Inherited Justice

Alphyne
小説
捏造設定あり

※Alphyne前提の、地上に出てから数十年後の話。
※キッド視点。
 
 
 
 
 
 
「大使フリスクを知っているね?」

 行儀良く座っている生徒達を前に、私はニコリと笑いかけた。フリスクの名を知らぬモンスターは居ないとみえ、生徒たちは頷く。
 フリスクは40年前にモンスターを地上から解放した人間の名。そして私の親友だ。
 
 彼女と出合ったばかりの頃はモンスターはまだ地下暮しをしていたが、今の子供たちは地下を知らないというのは不思議な気分だ。

「私が地下で出会った彼女との話をしよう」

 そして教壇に用意された椅子にゆるりと座った。
 
 
 
   ◇
 
 
 
 私はまだ、年齢が二桁になりたての子供だった。当時世間を賑わせていたのは、若いロイヤルガードの存在だ。私は当時彼女のファンだった。ああ、今も彼女の事を先輩として尊敬しているが、当時の私にとってまさにヒーローだったのだ。地下で一番強いと言われたアズゴア王から一本取ったのは有名だった。二人とも槍の使い手で、その闘いは城の闘技場で二人きりで行われたらしい。誰も知らないが、呑気な王は周囲に自慢話のように自分の負けを語ったそうだ。皆も知っているね、あのフワフワした王は昔からああだったよ。

 騎士隊長の任命式はテレビ中継されていた。私はテレビにかじりついて、彼女の立派な姿を見ていた。

「私が必ず太陽を取り戻す」

 たった一言。任命されたばかりの若い騎士はそれだけ言った。それが放送された刹那、地下は一瞬しんと静まり返り、次の瞬間大きく湧き上がった。皆が諦めていた太陽。希望を失いかけていた最中だった。魚人 ― アンダインの顔は自信満々に笑っていた。顔のパーツの一つ一つが派手なアンダインが笑うと、遠くからでも表情が分かる。
 私は子供心に震えた。一瞬でファンになったんだ。それから、彼女は騎士隊長として目覚ましい活躍を見せた。アンダインが後に語るには、地下は平和で地味な仕事だったらしいが、それでもモンスターは皆彼女の警備活動に感謝していた。

「アンダインて、あのウォーターストリートの婆ちゃん?」

「うちの母ちゃん言ってたぞ。失礼するなって」

 言いながら、生徒たちは笑った。私は眉を上げる。アンダインは隊長を辞任しても、王専属の守護モンスターとして活動していたし、声がかかれば、どんな小さなことも、モンスター助けに繰り出していた。子供たちにも知られていたらしいが、若い子供からしたら、伝説のロイヤルガードというよりは、近所の名物お婆ちゃんといった印象らしい。

「まあ、前々からフレンドリーな女性だったからね」

 そう呟くように言った。

「でも怒ると怖えの」

 男の子の言葉に頷いた。とはいえ、子供に向ける怖い顔などは彼女の若い時分より大分丸いものだった。

「君たちの親世代は知らない者の居ない、伝説のロイヤルガードだよ」

「ガーソンとどっちが強かったんですか?」

 ガーソンは教科書にすら載っている英雄の名前だ。彼は十数年前に寿命を全うして亡くなった。
 生徒の質問に私は「さあ」と言って苦笑いして続けた。

 親子どころか祖父と孫娘のような関係だった二人が一戦を交えたことは無かった。ただ、アンダインはずっとガーソンのことを「本物の英雄」と言っていた。

 アンダインは自分の使命として人間と戦うことをずっと考えていた。しかし、まだ幼かったフリスク大使が地下へ落ちてきたとき彼女は丁重に、少女を大事な番……ああ、当時まだ友人だったな。アルフィー博士の元へ案内した。
 いま思えば不思議な話だ。当時は人間と言えば恐ろしい存在として伝説になっていたからね。今の君たちなら、人間にも色々居て、残酷なだけでないことは承知しているね。私も、フリスクがあどけない優しい子供だったから、当時人間だとは思わなかった。

「アンダインとフリスク様は戦ったの?」

「まさか」

 私は笑って続けた。

 少女だったフリスクがいかに人間の決意をもってしても、当時より地下最強だったアンダインに敵うはずも無かったし、フリスクは悪意や殺意を一切持ち合わせていなかった。だからアンダインも本気で攻撃できなかったのだろう。わかるかな? ヒーローは無抵抗の相手に一方的な戦いはしないものだ。もし攻撃するなら、盾は持たせたかもしれないね。

 子供たちは目を輝かせて頷いた。

 そしてアンダインは、戦意の無いフリスクと和解して、魂を奪うことを諦めた。二人の間に何があったかは彼女らにしか知る由もないが、警戒心の強かったアンダインのその行動はフリスクの善性に当てられたものだったのかもしれない。大使は本当に凄い人だよ。

「アンダインの婆ちゃん『信用できる人間はフリスクだけだ』って言ってた」

 生徒がポツリと言った。

「それは極端だろうが」

 私はそう返したが、アンダインのその言葉はそんなに外れていない。悪意を全く抱かない人間は、彼らの間でも聖人として崇められる程だ。我々モンスターからしたらなにがそんなに凄いのか知れないが。フリスクはそこまでいかなくとも近い人間だということだ。

