砂を掬う水掻き -6-

Alphyne
小説
連載

「フリスク、どうしよう!」

 ホットランドのパズルエリアを通ったフリスクがラボへ戻ると、アルフィーが赤くなってスマートフォンとにらめっこしていた

「アンダインから、その、で、で、デートに誘われちゃった」

「だからそんな可愛い格好してるの」

「いや、待って、私の聞き間違いだったのかも」

 言っている間に、メッセンジャーの通知音が鳴る。フリスクがアルフィーの後ろからスマホを覗き込むと、アンダインからメッセージが入っていた。

ー デート、あの場所で待ってる

 文字で送られると聞き間違いと言うわけにもいかなくなり、アルフィーが小さく悲鳴を上げた。

「楽しんでおいでよ」

「ままま待ってフリスク!私デートなんかしたことないの……。どうしたらいい?!」

「え?そうだなあ。じゃあ、ちょっと練習する?」

「練習って、デートの?」

「そうだよ、アルフィーはアンダインと仲が良いんだから、シミュレーションできるでしょ?」

「ん~……。そ、そうだなあ」

「私の事アンダインだと思って、言いたいこと言ってみなよ。ここで好きに喋っても、彼女に聞こえなんだから、安心して」

 アルフィーはほっとしたように微笑んだ。そして、咳払いをする。

「ア……アンダイン!ごきげんよう」

「ごきげんよう、アルフィー」

「今日は、お、お誘いありがとう」

「どういたしまして」

「……」

「……アンダインに、言いたいことは無いの?伝えたいことは?」

「……」

 自分が彼女に言いたいこと。本当は、秘密にしたく無い事。それなに、アンダインにこそ、言えない自分の罪。

「……私、あなたに秘密にしていたことがあるの」

「なあに?」

 フリスクが、アンダインとは似ても似つかない可愛らしい笑みでアルフィーに返事をした。

「その……私……」

 本当に、言えるのだろうか。言ってどうなるのだろう。許しを請うのか。見限らないでと縋るのか。それとも、裁いて欲しいと首を差し出せばいいのだろうか。
 そして、アルフィーは違和感に気付いた。今朝、アマルガムたちへ食事を届けに行く際、エレベーターへのドアが壊れていた。デートの準備などでバタバタしていたアルフィーはあまり気に止めなかったが、あれは何者かが開けた形跡だったのではないだろうか。

(アンダインに、見られた……?)

 自分が留守にしている間に彼女が地下室を探索する時間は十分にあっただろう。それなら、あの時のアンダインは、自分を心配していたのではなく、捕まえようと探していたのかもしれない。

(知られてしまった?)

(軽蔑された)

(それとも、アズゴアの命令で、私を捕まえに来たの?)

(だから最初からあんなに気にかけてくれたんだ)

 最悪の可能性がいくつも脳内に浮かんでは重石のように心に圧し掛かっていく。
 このデートが、アンダインと話す最後の時間かもしれない。いきなりそんな心の準備などできないアルフィーは、押し寄せる感情を受け止めきれず恐ろしさに涙を流した。フリスクが驚いてアルフィーの顔を覗き込む。

「アルフィー……」

「こんな顔じゃ彼女に会えない。フリスク、ごめん。アンダインが待ってるから、私の代わりにゴミ捨て場へ行って、適当に取り繕っておいてくれないかな」

「そ、それはいいけど、アルフィーは大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」

 アルフィーは涙を引っ込めようとしたが、上手くいかなかった。そして、何度も謝りながらラボの扉の向こうへ消えていった。

 
 
 
・・・
 
 
 

「今日は話してくれるだろうか」

 アンダインはゴミ捨て場のベンチに座っては立つのを落ち着き無く繰り返していた。デートの経験など無く、当然誘うのも初めてだったが、それでも緊張より楽しみが勝る。彼女のために気張ってお洒落をし、髪をセットして、牙だっていつもより入念に磨いてきたのだ。アルフィーを喜ばせるようにエスコートして、心を開いてもらいたい。

「アンダイン!」

 ロマンチックな空想に浸っていたアンダインの名を呼んだのは愛しい彼女の声ではなかった。代わりに、友人フリスクが神妙な面持ちで駆け寄ってくるのでアンダインはベンチから立ち上がる。

「どうした。アズゴアには会えたのか」

「いや、コアに行く前にラボへ寄ったんだ。そしたらアルフィーが、これからアンダインとデートだっていうのに、急に泣き出して」

「な、なにッ?」

「嬉しそうにしてたんだよ。でも、その、デートに戸惑ってて……」

「わ、私のせいか……?!」

「違うよ。アンダインに秘密にしてた事があるって泣きだしたの。きっとあのことだ」

「……!」

 フリスクの顔から血の気が引いていく。

「アンダイン、どうしよう。私が力を使ったせいで、悪い方へ変わっちゃったら……」

「心配するな」

 アンダインはフリスクの髪をそっと撫でて、心強く笑った。アンダインの笑みには不思議な説得力があり、フリスクはほっとしたように笑みを返す。それを見て、アンダインはラボへ向かって駆け出した。内心は酷く焦っていて、胸のソウルが早鐘のように鳴っていた。

「アルフィー!!」

 ラボに飛び込むなり、アンダインは叫んだ。だが昨日のように、返事をする者はいない。迷うことなく例のエレベーターのドアの前に立った。鍵は昨日自分が壊したままになっているようだ。

「待って!」

 エレベーターに入る直前、アルフィーがアンダインを呼び止めた。目当ての姿を見つけてアンダインは心底ほっとしながら彼女に駆け寄る。自分が贈った服を纏っているアルフィーはとても可愛らしかったが、その表情が晴れていないことが気になった。

