アルフィーの魔法

Alphyne
小説
捏造設定あり

 地上に出てますます多忙を極めていたメタトンであったが、大事なボディのメンテナンスは定期的にしなければならない。その度に、製造元エンジニアであるアルフィーを自室や楽屋に呼んでいたメタトンも、彼女をに足を運んでもらうばかりは申し訳ないのでたまのオフの日は手土産を持って友人を訪ねる。

「アルフィーはまだ帰ってないぞ」

 家のドアが開いて、彼を出迎えたのはトカゲではなく魚人だった。ぶっきらぼうにそう言うが、アンダインはアルフィーから事前にメタトンの訪問を聞いていたらしく、彼を居間まで案内する。

「すまんな、今日は現場に行かなきゃいけないらしくて」

「いいよ。たまには、君にもてなされたいし」

 メタトンの軽口を受け流し、アンダインは熱々の紅茶を彼に差し出した。「熱い」と文句を言いはするが、ゴーストの本体にダメージは無いらしい。アンダインが向かいに座り、自分にも入れた同じ紅茶を啜る。

「前にもこんなことがあったね。地下でさ」

「私の家にアルフィーと尋ねに来たときか」

 ピアノの上でブドウをつまんでいた旧ボディのメタトンの姿が思い出される。あの時はアルフィーが居たが、今は二人きりだ。アンダインとメタトンが顔を合わせると、話題の半分は自然とアルフィーの事になる。メタトンはアルフィーの近況や健在か知りたがり、アンダインに質問する。アンダインは自分が知らないアルフィーの友人としての振る舞いなどをメタトンに聞きたがった。

「そのアクセサリー、GPS付きなんだって?」

「アルフィーとお揃いだ」

 アンダインは自慢げに腕のウェアラブル端末を見せた。「過保護過ぎじゃない?」と喉の奥に出かかったが、止める。番がお互い楽しそうであれば、外野が口出すことではない。

「君が望めばなんでも作っちゃうんだから」

 ロボットの白い手が自身のメタルボディを撫でる。アンダインだけではない。アルフィーは友人である自分にも、望んだような素晴らしいボディをくれた。

「前に、アルフィーが僕に完成したボディを見せて、言ったんだ」

―『お、お、遅れてごめん……! メタトンのボディが完成したら、と、友達で居てくれなくなっちゃうと思って、隠してたの……。ごめんね。自分勝手……で……』

「馬鹿な子。僕は感謝してるのに、そんなことぐらいで罪悪感に浸ってた」

 メタトンは呆れたようにアンダインにそう漏らした。

「僕は彼女の事、大好きなのにさ」

 アンダインは頷いた。二人は性は合わずとも、どちらもアルフィーを慕っている。

「私のだけどな」

「……何で今そういうこと言うの」

「いや。一応」

 何もこの騎士からお姫様を奪おうなどと、メタトンはふざけてもそれは思わないし、何なら誰にもそんなことは不可能だ。メタトンは見せつけるようにため息をついた。
 
「君の前でこんなこと言うと殺されかねないけど」

「殺すぞ」

「まだ何も言ってないでしょ」

 アンダインの凄味もメタトンはあしらって前髪を払った。

「頭良いくせに、自分へ向かう気持ちに鈍感すぎる。時々うんざりしない?」

「しない。が、お前の言いたいことはわかる」

「そのくせ、危なっかしくて目が離せない」

 アンダインは方眉を上げた。まるで自分の事を言い当てられている気になったのだ。

「で、それ、アルフィーも自分で解ってるんだ」

「なに?」

「アンダインなんか、彼女のそういう魔性に引っ掛かったクチじゃないの?」

「アルフィーはそんなことしない」

「別に、彼女だってわざと君を惑わしてるわけじゃない。ただの特性だよ」

「……」

「僕思うんだよね、あれ、アルフィーの無意識の魔法なんじゃないかって。自分では魔法を使えないって言ってたけどさ」

「アルフィーの魔法?」

「無意識の。自分で制御できないんだ。だから、あんな卑屈な態度取ってんの」

「何を言ってるんだ」

「だからさ、アルフィーがあの性格じゃなかったら、本当にモンスターたらしみたいになってたんじゃないかなって」

「ああ、お前みたいな?」

「失礼だな。でも、そうだね。僕は彼女みたいに卑屈じゃないから、大勢を魅了する。不思議と僕を応援したくなっちゃうデショ?」

 自信満々にうっとりと空に視線を投げるメタトンに、アンダインは鼻で笑った。

「私は別に」

「そういうことだよ。魔法にかかるか否かってのは其々なんだ。例えば、アンダインの槍がゴーストに効かないのと同じで、君には僕の魅力チャームはかからない。でも君はアルフィーの魔法チャームにドハマりしてる」

 アンダインは思わず呻いた。彼女に魅了されているのは確かだ。

「なんとなくアルフィーを放っとけないのは、彼女が優しいからだし、友人として心配だからだけど、それにしても、庇護欲を掻き立てられるよね。それで手を伸ばそうとすると、卑屈な態度を取って逃げる。でも、寂しがり屋。変だと思わない?」

 メタトンの言葉にアンダインが勢いよく席を立ってテーブルに両手をついた。お互いのティーカップが音を立てて揺れる。

「確かにそうなんだ! アルフィーは逃げようとする。一人になろうとする。私が守っていれば安全なのに……ッ」

「それが、嫌だからでしょ」

「な、なぜだッ」

「さあ」

 ここまでアルフィーを注意深く考察しておいて、アンダインが知りたいところははぐらかす。という態度のメタトンであったが、勿論意地悪しているつもりは無い。アルフィーの真意はアルフィーにしか語れない。ここで二人で言い合っても仕方ない事だ。アンダインにもそれが分かっていた。
 一息吐いて、アンダインはもう一度椅子に腰かける。

