二人きりの結婚式
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連載:二人きりの結婚式
アンダインの眉間の皺は刻一刻と深くなっていった。今日はアルフィーと出かけるためにやっと開けた休日だった。東洋を象徴する文化的な花が豪華に咲く木が植えてあるという広い公園へ、花見に行く約束をしていた。目的の場所では花を目当てに人間だけでなくモンスターも集まって賑わいを見せていた。
「サクラってすごく綺麗!オレこの花大好き!」
いつもなら可愛い愛弟子の笑顔ですら少々腹立たしく見える(可愛い事には変わりないが)。パピルスはアンダインに拾った薄ピンクの小さな花びらを突き付けて笑っていた。
(まあ、いいか)
と思う一方、本来アルフィーと二人きりの甘い時間を過ごしていたと思うとため息も漏れる。
アルフィーに視線を向けると彼女はメタトンとサンズに挟まれて談笑していた。
「この時期人間がこの花をモチーフに色んな商品を展開するんだよ。僕の来年の写真集にも入れたいな」
「俺もサクラで出して貰おうかな」
「それジパングの隠語」
何が面白いのかアンダインには解らなかったが3人で爆笑している。アルフィーが楽しそうなのは良いことだ。
「アンダイン」
少女の声がアンダインを呼ぶ。パピルスと手をつないでいる彼女の、出会った頃の幼さはどこへやら今年で15、6にはなったのだろう。このころの子供の成長は目を見張るものがある。パピルスはそんなことも気にしていないのか、出会った頃のように彼女の手を引くことが癖になっているらしかった。フリスクもそれを拒まないので、こうして二人で歩いていると仲睦まじい恋人にも見える。
「ふふ、怒ってる?」
「何で皆私とアルフィーのロマンチックデートに付いてくるんだ」
アンダインはわざとらしく口を曲げたが、フリスクとパピルスがおかしそうに笑っている姿を見ているうちに、既にいじけた気分は消えていた。
「まあ、良いんだ。私たちは普段からロマンチックな時間を過ごしているからな。たまにアルフィーを貸してやっても、怒らんぞ」
そう言ってアルフィーを挟むサンズとメタトンに向かって顎を指す。
「惚気ばっかり」
クスクス笑うフリスクの手を、パピルスがふいに離した。そして足元の花びらを拾って、少女の頭に乗せる。
「似合うよフリスク!」
「ありがとう」
仏頂面がデフォルトのアンダインもそのやり取りを眺めていたら自然に口角が上がる。純粋な二人には優しいピンク色の花が良く似合うなと魚人は思った。勿論、自分の番の可愛いトカゲにも、この花はよく似合うだろう。
「落ちてる花びら全部拾ってフリスクにつけよう」
「おい止めろ」
「心配しなくてもアンダインにも拾ってあげるから」
「要らない。止めろ」
アンダインとパピルスのやり取りを、笑いながら見ていたフリスクが前方のメタトンの背中にぶつかった。
「どうしたの?」
「ご覧よ」
メタトンが長い腕を指した先の広場に白い豪華なドレスを纏った新婦と、そのドレスと同じオフホワイトのタキシードでめかしこんだ新郎の姿が見えた。都内の真ん中に広がる広い公園には、近くにいくつか教会がある。おそらく近場で式があったのだろう、ゲストが周りを囲んで楽し気に写真撮影をしていた。
一行はしばし足を止めてその様子を眺める。アンダインは、以前フリスクの警護をしたときに参加した結婚式の事を思い出した。それはフリスクも同じだったようで
「モンスターには結婚式をする習慣が無いって言ってたけど」
とアンダインを見上げた。
「お祝いはするぞ。アズゴアとトリエルの結婚の時は盛大な式を執り行ったらしいからな」
「アルフィーとアンダインの結婚のお祝いしてないよ」
「気持ちだけで十分だ」
アンダインはアルフィーの方へ顔を向けた。彼女は花嫁と花婿へうっとりと視線を向けている。人間の文化が好きなアルフィーの事だ、勿論結婚式の文化ぐらい知っているだろう。憧れていないかといわれれば、おそらく憧れているだろうし、実のところアルフィーは憧れを持っていた。
それなのに、花見を終えて自宅へ戻り、アンダインから結婚式の提案をされた彼女は
「別にいいよ」
と返した。
「アンダインはしたいの?」
そう聴かれてアンダインは自省する。アルフィーが望むかどうかしか考えていなかった。自分の望みはどうだろう。黙っているとアルフィーが続けた。
「公園で見たでしょ? お祝いする側なら楽しいだろうけど……中心に自分が居るのは恥ずかしいよ。それに私、ドレス似合わないだろうし……」
