ときめき二次創作_後編
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連載:ときめき二次創作
アルフィーの荷物は機械類と本、情報ディスクが多く嵩張った。アンダインが手伝わなければ、何か月も片付けは終わらなかっただろう。日常生活以外のものはあらかたダンボールにしまわれ、部屋中荷物でいっぱいになっていた。歩くのが多少困難ではあるが、一時的なものだと割り切って梱包を続ける。
「今日はアルフィーの仕事部屋のものを入れていこう」
言われた家主は頷いた。細々したオタクグッズが並ぶ部屋。難航の予感を抱く本人を尻目にアンダインの方は気にせず彼女のモノをダンボールに放り込んでいく。見かねたアルフィーが慌ててクッション材を敷き詰めた。大事なみゅうみゅうのフィギュアが壊れてはたまらない。
空になった棚が埃をかぶっていたので、アルフィーは洗面所に雑巾を取りに向かった。目当てのものが見つからず、一瞬思案した後にそれを既にダンボールに勝たしてしまったことを思い出す。ダンボールが積み上がったリビングへ向かい、いくつか箱を開けて漸く目当ての雑巾を取り出した。
「最後に雑巾がけしないといけないし」
と掃除用具も出して、書斎へ戻る。
「片付け任せちゃってごめんね、雑巾持ってきた……よ……」
書斎へ戻ると、アンダインの手が止まっていた。その手には、後生大事に隠していたファインダーが開かれていた。
「きゃああああ!!!」
「ぬあっ!?」
部屋へ入るなりアルフィーが声を上げたので、アンダインは持っていた原稿用紙を足元に落とした。バラバラと無残に床に広がるそれを見てアルフィーが二度目の悲鳴を上げる。
「そそそそそれはあああああっ!」
アンダインの足元に広がる自分の手書きの漫画。アルフィーが作っている同人誌は2つだけだった。みゅうみゅう2の同人誌(公式が気に食わないので自分で続編を妄想して描いたもの)と、アンダインと自分の同棲設定漫画ーいわゆるナマモノ同人誌。前者であればまだ良かっただろうが、アンダインの手から落ちたのは不幸にも後者のほうだった。
「読んじゃった?!」
「ごめん」
と、ばつの悪そうに眉を寄せたアンダインがアルフィーを見つめた。そんな顔をされてしまっては怒ることもできないし、無許可でアンダインを題材にして創作している自分には彼女から責められても責める資格は無い。
「……」
「……」
内容から察するに、それが秘密にされているものだということは解ることだった。アンダインは勝手に読んでしまった引け目から言葉が見つからなかったし、アルフィーもアンダインの反応を怖れて緊張で声が出ず、数秒の沈黙が続いた。口を開いたのはアルフィーの方だった。
「ご、ごめん……。気持ち悪いもの描いてて……」
もじもじと手元の雑巾をねじるアルフィーに、アンダインは首を振った。
「……これやっぱり、私?」
アンダインが原稿用紙の一枚を拾ってアルフィーに突き付けた。アルフィーの喉から小さな悲鳴が漏れる。真っ赤になったアルフィーが俯くように頷いた。
「……」
アンダインは床に落ちた原稿を拾って、改めてそれをしげしげと見つめた。アルフィーの瞳にじわじわと涙が溜っていく。
「これが、私……」
「ぜ、ぜ、全然、アンダインを上手く描けてないよね……! ししし、しかも、勝手に! お、お、怒ってる?」
「いや。でも……」
アルフィーが一瞬アンダインを見上げると、魚人の眉間の皺が深くなっていくのを見た。口では怒ってないと言いながらも、不愉快にさせたのではないかと不安になる。いや、確実に不愉快だろうと、アルフィーは確信した。現にアンダインは口を曲げて不服そうな顔をした。
