魚と蜥蜴の馴れ初め -4- お呼ばれ

Alphyne
小説
捏造設定あり
連載

「あっ、隊長様」

 モニターの監視カメラに写っているアンダインを見つけると、アルフィーはその画像をディスプレイに拡大した。場所はスノーフル。部下に何か話していた。マイクの音量を上げると、警備の指示をしているようだ。
 数分彼女を眺めてから、我に返って画面から顔を離す。

「……だめだめ、ストーカーしてるみたい。止めよ」

 とはいえ、ここ数日はモニターに彼女の姿を探してしまう。こんなことは自分の仕事ではない。カメラに人間の反応が無いかさっさと確認してログを録らなければ。けれど…

「カッコイイなあ」

 と、うっかり目がいってしまう。

(あんなモンスターになりたい。誰からも愛されて…堂々としてて…)

 今の自分はまるで戦隊モノにハマっている子供じゃないか。まあ、自分はヲタクだし、今更だが…。
 空想するのは楽しいが、相手は現実に存在するモンスター。ヒロイックなアンダインを見ていると、相反する自分が余計に醜く見える。現実の我が身と比較して悲しい気持ちが襲ってくるし、自分が背負っているものの深さを思うと、「彼女のようになりたい」と望むだけ悲しくなる。

 そう、アンダインは画面越しに眺めているのが一番なのだ。なんたって本物のヒーローなのだから。遠くで憧れているだけなら罪はない。心の中だけならきっと自由。そこにしか安らぎなんか無いし…。とアルフィーは苦笑いした。
 紙と鉛筆を取って、モニターを眺めながら絵を描いた。赤い髪、青い肌、金に輝く目と牙。描いているうちにモニターの先の彼女が美しく見えてくる。気の迷いだ、と自身に言い聞かせても、次第にアンダインの姿から目が離せなくなった。

「みんなこうやって彼女に惹かれていくんだわ」

 出来上がった絵を満足げに眺めて、暫く考えてからそれをテーブルに伏せた。

「ああ、私、気持ち悪い」

 二次元を愛するヲタクの自覚はあったがまさか実在する相手にこんなことをするなんて。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 呟きながら、それでも絵を描き続けた。いつか見せてくれた微笑を思い出していた。絵の彼女はずっと自分に笑いかけてくれるし、絵の彼女になら見つめ返していられる。

 アルフィーは書き溜めた絵や漫画を秘密のファイルに仕舞って本棚にもどす。

 流石に、もう会うことは無いだろう。

 
 
「会えると思ってた」
 
 

 ごみ捨て場でそう声をかけられたときは流石に吹き出しそうになった。

(フラグ? フラグなの!?)

 乙女ゲームかライトノベルの世界ような偶然。人間は空想の力を使ってあらゆる創作をする。だが、自分達モンスターたちは魔法の存在といえどもそんな創作のようなストーリーを現実に自在に描くことはできないのだ。どこかの生き字引が「人間よりも、魔力で構成されたモンスターは、お互いを想い合っていると出会いやすい」と言っていたが果たして本当だろうか。

(嘘よ)

「丁度いい。招待するって約束したし、私の家へおいで」

 アンダインはニコニコしながらアルフィーを自分の家へ誘った。陽のオーラに圧されてなんとなく断れずに付いていくと、あれよという間にリビングの席に通される。

「好きな飲み物は? まぁ、うち、水か紅茶しかないけど、次用意しとくから」

(次?!)

 冗談じゃない。何度もこんなことがあったらソウルが持たない。アルフィーはどぎまぎしながら自分の胸を押さえる。

 すぐに湯気が立った熱い紅茶がテーブルに運ばれてきた。黄金に輝く紅茶の香りに覚えがある。あれは王の謁見室…。
 アルフィーの瞳が陰ったのを見て、魚人は目を細めた。

「冷たいのが良かったか。ラボにソーダがあったけど」

(そんなこと、良く覚えているな)

 騎士隊長様は洞察力も優れているようだ。紅茶を冷まそうと息を吹きかけて、少しだけ口をつけた。まだ熱い。

「あそこには良く行くのか」

「あそこって、ごみ捨て場?」

「面白いもんが落ちてるよな。私もたまに行くんだ。武器でも落ちてないかと」

 戦士らしい探し物に、つい笑ってしまう。アルフィーが久しぶりに笑った顔を見せたので、アンダインは釣られて口元を綻ばせた。

「巨大な剣でも落ちてればな」

「アンダインなら、振り回せそう」

 片手で出っ歯を隠しながらくすくす笑うトカゲの楽しそうな姿に、思わず「可愛い」と言いかけたアンダインだったが、ぐっと飲み込んだ。可愛いものは好きだったが、過去に誰かを可愛らしいと思った記憶が無い。否、友人のスケルトンや、恩師や、部下や、慕ってくれるファンなど、愛しいと思うものは沢山居るのが、目の前の科学者に抱くそれとは違う。今更な疑問が会話の途中で脳裏を過るが、理由など突き詰めて考えようとはしなかった。