アルフィーの台詞のいくつかに物申したかったが、アンダインは黙って聞いていた。アルフィーが自分の気持ちを話しているときはアンダインはそれを遮って邪魔したりはしない。
「アンダインはしたい?」
もう一度聞かれて、魚人は頷いた。アンダインはアルフィーのウエディングドレス姿が見たかった。
「そうだ、ドレスだけ買えばいいのか!」
「え?」
「私、アルフィーがあのキラキラした白いドレスを纏うのが見たいだけだ。あれはどこに行けば手に入る?」
「え……え~っと……」
アンダインがジーンズパンツの尻ポケットからスマートフォンを取り出して「フリスクに聞こう」と呟いたのでアルフィーは慌てて止めた。
「ウエディングドレスは買えるよ。安いものじゃないけど……」
「私が買う」
断るタイミングを悉く潰されてアルフィーは口を開けたり閉じたりする。
「わ、わ、私のは良いから、アンダインのを買おうよ」
「私の? 何故だ」
「私も、アンダインのドレス姿が見たいな。私よりずっと綺麗だよ」
アルフィーが望むことは叶えてやりたいと思っているアンダインである。それならば着てもいいだろう。大事な番が挙式を嫌がるのなら、しなくても構わない。だが折角のドレスだ。
「やっぱり式は嫌か?」
アンダインが再度確認すると、アルフィーは俯いて所在無さ気に両手の指を絡めた。
「違うの。私、べ、別に、したくないんじゃないの。ただ、アンダインが結婚式をするなんて、お……大騒ぎになるから。あなたはヒーローで、人気者だし。きっと大勢が参列したがるよ」
「……」
「あなたのファンの中には、私の事、気に入らない人も居るし……」
モンスターだけでなく人間にも名が知れたアンダインが式を催すとすれば、大きなニュースになるだろう。アンダインはアルフィーが一時インターネットを通して軽微な悪意を受けて体調を崩した事を思い返した。
「そんな奴、私がぶっ飛ばしてやる」
アルフィーは首を振った。そんなことをすればやはり大事になる。アンダインも分かっている筈だ。それでも英雄は自分の愛する者の為に黙っていることはしないだろう。
「誰にも文句は言わせない」
アンダインはアルフィーの手を取ってしゃがむと、じっと彼女の碧眼を見つめた。数秒もしないうちに伏せられてしまったアルフィーの瞼に軽く唇を落とす。アルフィーの頬がさっと赤くなるのを観て、一瞬膨らみかけたアンダインの怒りが収まっていく。
親しい者たちにだけ参列してもらう方法もあるだろうが、騒がしいメンツが揃っているので情報はいずれ漏れるだろう。そうすれば遅かれ早かれ話題に上る。
アンダインはアルフィーが養生したメタトンの別荘地区を思い出した。あのロボットに言って、あそこのプライベートビーチを貸してもらおうと思い立った。
◇
メタトンは特に理由も聞かず、友人カップルの為に快くオーシャンビューの見事な一番大きいコテージを用意した。アンダインとアルフィーはそこへ1週間ほど宿を取った。前回宿泊した時と違い、アンダインの機嫌や良し、ノートPCの持ち込みも許され、アルフィーも内心興奮気味だった。
「大勢も困るけど、二人きりってのも、それはそれで困るな……」
「どうした」
「な、なんでもないよ」
アンダインはコテージの玄関に荷物を無造作に床に置く。彼女自身の荷物は少なかったが二人分のウェディングドレスは大きなバッグを二つ運び込む必要があった。
二人きりの結婚式をしようと決めてから準備を進める傍ら、アンダインはアルフィーから人間の結婚式について話を聞いて軽いカルチャーショックを受けていた。人種によっても様々な婚姻の形があり、意味や様式も異なるそれ。であれば、自分たちも自由にすればいいとなり、特に予定も決めなかった。
言ってしまえばウェディングドレスを着るだけのお遊びだ。それでもアンダインはアルフィーが望む形で番の誓いをしたかった。
「や、やっぱり恥ずかしいなぁ」
アンダインがコテージ室内の壁に二人分のドレスをかけると、それを眺めながらアルフィーが呟いた。パンツタイプのシャープなカットのドレスはアンダインのものだった。光沢のある素材がアンダインのシルバーブルーの肌と良く合う。
アルフィーのドレスはチュールをふんだんに使ったプリンセスラインの豪華なもので、スパンコールが散りばめられた華やかなドレスだった。二人きりの結婚式なので当然ブライズメイドなど居ないが、それでもアルフィーのドレスには裾の長いものを選んだ。アルフィーがオーダー店で纏ったそれがアンダインに非常に好評で、魚人はハイテンションに「可愛い!」と何度も連呼し、店員の勧めもありこのドレスになった。