「アルフィーに冷たくないか」
「…………へ?」
「なんか、こいつ、アルフィーに素っ気ない!」
「は……はぁ……」
アンダインが原稿を舐めるように見つめて難しい顔をしているので、アルフィーは突っ立ったまま動けなくなった。自作の同人誌が、品評にさらされている気分だ。魚人が何に文句を言っているのか把握できない。
「アルフィーが『愛してる』って言ってるんだから、もっと、こう……喜べッ!!」
「……」
「なぁにが『しつこいな』だ!」
アルフィーの創作物とわかっていながら、腹が立ってくる。漫画の中の自分がアルフィーの積極的な愛情表現を疎ましそうにしているのが許せなかった。アンダインにとってアルフィーの『愛してる』は珍しく、貴重なもの。それを無下にするなんて、なんと勿体ないことか。原稿用紙の自分が愚か者に見えた。そこでアンダインはハッと顔を上げる。
「こ、こういうのが良いのか?!」
「え?!」
「だから、その……アルフィーはこういうモンスターがタイプなんだな?!」
「こ、こういうって……? ああ、その、うん……。……?」
アンダインの気迫に押されてアルフィーは頷いてしまった。タイプと言えば、アルフィーのタイプは、目の前のアンダインを指すので、それを描いた二次元のアンダインを指しても半分は間違いではない。
アンダインは雷で打たれたように震駭した。度々「アンダインはカッコイイ」と言ってアルフィーは自分を褒めるが、それはクールな一面を指して言っていたのかもしれない。確かに自分はアルフィー以外には素っ気ない態度を取ることもある。だが、アルフィーは例外だ。自分が彼女に対してベタベタと執拗なコミュニケーションを取っていたことを、アルフィーは煩わしく思っていたかもしれない。そう瞬時に思い至った。
「……わかった」
「?」
アンダインはファインダーに原稿用紙を戻して、息を吐いた。それをダンボールに入れてしまう。
「ア、アンダイン、どうしたの……?」
「別にどうもしない」
「…………そう……」
アンダインが淡々と片付けを再開したので、アルフィーも訝しがりながら棚の掃除を開始した。妙な空気が部屋を満たしていた。
(嫌がられたんだ……)
アルフィーはそう確信した。身勝手な自分の妄想を、少なくとも数分はじっくり読まれただろう。恥ずかしさと罪悪感で胸が痛む。そんなアルフィーは自分の気持ちで思考が一杯だったので、アンダインが自身の緊張を顔に出さないよう必死だったのに気付かなかった。感情的な性格なのを自覚していた魚人はアルフィーが見せる一挙手一投足に感情を揺さぶられないように注意する必要があった。
お互いの緊張が緊張を高め、ギクシャクしたまま時間は過ぎて行く。疲労も無いのにアンダインの肌から汗が流れた。アルフィーも息をつく。
「この辺で終わりにしよう」
「うん。つ、疲れちゃったね」
「無理するな」
アンダインはアルフィーの額の汗を手の甲で拭ってやった。それから我に返って、手を引っ込める。
「ありがと」
擽ったそうに笑うアルフィーの可愛らしいことといったら、地下一の英雄の胸を圧し潰さんばかりの力があった。抱きしめたい気持ちを抑えて立ち上がる。
「風呂に入れ。私はもう休む」
「う、うん……」
アンダインはそのまま寝室へ向かった。ドアを閉めると枕に顔を埋める。
(無理だろ!!)
声にならない叫びを枕に押し付けた。たった数時間、彼女と触れ合うチャンスを全部無視して過ごしてみたものの、たったそれだけなのにアンダインにとって苦痛を伴った。
(笑いかけたい、アルフィーを見つめたい、触れたい、抱きしめたい、キスしたい)
様々な欲求が、制限を駆ければかけるだけ余計に膨れ上がる。
(アルフィーはこれがいいのかッ?!)
