魚と蜥蜴の馴れ初め -6- 真実の君
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「手紙は渡した?」
アンダインの家が全焼し、パピルスとサンズの家に転がり込んだ後も、アンダインの恋文制作は続いていたが、相変わらずアルフィーに渡すことは出来なかった。パピルスは再度名案とばかりに、最近地下へ落ちてきた人間の話をし始めた。
「フリスクに頼もうよ」
どうせ、自分の口から言おうと思っていたところだったアンダインは、それでもきっかけを作ってもらえるなら助かると思い再び手紙をしたためた。大事なことは対面で話すとして、それを除いても、今までの気持ちや思い出や感謝や好意をしっかり伝えられる文にしたかった。そして最後に
ー 初めて私たちが出会った場所で待っている。
デートのお誘いを綴った。我ながらロマンチックな文章になったのではないかとほくそ笑む。そしてそれを、最近地下へやってきた人間の子供へ託したのだった。
アルフィーは人間が好きだし、彼女は子供だからまだ安心?だし、何よりフリスクは優しい子だった。自分の大事な手紙を託しても良いだろう。
・・・
アンダインは浮かれていた。思い切ってフリスクに託した恋文が功を奏したのか、アルフィーの想いを知ることができたこと。そして、自分への小さな嘘と劣等感を告白してくれたことで、彼女とより親密な関係に成れた気がした。それは間違いでなかっただろうし、だからフリスクにも「あの子はもう大丈夫だ」と軽々しく口にしてその場を去ってしまった。
後日、アルフィーがアマルガムたちを連れてスノーフルを訪れたとき、自分の考えが甘かったことを痛感した。アンダインは心配になってアルフィーに着いて家々を一緒に周った。アズゴア王の指示で、動かなくなった家族を提供したモンスターたちは、変わり果て、混ざりあった家族たちをそれでも受け入れてくれた。元々モンスターたちは自分たちの体が魔力で構成された儚い物だと本能で知っている。他のモンスターと混ざり合うことは、理屈上珍しい事ではない。
それに、既に死んだモンスターであるアマルガムの命は長くない。変わり果てても家族と最後の時間を過ごせるのは遺族にとって喜ばしかった。
それでもアルフィーの表情は晴れないまま。命を使って実験を繰り返したことに対する罪悪感が彼女の心に重石として圧し掛かっていた。友人としていくら「自信を持て」と言ったところでそんな的外れなアドバイスは軽い慰めにもならなかっただろう。アンダインは振り返って無力な言葉しか言えなかった自分を恥じた。
アルフィーが最後のアマルガムを家族に送り届けた後、自宅兼ラボへ戻る後姿を見送ることが出来ず、渡し守の舟へ彼女と共に乗船した。二人の暗い雰囲気に気を使った渡し守は終始黙って舟を走らせてくれた。アンダインはアルフィーの肩をそっと抱いた。
-どうして言ってくれなかった
という言葉を飲み込む。何でも話し合える友達……ではなかったかもしれない。仲は良かった。でも、アルフィーがいつも何か重たいものを抱えているのはアンダインにも気づいていたし、彼女にまとわりつく死の匂いも感じていた。それでも、本人が何も言わないのであれば無理に聞くこともできなかった。もっと早く、彼女と親密になって聴きだせばよかったのかもしれないと、今では思う。
ホットランドの船着き場を降りると、魚人には少し熱い気候が彼女の肌から水分を奪っていく。
「こ、ここまででいいよ。有り難う」
そんな彼女を心配してか、アルフィーがそう言った。けれど、アンダインはやっぱりアルフィーを置いて帰ることができなかった。ラボへの道をとぼとぼ歩くアルフィーに合わせてアンダインもゆっくり歩きだす。そんな彼女の優しさが、今のアルフィーには有り難かった。
「……ご、ご、ごめんね、アンダイン!」
二人の間の沈黙に耐えられなかったアルフィーが足を止めてアンダインを見上げる。ホットランドの上空で蒸気が上がるのをアンダインは背後に煩わしく感じていた。アルフィーの否定的な感情が一緒に噴き出ている気がする。熱い霧が二人にかかった。