「私しか見ない」
「う、うん……」
(だから恥ずかしいんだけど)
二人だけの予定。急ぐ用事は一つもない。好きな時間に眠り、目覚める。ウェディングドレスも、好きな時に好きなだけ楽しむ。風月を楽しみ、心行くまで美観を愛でる。休日を合わせることが出来なかったので昼間はお互い仕事に時間を割かなければならなかったが、それ以外は好きに過ごそうとなった。
「日の出を見よう」
というアンダインの提案があり、二人は前日に早々ベッドへ潜り込み、夜が明ける2時間以上も前に寝室を出た。目を擦るアルフィーを抱き上げてアンダインがバスルームへ連れて行き、彼女のローブを脱がせようとするので、その時点でアルフィーの目は完全に覚めてしまった。
浴槽にはメタトンの趣味と思われるアメニティが用意されており、籠一杯の薔薇やローズウォーターが並んでいた。メタトンが用意したものと思うとキザったらしい気もするが、アンダインは湯船に浸かるアルフィーの上から籠をひっくり返して薔薇を湯船に落とす。
「ほっといても枯れちまうしな」
そう言われてしまうと、アルフィーも嫌とは言えず、黙って薔薇を見つめた。花に埋もれるアルフィーをしばしうっとり眺めた後、自分も浴槽に入る。大きな体躯のアンダインが入ると薔薇が浴槽から溢れそうになったので、魚人は笑いながら薔薇とアルフィーを同時に抱えるようにアルフィーを股の間に抱き込んだ。たまに二人で入るときはこの方がアルフィーが大人しくなることをアンダインは学習済みだ。向かい合うより顔を見合わなくて良い反面、密着度が高まるのでそれはそれでアルフィーのソウルは騒ぐのだが、アンダインはそこまで知らない。
「良い匂いだ」
薔薇を鷲掴んで自分の鼻に押し当てるアンダインの仕草は優美とはかけ離れているのにアルフィーの目には美しく見えた。目覚めて数分の出来事にアルフィーは言葉も出ずあたふたとされるままにされていたが、ようやく
「そうだね」
と照れ笑いをした。浴槽に浮かんだ薔薇をひとつ手に取って自分も鼻に押し当てる。自分には到底似合わないような優雅な薔薇の香りが鼻腔に広がる。メタトンらしい。
「あと数時間で日が昇る。その前に、一緒にドレスを着て、浜辺へ行こう。それから……」
アルフィーの耳元でアンダインがこれからの予定を高揚しながら語る。暴走しそうな自分に気付くと、慌てて「それでいい?」とか「アルフィーはどうしたい?」などと番の希望も伺った。
「アンダインの好きにしていいよ」
アルフィーが呟くと、アンダインは彼女の腰に回した腕に力を込めてアルフィーの黄色い頭部に頬擦りする。
噎せ返りそうな薔薇風呂を後にして、そのまま各々のドレスを着こむと、アンダインは胸を押さえてパートナーのドレス姿に何度もため息を漏らした。
「ロングトレーンを選んで正解だったな! お姫様みたいだ……」
アルフィーが動くたびにドレスの引き裾が重く、アンダインがそれを持ち上げてやらなければコテージを出ることも出来なかった。アルフィーはアンダインに好き勝手弄られヘッドドレスやメイクを施されて変わっていく自分の姿を鏡に見ながら、違和感がずっと拭えないでいた。それでも、アルフィーもアンダインの髪にヘアアクセを散りばめる作業が楽しくて、二人で鏡の前で夢中になってお洒落を堪能していた。
コーラルピンクのリップをアルフィーの唇に乗せながら、アンダインが喉を鳴らす。我慢できずに紅を引いたばかりのそこにアンダインが嚙みついた。まだ香水も振っていないのに、風呂で浸かった薔薇の香りとお互いの香りが混ざって媚薬のように二人の身体を熱くした。
「折角着たのに……」
言いながらアルフィーの背中の編み上げのリボンをそっと撫でる。口にしなくても「脱がせたい」という意味が言葉の先に込められているのが分かる。緊張で息を止めているアルフィーがちらりとアンダインを見上げると、金の瞳に海の地平線から顔を出しかけた太陽が映った。アンダインはコテージの外に顔を向けて叫ぶ。
「行こう!!」
直前まで甘く細められたアンダインの瞳がカッと見開いたかと思うと、彼女はアルフィーを抱き上げてコテージを飛びだした。ころころと移り変わるアンダインの表情に翻弄されながら、アルフィーはアンダインにされるまま浜辺へ連れられた。彼女を浜へ降ろすとアンダインは自分の履いていたヒールを脱ぎ捨て、寄せる波が届くところまで歩く。二人のドレスの裾が濡れたが、アルフィーは日の出の魅力から目を離せなかった。