バスルームからシャワーの音が聞こえる。毎日聞いているそんな音すらも、鍛え上げられたはずの英雄の精神の動揺を誘った。だが、アルフィーが淡白な付き合いを理想としてロマンチックを感じるのであれば、やってみるしかない。
アンダインはアルフィーの喜ぶ顔が見たかったし、彼女からの愛情表現だって欲しかった。アルフィーがバスルームから出てくるまでに心を鎮めようと枕を抱きしめる。
「アルフィー……」
自分の喉から漏れる彼女を呼ぶ声音が情けなく、その弱々しさに泣けてくる。思えば、アンダインがアルフィーに対してコミュニケーションを取ろうとすると、トカゲ特有の臆病さを発揮しているのか、彼女は逃げてしまうことが多かった。
「嫌だったのか……。気付かなくてゴメン……」
枕に向かって呟いても本人に届きはしない。後で聞いてみよう、そう思ったが、いやと首を振る。今しばらくは彼女の理想のクールな恋人を演じて反応を確認したかった。アルフィーに「嫌だった?」と正面から聞いたところで正直に「うん」とは言わないだろうというのは容易に想像できたからだ。
◇
何の皮肉か、二人の関係がぎこちなくなったことで片付け作業はよりスムーズに淡々と進み、気付けば引っ越しが終わっていた。新しい家は、モンスター規格で作られた居心地良さそうな内装だった。終わったといっても、新居に運び込まれたダンボールをまた開封する作業が残っている。
「わっ」
とダンボールに足を取られたアルフィーが体制を崩しかけて、アンダインの長い腕に抱きとめられた。
「ご、ごめん」
と慌てて腕から逃れるアルフィーの無事をさっと確認して、アンダインは手を引っ込める。こんな場面でないと相手に触れられないのを歯痒く思いながら、そんな気持ちを顔に出さないように注意を払う。
アンダインが普段通り優しい仕草をしているのに、その口調や視線の一つ一つがどことなく冷たいので、アルフィーは次第に鬼胎を抱いていった。
(やっぱり、あんなもの見たら、嫌になるよね……)
数日前に見られてしまった自分の痴態の結晶は、捨てる機会も無く今もどこかのダンボールに潜んでいる。それを思うと気が滅入った。魚人の態度を素っ気なく感じれば感じるほど、隠していた趣味が罪深いものに思えてくる。
(嫌われちゃった……かな……)
そう思うと涙がじわりと瞳に滲んだ。どうせ、いずれ飽きられるか嫌われるかを待つばかりの関係だ。それなのに、いざそれを目の前に突きつけられると悲しい。折角新居に移っても、早々にここを出なければならないかもしれないと思うと、片付ける気力が沸かない。
「食事にしないか」
そう言ってアルフィーの部屋に顔を出したアンダインが床に座り込んだ彼女を見下ろす。進んでいない片付けと消沈したようなアルフィーが心配になり、思わず傍へ寄って肩を抱いた。
「疲れたならもう寝ろ」
「だ、大丈夫」
「……」
こんなときどうすればいいのだろう。かける言葉を見いだせぬまま、アンダインはアルフィーを抱き上げた。寝室に設置したばかりのダブルベッドに彼女を降ろし、布団をかけてやる。見上げるアルフィーの視線を見つめ返したい気持ちを押し殺し、寝室を出た。
アンダインが消えていったドアを見つめて、アルフィーは胸を押さえながら長い溜息を吐いた。アルフィーが先に眠るときは、アンダインがいつも額にキスを落としてくれたが、最近はその習慣は無くなってしまった。
「もう、してくれないのかなぁ……」
呟くと、寂しさをより実感する。自分からは出来ないのに、相手からはしてもらいたいなんて、都合が良い自分の考えを内心で叱咤した。せめて自身の同人誌でやっているように、相手に意思伝達できたらと思うが、いざアンダインを前にするとそれが出来ない。自分の不甲斐無さがじわじわと気持ちを侵食していく。
