ファーストコンタクト
※Alphyne前提のアンダインとフリスクのファーストコンタクト話。
※本編とは違うオリジナル展開です。
部下(建前上)の連絡に、流石の英雄もその時はソウルが震えた。数百年、伝説の生き物かと思うほどこの地下世界に見なかった人間という生き物。それが、先程遺跡の近くで目撃された。「モンスターに太陽を取り戻す」という使命を燃やしていたアンダインも、戦う相手に会えなければその力を発揮できない。懸念していたことは、もしも彼女が生きている間に人間が落ちてこなければ英雄も名だけの存在となってしまうことだった。その使命を全うする時が急に訪れたことに、武者震いをする。
自分が向かうまでに愛弟子にその動向を監視させていたが、彼はまんまと人間の手玉に取られてしまったと見えた。
「殺すのは……」
と、珍しく悲しげな表情をしたパピルスを、兜の奥から見つめた。一瞬心苦しい気持ちになったが、相手は悪名高い人間だ。純粋な友人の軽率な行動に呆れたが、彼が無事であったことは幸いだった。
パピルスが報告を終えてスノーフルの管轄地へ戻っていくのを見送ると、草影に小さな気配を感じる。目を凝らしてそちらを凝視した。まさか、もうここにきているのだろうか。だとしたら、草の根払ってひっ捕まえてしまおうか。
しかし、パピルスの話がどうも、アンダインには引っ掛かる。
「フリスクは良い子だよ」
魚人はその言葉を首を振って払った。モンスターは皆甘ったるい優しさで構成された存在だ。自分だけはそれに流されてはならない。英雄は犠牲を払っても……魂の構成要素の一つである優しさを捨ててでも、皆を守らなければならないのだから。
今は行方知れずの女王のような、優しさの化身のようなモンスターはすぐに殺されてしまうだろう。アンダインはガーソン伝てでしか彼女の話を聞いたことが無いが、女王はアズゴアに匹敵する強さを持っているらしかった。しかし哀しみに打ちひしがれて愚かなお触れを出した夫に嫌気がさして、岩戸に隠れてしまったと、アンダインは聞いていた。彼女こそ、モンスターの太陽のような存在だったという。アンダインが推測するに、この世界で一番清い女性。そんな彼女に続く、純粋なモンスターたち。王や自分のような戦えるモンスターは優しさを捨てなければ彼らを守れはしない。
握った槍を一旦引っ込め、アンダインは闇へ身を潜めた。タマシイを奪うために、まずは敵を知らなければならない。じっと待っていると草影から少女が一人、顔を出した。その後、モンスターの子供が飛び出してくる。親しそうに人間に話しかけ、危険極まりない。
(人間。子供に何かしたら、その時は一突きに殺す)
殺気を放つのを抑えながら思う。隣で歩く小さいモンスターと同じ背丈の人間。
(人間の……子供、なのか?)
アンダインの不安は的中していた。人間の少女は時々不安げに左右を見回しながら座り込んで居た。一通り休んでは涙を拭ってまた立ち上がる。幼いながらも前に進もうとする意志に健気さすら感じてしまう。そこでアンダインは首を振った。
(子供と言えど……人間は悪のはず! 我らをここに閉じ込めたのも、王子を殺したのもあいつらだ! アズゴアがあんなに苦しんでいるのも……それなのに……!)
「7つ」
我慢ならなくなった魚人は暗がりで行き止まりに戸惑う人間に声をかけた。道を間違えている彼女に何か声をかけたい気持ちと、憤る気持ちが交差していた。少女は肩を震えさせ、怯えた目で振り返った。
「7つの人間のタマシイ。それさえ手に入れば我らが王は……!」
少女の背中は壁だが、それでも彼女は後ずさった。アンダインはこの状況をおかしく思った。自分はヒーローのはずだ。モンスターを守る英雄だ。しかしこれは、子供を追い詰める悪漢ではないか。
「これは貴様にとって、最初で最後の償いのチャンス」
そう声高々に言ってのけた。正義は我にある。罪があるのは相手のはずだ。けれども、もしも彼女があどけない子供であったら何の罪もない。解っていながらそう言った。
(私に優しさなど不要だ)
この子供に罪がなくとも誰かがモンスターがされたことの償いを人間が負わなければならないのだ。アンダインは魔力を拳に込めて槍を構えた。心のどこかで、この状況を止めてくれる何かを願った。
「アンダイン! 俺も一緒に戦うぜ!」
そう飛び出してきた子供のモンスターに、誰よりも安堵したのはもしかしたらこの場で一番力を持っていたアンダインだったのかもしれない……。
◇
「あの人間とは関わるな」
何か訴えたそうに口を開けた子供は、それでも一度は頷いた。しかし、小さくてもモンスター。困っている様子の人間が気になったようで、憧れの英雄の助言も無視して人間の道案内を続けていた。アンダインも少女の足取りを監視する過程、その無害さに唇を噛むほどだった。
悪を挫き太陽を奪還するのだと、長年信じてきた。愛しのトカゲの彼女に、地上を歩かせてやるのだ。そのために、平和な地下であっても可能な限り戦闘技術を学んできた。王にそれを叩きこまれ、彼の思想を叶えようと尽力してきた。今までの自分のしてきたことはなんだったのだろう。アンダインは牙を鳴らして歯ぎしりした。
(攻撃してやれば本性を見せるはずだ!)