「ほ、本当の事言って……。全部知ってるんでしょ?」

 アルフィーは泣き腫らした目からさらに小さな涙をいくつも落としていた。彼女の言葉が何を指しているのか、この状態では明かだ。

「知ってる」

 そう正直に言った。

「私を好きって言ったのも嘘だったんでしょ。調べに来たんだ。そして、私を捕まえに来たんだ」

「私はお前に何一つ嘘は言ってない」

「この地下で私が何をしたか、全部知ってるくせに……」

 言われ、アンダインのソウルの一部が兢々と震えた。悲憤のあまり顔が強張る。彼女の秘密を知っている。だから何なのだろうか。結局、悲壮に暮れるアルフィーの心を救えないなら、そんな事実アンダインにとってになんの意味もない。

「知ってるから、何になる……! 知っていたって、お前を救えるわけじゃない!」

 アンダインはアルフィーの手首を強く握った。激昂したアンダインの形相は、知らないものから見たら逃げだすほど恐ろしいものだったが、アルフィーにはただ悲しいものに見えた。

「本当にお前を捕まえて、私の家へ閉じ込めてもいいんだぞ。そしたら少なくとも、お前は傍に居てくれるし、勝手に居なくなったりしない」

「ア……アンダイン……」

「もうこれ以上、お前を失うことを恐れてビクビクするのは嫌だ!」

 アンダインはアルフィーを抱き上げてきつく抱きしめた。その力に、暴れて逃げようという気も起きず、アルフィーはただ目を閉じて耐えていた。彼女を抱いたまま、アンダインはラボを出てウォーターフェルへの道を走る。暴走する魔力が彼女を風のように駆けさせた。
 アルフィーが腕の中で風に耐えている時間はそう長く無かったし、落される心配も無かった。アンダインがそれほど大事にアルフィーを抱いていた。アンダインは自身の家のドアを蹴破ってアルフィーを自室のベッドにそっと降ろすと、部屋の鍵をかけて自分以外が鍵に触れられないように魔力を込めた。

「ここから逃げようと思うな」

 脅すような物言いとちぐはぐな震えた声。結局、こんな強硬手段に出るしかない自分の不器用さに嫌気がさす。徐々に悲しさが胸を突き上げ、アンダインの瞳が潤んだ。アルフィーは月のように揺れるそれを見て強い後悔を抱く。アンダインは戸惑うアルフィーの胸に顔を埋めて、涙と嗚咽をそこに落した。折角のワンピースに染みができる。

「どこにも行くな」

「わ、分かったよ、ここに居るよ。アンダイン、泣かないで」

 初めて見るアンダインの涙に、大きな罪を重ねている気になり、アルフィーは出来る限り優しくアンダインの髪を撫でた。記憶にあることも無いことも総てひっくるめて、愛しい感情が沸き上がる。『この英雄は本当に私の騎士なのだ』と、そう思った。アンダインからの愛情を疑っていた自分のなんと残酷なことか。彼女に捕まったって、殺されたって、嫌われたって、構うものか。

「アンダイン、ごめん……ごめんね……」

「違う、違う……。こんなことしたいんじゃないんだ……私は…ッ」

 アルフィーを束縛したいわけでも閉じ込めて不自由にさせたいわけでもない。縋って涙で縛り付けて、自分は何がしたいのだろうか。アンダインはそれでもアルフィーを抱く腕を緩めることが出来なかった。腕の中のアルフィーも一緒になって嗚咽し、泣いていた。
 アルフィーの啜り泣く声にアンダインが顔を上げると、二人の視線が重なる。お互いの姿がを涙で歪んでいたので、次から次へと落ちる雫をお互いが何度も指で拭い合った。
 それから、アルフィーがぽつりぽつりと、地下へ隠している秘密をアンダインに聞かせた。メモに残っていたものとほぼ同じ情報だったが、アルフィーの気持ちが知りたくて、アンダインはじっとその話を聞いていた。

「明日、皆を家族の元に送り届けるよ」

 アンダインは頷いて、アルフィーの手を取った。

「私も一緒に行く。安心しろ」

 心強い言葉に、瞬いたアルフィーの瞳からまた涙が零れた。泣き疲れた二人はそのまま寄り添って眠った。

 
 
 
・・・
 
 
 

 強い光から目が覚めて、気付いたら地下の封印が消えていた。

 
 
 
 アマルガムたちを家族へ返した後、アンダインとアルフィーは二人でフリスクを追って城まで向かった。アズリエルのソウルが宿った一輪の花の膨れ上がった厭悪と慨嘆が、地下も地上も飲み込まんとして―……

 そこから記憶が曖昧だ。だが、フリスクは一人で全部分かっているように微笑んでいた。アンダインはそんなフリスクにウインクすると、フリスクもそれを返した。

「お前、何をしたんだ」

「皆が助けてくれたの」

 その一言で総て説明したとでも言うかのように、フリスクは口を閉じた。彼女の頬には涙の跡が残っていたので、アンダインもそれ以上聞かなかった。そして、フリスクはもう一度地下を見て回りたいからと、出掛けて行った。

「地上へ出たら。一緒に暮らさないか」

 アンダインの提案に、アルフィーは頬を赤らめて小さく頷いた。それから、不思議な違和感に顔を傾げる。

「……前にも、そんな風に誘ってもらった気が……」

 アンダインが『言ったかも』と笑った。

「悲しいような、切ないような、そんな気がしたけど、でも、今は……」

「今は?」

 アルフィーは自分に向けられる熱い眼差しに耐えられず下を向く。そして、顔を隠したことを良い事に足元へ失笑した。

「とっても楽しみ」

 それを聞いたアンダインの笑い声が高らかに、城中へ響いたのだった。

 
 
 
END