Under Small

Alphyne
小説

※モンスターたちが小さい妖精の設定です。
 
 
 



 
 
 

 昔々、まだ魔法が世界に潤いをもたらしていたころ。禍々しい異形の姿をしたモンスターと人間は争っていた。戦争に勝利した人間は魔物たちを地下深くへ封印し、世界に平和が訪れた。

 
 
 
 ……というのは人間が話す伝説。
 
 
 

 実際のモンスターたちはイビト山の森の深くに今でもひっそりと暮らしている。

 魔力で体が構成されているモンスターたちは、世界から魔力が失われてしまったことで今では野に咲く花と背丈が変わらない程小さくなってしまった。彼らが姿を消したのは人間との戦争ではなく、人間が利巧な頭を駆使して星のエネルギーを枯渇させたことが要因だ。
 山のカエルや子ウサギ、小鳥たちと肩を並べるサイズになってしまったが、小動物たちとは存在自体が一線を画すモンスターは人間同様コミュニティを形成し、人間から科学力も拝借しながら生活している。地下に封印されたわけではないが、イビト山の地下にも彼らの住処は広がっているので、伝承が便宜上噓だったとしても全て偽りではない。

「人間は魔法の源である自然を食う。今日も頼むぞ」

 子亀のように小さいが、数百年生きている亀のモンスター、ガーソンは目の前の魚人…いや、魚に言った。
 人の踏み入ってこれない領域を作ることは大切な事だった。ロイヤルガードの役目は森に迷い込んだ人間を追い払い、定期的に脅かすことで森の領域を守ることだ。

「お前は特に魔力が強いからな」

 アンダインはこっくりと頷いた。脚鰭をバタつかせてぴょん、と近場の岩に飛び乗ると、周りを見回す。近くに生き物がいないことを確認して数秒、地響きが鳴り、亀の目の前に巨大な魚人のモンスターが現れた。

 アンダインは若い戦士だった。普段は魚の妖精のような姿をしているが、持っている魔力と決意の力が強いため、彼女は姿を変えることが出来た。そういった強いモンスターはロイヤルガードに選ばれ、人間に干渉する役割を担っている。危険な仕事だった。特に彼女は腕力も強かったので、モンスター界では英雄扱いだ。このような巨人の姿(といっても人間より少し大きい体躯だが)は他のモンスターたちが観たらお祭り騒ぎになるほど貴重な物だったが、それを目の前にガーソンが溜息を吐く。

「見せんでよいわ!」

「あれ、ごめん」

 アンダインは頭をかくと直ぐに体を小さくさせて岩場に飛び降りた。赤い長髪を小さな尾鰭にしまい、体をはたく。魔法の塵を巻き散らかされたガーソンは咳き込んだ。ガーソンの周辺がキラキラ光っている様が面白いのかアンダインは指さして笑う。
 ガーソンがのっそりと彼女に近づいて、足払いをすると、バランスを失ったアンダインは岩場から転げ落ちた。それでもお腹を抱えて笑っていた。

「行ってきます」

 といって草むらの向こうへ消えていくアンダインを見送り、ガーソンは正義感の強い好戦的な弟子を思ってもう一度溜め息を吐いた。

 
 
 
  ◇
 
 
 

 普段は平和なイビト山。アンダインは特に人影にも遭遇せずに麓の方まで足を伸ばした。肝試しやら好奇心やら、でなければワケアリの人間がよく迷い混む山道の付近まで近づく。
 人の足跡すら確認できる危険な山道を、能天気に渡る黄色いトカゲ姿を見かけてアンダインの目が見開いた。タンポポのように小さいモンスターが駆けている。トカゲのくせにずんぐりむっくりしている姿は知人の彼女しか知らない。