そう思い、彼女の前に立った。アンダインは人間の少女の先祖に対する恨みつらみを大声で羅列し、彼女の持てるサイズに小さい盾を生成した。それを投げてやる。
「その盾で私の攻撃を受けて見ろ!!」
少女が盾に触れる。
「あなたが、英雄アンダイン」
「そうだ」
「勇敢で、強くて、優しい」
少女フリスクがアンダインを見上げて言った。おそらく、パピルスやモンスターの子供がそう吹き込んだのだ。瞳にまだ恐怖が残っていたが、暖かい希望の光が漂っているのをアンダインは瞬時に感じ取った。一歩後ずさる。
人間がそんな目をするはずがない。アルフィーに借りた歴史書は、人間が作った彼らの都合の良いただの物語。そのはずだ。
「私に慈悲を求めても無駄だ!!」
一撃、槍の攻撃を少女の足元に落とした。フリスクは盾を構えて衝撃に耐えようとしたが、反対の方へ身体を倒した。そして盾を持って立ち上がるとホットランドの方へ走って逃げようとする。
「やめて……!」
「逃げるな!」
子供に追いつくことなど、造作もない事だった。逃げることしかできない人間の、薔薇色の頬をアンダインの槍がついに裂いた。ほんの数ミリだった。少女は大きくよろめいて、ホットランドの硬い土に足を取らた。遥か下方のマントルから沸き上がる溶岩に向かって倒れ込みそうになる。
(人間はモンスターよりはるかに強いのではなかったのか!?)
あまりにもか弱い少女が成す術もなく溶岩へ落ちる直前、アンダインの手が彼女を引き上げた。瞬間、熱い風が吹き上げて二人を焼く。
「熱い……ッ」
少女に降り注ごうとした火の粉を、アンダインの鎧が払う。だが、熱風と火が、アンダインの肌から水分を急激に奪った。鉄の兜の中で喉を焼いたので、一瞬視界を奪われたアンダインの足がおぼつかなくなり倒れ込む。フリスクはその隙をついてラボへの道を走りだした。
「その先は……!!」
大事な友人が住んでいるラボ。
(クソッ、普段から着慣れておくのだった!)
そう脳内で愚痴り、アンダインは立ち上がった。兜を脱ぎ捨てて顔を上げると、紙コップに入った水を差しだした少女と目が合った。
「水……」
急な展開ではあったが、脱水状態だったアンダインは喉を鳴らした。だがもう、目の前の人間の行動を不審に思うのは止めた。フリスクは殺意を持たない。完全に信じたわけではなかったが、アンダインは彼女の手からコップを受け取ってそれを飲んだ。
「……」
恐怖と、不安と、おそらく、相手を心配するような、様々な感情が隠れた表情をアンダインに向けるフリスクの顔を、じっと見つめ返す。
落ちてきてしまった子供。きっと地上へ帰りたいのだろうが、アンダインには勿論、モンスターたちにはどうすることもできない。王へ会いに行くのは勝手だが、彼女ではアズゴアに殺されるのがオチだと、魚人は虚しい成り行きを思った。だがあの優しい王はこの子供のタマシイを奪うだろうか……。
自分はもう、殺意を持たない少女のタマシイを奪うことは出来ない。だが、王の哀しみを批判することもできない。自分が出来ることはモンスターたちを守ることだけだ。アンダインは脱ぎ捨てた兜を拾って、フリスクの横を通った。
「来い」
フリスクは言われた通りアンダインの後ろについて歩き出す。
「アズゴアに会いに行くなら、今は直通エレベーターが壊れているから、迂回ルートをアルフィーに聞け」
「アルフィーって、パピルスも言ってたけど、誰?」
「地下一番の天才科学者だ」
「……」
「彼女に危害を加えようと思うなよ、人間。そんなことをしたら私がお前を殺す」
フリスクは頷いた。
「アンダイン、助けてくれて有難う」
「私はお前を殺そうとした」
「ううん、さっき助けてくれた」
フリスクの表情から、もう恐怖は消えていた。スノーフルで散々アンダインの雄姿を聞かされていた彼女は、それが嘘でないことを実感していた。
アンダインはフリスクの頬の傷が赤く腫れているのに気づき、慌てて彼女を抱き上げた。そして「ラボに傷薬があったはずだ」と言って駆けて行ったので、フリスクは強面の優しい英雄の姿がおかしいのか笑った。そんな人間の思惑は知れずとも、それに悪意が無いのが伝わったのか、アンダインは眉を寄せて呑気な少女に笑い返した。
FIN