魚と蜥蜴の馴れ初め -5- 自覚

Alphyne
小説
捏造設定あり
連載

「また来る」

 アンダインは忙しなくラボを去ることが多い。ロイヤルガードの彼女は主に治安維持の任務についている。通報や要請があれば彼女の携帯に連絡が入り、光の速さで現場へ向かわなければならない。
 そんな彼女を引き留めることは出来ないが、代わりにアルフィーは時々アンダインの家へ尋ねに行った。彼女が甘いソーダを好んで飲むので、アンダインは自分では絶対に飲まないそれを常備するようにった。

 親しい友達と言っても良い仲になったはずなのに、それでもアルフィーは時々、アンダインの目を盗んで暗い表情を落としては、彼女に言えない秘密を胸に閉じ込めている。アンダインはそれを直感で分かっていながら、聞き出すことが出来なかった。いずれもっと…もっと彼女と近づけたら打ち明けてくれるはずだと思っていた。

「はぁ…」

 というため息を聞いて驚いたのは、部下の01と02だった。

「姉さんがため息なんて、珍しいっすね」

 と言われてから、自分が物思いに耽っていることに気付く。

「なにか悩み事すか」

 悩み事、と言われると、特に悩み事は無い。ただ、友達が気になって仕方ないということだ。そして、もっと心を開いてくれたらと願ったし、彼女が何かで苦しいなら助けてあげたいと願っていた。
 始めてアルフィーを見つけた時、その冷たそうな頬に血が通い、生命を感じたときは安堵したものだ。厚いメガネのガラスの奥で、彼女の瞳がくりっとアンダインを見つめた。長いまつげがばさばさと瞬く様が、今もアンダインの記憶から離れなかった。
 アルフィーとの時間が増えていけば当然思い出も増える、トカゲの小さな膝に頭を預けている時の、微かに撫でてくれる柔らかい手の感触や、切ない囁き声を思い出す度に胸が熱くなる。うっかり、アルフィーの名前を呟きかけて、それを堪えた。

「気にするな。それより、お前たちの管轄はホットランドだろ。しっかり警備しろ。特に、ラボの前などは」

 01と02が頭を下げて、ホットランドへの道を戻っていった。

 
 

 アルフィーともっと親密になりたいという想いはアンダインの中で日に日に大きくなっていった。言葉にできないもどかしい感情をどう発散したらよいのかわからず、自宅の庭に設置した戦闘訓練用のマネキンへ修行と称して当たり散らすことも多くなっていた。
 そんな光景を見ていたスケルトンのモンスター、パピルスは、揶揄する気持ちなど微塵も含まない黒い瞳の深淵をこちらに向けながら

「アルフィー博士が好きなんだね」

 とアンダインに言った。そして

「そう言えばいいのに」

 とも。指導するパピルスに逆に恋心を自覚させられたアンダインは歯を食いしばって頷くしかない。

「私はこんな面だし、怖がらせてしまうかも」

 きっと自分の事だから、気持ちが高ぶって迫ってしまいかねない。そしたらアルフィーに逃げられてしまう。トカゲは臆病で、警戒心が強いのだ。小鳥にエサを与えるようにそっと近づかなければ離れてしまう存在に思えた。

「じゃあ、手紙にしたら?」

 パピルスのこんな提案で、アンダインは手紙を書き始めた。パピルスが呆れるほど、何度も何度も書き直し、手紙を持ってアルフィーを訪れては、渡さず持って帰ることを繰り返していた。

「ああ……ッ 可愛いアルフィー……!」

 上手く文字にできない。何を書いてもこの熱い気持ちを表現できている気がしない。吐き出し先のない恋心を、ベッドで枕を抱きしめることで何とか解消する日々が続いた。自分で呆れる。
 こんな事は初めてだ。強くなること一辺倒に生きてきた魚人は誰かに恋慕することを知らなかった。少女の頃、何名かに言い寄られたことはあったが、恋も愛も興味の無かったアンダインはそれを正直な気持ちで断った。誰かに依存したり執着したりするなんて考えたことも想像したことも無かった。触れたいとか、ソウルを重ねたいとか、ロマンチックな気持ちとか、一体何だろう。と、過去の自分は思っていた。
 今の自分がその気持ちで苦しんでいることに始めは多少戸惑ったが、知識として知っていた恋について「今それなのだ」と単純に納得している。コントロールできない動悸の方が厄介だ。彼女を想うとソウルが騒ぎ、彼女を前にするとまた騒ぐ。

 あの温かい手を取って、引き寄せて、抱きしめて、いっそもう好きだと言ってしまえばいいのではないか。そしたら、アルフィーはどんな顔をするだろう。自分の想いを、喜んでくれるだろうか。