そもそも、この気持ちから逃れたいばかりにあんな漫画をせっせと描いて現実逃避していた。だが意中の相手に見られてしまっては、もうそれを描く気力も起きない。せめて夢の中に逃げ込もうかとも思うが、夢は夢で悪夢を見るのがまた怖かった。アンダインの腕の中でどぎまぎしながらなんとか眠るようになってからは、過去の夢も見なくなっていた。
それでも、「寂しいから一緒に寝よう」と言う勇気も無く、今日のようにアンダインと就寝時間がズレるとそれだけで心細くなった。
「……」
じっとして耳を澄ませていると、キッチンから物音がする。アンダインがまだ片付けを続けているのだろう。アルフィーは彼女が調理器具を壊していないか心配になった。先程「食事にしないか」と言っていたから、何か作っているかもしれない。折角の新居で早速ボヤ騒ぎなどあっては大変だと、アルフィーは布団から出てキッチンへ向かった。
キッチンではアンダインが食器棚に食器を並べていた。アルフィーの姿を見て、アンダインが手を止めた。
「どうした」
「アンダイン、お、お腹空いてないかなって」
「ああ」
アンダインはテーブルに転がっている彼女の歯形が付いた林檎を指した。どうやら適当に腹を満たしていたらしい。アンダインが冷蔵庫からもう一つ林檎を取り出して、それを素手で二つに割った。片方をアルフィーに手渡す。彼女の豪快さにはもう慣れたが、思わず笑ってしまう。
アルフィーの久々の笑顔を見て、アンダインも釣られて笑みを漏らした。
「パスタでも茹でる?」
「ううん、これでいっぱいだよ」
アルフィーは一口林檎に噛みついた。果物の優しい甘さが落ち込んだ気持ちを慰める。
ただ果物を食べているだけなのに、そんなアルフィーが可愛いので、アンダインはつい表情が緩んだ。それに気付き、咳払いをする。そして、ダンボールに残っている調理器具を棚に入れていく。
「手伝うよ」
「いい」
「……」
「ここは高い」
「そ、そ……だね……」
アルフィーの手の届かない場所へ普段使わない鍋などを入れていく。アルフィーはすごすごテーブルに座った。
アンダインにしては我慢強く待っていた。アルフィー自作の漫画のように、彼女からアクションを起こしてくれるのを。それも、引っ越しの忙しさがあったから出来たこと。そろそろ辛抱の限界が近いように、自身でも思われた。魚人は思わず力が入った肩を怒らせ、それを落とすために深いため息を漏らした。大事なパートナーが傍に居るのに冷淡な態度を取り続けるのは至難の業だ。
何となく、一緒に食事を取り、隣で歯を磨き、習慣づいたように寝室へ一緒に向かう。アンダインは後悔した。就寝時間をずらすことで接触欲を押させていたのに、布団に入ってアルフィーと一緒に横になると、抑えが効かなくなってしまう。
(寝る前のキスだって、数日我慢していたのに……!)
「お、おやすみ」
「おやすみ」
横になっているだけで可愛いトカゲ。彼女を見つめていては身が持たないので、視線を逸らすように背を向ける。確か、漫画の中の自分も彼女に背を向けて眠っていた。これで正しいはずだ。
とはいえ、元来から寝つきの良いアンダインはすぐに寝息を立てた。アルフィーはアンダインの寝息を数分確認して、ゆっくり彼女の背中に近づく。
「……」
静かに上下する肩、自分の腕では閉じ込めておけないほどの大きな背中。いつもアンダインの胸に抱きしめられてばかりだったアルフィーが、彼女の背中をこんなふうに眺めることは少ない。アンダインの視線が無いというだけで多少冷静になれたが、まだ同じベッドで眠るのは緊張する。
「………だ……」
アンダインが起きないか心配でソウルが音を速めて鼓動する。
「…………大好きだよ、アンダイン」
そう呟いた。眠っている相手になら、頑張ればまだ勇気を出して言える。少しずつ練習すれば、捨てられる前にちゃんと気持ちを伝えられるようになるかもしれない。明日もきっと彼女は背中を見せてくれるはずだ。アルフィーは、切ないなら有難いやら、複雑な気持ちになった。きっとこのぐらいの距離感が丁度良いのだ。そう思って目を閉じる。