「アルフィー! 綺麗だぞ!」
「う、うん! そうだね」
アルフィーがアンダインを見上げると、爛々と輝く瞳と目が合う。アンダインは太陽そっちのけでアルフィーを見つめていた。
「綺麗だ……私のお姫様……」
アンダインの口から甘い言葉が吐かれるたびにアルフィーのソウルが切ない音を上げて縮こまる。
(あわわ……! し、死んじゃう……ッ)
アルフィーがこれ以上は堪えられないと思えば思うほど何故かアンダインは言葉を畳みかけてくる。魚人はドレスが濡れるのも気にせず番の前に膝を折った。
「私、お前のこと一生大事にする! だから、ずっと傍に居てくれ……!!」
「……え……え……!」
「愛してるぞ」
そこでアルフィーは思い出した。結婚式は、もう始まっていたのだ。アンダインが恭しく口を開き、跪けば、そこはどんな場所でも厳かな式典の場となってしまう。
彼女が以前アルフィーに騎士の誓いを立てた時もそうだった。ラボの前の十字路。特別な場所でも何でもなかった。
― 私はお前の騎士だ
その時のアンダインと重なる。
「約束してくれるか。私の傍に居てくれるって」
「……」
「私はお前の事を離さないぞ。けど……。だけどお前にもそれを望んでほしいんだ!」
アルフィーは急に目頭が熱くなり、涙が流れてきた。アンダインの言葉に感動したとか、このムードに流されてとか、そういうことではなかった。自分はずっと、心のどこかで永遠にはアンダインと居られないと思っている。だからアンダインが「傍に居て」と懇願するたびに有耶無耶な返答しかできなかった。本心では彼女の傍に居たいと思っているにもかかわらず。
「居るよ……!」
アルフィーは大声を張ったつもりだったが、思ったより声が出ていなかった。それでもアンダインには十分届く声だった。もう一度息を吸い込む。
「アンダインのこと、あ、あ、愛してるよ……! 傍に……居たいと思ってるし、ゆ、夢にまで見てたよ……ッ。それなのに、私……そんなこと出来ないって思ってる……」
「どうしてだ!」
海風が二人を撫で、一瞬、凪いだ。
「分からない。分からない……っ」
自分の気持ちをどう言葉にしていいか分からなかった。アンダインは眩しすぎる。自分は闇を抱えすぎている。アンダインの隣に居るのは怖い。それなのに傍に居たい。傷つけたくないのに傷つけてしまう。困らせたくないのに困らせてしまう。身動きが取れない。蹲って泣いてしまいたい。
しゃがみ込んで膝に顔を埋めてしまったアルフィーの腕を、アンダインが乱暴に掴んだ。砂浜にアルフィーを押し倒し、その顔を覗き込む。アルフィーは両手で顔を隠そうとしたが、両腕を掴まれてそれも出来なかった。
「もうどうでもいい……ッ」
「え……」
「お前が私の傍に居たいなら、それ以外の事はもう、どうでもいいだろ」
「……」
「十分だ。お前も、他の事をごちゃごちゃ考えるのを止めろ。今だけは」
「い……今だけ……」
アンダインが頷いた。帰ったらまたうじうじと悩めばいい。でも今は……
「今二人で此処に居ることだけ、感じていれば良い」
享楽的な考え方。でも、きっと今のアルフィーに一番必要な思考法なのかもしれない。過去を悔い、未来を憂い、現在目の前に居る愛する番を見ていない。
今だけならいいか……と、アルフィーの身体から力が抜けた。今だけ思い切りパートナーの甘言に浸ってしまえと、声も無く頷く。
アンダインの顔がアルフィーに近づいて、唇が重なる。先ほど倒れ込んだときに跳ねた海水のせいで少しだけ塩辛いキスだった。目を閉じても昇った太陽の光が瞼を照らし、まるで天国に居るような心地がした。塵に成れば消えてしまうモンスターには天国も地獄も無い。それでも、目を閉じて素直に愛に浸れば極楽はそこにあるのだと、太陽と番が教えてくれているようだった。
「私と生きると誓え」
思考力を奪われたアルフィーはただ頷くことしかできなかった。それでもアンダインは満足せず
「誓え」
と言葉を強請る。もう曖昧な返答は許されない。
「誓います」
口付けの合間の息継ぎに、ようやくそれを言うと、アンダインがニヤリと笑って今度は満足気に頷いた。
「じゃあ私も」
「このアンダイン、あなたを絶対に離さないと、誓います」
FIN
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