 物知りなトカゲの科学者に教えを請いたいが、本人への恋心を吐露するのだからそれなりに準備が必要だ。そう、飛び切りロマンチックな準備が。全力を尽くして振られてしまったなら、それは仕方ない。自分の気持ちはどうせ変わらないのだから。
 振られる要因なら、挙げようと思えばいくらでもあった。自分は強面だし、気性は苛烈。ガサツで、繊細な彼女と比べたらだいぶ大雑把。さらに

「いつか、彼女が愛する地上の世界を、私が壊す時が来る」

 アルフィーが人間の文化を愛しているのは明白だった。

「そうなったら、恋人どころか、友達でいてくれるか」

 気の弱い優しい彼女はきっと許してくれるだろう。けれど悲しませることに変わり無い。しかしそれは自分が決めることではなく、アルフィーが決めることだ。人間と戦う使命を背負った自分を受け入れてくれるか否かは、聞いて確かめるしかない。

「言おう!」

 この気持ちを。そう決めたら悩みの霧は晴れ、難なく夢に落ちていった。

 
 
・・・
 
 

 地下へのエレベーターから出たアルフィーは、空になったエサ入れを片付けて重々しく息を吐いた。ケツイの研究で生まれてしまったアマルガムたちは、相変わらず地下のラボで自由に暮らしている。彼らの存在をアズゴア王へはせめて報告しなければと思案しながら、もう一人、義務感ではなく、打ち明けなければいけない友人の顔が思い浮かんだ。

 アンダインと日々を過ごすうちに、自分の所業を隠して付き合っていることに心苦しさが増している。アンダインはアルフィーの言葉をいつも楽しそうに、疑うことなく聞いてくれる。親しくなったモンスターにはとことん優しい彼女は「アルフィーの邪魔する奴はぶっ飛ばしてやるから」と、心強い言葉をかけてくれたこともあった。そんな彼女を裏切っているような気分になる。

「アルフィーは賢いんだな」

 といって微笑んでくれるアンダインは、自分の非道な行いなど疑ってもいないだろう。もし知られてしまったら、あの優しい笑みをも見せてくれなくなるかもしれない。そして、自分を目の敵にするかもしれない。あの美しい髪が、膝からするりと離れていって、二度と戻らないとしたら……。

「はぁ……」

「なんだい、そのため息。気が滅入るじゃないか」

 メタトンは足の滑車を上手に走らせてアルフィーの前を通り過ぎ、テーブルに肘をかけた。

「王子様の事でも考えてたんデショ」

「王子様?」

「ロイヤルガードの隊長様のことさ」

「あああああアンダイン?!」

 メタトンは呆れたように手をひらりと空を払う。カメラも回っていないのに常にオーバーリアクションなのはいつもの事だ。

「そんなに好きなら言っちゃいなよ。ロマンス要素は大事だよ。人生にもエンターテイメントにもね。相手の視聴率を獲得したいなら、手をこまねいていてはダメなのさ。マーケティングはしっかりね」

「アンダインの好みなら知ってる。可愛い女の子が好きなんだよ。私みたいな非道じゃない女の子」

「彼女が普段君の事を何て言ってるか忘れたの?」

 メタトンからしてみたら、女友達としては少々仲が良すぎる二人の惚気は度が過ぎている。粗暴で短気で豪胆なアンダインが、アルフィーの前ではそう、王子様のように彼女に優しく笑いかけ

「アルフィー、今日も可愛いな」

 などと歯が浮くようなことを言っているのを何度も見た。あれは高い確率でアルフィーに気があるだろう。

(でなければただのタラシ)

 彼は無い顎を撫でた。万が一友人のアルフィーを弄んでいるようなことがあれば、相手が地下世界一の戦士といえども言っておかねばならないことがある。メタトンはアンダインの槍などこれっぽっちも恐ろしくはないのだ(幽霊だから)

「君の同人誌ではラブラブなのに」

「よ、読んでないよね?」

「読まないよあんなもの。でも想像できる。『アンダイン!私、貴女の事が…!』『待ってアルフィー、私から言わせてくれ!お前の事が……!』」

 メタトンはボディのディスプレイにアルフィーとアンダインの画像を交互に映しながら大げさな演技でくるりと回った。

「やめて!……ホントに読んでないんだよね?!」

 自作の同人誌に似たようなセリフを披露されたアルフィーは狼狽えた。そんなに私は分かりやすいだろうか。

 そうであれば、アンダインは自分がなにかを隠していることは容易に想像しているだろう。アルフィーはまた重いため息を吐いた。
 
 
 
 
・・・
 
 
 
 

※caution!!! ここから分岐です。▼

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