リップ

Alphyne
小説

「どう、これ?」

 アンダインが、期待を込めた瞳でアルフィーを見た。彼女にタッチアップメイクをした美容部員が一緒になって笑いかけてくるので、視線を向けられたアルフィーは少したじろぐ。

 普段はメイクをしないアンダインも、デートの時は決まって真っ赤なリップを塗っていた。それと比べると今塗られている落ち着いたモーブピンクのリップは、普段の彼女より穏やかな印象があるが、グリーンに輝く微粒の偏光ラメは華やかで非常に良く似合っている。

「素敵」

 アルフィーが素直にそう言うと、アンダインは嬉しそうに牙を見せた。目の前の魚人の購買意欲が高まったことを察した美容部員は

「こちらは色移りもしにくく、デートにもお奨めですよ」

 と、とどめにアピール。

「じゃあ、これにする!」

 向き直ったアンダインに美容部員は美しい営業スマイルを返した。指定のリップの在庫を紙袋に包む手を休めることなく、店員はアンダインに話しかける。

「ご友人同士でお買い物ですか?」

「彼女、私の番。ああ……人間風に言うと、ワイフ?」

「あらっ、失礼しました。では、リップは落とさずそのままお帰りになりますか」

 アンダインは頷いた。
 ブランドのロゴが箔押しされた小さな買い物バッグを受け取って、二人はデパートを後にする。冬なのに太陽が暖かく過ごしやすい日で、外を歩くことが好きなアンダインにとってそれだけで気分が上がる。アルフィーとのデートで天気が良いのは良い事だ。

「アルフィーはあんまりメイクとかしないよな」

「う、うん、良くわかんなくて」

「ふうん。さっきの店員、感じ良かったし、またあそこにアルフィーの探しに行こう」

 先ほどの美容部員は、モンスターである自分たちを奇異の目でみることも、同性愛を揶揄することもなく、にこやかに対応してくれたことが印象的だった。
 地上に出て暫く、人間の悪意に晒されやすいモンスターたちは定期的にトラブルに巻き込まれることがあるが、それもアンダインらロイヤルガードと親善大使の裁量で大きな事件に発展しては居ない。とはいえ、最近の仕事の多さに、アンダインはアルフィーのために気を張っていることが多く、人間の態度にも敏感になっていた。

「ええ!いいよう。私はデパコスなんて敷居が高いし」

「でも、アルフィーだってコスメ持ってるだろ」

「私のは観賞用」

「ああ」

 アンダインは、アルフィーのデスクの上にドレッサーと言うには程遠い小さな鏡とみゅうみゅうコラボのコスメが置いてあるのを思い出した。他にも、対象年齢がティーンのような、チープなガラスの香水瓶、リボンが付いたおもちゃの指輪。どれも玩具箱を覗いたようにキラキラしている。それらがアルフィーを飾ったらきっと素敵だろうとアンダインは思っていた。

「使えばいいのに」

「似合わないよ」

「きっと似合うぞ」

「アンダインだけだよ、そんな事言うの」

「私以外の、誰に見せるんだ」

 言って、アンダインが唇を尖らせた、塗ってもらったばかりのリップのラメが太陽光を受けて光るのを、アルフィーはうっとり見惚れてしまう。

「そうだね」

「そうだぞ」

 歩きながら、アンダインは繋いでいたアルフィーの手を口元へ持って行って、手の甲に唇を当てた。アルフィーが真っ赤になって慌てているをよそに、アンダインはしげしげとアルフィーの手を見て

「本当だ、移ってない」

 そう言ってアルフィーにウインクしながら

「これで外でもキスできるな」

 と笑った。