「アルフィー!」

 アンダインが草むらから飛び出してアルフィーを引っ掴む。驚いたのはアンダインだけではなく捕まったアルフィーもだった。
 草影に連れていかれてアルフィーは小声で「ごめん」と謝った。怒られるだろうと思ったのだ。モンスターにとって危険なエリアなのはアルフィーも承知だった。予想通り、アンダインは眉を寄せてアルフィーを睨む。

「危ないぞ。何をしていた」

「そ、その……」

 アルフィーが大事そうに抱えているのは人間の世界の記録端末だ。それをチラリと横目にアルフィーが苦笑いする。

「綺麗なメモリーカードが落ちてたの」

「そんなものを探したいのなら、私に声をかけろ」

「でも、ア、アンダインは忙しいし」

 魚人は小さくため息を吐いた。アルフィーの人間に対する探求心は、本人のおどおどした態度とは裏腹に強いものだ。それを知っているのでアンダインは気を揉むことが多かった。
 大事なガールフレンドが危険を顧みず人間界へ降りていこうとするのを何度言っても止めることができない。だからと言ってきつく叱ろうものなら、つぶらな瞳から小花の種のような涙を流して謝るだけなのだ。

 アンダインは小さい胸鰭でトカゲのまるい額をちょんと撫でた。

「そんなに人間に会いたいのか?」

「い、いや、そんな」

 口では否定しつつ、アルフィーの火照った頬はそれを肯定しているようだ。
 アンダインはアルフィーから離れて首を捻った。禁止すればするほど求めるものならいっそ連れて行ってやればよい。そう思いついた。

「連れて行ってやる」

「え……!?」

「その代わり、数時間だけだ。私の側から離れないと約束しろ」

 アンダインは言うとアルフィーから大きく離れた。蛙のように飛び上がり、身体を宙で一回転させると、魔法の塵を撒き散らしながら巨人へ変容した。それはいつもの魚人のモンスターの姿ではなかった。

 こめかみから生える赤い髪が背中まで伸び、普段鋭い牙と青い肌が象牙のごとく白く脱色されたそれは、アルフィーが求めてやまない人間の姿だった。思わず感嘆を漏らすアルフィー。
 髪を結い上げて周囲を見渡すアンダインは、次に小さなトカゲをそっと拾い上げた。

「お前を数時間だけ人間の姿にする」

「そんなことできるの?!」

「私は出来ないが、お前に私の魔力を渡してやれば出来る筈だ」

「あ、そっか……!」

 アルフィーはメモリーカードを抱え直して胸を抑えた。

 魔法の存在といえどもモンスターは自分の容姿を勝手に弄ることはできないが、強い魔力で一時的に本来のサイズに戻ることは可能だった。だがそれは変身とは違い、本来の姿を形作るだけのもの。それとは別にモンスターたちは、一時的に人間の姿に変える魔法を持っていた。しかし、それもたった数時間なうえに、魔力も体力も大きく消耗するためわざわざ山で魔法を使うものは無く、故に出来るモンスターも限られている。そういった特技は主に人間界へ物資を調達に行くモンスターが使っていた。
 本来の不器用さのためか、生来の特徴を全く消すことはできないが、アンダインもその並外れた魔力で人間の姿に変容することが出来る。

「持って1時間かな」

 そう呟いた。

「それに、私の魔力を多量にアルフィーに渡すのは危険だ」

 変身に必要な十分な魔力にアルフィーのソウルが疲弊しかねないからだ。
 アンダインはアルフィーの額、両手両足とソウルが隠れる胸部をつんとつついて、アルフィーの身体に支障を来たしたら魔力を放出するよう制限をかけた。アルフィーに一々説明はしなかったが「おまじないだ」とだけ言った。
 それから、アンダインはアルフィーの腹部に高くなった鼻先を優しく押し当てた。別にそうする必要は無かった。番同士なら魔力を分け与えるのは愛情交換とほぼ一緒である。そのモーションだ。