「彼女の後継はまだ見つかっていない。人間から選出するか、モンスターが選ばれるのかも」

 生徒たちは少しだけ不安そうにお互いを見合った。フリスクは地上でのモンスターの新たな希望なのだ。それを若い彼らから感じとる。彼女以上の後継が居るだろうか。

「君たちの中から選ばれるかもしれないし、君たちが人間ともっと仲良くなって、彼らの中から選ぶかもしれない。どちらにしても、太陽を獲得した先人たちの後を継いでモンスターの平和を守るのは、若い君たちにかかっているんだよ」

 生徒たちは顔を上げた。あるものは背筋を伸ばしている。頼もしい。

「アンダインの後継は?」

「キッドさんだよ」

「キッドさんの次のロイヤルガードのリーダーは、決まってるの?」

「そりゃあ、ロイヤルガード候補生から決まるんだろ」

 口々に言い合う生徒に私は笑った。

「君たちの中で最も正義の心を宿した者が、次のヒーローだ」

 私の言葉が終わらないうちにチャイムが鳴ったが、生徒たちは私の回りを取り囲んでもっと話を聞きたがった。担任の教師が戻ってきてようやく解放されたが、来客部屋に戻ると既に次の登壇の依頼が入っていた。
 
 
 
   ◇
 
 
 
「キッド。私のことを触れ回っているようだな」

「ええっ」

「もぉ、アンダイン、違うよぉ」

 学校の帰りに師匠の家へ寄った私に、アンダインは眉を寄せた。すっかり年老いて目元のシワも増えたが、その迫力は未だに私をたじろがせる。

「子供たちに、ヒ、ヒーローのお話をしてるのよ」

 アルフィーがのんびりした足取りでテーブルに着いた私たちに紅茶と茶菓子を持ってきた。アルフィーが好む銘菓のバターサンドは甘ったるいが、彼女が喜ぶものは番のアンダインも喜ぶのでよく手土産に持っていく。
 持っていくと直ぐにテーブルに出されてしまうので、私もひとついただける。
 アルフィーもテーブルに着くと、アンダインが紅茶のお礼に彼女の顎を撫でながら頬にキスをした。いつものことだ。昔は「来客中なのに」と困っていたアルフィーも、何十年言って聞かせても治らない番のコミュニケーションにもう苦笑いしか返せないらしい。私ももう何も言わない。

「有ること無いこと言ってないだろうね」

「有ることは、いいじゃない。ねぇ? アンダインのヒーロー物語、わ、私も聞きたいわぁ」

 博士は若いときは吃音の酷い話し方をして居たらしいが、老年に成るとゆっくり話すようになり徐々に落ち着いたようだ。だがまだ時々噛む癖がある。
 博士、私は別に夢物語を語りに行っているのではないんですよ。まあでも、子供たちに聞かせるものは、似たようなものか。いつの世もこうやって語り継がれるのだろう。

「ヒーロー物語? 誰と戦ったわけでもあるまいに」

 確かに、アンダインは巨大な敵と戦ったわけでも戦争に参加して功績を上げたわけでもない。功績と言うには彼女の活動は堅実で、悪く言えば地味なものだっただろうが、アンダインは事ある毎に話題になり、世間を騒がせる派手なモンスターであった。

 アルフィーがバターサンドを一つ摘まんで、嬉しそうに一口噛みつく。

「いつも有り難う」

 モグモグと口を動かしながら私に例を言うお婆ちゃんトカゲ。アンダインが昔から博士の事を可愛いと褒めそやしていたが、今ならわかる。笑う彼女は愛らしい。
 アンダインと地上で生活するようになってから、アルフィー博士はゆっくりと笑顔が増えていった。昔は笑顔などひきつったそれしか見せない引きこもりのミステリアスなサイエンティストだったが、いまの若い連中にそれを言っても驚くだけだ。

 そして私は席を立った。アンダインがリーダーの頃よりロイヤルガードは規模を広げ、今では国の自警団のようになっている。だからと言って、リーダーの私の仕事が暇になったかと言われればそうでもない。

「お前もそろそろ引退だろう」

「そうだけど、今日はこの後共同訓練会なんだ」

「ガキの頃からじっとしてられない奴だったが、今も変わらんな」

 アンダインが笑って私を玄関まで送ってくれた。そして、後ろからアルフィーも着いてきて、手を振った。彼女たちの自宅を後にして、イビト山の麓の城へ向かって歩き出す。
 夕日に照らされて温まった石畳を歩く私の横を駆け抜けていく子供たち。オレンジに染まる家々。太陽光を受けてやっと育つ花が咲き乱れる小道。少し見回しても、先人らのお陰で手に入れた明るい日常はそこかしこにあり、モンスターたちを穏やかに内包している。子供の頃、私が通っていた地下の学校に王が見学のため足を運んだ時、優しいが寂しい雰囲気を纏っていた。それが今では王妃の隣で穏やかに笑っている。それら総ての尊いものを、次の世代へ引き継がなければならない。
 私は眩しい夕日を見つめて足を速めた。
 
 
 
END