なにそのため息」

 アンダインが笑いを含んだ声で言った。
折角のデートなのに、私はすっかり思考の海をさ迷って、彼女を見ていなかった。

 いつもそう。なんて、勿体ない。

 不思議なことに、考え事に耽っていると鬱陶しいほどのカフェの喧騒も全く聞こえなくなるもので、リアルに引き戻されるとそれが耳に入ってきて驚く。
 それでも、アンダインの声はハキハキと、私に耳に確実に届く。常々思うが、彼女が放つ声、言葉には、魔力がこもっているのではないか。そうでなければ私のソウルがこんなに震えたりしないだろう。

「なに考えてたんだ」

 目の前にいれられたばかりのカフェラテが置かれていた。

「私が席をはずしている間に」

「なんでもない」

「ナンパでもされたのか」

「な、ナンパなんか……私、されないよ」

「されただろ」

 アンダインの眉間のシワが深くなる。そんなことあったっけ?

「この前、ターミナル駅で」

「え?」

 この前、ターミナル駅。先月のデートのときかな。記憶を辿る。

「爬虫類マニアの男が」

「……ああ」

 あれは爬虫類マニアではない、雑誌編集社のカメラマンを名乗っていた。「撮らせてくれない?」なんて言って声をかけてきたのだ。まだまだモンスターは物珍しいのだろう「街で出会ったモンスターに聞いてみた。都会の人気スポットベスト10!」なる特集のインタビューである旨の説明を早口で捲し立てられた。アンダインが後ろから肩を叩いて睨み付けると、そのカメラマンは足早に去っていってしまったが。

「今人間の間で爬虫類が流行ってるらしい。アルフィーは爬虫類型のモンスターだからな、マニアの人間だろ」

 当時アンダインが青筋を立てながら、そんな独自の推理を展開していたので面白くて覚えていた。そんなわけないでしょ。流行ってるってどこソース? ああ本当に、彼女は強くてかっこ良くて、さらにユーモアまである。何でも持ってる。私が隣に歩いて良い相手じゃないんだよなぁ。

 また悪い風に考えちゃう。折角の楽しい思い出なのに。

「アルフィーはぽやっとしてるから変な輩に狙われやすい。私が守るつもりだけど、心配だ」

「ご、ごめん」

「どうして謝る」

 そりゃだって。私が弱くなかったらあなたを煩わせたりしないから。

「不安なんだ」

 聞き間違えかな。アンダインに不安なんかあるはず無いもの。

「あなたでも、ふ、不安なことがあるの?」

「アルフィーがうっかりナンパ野郎に拐かされやしないかとかな」

 それを聞いて、私は思わず笑いを漏らした。アンダインが驚いた顔をしたから、すぐに笑みを引っ込めた。笑うところではなかったらしい。私、だからダメなの。オタクって空気読めないのよね……。

「そんなこと心配しなくて、良い……のに……」

「この前相手しそうになったじゃないか」

「う……」

 違う。アンダインが来るまであの人間が口を閉じなかったからだ。相手してた訳じゃない。そんな言い訳したい気持ちが顔に出ていたのか、アンダインが私の付き出した唇を撫でた。唐突にこういうことするのやめて欲しい。ソウルに悪い。

「お前を責めてるんじゃない。私が側に居れば守ってやれる。だから、いつでも私の目の届くところに居て」

 もう、また。

「側に居ろ」

 アンダインってずるいの。そうやってすぐ、甘いことを言うの。それも、本人に自覚無いみたい。本当に、私が初めての恋人なのか疑わしくなるほどだ。

「し、心配かけてごめん」

「謝らなくて良い」

「だって……アンダインは私のボディガードじゃないんだから」

「私が勝手にお前を守りたいだけ。気にするな」

 気にするよ。いつか煩わしく思うときが来る。

「コーヒーが冷めちまう」

 言って、彼女は手元のカップに口をつけた。ブラックが飲めるなんて格好いいな。私はミルクたっぷりのカフェラテ。蜂蜜がかかってる。アンダインが私の好みを知って入れてくれたんだ。それに気づいて急に恥ずかしくなった。特別なものに見えるそれをひとくち飲む。ほろ苦いけど、甘くて美味しい。

「ご機嫌斜めか、お姫様」

(ああ、もう!)

アンダインがその言葉をどんな顔で言ったか、見上げることが出来ない私にはわからなかったけど、笑みを含んだ声だった。
 恥ずかしくて嬉しくてどうしたら良いかわかんない。私もなにか気の利いたこと言えたらな。彼女を喜ばせるような……。

「そんなこと……」

 まあ、なにも言えないのだけど。いつものこと。

「……今日は混むかな」

 アンダインがテラス席の方を眺めた。大通りに面したカフェは良い感じに混んでいて、外は人通りも確認できる。

 公園に散歩に行こうと約束していた。
 アクティブな彼女と暮らしてるとよくやるデートプランだ。お陰で私は引きこもってられない。まあでも、太陽に当たりに行きたいし、アンダインが嬉しそうだから、結局は楽しい。こうやってご機嫌なアンダインの金の瞳が、外の大通りから入ってくる太陽光で煌めいているのを眺めると、幸せだなぁなんて思う。

「駅から離れてるし、ひ、広い公園だから、のんびりお散歩、出来ると思うよ」

「そっか!リサーチ済みとは流石だな」

 アンダインは席を立ってカウンターへ向かった。軽食のサンドイッチとコーヒーが入った紙袋を下げて戻ってくると「公園で食べよう」と笑って私の手を取った。
 彼女は私をつれて太陽の光で煌めく大通りの人混みに一緒に飛び込む気だ。なんでもない瞬間だけれど、それだけで、ドキドキしてしまう。
 こんなときめきがいつまで続くかわからないけど、だからこそ、アンダインに伝えることが一杯あるはずだ。

「あなたとお散歩するの、す、好き」

 アンダインと過ごす一瞬一瞬が好き。未来は相変わらず怖いけど。今は幸せだ。私の手をすっぽり拳に納めてしまう彼女の手を反対の手で握り返した。カフェの庇を出ると眩しい日光が降り注いで、アンダインの表情が逆光で見えなくなる。まるで彼女自身が太陽のよう。

「私もだ」

「本当?」

「うん」

 人前なのに、一瞬私の額に彼女の唇が触れた。外だからって油断できない。本当に、彼女は私の心をいつまでもかきまわす。時に暑苦しくて、暖かくて、明るくて……。
 
 
 アンダイン、私の太陽。
 
 
 終始落ち着かないソウルをなんとか宥めながら、アンダインに手を引かれて私は駆けた。
 
 
 
FIN