「ヌ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!」
「ぎゃあ”あ”あ”あ”あ”あ”?!?!」
アルフィーの意識が入眠に入る直前、アンダインが叫び声をあげて身体を起こした。掛け布団は大きくめくれ上がりアルフィーからも引っぺがされる。急なことにアルフィーは目を覚まして一緒に叫んだ。
「もおおおおおお我慢ならんッ!!!」
「なな、な、なにがぁあああ?!」
アンダインが戸惑って蹲るアルフィーに覆いかぶさるようにベッドに手をついた。勢いでベッドのスプリングが軋み、アルフィーが両手で顔を覆って目の前のモンスターと揺れの衝撃に耐えようとする。
魚人はまだ理性が残っているようで、肩で息をしながらアルフィーを見下すところで留まっていたが、荒い鼻息はその理性が崩壊寸前だと物語っていた。
「ひぃいい……っ」
「私もお前の事大好きだッ!!!」
「き、聞こえてたのおっ?!」
アルフィーが背後で動く気配で意識が少し覚醒していたアンダインは、夢現にアルフィーの呟きを聞いていた。目が覚めてしまったアンダインの脳内でアルフィーの言葉が何度もリフレインし、ぷちん、と忍耐の糸は切れてしまった。
アルフィーを見下ろす大きな影は目の前の小さいトカゲを食らわんばかりの勢いに見え、アルフィーはおののいた。アンダインは落ち着くために舌なめずりをしたが、それは傍から見れば逆効果であったし、魚人自身にとっても鎮静の効果は薄かった。
「あわわ……っ」
「だ、だ、抱きしめても……良いか!!」
「え、え、えっ!?」
「駄目かッ!?」
「そそそそんな駄目だなんてっ、わわわ、私のことはすす、す、好きにして、ぃ、い、良いよ!!」
言い終わらないうちに、アンダインは腕をアルフィーの背中に差し入れて彼女の腰を抱き寄せた。来るであろう強い抱擁に瞼を硬く閉じて堪えていたが、アンダインの抱擁は思ったよりソフトで優しいものだった。
それ以上、何も無かった。アルフィーは自分の肩でゆっくり息をしているアンダインの呼吸を聞きながら、そっと目を開く。まだシーリングライトもとりつけていない質素な天井を見つめて放心していたが、我に返ってアンダインの背中に腕を回した。
「急に、ど、どうしたの?」
アンダインの腕に力がこもり、抱擁が強まる。ソウルの鼓動が伝わってしまうのではないかとアルフィーは焦った。耳元でアンダインが言葉にならない呻き声を低く漏らしていた。
暫くアルフィーのこめかみに頬擦りしてから、アンダインはのっそりと身体を起こしてアルフィーを見下ろす。当惑しているアルフィーを目下に、一瞬言葉を失う。
「お……怒ってる……の?」
相手の目には自分が怒っているように見えるのか。そう思うと急に悔しくなってアンダインは瞳にじんわりと涙を滲ませた。自分の強面は嫌いじゃないが、この時ばかりは憎らしい。
潤んだ金の瞳にアルフィーは慌てた。青い頬に手を伸ばして、そっと撫でる。
「ごめん……ね……」
「……謝らなくていい」
アルフィーの柔らかい指に頬を擦り寄らせ、赤い瞼を伏せる。
「私は自分を偽れない。すまん」
「え、な、なに……?」
「お前を愛しているし、構いたくて仕方ない。甘えたいし甘やかしたいし」
「ファッ!? あ、う……!?」
「アルフィーは嫌なのか? こんな私の事好き? お前の描く私の方が、良い?」
「え! あ、その、え、と」
真剣な面持ちで拗ねたようなことを言うアンダイン。青い頬から手をひっこめようとした黄色い指を魚人に掴まれてしまったのでそれも出来ず、アルフィーは顔を逸らして言葉を探した。「お前の描く私」というのが、数秒何を指すのかわからなかったが、直ぐに件の自作漫画の事だと分かって首を振った。