 アルフィーの身体が光って数秒のうちに人間サイズに膨れ上がった。雑草が見下ろす小ささになったのを呆気に取られながら、アルフィーは近くの水溜を覗く。アンダインと対照的な金色の巻き毛がふわりと立った人間姿の自分が映った。振り返ると、先程よりは近くなったが相変わらず見上げるほどのアンダインと目が合う。

「凄い!」

「ふふん」

 メガネの奥で青い瞳が輝いているのにアンダインは気を良くする。アルフィーは自分のメガネや纏っている白衣を撫でた。

「これは?」

「知らん。私は魔力を貸してるだけだ。お前の想像力だろ」

 とはいえたった数時間。アンダインは一度アルフィーをもとの姿に戻して山を降りた。
 人間の街をアンダインのジャケットの胸ポケットから顔を出して眺めるアルフィーは終始興奮気味だった。山とは違う人工的な香りや空気、人の話し声、水路の音、どれもアルフィーは本で読んだことしかない。

「見てよアンダイン! 漫画で読んだ。カフェ、ブティック、ブックストア……!」

「入る?」

「……ううん。人間のお金、持ってないもの」

「あるぞ」

「ええ!それどうしたの!?」

「イビト山で採れた鉱石と交換するんだ」

 アンダインはポケットからコインと紙幣を取り出した。
 普段禁止されている人間のエリアでも、一定のモンスターなら出入りが許されている。彼女が人間の金銭の所持や売買の許可を持っていたのをアルフィーは思い出した。

「お前の好きなものを買ってやる」

 小さなトカゲの頭を人差し指の腹でそっと撫でながら言う。アルフィーはポケットに入り込んで照れ臭そうに首を振った。

「街を見れるだけで楽しい」

 アンダインは胸ポケットを外から優しく叩く。

 アルフィーの希望で賑やかなメインストリートに入った。アンダインは物陰を探してアルフィーをポケットから出してやると、先ほどと同じようにアルフィーの白い腹部に鼻を押し当てる。人間の姿になったアルフィーは路地裏から顔を覗かせた。

「私の手を離すなよ」

 アンダインが二の足を踏んでいるアルフィーの手を取って通りへ引っ張り出す。アンダインの斜め後ろを背中を丸めながら歩き出したアルフィーだったが、人間とすれ違う度に顔を伏せた。

「心配するな、私が守るぞ」

「う……うん」

「どうした?」

「……変じゃない?」

 アルフィーは自分の姿を見まわしてくるりと周り、ブティックのショーウィンドウにちらりと視線を投げた。ガラス窓には堂々と立っているアンダインの隣に背を丸めている自分が対照的に映る。

「町中で白衣ってのは兎も角、ちゃんと人間に見えてるから心配するな」

 ウィンドウに映るアンダインの腕が自分の手を引き寄せるのを見ながらアルフィーはどこを見て良いのかわからず石畳に顔を向けた。アンダインが自身より幾分も小さい肩にそっと手を回すと、モンスターの姿では出来ないスキンシップにアルフィーのソウルが跳ねる。

「人間の姿のお前も可愛いぞ」

 言いながら、アンダインは気をしっかり周囲に向けつつ彼女の背に手を回してアルフィーを促しながら歩き出した。サイズに関わらず、モンスターは人間からの危害に弱い。万が一でもアルフィーを傷付けはしないという決意を静かに警戒心に乗せて放ちながらアンダインはアルフィーに寄り添って歩いた。

 道行く人へは勿論、その街並みに目を奪われているアルフィーを、アンダインはじっと横目に見つめた。人間は好きじゃないが、アルフィーの面影があると言うだけでその姿も愛らいと思うのは不思議なものだ。ブロンドの頭髪はトカゲ姿の時の彼女の肌を思わせる。伏せた睫の可憐な様子などはそのまま。