「あなたに、あんな重要なことを隠してて!」
「アルフィー」
「こんなことになるなんて思ってなかったの。死んだモンスターたちが生き返るなんて予想外だったし、でも、もっとよく仮説を立てていれば事前に防げたかもしれないから、やっぱり私が悪かったんだ。それに、アズゴアにだってもっと早く連絡していれば良かったの。結局自分の保身に走って秘密にしていたのが……」
「アルフィー!」
アルフィーが口早にまくしたてる懺悔の言葉をアンダインが遮った。
「どうだっていい。そんなこと」
勇者様の口から出るにしては無神経な言葉にアルフィーは驚いた。が、アンダインのそういった乱雑さも知っていた。アルフィーは喉を詰まらせたように嗚咽を吐いて、厚いメガネの裏から涙を流した。
「……皆から……あなたから、嫌われるのが怖かった。良いモンスターで居たかった」
昔のように一人で空想に耽っていればこんな苦しまなくて良かったのだろうか。地元(コア)の友達と離れ、寂しくラボに籠っていたはずなのに、アンダインに出会い、天真爛漫な彼女と居るうちに、また嫌われるのが怖くなったのだ。
「誰もお前を嫌ってない」
アンダインは彼女の目線にしゃがみ込んだ。ホットランドの地盤の熱が耳の鰭を抜けていくが、もうそんなことは構わない。
「皆お前が好きだ。私だって……」
アズゴアはアルフィーの才能を買っていたし、メタトンもアルフィーに感謝しているだろう。パピルスやサンズも友達として彼女を慕っている。キャッティやアリゲッティも彼女を姉のように思っていた。何より
「お前を愛してる」
アンダインは自分が誰よりもアルフィーを愛していると自負していたし、そうあってほしいと願っている。自身がそこまで愛情深いモンスターだとは思っていなかったが、彼女のためなら何だってやる覚悟があった。覚悟の強さには自信がある。
「お前がどんな非道に手を染めようが、私は構わない」
「皆のヒーローが、そんなこと言っていいの?」
アルフィーがメガネをずらして自分で涙を拭った。弱々しく微笑むアルフィーを抱きしめたくなる気持ちを堪える。
「私はヒーローだが、聖人君子じゃない」
彼女は確かにモンスターたちにとってヒーローであった。逆にアンダインに敵と判定されたら、相手からは鬼も同じ。平和主義では守れないものがある。アンダインにとって大事なものを守るためなら、相対するものにとって彼女は悪魔になる他ない。その守りたい一人がアルフィーであり、彼女を傷つける総てのものは、アンダインの敵だった。
「お前を非難するやつ、邪魔する奴、全部ぶっ飛ばす。そして、例えお前が他のモンスターを殺戮して周っても、私が全力で止めてやる。お前が塵に塗れないように、閉じ込めて大事にする」
アルフィーが瞬きしてアンダインを見上げた。瞬きすると大粒の涙がポロポロと落ちて行く。我慢できなくなって、アンダインはアルフィーを抱き上げた。暫く腕の中であたふたしていたアルフィーだったが、抱きしめるアンダインがじっと自分の肩に顔を埋めているので、大人しくなって魚人の赤い髪を撫でた。
「安心してそのままのお前で居ろ…!」
人間の科学や、文学が大好きで、夢中になって怒ったり笑ったりするアルフィーが一番魅力的だ。アンダインはそれを知っていた。本人は相変わらず隠したがっているようだが。
「そんなものは隠せるもんじゃない。お前がオタクなのも、全然隠せてないぞ」
アルフィーがやっと声を上げて笑った。
「そうだね」
アンダインが暑そうに息を吐いた。そして彼女を抱き上げたままラボへ向かって歩き出す。
「ここは喉が渇くな。ラボで水を飲ませて」
「少しお茶していきなよ。そうだ、新しいアニメのDVDもあるよ」
「じゃあ、涼んで行こうかな」
未だ涙の乾かないアルフィーの目尻にアンダインが拭うようにキスしたので、アルフィーはまたアンダインの腕の中で暴れた。
END
おまけ
「アルフィー、まだ私に隠していることがあるだろう」
「え!?そ、そんなことは……!」
アンダインの手に握られた一冊のコピー本が目に入ったアルフィーはラボに響き渡る声で叫んだのだった。