「現実のアンダインが、い、一番カッコいいよ! い、一番、す、好き……!」
「ほ、本当か!」
アルフィーは力いっぱい頷いた。自分は出来る限り現実に近いようにアンダインを描いたと思っていたが、実際は本人が言う様に三次元と二次元で乖離があったのだろう。どことなく冷めた雰囲気を纏っていた直近のアンダインを思い出して、アルフィーは自分の書いたストーリーを思い出そうとした。自作の漫画と、自分へ向けられる非現実的にも思える強い愛情を受けるリアル、それらはアルフィーの歪んだ認知と整合性を取るのに時間を要していたため、アンダインがアルフィーの漫画に抱く違和感について気付くことが出来なかった。思えば確かに最近の魚人は二次元の本人を模倣しているように見えた。
自分が思うより、目前の英雄は自分を大事にしているのだろうか? という思いが過ったが、それも半信半疑に留まった。
(でも、現実のアンダインが一番なのは、本当だし)
二次創作がリアルという公式を凌駕することなどありえないという見解なのは、オタク気質のアルフィーからすれば言うまでも無い。
現に、涙も落とさんばかりに眉を寄せていたアンダインは、アルフィーの言葉に表情を一変させてニッコリと満足そうに微笑んだ。
「数日我慢してたから、今日はその分いっぱい構ってやるぞ」
「へ……?」
「アルフィーは楽にしていろ」
そう言ってアンダインは再度アルフィーに覆いかぶさった。耳元で「可愛い」だの「好きだ」だの「愛している」だのしつこいぐらいに囁かれ、あらゆるところに唇を滑らせてくるアンダインに対して好きにさせようとは思うものの、暫く体を楽にして休むなんてことは出来ないとアルフィーは覚悟した。
FIN
↓おまけ↓
「あれは何だったんだ」
「あ、あれって……あわわわっ、わ、忘れてよぅ……!」
「でも、アルフィーはあれが良いんだろ?」
「あれが良いって言うか、その、あれは、手の届かない相手とご都合主義的に一緒になるようトンデモ展開で描いてるというか、同じコマに並べて楽しんでたというか……うう、言わせないでよぅ……っ」
アルフィーは自分で言いながら恥ずかしさで両手に顔を隠した。アイドルとの夢小説を描いているのと一緒なのだ。たまたま相手が自分を恋人に選んだということがイレギュラーで信じがたいことなので、その現実を受け入れて噛みしめる前に二次創作に逃げていただけだ。
アンダインは絶句して眉を寄せた。
(こんなに愛しているのに……!)
まだアルフィーの心の準備ができていないうちに彼女のソウルを暴こうと思わないが、いずれ繋がれる日が来たら、自分の本心を存分に思い知らせてやるとアンダインは内心静かに意気込んだ。それまでは言葉や行動で示すしかない。
彼女が自分に対して「手の届かない相手」と未だに称していることは遺憾だが、彼女ばかりが悪いのではなく自分の振る舞いが分かりにくいのが原因なのではとも思った。もっと熱く、激しく、彼女に愛を伝えれば、いつか実感してくれるはずだ。
(アルフィーが描いているのはあくまで彼女の理想だ)
アンダインはアルフィーの手を取って甲に唇を押し当てた。
「現実の私の方がずっとお前の事を幸せにしてやれる」
「へえ!?」
「それを教えてやるぞ」
アルフィーにとっての一番は自分でありたい。次元を超えた自分にすら、負けたくない。
「あれ、もう一度見せろ。絶対負けないから」
「だだだ、だめだよ!……『負けない』って何!?」
「まずは敵を知らないと」
「敵って誰!?」
アンダインが好戦的に独眼を細めて、必ず目の前のモンスターの感心とときめきを勝ち取ると宣戦布告を決意した。
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