「たまには良いな」

「なにが?」

「なんでも」

 アンダインが嬉しそうにほくそ笑むのでアルフィーはまた視線を落とした。けれど、彼女の好奇心はすぐに街中に向き直り、あちこちへ目を向けはじめる。
 観光客が多い通りを選んだのは正解だった。多少キョロキョロしても不自然に見えないらしい。アンダインはアルフィーの為に本を1冊買い、本屋の前のワゴンでドリンクを注文すると、二人は広場の噴水の前で腰を下ろした。

「今人間の間で流行ってるボバティ、飲んでみたかったの!」

 アルフィーはそう言ってストローに口をつけた。彼女の頬がパッと染まるのを見ると、どうやら味もお気に召したらしい。そんな彼女の頬にうっかり嚙みつきそうになるのをぐっと堪えてアンダインが

「私も」

 と言いながらアルフィーの口から離れたストローを加えた。一口吸うと、アンダインが眉を寄せた。

「ツツジの蜜より甘いぞ」

 アルフィーがアンダインの顔を見て笑う。イビト山では花の甘い蜜のドリンクが流行っていた。アルフィーが飲んでいたのを同じようにアンダインが一口貰って、そのぎょろっとした黄色い瞳を細めて顔をしかめていたのを思い出したのだ。
 アルフィーはもう一口ドリンクをすすって、ボバがストローを伝ってくるのを楽しむ。口元に入ってきたボバを嚙みながら、アンダインとストローを共有してしまったことに気付いて顔を真っ赤にした。

「……どうした?」

「なんでもないよッ」

 ストローをじっと見つめるアルフィーの意図がわからず、だが、ただただ彼女を愛らしいと思うアンダインは、意味も無くアルフィーの火照った頬を指の腹で撫た。出発前に呪いをかけた彼女の四肢が、微量にアンダインの魔力を放出しているのを感じ取る。

「そろそろ時間だ」

 そう告げるとアルフィーが名残惜しそうに広場を見渡した。言われてから改めて、アルフィーは体の疲労を感じて息をつく。借り物の魔力が尽きようとしていた。
 アンダインはまた、人気のない裏路地へアルフィーを連れていき、魔法を解いて小さなトカゲに戻った彼女をそっと胸ポケットへ誘導した。

 帰路、番の胸のソウルの鼓動を聴いているうちに緊張の糸が切れたのか、アンダインの耳にアルフィーの寝息が微かに聞こえてきた。小さなトカゲが丸い姿をさらに丸めて眠る姿をうっとり見下ろしながら、アンダインは揚々と山への道を軽い足取りで歩いて行った。

 
 
 
  ◇
 
 
 

 アルフィーが次に目を覚ました時、巨大な魚人姿のアンダインの手の平だった。

「ごごごゴメンね!寝ちゃった!」

 アンダインが首を振った。アルフィーが疲れて眠っても不思議はない。強い魔法を纏ったモンスターは大抵疲弊する。
 アルフィーは自分を包むようなアンダインの無骨な指の隙間から外を覗いた。積み上がった人間の書物が見える。どうやらラボの庭まで連れてきてもらっていたらしい。本の山の脇に先ほど購入した一冊を加えたアンダインは、アルフィーを掌から降ろして自身も小さい魚に変容した。胸鰭で本の先を持ってパラパラとめくる。

「何を買ったんだ?」

「……みゅうみゅうノベライズの最新刊」

 アルフィーは照れながら本の表紙の端を小さい指で掴んで、ページを引っ張った。「きゃあ!中表紙も描きおろし!」などと歓喜の声をあげながら、開いた本の上を飛び回る。途端、目眩を覚えたトカゲは本からころりと転げ落ちてアンダインに受け止められてしまった。疲れを自覚したアルフィーはアンダインに起こされながら両手で目を擦る。

「明日にしろ。もう帰るぞ」

 眠そうに頷いたアルフィーの手を胸鰭で包んでアンダインは歩き出す。図らずもデートを楽しんだ一日を振り返りながら、小さい二人は幸せな気持ちで夜空の星を眺めながら巣へ帰っていった。
 
 
 
END