「そんなもの無くても、あなたには魔法があるのに」

「でも、人間は石と炎を使って強力な武器を作るらしい。それで、先の大戦でモンスターを追い詰めたんだ。私たちだって、使えたら使った方が良い」

 アルフィーは頷いた。
 モンスターの武器は感情が具現化したものだ。決意の力で及ばない人間に対して頼りない得物に思われる。だが、アンダインほどの強いモンスターであればそうもとも限らないと、アルフィーは思った。この英雄はあの王も倒したほどの戦闘力を持っているらしい。それなら、彼女の魔法は人間と対峙するに十分な魔力がある。それでも目の前の戦士はきっと、これからの戦争のためにより強力な武器を欲しているのだろう。
 テーブルについている魚人の肘から手首にかけて、そこに構成された筋肉を眺めながら、アルフィーは彼女のそれが人間の武器を振るう様を想像した。悲しい哉、それは美しいだろう。

「アルフィーは、人間に詳しいだろ? 色々教えて欲しい」

「わ、私もそんなに知らないよ。彼らの作ったものを見るのが好きなだけ。本とか、映像とか」

「ああ、あそこに時々落ちてるな。面白いのか?」

「う……うん。興味ある?」

「ある」

「……私の部屋に、いっぱいあるよ」

「本当か!見に行っても良いか」

 アンダインの瞳が出会った時のように煌めいた。それに見惚れてアルフィーが頷く。頷いてから、急に緊張して顔が熱くなった。熱い紅茶のせいだろう。カップに口を付けたが、いい具合に冷めていて、やはり美味しかった。
 
 
以降、アンダインはしばしばアルフィーのラボを訪れるようになった。
 
 
 そこで二人はフィクションも実話も区別せずごっちゃになって人間の世界を楽しんだ。アルフィーはついアニメやドラマなどのコンテンツを「人間の歴史書」と嘘をついて、自身のヲタク性を隠したがったが、内心は、洞察力の高い騎士隊長に下手な嘘は感づかれていることも解っていた。

「次のシーンがとっても素敵なの」

 と、画面から隣に座っているアンダインに視線を移すと、眠気眼の魚人の頭が膝へ落ちてきた。アルフィーのソウルが飛び跳ねて動悸が早まるが、体はピクリとも動かない。数秒固まっていると、寝息が聞こえてくる。それから数分、やっと冷静になって手元の携帯端末が深夜の時間を指しているのを確認した。鑑賞に疲れたのだろう。

(こんな時間まで付き合わせて悪かったな)

(迷惑だったよね)

(起こした方が)

(でも、疲れてたらこのまま寝かせた方が)

 と色んなことを考えて居るうちに時計の針はどんどん進む。TVモニターの電源も落し、膝に頭を預ける友達の寝顔をじっと眺めた。彼女の寝息と自身のソウルの鼓動だけが聞こえる。恐る恐る、赤い髪に触れた。一本一本が太く、逞しく、燃えるような髪は彼女によく似合っている。後頭部で髪を一本にまとめている紐を静かに解いてやると、アンダインの眉間の皺がそっと緩む。

 暫く楽な状態で寝かせてあげたいと思ったアルフィーは、眼帯の紐も外してやった。普段隠されている閉じた瞼が露になったが、見れば一見怪我などしていない様に見えた。どんな理由で眼帯をしているかは、彼女のプライベートだろう。眼帯のアイパッチを瞼の上に優しく戻して、アルフィーは息をついた。

(恐ろしい。でも。綺麗なモンスター)

 攻撃的な容姿のアンダインは、吊り上がった眉も金の目も鋭い牙も、狂暴的なものだった。優美とは言い難い。彼女が笑うと、その狂暴性は隠れるどころか更に増すような恐ろしさがあるが、それなのに、何とも言えず周囲に明るさや活力をまき散らすような効果があった。アルフィーにはそれが魔法に見えた。好戦的で、でも優しい。そして

「美しいわ、アンダイン」

 呟いてから、自分でもわかるほど顔が熱くなる。画面で眺めるだけだったはずのヒーローが膝の上で眠っているなんて、まるでアニメの世界じゃないか。だがどんなに交流を重ねて親しい友人のような気になっても、彼女は地下世界一の英雄である。そのことを忘れてはならない。そんなことは頭ではわかっているのに、アンダインがあんまりにも親し気に接してくるので、アルフィーは混乱していた。

(憧れても良いけど、好きになっちゃだめだよ)

 悲しいだけだもの。

 でも、「好きになっちゃダメ」なんて思ってる時点でもう好きなのだろう。という、諦めの心地でも居る。それは仕方ない。彼女を好きにならないモンスターなんかきっと居ないのだから。

「優しくしないでよ」

 熟睡している魚人に届かないことを願って、言いたいことを囁いた。誰にでも優しいアンダイン。特別になりたいと思わせないで欲しい。私みたいな汚いモンスターに優しくしないで欲しい。ほっといて欲しい。でも笑いかけてほしい。あらゆる気持ちがアルフィーの胸の内で浮いては沈んで行った。

 ラボに入り浸るようになったアンダインがアルフィーの膝で眠る度に、彼女の髪や耳のヒレの感触がアルフィーにとって馴染み深いものとなった。そして、アンダインがラボを後にするときに、アルフィーは寂しさを、アンダインは後ろ髪引かれる思いを感じることが多くなった。