「大抵は逃げる相手を追ったりしない。だけど、君は違う」

 アンダインが深いため息を吐きながらテーブルに方肘をつき、メタトンに恨めしい視線を送った。

「アルフィーは自分で制御できない魔法を、あの拗らせた態度で抑制しているんだ。それなのに、アンダインにそれが全然効かないんで、君だけはまともに彼女の魔法チャームにかかっちゃう」

「私は惑わされてなどいない。本当にアルフィーの事を」

「解ってるよ。他者の心を操る魔法なんか無いんだから。特性だってば」

 人間で言うそれとは違うというニュアンスを暗に含んではいたが、メタトンはそう言った。モンスターは人間よりも純粋で軽いエネルギーを持っている。つまりこれが魔力であり、魔法の源だ。

 メタトンの見解はあらかた当たっていた。
 アルフィーは自身が弱い自覚があり、周りは優しい存在ばかりで自分を守ろうとするので、守られるほどの存在でないと自己に言い聞かせ、引き籠った。可哀相なモンスターとして憐れまれたかったわけではなく、良いモンスターとして役に立つ存在になりたかった。

 アンダインに対してアルフィーが度々、懺悔するように

―『優しいんじゃないの。自分の為なの。皆に良いモンスターに見られたかっただけ』

 と口にするが、アンダインやメタトンからすると、そうは思えなかった。アルフィーは自分の善行を誇示しないし、相手に知られないうちに根回ししていることも多い。求められたら自分の力量以上の仕事をやろうとして、結果が出ないと自らを責める。
 自分本位であれば、彼女の聡明さをもってすれば幾らでも上手く立ち回れるはずが、他者を想うあまり自分の役割に没頭し、利己的な目的を忘れてしまうらしい。
 アルフィーが自ら語る様に自己愛的な気持ちが少しも無いとは言えないが、モンスターの本質的な思いやりが強すぎることの弊害だった。

 卑屈なことを口にすることで、自分を愛してくれる者の情から無意識に目を逸らしているし、相手からも目を逸らさせようとしているだけである。逃げたいのは、そんな弱い自分を見せたくないからだ。アンダインにもメタトンにも、彼女なりに強がりをしてみせていたのは、二人の記憶に新しい。

「……お前はアルフィーの事をよく見ているな。私はそこまで考えていなかった」

 アンダインは舌を巻いた。思えば、メタトンとアルフィーの話をしている時、彼の方が自分より語る言葉を持っており、饒舌だ。しかしそれは仕方の無い事。メタトンはエンターテイナーである。言語を操る能力はアンダインより高い。
 アルフィーの事を誰よりも見つめ、理解し、守っているのは自分であるはずなのにと、アンダインは唇を噛んだ。しかしここで彼とそれを競ってはならないとも感じる。何故ならばメタトンの言葉は愛するアルフィーを理解するためにアンダインにとって重要なヒントとなっているからだ。

 アンダインの神妙な言葉にメタトンは眉を上げた。アンダインがアルフィーの事で何か譲るなんて事があるのだろうか。しかし、逆に言えばそれだけあの卑屈なトカゲに対してこの魚人が真剣だという事だ。

「彼女の事を一番見ているのは君だよ」

「当たり前だ」

 そこは譲らないらしい。メタトンは笑った。魂で繋がっている番なのだから、アンダインの方がアルフィーの感覚的な気持ちを理解しているのは確かではある。

 ガチャリと玄関のドアが開く音がした。

「ただいまー!」

 ぽてっと、のんびりした足音が、それでも急ぐようにリビングへ近づいてくる。廊下からアルフィーが顔を出した。

「メタトン! ご、ごめんね! すぐ着替えるからッ」

「ごゆっくり、お茶してるから」

 コートを脱ぎながら廊下を走っていくアルフィーの尻尾が見えなくなると、アンダインとメタトンが顔を見合わせて笑い合った。話題にしていたという事もあり、アルフィーの魔法の片鱗を見た気がしたのだ。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「アンダイン、あ、有難う。メタトンの相手してくれて」

 友人を玄関で見送った後、アルフィーがリビングへ戻って茶器を洗っているアンダインへ声をかけた。

「二人で、どんなこと話すの?」

 普段から疑問に思っていることだった。アルフィーから見ても、相性が良いとは思えない二人である。以前にも、メタトンとアンダインが自分抜きでカフェで話をしていたことがあったが、その時もいったいどんな話題で時間を過ごしていたのだろうか。
 アンダインは蛇口を締めてタオルで手を拭きながらアルフィーに振り返った。

「レギュラーの新番組の自慢話と写真集の撮影秘話」

 アンダインが一息でそれを言うとアルフィーが吹き出して笑った。彼のファンには垂涎ものの話だろうが、アンダインからしたら半分聞き流す程度の話題だっただろう。

「あとは、アルフィーは可愛いなって」

 そう言うとアルフィーは「まさか」と言ってまた笑った。誰もを魅了するアイドルロボットと、モンスターの守護の象徴である英雄が、一匹の小さなトカゲの可愛らしさについて延々と語っていたなどと、当のアルフィーは勿論のこと、誰も信じられないだろう。ところがこれが本当なのだ。アンダインはほくそ笑んだ。
 その一方、番の厄介な魔力に対して同時に危うさも感じてしまい、彼女を抱きしめてため息をつく。そしてアンダインはより一層、悪い虫が彼女に寄り付かないように睨みを利かせようと心に決めたのだった。
 
 
 
FIN